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第八十七話:リトル・ラウンド・トップ(中編)

「各騎、一瞬たりとも足は止めるな。倒れる者、落伍する者は敬意と共に置いていけ」


 丘の頂上から撃ち下ろされる、砲弾と銃弾の暴風雨。その暴力的な戦場音楽の最中であっても、オルジフの命令は良く聞こえる。張り上げるような声とは全く異なる、努めて地を這うような声色で発せられるその号令は、戦場音楽の轟音をすり抜け、配下の有翼騎兵達の耳へと明瞭に届いている。


「損害は?」


「三十にて」


 隣を駆ける代頭(ポルチュニク)と極めて簡素な報告を交わしつつ、オルジフは丘上を一線に見据える。

 リトル・ラウンド・トップ。

 オーランド軍の本陣であり、砲陣地であり、今や最終防衛陣地と化した小丘へと付けられた通称。パンテルス会戦の中で自然発生的に生まれたこの名前は、奇妙な事にオーランド軍、ノール軍双方の将兵へと浸透していた。オーランド側からは希望の意味を込めて、ノール軍からは恐怖の意味を込めて、リトル・ラウンド・トップの名が口々に叫ばれていたのだ。


「二十も辿り着ければ、御の字か」


「二十で十分かと。釣りも出ましょう」


 代頭の返答を受け、オルジフは僅かに笑みを浮かべた。


「……む?」


 熾烈極まりない丘上からの攻撃が、ふいに途絶えた。あれだけ喧しかった戦場音楽が止み、小鳥の囀りが聞こえる程の静寂が訪れる。


「……大砲の俯角下へと潜り込んだのでしょうか?」


「いや、まだそれほど深く進んではいまい」


 オルジフは自らの部隊速度を落とす事なく、しかして注意深く丘上を観察する。

 昼前の太陽を背に、リトル・ラウンド・トップは未だ健在である。陣地を放棄した様子も無い。

 であれば、砲撃停止の意図は一つに絞られる。


敵方(てきかた)より、仕掛けてくるぞ」


 オルジフの言葉と同時に、硝煙の向こうから降り注ぐ太陽光が、騎兵隊の影によって遮られた。


「……代頭(ポルチュニク)、各騎へ長槍構えの号令を」


 丘上から有翼騎兵(フッサリア)を見下ろす騎兵達は、皆一様に漆黒の板金鎧(フルプレート)を着込み、鎖帷子(メイル)に覆われた重軍馬に跨り、その右手には長槍(ランス)が握られていた。


「……各騎、交互二列横隊。長槍(コピア)を構えよ!構え!」


 砲撃停止の意図を察した代頭が、背後の有翼騎兵(フッサリア)達へ整列と突撃準備の命令を下す。

 呼応するように丘上の重騎兵達、つまりコロンフィラ騎士達も長槍を引き絞った。


長槍(Lancer)襲撃(Charge)!」


 コロンフィラ騎士達は、己の背中に注がれる太陽光の力を、そのまま速力へと変換し、長槍(ランス)の穂先で風を切り裂きながら一気に逆落(さかおとし)を敢行した。


「「滅び損ねた老鳥共の羽根を全て毟ってやれ!」」


「「外道騎士共を串刺しにせしめん!」


 コロンフィラ騎士団は速力という名の衝力を武器に、有翼騎兵(フッサリア)長槍(コピア)という名のリーチを武器に、眼前の重装(Men)騎士(at Arms)へ正々堂々と戦いを挑んだのだ。

 その突撃模様はまるで、曽ての馬上槍試合を彷彿とさせた。

 最初の一槍に全衝力を賭し、突撃する。相手が上手であれば鎧ごと心臓を貫かれ、此方が上手であれば擦れ違いざまに勝者となる。

 戦場絵画に描かれるような、華々しき騎士達の戦い。

 初撃の一槍において彼らは、戦争絵画に優るとも劣らない勇姿を自ら描いたのだ。


抜刀(Draw Sword)!」


 しかして絵画に描かれるような美しい戦場風景は一瞬の内に過ぎ去るのが宿命である。長槍(ランス)長槍(コピア)が一度混じり合った後は、双方共に血と泥に塗れたいつもの戦場模様へと急速に色褪せて行く。

 相手の馬へと飛び乗り、鎧の隙間へ短剣を何度も突き立てる者。一対一で斬り合う敵の背中へ短銃を撃ち込む者。そこに華々しさは微塵も無く、ただ勝利への渇望のみがあった。

 ただ一人、オルジフ・モラビエツスキを除いて。


「甚だ、惰弱なり」


 相手が勢い任せに突き出してきた直剣の切っ先を厚手の革手袋で掴み取り、鉢型兜(バシネット)の目穴へ短剣を突き刺す。兜から血の涙を流しながら落馬するコロンフィラ騎士へ、オルジフは短剣を掲げて弔いの意を示した。

 当然その隙を突こうと、オルジフの背後から別のコロンフィラ騎士が彼の背中へサーベルを振り下ろす。


「儀仗兵に遅れを取る程、我は耄碌しておらず」


 オルジフはその斬撃を敢えて避けず、背甲と兜で受け流しながら振り向いた。斬り掛かったコロンフィラ騎士は、振り下ろした直剣を正中線へ戻す暇もなく、その喉元を超長剣(コンツェシュ)に貫かれた。


「その黒鎧、その兜、その剣、その旗、全て虚仮脅しか」


 オルジフはゴボゴボと鮮血を吐きながら倒れる騎士へと、再び剣を掲げて弔意を表した。

 二騎のコロンフィラ騎士に迫られようとも、右手の槌矛(ブズディガン)で敵の頭を兜ごと叩き割り、左手の超長剣(コンツェシュ)でもう一人の脇下を深々と突き刺す。槌矛で屠った相手には槌矛を掲げ、超長剣で葬った相手には超長剣を掲げる。

 二百の騎士が入り乱れる騎馬戦において、オルジフだけはその華々しさを失わずに戦い続けていた。


「あのグレートヘルムの野郎が大将首だ!」


「差し違えてでもブッ殺せ!」


「……次から、次へと」


 一秒の間も置かずに刃を交え続けた結果、オルジフの太刀筋が僅かに乱れる。

 次々に伏していく仲間の亡骸を目にしてもなお、コロンフィラ騎士の士気は衰えない。むしろより一層、一気呵成に有翼騎兵(フッサリア)へと突撃していく。


「貰ったァ!」


「むッ……!?」


 しゃにむに突っ込んで来たコロンフィラ騎士の刺突を肩口に受け、その部分の装甲が大きく内側へと湾曲する。


「……儀仗兵などと、侮ったか」


 右肩関節の役目を担う薄鉄板が大きく変形し、オルジフの右腕の可動域が目に見えて悪化する。


「あの世で故郷(ヴラジド)が待ってるぜ!」


 槌矛を右手から取り落としてしまったオルジフへと、再びコロンフィラ騎士が迫る。


「……笑止!」


 敵が両手で振り下ろしてきた斬撃に対し、左手の超長剣を以てその軌道を受け流す。


「外道騎士の一派があまつさえ騎士号を偽り、あろうことかその称号を恥ずかしげもなく掲げる貴様らの方こそ黄泉が相応しかろう!」


 オルジフは受け流しに使った超長剣の刀身を口に咥えながら、空いた左手で腰のフリントロック・ピストルを抜き放った。


「貴様らは騎士に非ず!賊徒なり!」


 心臓に向けて放たれた弾丸は、コロンフィラ騎士が纏う胸甲のV字状の溝に沿って弾かれた。


「どの国のどんな騎士号だろうが、源流を辿ればどいつもこいつも賊と大差ねぇ出自だろうがッ!」


 着弾の衝撃にも怯まず、コロンフィラ騎士は再び直剣を両手で振り下ろす。オルジフは超長剣を咥えたまま、斬撃をピストルのグリップ部分で受け止めた。


「騎士ってのは出自で決まるモンじゃねぇ!死に方で決まるモンだ!」


 拳銃と直剣の鍔迫り合いを繰り広げながら、コロンフィラ騎士が叫んだ。


「騎士団長閣下は我らに騎士としての死に場所を用意して下さった!それだけで騎士を名乗るに十分だ!」


 鍔迫り合いに競り負けたオルジフのピストルが宙を舞う。


「戦って死ぬ!それが騎士だ!」


 勝機を見たコロンフィラ騎士が、渾身の刺突を繰り出そうと直剣を引き絞る。


「ノールとの戦争で死に損なったお前はもう騎士でも何でもねぇ!」


 オルジフのグレートヘルムに開けられた目穴へ切っ先が走る。


「ただの亡霊だ――!」


 コロンフィラ騎士の突きがオルジフの兜へと達する前に、オルジフの超長剣が彼の喉元を貫いた。

 亡霊と呼ばれたその老将は、超長剣を口に咥えたまま、その切っ先を相手の喉元へと突き立てたのだ。


「……貴様如きに」


 刀身を噛み締めた所為で血塗れになった口から、血と言葉を吐き捨てる。


「貴様如きに、何が判るというのか」


 地面の泥と水に濡れたフリントロック・ピストルを拾い上げ、再装填を行いつつ周りを見渡すオルジフ。

 近付いてくる代頭の報告を待たずとも、勝者は有翼騎兵(フッサリア)の側である事は明白だった。


「閣下、損害は三十五にて」


「……残りの翼は二十余か」


「左様にて。十分かと」


 ピストルに続いて槌矛を拾い上げたオルジフは、腰の革鞘へと槌矛を納めた。


「我の兜を、取ってくれ。右腕の自由が効かぬ」


 オルジフの頼みを承知した代頭が、すぐさま彼のグレートヘルムを脱がす。


「各騎へ再整列を促せ。今こそリトル・ラウンド・トップを蹂躙する時ぞ」


 白日の下に晒された彼の顔色は、まるで亡霊のように青白かった。


【パンテルス会戦:戦況図⑩】

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] ここからどうやって勝ち筋を見つけるのだろう
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