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祈りの機神と騎士の刃  作者: 日鷹久津
姫と騎士
18/35

これまでとこれからと


「……私は、あれから自分の持つ強さを信じられなくなってしまいました」


 ヒューグとテーブルを挟んでソファーに座り、そう話すリリオンの表情は曇っていた。

 彼女が話を始めてから止まることはなかった。ずっと集中していたのだろう。彼女は淹れておいた紅茶に口を付け、ふうと一息ついた。

 そして、自らの膝の上で寝息を立てるゼオの頬に優しく触れた。


「誰も守れない私なんかより、この子の方がずっと強い……そう思うんです」


「同じだよ、ゼオもアンタも」


 ヒューグがそう言うと、リリオンは目線を上げ彼を見つめた。

 ゼオの気持ちは、ヒューグにも痛いほど分かっていた。彼もまた、自身の無力さに打ちひしがれたことは何度もある。


「ゼオも、アンタが傷つくところを見たくなかったのさ」


 そう言うと、彼女は再びゼオの顔に視線を落とした。


「……仲間にも、同じことを言われました」


 でも、と彼女は続ける。


「私は……この子を失うことが、恐ろしくてたまらない。きっと、この子が死ぬ時は私のために死ぬことになるでしょう」

「ゼオが私のために尽くしてくれるのは嬉しい。でも、そのせいで命を失うことになっては……私は、私を許せなくなる……っ」


「……だから、人間界の学園に通わせているのか?」


 彼女は頷く。


「魔界は内乱状態にあり、私の仲間が今も戦いを続けています……ゼオは彼らのためにも、前線に立ちたがるでしょう」

「彼を弱いとは言いません。私も、二度とあんなことにはならないと心に誓っています。ですが、もし、万が一があれば……」


 慎重すぎる、万が一なんて起こらない、なんて軽口はヒューグには言えない。戦場とはそういう場所だと、身をもって知っているからだ。


「ゼオを逃がすこと以外にも、学園に通わせている目的は二つあります」

「一つは、ゼオ自身の修行……もう一つは、人間界と我々の信頼関係を築くことです」

「我々が敗れた場合、反乱軍は余勢を駆って人間界まで攻め込むでしょう。そうなれば三百年前の、人魔闘争の暗黒時代が再び訪れることになります」


「っ……!」


 言葉が出てこない。あの地獄みたいな時代に逆戻りするなんて、あっていいはずがない。

 俺や姫様や仲間たちが必死になって戦って、やっと勝ち取った平和だ。この時代に蘇ってまだ三日と経っていないが、ここが平和でいい時代なのはよく分かっている。

 

「三大国家の姫君が同時に学園に在籍していたのは幸運でした。人間界の重要人物と、いち早く信頼関係を築けるわけですから」

「昨日、聖領守護騎士団リッターヘイムのランシア様の護衛をゼオに任せたのもこの作戦の一環です。ゼオを間に挟めば、幻魔候である私が直接接するよりも親しくなれると思ったのです」


「……まさか、昨日のことも計画の内だったとはな」


「ええ。と言ってもランシア様とは顔見せ程度で済ませ、少しずつ信頼を築いていく予定でした。しかし、予想外の事態が起きたのです」


 予想外の事態とは、言うまでもない。


「貴方の復活です。三百年前から蘇った騎士、ヒューグ」


 強く言い切られ、思わず身体が強張った。怨念に取り憑かれていたとはいえ、ゼオに重傷を負わせてもいる。それを責められては、言い訳もできない。

 彼女のゼオへの強い思いを知った今ではなおさらだ。


 だが、リリオンはふっと圧を緩めた。


「……貴方がゼオを傷つけたことを責めるつもりはありません。安心してください」

「結果として、ランシア様は自分を守ってくれたゼオのことを大変気に入ってくださり、自身の親衛騎士ロイヤル・ナイトにまで誘ってくれたのですから……怪我の功名ですね」


 ただ、と彼女は一拍おいて、悲しげな表情で呟いた。


「……また、この子は自らの命が惜しくないような戦い方をして」


 すやすやと気持ちよさそうに眠るゼオの顔を、彼女はじっと覗き込んでいる。きっと胸の内はゼオに対する敬意と失意とが渦巻いていることだろう。


「昨日、貴方が病室から出た後、私もゼオと話をしたのです」

「まるで、叱られる子供のように縮こまって……私は、決して叱るつもりで来たわけではないのに」

「褒めてあげることもできず、私は……ただ、抱きしめることしかできなくて」


 彼女の声は震えつつあった。感情が声に強く籠っていた。

 

「もっと、私が上手く伝えられていれば、この子が傷つくことだって……!」


「姫さん、落ち着けって……」


 爆発寸前になったところで、ヒューグがリリオンを制した。彼女は切れた息を整えるように深呼吸を繰り返した。

 呼吸が落ち着くとまた話し始めた。


「……私は、自分が傍にいる限りゼオも無理をし続けるんじゃないかと、そう考えたのです」

「私には、この子を幸せにすることはできない……私なんかの傍にいるよりも、ランシア様のような方の下に居たほうが、ずっと幸せなんじゃないかと……」


 そこまで来て、ヒューグは一つの結論に至った。


「……ゼオの記憶を奪ったのは、アンタだったんだな」


 今朝、若い男の医師から聞いた言葉を思い出す。

 記憶封印の魔法は難易度が高いものの確かに存在する。彼女なら使えるはずだ。

 彼女は静かに頷いた。自分がやったと認めた。


「この子の友人を操り、ゼオを襲ったあの魔物のように……私の弱点であるこの子を狙って、これからも刺客が狙って来るでしょう」

「私から遠ざけ、影から守る……そう決意し、私が彼の記憶を封じました」


 彼女の決意が並々ならぬものであることは想像がつく。


「……ゼオには、事前に伝えたのか?」


 彼女は頷いた。


「私が望むなら、構わないと……ただ」


 ただ?


「例え記憶がなくても、私のことを見つけ必ず守ると……」

「……この子は、本当に」


 呆れたように、それでいて嬉しそうに彼女は笑った。目じりには涙が浮かんでいた。

 記憶を封じたことに、ゼオの代わりに文句の一つでも言ってやるつもりだった。だが、彼女のそんな顔を見てその気はすっかりなくなってしまった。 

 本人が同意していたなら猶更だ。


「……ヒューグさん、頼みたいことがあります」


 涙を拭った彼女が言う。真剣な表情だった。


「私達に、協力しては頂けませんか」

「私達は魔族ですが、人間界を戦火に巻き込むつもりはありません……かつての敵の頼みを聞く義理などないことは、よく分かっています」

「ですが……」


 すっ、と言葉を制した。


「三百年経とうとも、俺は姫様の……ランメア・スティンバルの騎士だ」

「姫様が守ったこの世界を守る義務が俺にはある。俺の方こそ頼む、協力させてくれ」


 彼女から頼まれるまでもなく、ヒューグはこの世界を守るために戦うつもりだった。

 自分が蘇ったことに理由があるなら、きっとこのためなのだろう。


「……ありがとうございます、ヒューグさん」


 今までの曇った表情が吹き飛ぶような、眩しい笑顔で彼女が微笑む。その笑顔がかつての主、ランメアをヒューグに想起させた。

 この主従は、幸せにならなければならない。でなければ余りにも不憫だ。


 ヒューグは決意を新たに胸に誓った。




 

 その日の夕方のこと。


「ん……あ、れ……?」 


 ゼオはいつの間にか部屋に戻り、ベッドの上で寝ていた。身体を起こすと、ぬいぐるみに戻ったヒューグが声をかけてきた。


「おう、起きたか。よく寝てたなぁ」


「ヒューグ、さん……僕は、あれ……?」


 なんで、ここで寝ているのか思い出せない。確かファンガルと共に地下の倉庫に向かっていたはずなのに。


「さんざん探し回って、クタクタになって疲れて帰って来たんだよ。覚えてないか?」


「そう、でしたっけ……」

 

 記憶喪失の影響なのかもしれない。すっきりはしないが、そう結論付けることにした。

 結局、半日探し回って手応えはなかったわけだ。寝起きだけあって身体が重いが、それ以上に精神的に疲れを感じる。


 思わず、ため息が漏れた。そんなゼオを、ヒューグは励ます。


「そう落ち込むなって。まだ一日目だろ?探してれば、そのうち見つかるはずだって!」


 無責任にも取れる、根拠のない言葉だ。それでも、ゼオはいくらか勇気づけられたらしい。


「ヒューグさん、ありがとうございます」


「気にすんなよ。明日も頑張ろうぜ」


 リリオンのことは、ゼオには教えない。

 それがヒューグが彼女と交わした約束だった。それを破るつもりはない。


 だが、ゼオが自ら彼女の下に辿り着けば問題はないはずだ。


(待ってろよ、ゼオ……俺がお前の姫様に会わせてやるからな……!)

(お前は、俺みたいになるんじゃないぞ……)




 こうして、彼らの学園生活の初日は幕を閉じた。


 ヒューグはゼオをリリオンに会わせることを誓い、

 ゼオはまだ見ぬ主人を想い、探し続けることを決めた。

 リリオンは、そんな二人を陰から見守り続ける。


 三人がどんな運命を辿るのかはまだ誰も知らない。


 

ご愛読ありがとうございました。お疲れ様でした。


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