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祈りの機神と騎士の刃  作者: 日鷹久津
始まりの終わり
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野良犬の騎士

 姫様が言うには、昔の世界はこうじゃなかったらしい。

 学のない俺を見かねて旅の途中、野宿の準備を終えて焚き火を囲み、食事を済ませて寝る。

 そんな日々の中の僅かな時間に、姫様はこの世界について教えてくれた。


 曰く、俺の爺さんあたりが子供だった頃、どこからともなく現れた魔物たちと人類の戦争が始まり───約50年、それが俺の知るこの世界だそうだ。


 戦況は良くない。50年近く戦いが続けばどんな強大な国もガタが来る。戦える大人は戦地に駆り出され、産業も教育も成り立たなくなっていく。

 かつて大陸の文化と政治の中心地だった王都も、難民と孤児と戦傷者でぐちゃぐちゃになっていた。


 そんな腐っていくだけの吹き溜まりから俺が拾い上げられたのは、身体に宿る魔力のおかげだった。


 魔物は魔法を使い、人間の兵士を軽々と吹き飛ばす。対抗するには魔法を使うしかない。だが姫様が言うには、魔法を使えるだけの魔力を持つ人間は極めて珍しいそうだ。昔は隊を組めるだけの数も居たそうだが、今は殆どいない。


 とにかく、王都の大通りを通る馬車の中から、食料を巡って喧嘩してる俺を見止めた姫様は、一目で俺の持つ魔力に気付いたそうだ。そして護衛に命じ、俺を野良犬のようにつまみ上げると枷を付け馬車に放り込ませた。


「あなたは私の騎士となるのです。以後、励むように」


 自らがこの国の姫であると名乗り、そう告げた姫様は悪魔のような笑みを浮かべていた。俺はめちゃくちゃに喚き、罵ったが、王城に着き馬車から降りるまで姫様は笑みを浮かべたままだった。


 それから俺は風呂で身体を洗われ堅苦しい服に着替えさせられ、王城らしい豪華な一室に通され姫様を待つよう言われた。


 何が何だか分からないまま、目についたのはテーブルいっぱいに並べられていた豪勢な料理だった。

 どんな料理で、どう調理したのか、何が材料なのかもわからない。だが、美味そうなことだけは分かる。そんな視覚だけでも十分なのに、胃袋を刺激する香りにふらふらと吸い寄せられていく。

 半年近く満腹になってなかった俺は目についたものから手あたり次第食い漁った。食べたことのない味に味覚が刺激され、手が止まらなかったのを覚えている。とにかく、美味かった。


「美味しいですか?」


 いつの間にか、姫様がすぐそこに立っていた。驚き、面食らった俺は、頬張った料理を飲み込んでようやく自分が何をしでかしたか理解した。

 今自分が食い散らかしたのは、普通では手の届かないであろう食事だ。具体的な金額は想像できないが、例え奴隷に身売りしたとしても払えないだろう。無理やり連れて来られたとはいえ、それで自分は悪くないと言い張れるほど俺も図太くはなかった。

 かといって美味いとも言えず、黙ったままの俺に彼女は続けた。


「そのアップルパイ、私の好物なんです。あなたも、気に入ってくれたみたいですね」


 テーブルの端、デザートとして用意されていたアップルパイはもう一切れしか残っていなかった。味は覚えていないが、たぶん美味かったと思う。


「料理人はよく頑張ってくれました。食材を調達するのも難しいでしょうに」


 姫様に咎める意図がないことに気付いた俺は、恐る恐る聞いた。

 いつもこんなに食べてるんじゃないのか。

 彼女は首を横に振る。


「覚えている限り、こんなに豪華な食事は初めてですね。お祝いの日でも、ここにある料理の一品並べばいい方ですから」


 意味が分からなかった。頭には疑問符が浮かぶばかりで、彼女の発言と今の状況が結びつかない。

 戸惑うままになんで……?と聞いた彼女の答えは、俺の望んだものではなかった。


「今日は、私の出発日なんです。魔物たちを指揮する総大将、魔王を討伐する旅路の」


 魔王を、討伐する?王族が、どうして。


「それが魔物と戦う力を持つ我が王族の使命なのです。父は旅に出るには老い、私は国を継ぐには若い。長らく鍛錬を続けていますから、先に旅に出た妹や弟よりは、勝算があるでしょう」


「既に国軍の指揮系統は崩壊しています。各地で抵抗を続けてくれてはいますが、組織的に行動するのは難しいでしょうね」


 つまり、少数精鋭による一点突破しかない、と。


 そこでようやく俺の思考も回り出した。嫌な想像に冷や汗が出てくる。


 つまり、美味いもの食わせたんだから、働けってことか?


「意外と義理堅いのですね。ふふふっ」


 他人事のように笑う彼女は、ふっと穏やかに優しい口調で続けた。


「嫌なら、王都を出てすぐ分かれましょう。この辺りはまだ安全ですし、装備を売れば……まあ、数日は何とかなるでしょう」


「あなたを騎士にしたのは、父を心配させないためです。父は王都の騎士を同行させる気だったようですが、王都の備えは万全にしておきたいですから」


 想像が外れて、ほっと一息つこうとした。


 だが、相変かわらず体は強張ったままだった。嫌な感覚、腹の底で何かが這いまわるような不快感が消えない。

 俺が居なくても、この女は魔王討伐へと向かう。魔物の強さがどんなものなのかは知らないし、この女の強さも知らない。口の中の料理の味の余韻が、塗り潰されるように消えていく。

 彼女は話を続ける。


「その料理、もう一度食べたくありませんか?」


「魔王を討ち、魔物を各地から撃退できれば……きっとまた食べられるでしょう。世界中の美味しいものを食べられるようになりますよ」


 彼女の声はどんどん大きく、話し方も盛り上がっていく。


「それだけじゃありません。我が騎士として、私の与えられるものなら何でもあげましょう。金でも領地でも、或いは女でも……」


 ふっ、と。彼女の声が途絶えた。


「え?」


 皿ごと差し出されたアップルパイと俺とで、彼女の視線がちらちらと切り替わる。初めて会った時から一貫して余裕を持った態度だった彼女が初めて見せた困惑の表情だった。


「好きなんだろ?一個残ってるから、食えよ」


 一瞬の逡巡の後、ええ、と彼女は皿を受け取りアップルパイを掴み、かじりついた。

 好物なのは嘘ではないらしい。食べ方こそ上品だが、目の輝きやぱくぱくと勢いよく食べる様子から余程好きなのが伝わってくる。

 そういう子供らしいところを見ると、印象も変わってきた。多分、歳も自分とそう変わらない。16、7辺りだろう。

 観察されていることに気付いていないのか、彼女は残った一口を放り込み、少し寂し気にうつむいた。


「さっきの言葉、忘れんなよ。魔王を討伐出来たら、もう一度アップルパイを作ってもらうからな」


 俺の言葉で彼女は顔をあげた。きょとんとした表情が、すぐさっきまでの凛としたものに戻った。ただ、俺に向けるその視線は穏やかで優しいものに感じた。少なくとも、俺はそう感じた。


「……そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」


 ああ、と頷きそういえば自分も目の前の姫の名前を知らないことを思い出した。そのことを説明すると、彼女は口元を抑えて笑った。


「私はランメア。ランメア・スティンバル。この王国の第一王女です」


「俺は……」


 名乗ろうとしたところで、彼女が遮る。手で椅子から立つよう促され、彼女の目の前まで行き、跪かせられた。俺は黙ってそれに従う。満足げにうなずいた後、彼女はふっと軽く息を吸い込んだ。


「第一王女、ランメア・スティンバルの名において、あなたを我が騎士に叙任します」


 腰に帯びた剣を抜き、俺の肩を軽く打った。詳しいことは知らないが、これも騎士となるために必要なことなのだろう。座ったまま済まさせなかったのもそうだ。

 この姫は、本気で俺を騎士として認めてくれている。期待されている。それが言いようもなく嬉しい。貧民街では感じたことのない感覚に、握った拳に力が入った。


「我が騎士よ。名は?」


 すっと顔を上げる。貧民街の住人と姫と、文字通り見上げるほどの身分の差を、彼女の瞳は感じさせない。今まで味わってきた侮辱と軽蔑の混ざったものとは違う。

 期待と信頼───それに応えたかった。それしかなかった。


「ヒューグ……まあ、呼びたければ野良犬でも何とでも。慣れてますんで」


「では、我が騎士ヒューグ。我が命に従い、我と共に死地へと旅立つ覚悟はありますか?」


 答えは決まっていた。


「あなたが望むなら、どこまでも」

 

 ふっ、と彼女が微笑む。よろしい、と剣を納め手を差し出してきた。その手をぐっと握り、立ち上がる。


「早速で悪いですが、すぐに出発しますよ。荷物は準備してありますから」


 今すぐにか、と聞き返すと今すぐです、と返ってきた。一度部屋から出て、二人分の荷物を持って戻った姫様はごとんとそれを床に置いた。それから壁に立てかけてあった大層立派な装飾の剣を手に取り、柄をこちらに向ける。


「剣の握り方も、魔法の使い方も……旅してるうちに覚えさせますから。安心してくださいね」


 そう笑う姫様の笑顔は、あの時と同じで悪魔のようだった。

 もしかしたらこのまま彼女に、地獄まで魂を連れていかれることになるかもしれない。


 そう笑いながら、俺は剣を受け取った。

ご愛読ありがとうございました。お疲れ様でした。


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