ノーポルノ•イエスセックス
性的ですが多分エロくないです。
21XX年。日本の少子高齢化は限界を迎えていた。晩婚化、未婚化は留まるところを知らず、経済が半世紀以上停滞している国に経済を移民が来ることは無かった。
それなりに行われた子育て支援はやはりと言うべきか目立った効果を上げず、人工子宮は忌まわしい事故を起こして普及することが無かった。
万能なるデバイスに表示された速報によれば、今日、新たな法律が施行されるらしい。『ポルノ取締法』とかなんとか。
一体なぜ、今更こんな法律を?表現の自由の名の元に自慰行為は公然と、そしてひっそりと市民権を獲得してきたのに。
速報はこの法律が定められた動機について記して居なかった。AIの自動速報なので仕方が無いことだ。何故こんな法律が出来たのか想像しながら廊下を歩く。
廊下にはバーチャル体で歩く生徒と、現実の体で歩く生徒が半々くらいだ。僕は高校の寮に住んでいるので現実の体だ。それに、バーチャル体を操るのは何となく気疲れする。
「SF探求部」というのが僕の所属している部活だ。我らが国立北統合高校は北海道•東北圏で唯一の高校で、5万人近い生徒を擁するが、この部活は3人しか生徒が居ない。3年生の既に引退した先輩と、2年生の先輩と、僕だ。
部室は誰も居ないか、2年生の先輩が一人居るかのどちらかだ。2年生の先輩――楓先輩――が居たら嬉しいと、少しだけ思いながら部室に入る。
部室には楓先輩が居た。頭上には青い文字で「齋藤楓」と浮かんでいる。学年を識別するためのものだ。青い文字は2年生を表している。僕の頭上にも赤い文字で名前が浮かんでいる。1年生は赤い文字だ。
「やぁやぁ、須藤くんじゃないか」
先輩の声は鈴が鳴るような声だ。と言っても声が高いわけでは無い。聞くと嬉しくなって、ずっと聞いていたくなるような声なのだ。
「どうもです。こんにちは」
僕は無難な挨拶を返す。近年の風潮では、歳の差や学年の差で上下関係を作るのは宜しくないことだとされているが、何となく先輩に対しては敬語を使ってしまう。先輩も敬語を使われると嬉しそうな雰囲気だ。
僕は部室にカバンを置いた。僕のカバンはインドで作られた物で、オレンジの配色や動物の図柄やちょっとした収納の入るポケットが気に入っている。
僕はカバンからデバイスを取り出さなかった。デバイス、端末と呼ぶ人も居るが、それを使えばインターネットにアクセス出来る。インターネットにはあらゆる電子情報と、仮想空間と、ネット化された人間が接続されている。
何を隠そう、インターネットの世界に入るより、先輩に意識を集中することが僕にとっては大事なのだ。
先輩は開いていた本を閉じ、僕の目を見た。先輩の目は整形によってキラキラしている。実のところライトのように暗闇を照らすことも出来るらしいが、今はただ先輩の目を控え目に輝かせている。
「須藤くんはニュースをよく見ているから知っているかも知れないが、『ポルノ取締法』なるものが制定されたらしい」
「あー、見ましたよ。なんだってこんな法律が制定されたんでしょうね。」
「動機も爺さんが言ってただろう」
「速報で見ただけなんですよ。授業が終わってすぐ来たので。先輩は今日は7限目取って居ないんでしたっけ」
「あー、7限目は本を読むのに最適だからな」
「そうなんですか」
「この法律は、ディストピア小説にありがちだと思わなかったかな」
「まぁ、思いましたね」
「私も爺さんの言ったこの法律の目的を聞いて驚いたのだが、この法律の目的は若者の欲求不満を促すことらしい」
「本当なんですか、それ。マジでディストピア的な奴じゃないですか」
「ああ、マジでディストピアだな」
「なんと言うか、少子高齢禍の中とはいえ、ポルノの禁止までするとは。DMM辺りは反対したんじゃないですか」
「まぁ、反対してたな。特に仮想ポルノ空間でキャンペーンを張ってたらしいから、君もよく知ってるんじゃないか?」
「……まぁ」
楓先輩は性的なことも躊躇なく話すところがある。僕以外の男に対してやったらセクハラとして訴えられてもおかしくない。デバイスは全てを録音しているのだから。
「今日はこの件について話し合おうじゃないか。」
「そうですね。僕も先輩の見解を聞いてみたいと思ってました。」
「私もだよ。今日は朝から、君と話したくてウズウズしてた。」
先輩に他意があるかどうかは分からないが、僕はドキッとした。
「まず……こういう法律って、そろそろ出来るんじゃないかと思ってたんですよ。僕も。だって、少子高齢禍ほんとにヤバいじゃないですか。」
「そうだな。この国は100年近く持続可能な出生数を下回り続けている。いくらAIが人類の機能を代替したって間に合わないくらい。」
「じっさい、こんな法律が制定されると聞いた時、僕は嬉しい気持ちもあったんですよ。ついに本気で出生数増加に取り組むのかなって。けど、よく考えると、こんなやり方って不確実じゃないですか?」
「ポルノを禁止したからって、本当に人間は性行為に走るのか……これについては、私はありえるんじゃないかと思ってる。」
「先輩、性行為のこと直接的に言い過ぎですよ……先輩のデバイスに聞こえて、不味いことになるんじゃないですか……?」
「大丈夫だ。ちょっとアプリを入れて、デバイスをオフにしてるから。」
「ちょっと、不味いですよ。防犯的にも……」
「君は私に、犯罪的な行為をしないだろ?この部屋以外ではもちろんオンにしてるから問題ない。」
「そりゃあ……何もしないですけど」
先輩に信頼されているのは純粋に嬉しいが、同時にほんの少し不純な気持ちが沸いてくる。誰もがデバイスに情報的に守られた社会で、今、先輩だけが守られていない。
僕のデバイスのデータだって、あとから消そうと思えば消せるのに。先輩は僕の邪な気も知らず、話を続ける
「須藤くんは知ってるかな。現代人の八割はオナニー中毒らしい。」
「……聞いた事あります。WHOやら政府やら医者やらが散々警告してますよね。」
「まぁ、人間の脳の中で一番強い快楽を出せるシナプスが性的な回路なのだから、より強い娯楽を求める中で、みんながそういうことにたどり着くのは、当然なんだろうな。」
「そうですね。あとまぁ、そういう行為はデバイスのAIによって止められにくいですからね。AIからのセクハラになるとかで。」
「今回の法律はオナニー中毒者を減らすという目的もあるらしいな。」
「そういうことですか。……あの、あんま関係ないんですけど先輩、今日ちょっとアレじゃないですか?」
「ん?」
「その、性的なワードを言い過ぎというか。」
「なるほどね。実はね、最近私は、オナニーを自制しているんだよ。」
「へ、へぇ……」
「この法律が効果あるのかどうか確かめたくね。」
「へー、あの、それで。」
「うん。まぁ、だいぶ効果があるようなんだ。」
先輩も流石に恥ずかしいのか、顔を赤らめた。
「整形技術の進歩で、現代人の顔はどんどん性的になっていると言うが、君の顔も身体なかなか良い。」
「え、その……」
「それに君は優しいし、話してて楽しい。私の相手としては申し分ない。」
「その、ありがとうございます。」
気づいたら、先輩の眼が妖しく光っている。
「それで……君さえ良かったらなんだが。このあと、ちょっと休憩所でも行かないかな」
今はまだ、先輩と後輩というだけの関係だし、もっとプラトニックに仲を深めたい気持ちはもちろんある。けど、僕は我慢出来ずにうなずいた。
最近は仮想ポルノ空間でも、キャンペーンがうるさくて、日課の性欲処理が出来ていなかったので。
性的な話が入ったSFの方が好きです。別にエロスは感じないんですが。社会を書く上で性的な話は不可欠……なのかも知れません