邂逅①
ゼオの記憶喪失に始まり、生徒たちの前での二刀流の披露、お姫様探し。
そして、祈機騎刃同士の戦い。
慌ただしい学園生活初日と裏腹に、それからの数日は平和なものだった。
ゼオは空いた時間に自らの主を探して聞き込みを続けてはいるが成果はない。そのうち授業に追われ聞き込みをすることは減っていった。忙しそうではあるが、同時に楽しそうでもある。
そんな彼の様子を、主であるリリオンは密かに見守り続けていた。
今、彼女が居るのは学園の図書館だ。本に囲まれた静かな空間は集中するのに良い。空いた時間は自室にいるよりも図書館に居ることが多いくらいだ。
椅子に座り、本を読みながらでも意識を向ければ、ゼオが何をしているかがすぐに分かる。子供の頃にかけておいた監視の魔法のおかげだ。
(今日も、楽しそうで何より)
ゼオは今、食堂で友人であるファンガルと昼食をとっている。楽しそうに笑う彼の様子を見て、思わず笑みがこぼれそうになる。
魔界で育てられた彼が人間界になじめるか心配していた時期もあったが、不要な心配だったらしい。ランシア様の件さえなければ、友人ももっと出来ていただろう。
これ以上ゼオの生活を覗くこともないと、彼女は魔法による監視を止めた。彼の顔が見えなくなった途端、罪悪感に心が締め付けられる。
だが、これも魔界の内戦に彼を巻き込まないため……守るためには仕方がない。
そう自らに言い聞かせ、彼女は本を読む手を止めずに魔法による通信を開いた。
『ああ、リリオン。あの子の様子はどう?』
『……楽しそうにしてますよ。心配いりません』
明るい女性の声が聞こえた。通信の相手は魔界に残った仲間だ。
名はヴァーミリア。彼女もまた、魔物の最精鋭たる幻魔候の一人である。
『戦況はこちらが有利……といっても、殆ど膠着状態だけど』
『幻魔候が出てくれば、有利も不利も一瞬でひっくり返るもの』
彼女の言う通りだ。幻魔候の前に、ただの兵の数など関係ない。千だろうと二千だろうと足止めにすらならない。
幻魔候を止めるには、同等の力を持つ相手でなければならない。
現在、リリオンの陣営は兵力では反乱軍を上回っているものの、幻魔候の数では劣っている。居場所を知られれば、複数の幻魔候に狙われる可能性がある。
だが、それは反乱軍も同じことだ。各個撃破されればせっかくの数の利を失うことになる。
こうして、お互いにとって切り札であるはず幻魔候の姿が戦場に見えず、膠着状態に至っている。
『どちらにせよ、持久戦はこちらの望むところ』
『戦況報告を。指示を下します』
『了解。まず、北部担当軍だけど……』
ヴァーミリアの報告を聞きながら、脳内で戦場のイメージを組み立てていく。
魔界の地理は父の代わりに仕事をこなしていた頃から頭に叩き込んである。イメージした魔界の地図上に、報告にあった事象を落とし込んでいく。
味方部隊の動き、敵部隊の数や強さ等々……。
膨大な量の情報を聞き取りながら、彼女は涼しい顔で捌いていく。それでいて本のページをめくる手は止まっていない。
幻魔候である彼女の想像力と情報処理能力がそれを可能としていた。
『完成しました』
報告を聞き脳内で組み立てた地図を鳥のように高い位置から見下ろす。敵の部隊と味方の部隊の動きが、地上で見るよりずっと詳細に読み取れた
『……F1162地点、敵の動きが不自然です。伏兵がいるかもしれません』
『G517地点への攻撃は少し待ちましょう。長期の籠城に敵が疲れつつあるようです。間もなく攻めるまでもなく降伏してくるでしょう』
目に付いた点を、淡々と上げていく。
このリリオンの予測は殆どが的中し、確実に戦局を優位に進めていた。何より、作戦の決定が迅速で迷いがない。細かな抜けはあるものの、そこは現地の部隊がカバーすればいい。
司令官としてリリオンは極めて優秀と言えた。
『頼りになるわね、本当に。ありがとう』
目に付いた点を伝え終えると、通信越しにそんなことを言われた。
『……私には、これくらいしかできませんから』
『そんなこと言わないで。ゼオに謙遜し過ぎって言ってたこと、忘れたの?』
痛いところを突かれた。
確かに、ゼオに過度の謙遜は良くないとはよく言っていた。なのに主である自分がこれでは示しがつかない。
『……どう、いたしまして』
ぎこちなく礼を言うと、ヴァーミリアの笑う声が聞こえてくる。
『じゃあ、私はこれで。近々、私もそちらに手伝いに行くから』
『ゼオに頑張れって伝えておいてね』
そう言い残し、通信が切れた。彼女の最後の言葉に、リリオンはため息を吐いた。
(……私は、あの子の前に姿を見せないと言ったはずなのに)
ゼオの記憶を封印すると伝えた時、ヴァーミリアを含めた仲間たちは殆ど反対しなかった。
私とゼオの意思を優先してくれたからだと思っていたのだが、何故今になってそんなことを言うのだろう。
頭を振り、迷いを払った。ここから先ゼオに協力は頼めない以上、少しでもやれることをやらなければ。
周囲へのカモフラージュのために読んでいた本を閉じ、自室に戻ろうと席を立とうとしたその時だった。
「あっ」
ゼオが、すぐそこに立っていた。
いつの間に図書館に来ていたのか。驚きで身体が硬直し、思考が一瞬止まる。
姿を見せない、そう誓ったはずなのに。
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