冷たいお人形③
父を討った人間たちとは、顔見知りだった。
彼らは魔物を憎み殺して回る野蛮者ではなく、調査のために魔界に訪れていた。
そのうえ、私たちにも礼節をもって接してくれたため、私たちもそれに応え、食事に招くこともあった。
彼らから聞く人間界の情報はとても新鮮だった。何せ、三百年間交流がなかったのだ。魔界への撤退時に人間界に残された魔物がどうなったか、どういう生活を送っているのか、話題は尽きなかった。
それに何より、彼らの存在はゼオにとっていい刺激になった。
初めて見る同じ人間の、それも手練れとあってゼオは彼らに興味津々だった。自分から彼らに話しかけ、あれこれ質問していた。
「稽古をつけてもらってはどうですか?」
私がそう言うと、彼らも喜んで応じてくれた。彼らもまた、魔界で育てられた子供に興味があったようだ。あの時のゼオの嬉しそうな顔は、今でもよく覚えている。
そんな日々の中、彼らは魔王である父にしばしば戦いを挑んだ。
むしろ、父がそうするよう命じていたのだろうか。何か意図があったのかどうかは分からない。
最初の一年は、彼らもまるで歯が立たなかった。二年目も三年目も変わらない。
変化があったのは四年目のことだ。
彼らは巨人を駆り、父に挑んでいた。
前年までとは明らかに戦い方が違う。ただでさえ研ぎ澄まされた彼らの技術が、莫大な魔力により恐ろしく進化していた。
私たち幻魔候に匹敵するほどに。
その巨人、『祈機騎刃』の力に、私を含めたその場の全員が戦慄した。
だが、それでもまだ父には届かなかった。魔王の力とは、それほどまで凄まじいものなのだ。
しかしその翌年、彼らはついにやりとげた。
持てる全力をもって、父を討った。
自らの死に際しても、父は満足気に笑っていた。
問題はそこからだった。
実務の殆どは私がこなしていたとはいえ、事実上の魔界の統治者である父が死んだことで、今まで鳴りを潜めていた反対勢力が一気に活発化しだした。各地に、雨後の筍のように自らが次代の魔王を名乗るものが現れだしたのだ。
それら有象無象の対処に追われ、父の死後数か月間は慌ただしい日々を過ごすこととなった。だがそれさえ済めば、また穏やかな日々に戻れる。
そう思っていた。
父が死んで、初めて年を越した元旦のその日に大規模な襲撃があった。
凄まじい数の魔物が城を包囲し、中へと押し入ってきた。
幸い、非戦闘員含め全員が無事に脱出することが出来た。ただ、城には火が放たれ略奪が始まっていた。
城から離れた森の中で、火の手が上がる城を見た瞬間、怒りが込み上げてくるのを感じた。
「……無礼な」
怒りに身体が震えた。
私の家を、居場所を、大切な思い出の場所を、土足で踏みにじっていく奴らが許せなかった。
「リリオン様」
私の怒りを感じ取ったのか、ゼオが声をかけてきた。覚悟の決まった目で、私を見つめていた。行くのなら、同行させてほしいとそう言っていた。
だが。
「心配いりません。あなたのことは、私が守りますから」
「ここで待っていなさい。すぐに、城を取り返してきます」
頭に血が上っていた私は、禄に話もせず城へと向かい駆けた。
奇襲が成功し、浮かれあがった狼藉者どもは略奪に夢中になっていた。きっと最後の瞬間まで自分が絶命したことに気づかないだろう。
それを哀れとは思わない。死をもって償わせることすら生ぬるい。
魔法の一撃で十の魔物が消え、慌てて逃げる二十の敵を消し飛ばす。
罰した者の数が百を超え、三百を超え、数えきれなくなった頃、ようやく敵の首魁を見つけた。今までの雑魚とは比べ物にならない、強力な魔物が六体。
その者たちは私を見ると驚きもせずニヤニヤと笑いだした。
「これはこれは、リリオン様……なぜ、こんなところに?」
「それにしたって一人とはなぁ!誰も助けに来てくれなかったんじゃねえのか!?」
ガハハと耳障りに笑う魔物の頭を吹き飛ばした。いつもなら無視した侮辱の言葉も、今は一言たりとも許すつもりはない。
仲間の死に残る五人の空気が変わった。即座に攻撃を仕掛けてくる。
不気味なほど息の合った連携だった。簡単な魔法であっさり仕留めようとすれば協力して防御を貼られる。強力な魔法を繰り出そうとすれば、連続攻撃で集中をかき乱してくる。
(鬱陶しい……!)
だが、所詮それだけだ。粘ることは出来てもこちらにダメージは与えられない。いずれ出るであろう綻びを突けばいい。
あえて受けるつもりで、敵の攻撃を待った。当たったとしても、薄皮一枚傷つき血が流れるだけだ。そんなもの、ダメージのうちに入らない。
敵の剣が迫る。カウンターを食らわせれば、一人は即死させられる。
そう悠長に考え、油断していた時のことだった。
迫る剣は、別の剣によって阻まれた。
「リリオン様、ご無事ですか!?」
「……ゼオ?」
なんで、この子がここに。戦場で、私の思考は固まってしまった。
もちろん、敵の手は止まらない。
鍔迫り合いするゼオに、相手は容赦なく攻撃を加えていく。
「っ、やめ……やめなさい!」
目の前で、あの子が傷ついている。炎に焼かれ身を裂かれ、痛みに苦しんでいる。
助けないといけないのに、私は何もできなかった。
腰が抜けて動けない。動揺して魔法を使うこともできない。
ただ、目の前でゼオが傷つけられるのを見ていることしかできなかった。
「どうしたリリオン!所詮冷たいお人形には……」
だが、それでもゼオは、あの子は立派だった。
「リリオン様を、嗤うなァッ!!」
ゼオの剣が怒りを乗せて鋭く閃き、敵を斬り裂いた。
人間に倒されると思っていなかったのか、動揺し敵の動きが止まる。ゼオは素早く飛び掛かり、あっさりと二人目の首を斬り飛ばした。
「ッ、人間風情が……!ふざけるなぁぁぁぁッ!!」
声を上げ、残りの三体が一気に襲い掛かってきた。
ゼオが構える。今度こそ私が何とかしないと、本当に彼を失いかねない。
だが結局、最後まで私は何もできなかった。
代わりに、駆けつけた仲間が敵を仕留めてくれた。ゼオの身体に剣が迫る、その直前で。
「……ゼオ」
私の彼を呼ぶ声は震えていた。その声に、ゼオが振り向く。
「姫様……」
「怪我は、ないですか?よかったぁ……」
自分は血まみれで、あちこちに傷や火傷を負っているのにゼオはそう言いながら笑う。自分のことなど、どうでもいいと思ってるかのように。
私は、耐えきれなくなり声を出して泣いてしまった。
ゼオの負った痛みや悲しみを想像して。
そして、自分が思っていたよりもずっと、弱いことを思い知って。
まるで、泣かない彼の代わりに涙を流すかのように。
ご愛読ありがとうございました。お疲れ様でした。
良ければ感想、評価お願いします。励みになります。