第六十七話:シルバーベティ&ライフル
「毛玉隊長〜!どうですかコレ!」
緑色の猟兵服に身を包んだリサが、エレンに自身の出立ちを自慢している。
二人の周りでは、木箱を担いだ輜重隊員達が慌ただしく往来を繰り返しており、ラーダ王国から運び込まれた大砲関連器具を運搬している。
「狩猟用ホルンの徴章です!これで私も正式に猟兵中隊の一員ですよ〜!」
狩猟用ホルンを模した金の徴章を三角帽子に付け、ご機嫌な様子のリサ。今まで輜重兵として戦っていたリサやラルフ達は、タルウィタ首都防衛戦を前にして、正式に猟兵中隊へと組み込まれた。
「わ〜カッコいい〜!猟兵部隊はエリートの証だってお姉ちゃんが言ってたよ!私達の輜重兵じゃ無くなっちゃうのは寂しいけど、おめでとう!」
「えへへへへ……まぁ結局は顔見知り猟師達の集まりなんですけどね」
木箱の上に座るエレンが、リサの猟兵服を触りながら祝辞を述べる。戦列歩兵の羽織るロングコートとは違い、猟兵のジャケットは着丈が短く、腰上部分でカットされている。
「猟兵の服って動き易そうでいいよね、緑色なのはちょっと地味だけど」
これ動き辛いんだよね、とスカートを摘んでバタバタさせるエレン
「猟兵は伏射したり、膝立ちする事が多いからですね。緑色なのは……何ででしょうね?私も分かんないです」
「お姉ちゃんもそうだけど羨ましい〜!私も自分の軍服欲しい〜!」
自分が座っている木箱を足裏でドカドカ叩きながら、ポケットから黒パンを取り出すエレン。
「そういえば輜重隊の皆さんは平服ですよね。何か理由があるんですか?」
「お姉ちゃんが言うには、軍属であって軍人ではないから、だってさ〜」
そう言うと、大口を開けて黒パンに喰らいつくエレン。
「軍人と軍属って、どう違うんですか?」
「んぐんぐ……私もよくわかんない……」
二人の中に微妙な沈黙が流れたタイミングで、積まれた木箱の裏から大男が現れた。
「武器を取って戦うのが軍人、軍の為に自分の専門知識を活かすのが軍属ですぜ」
エレンの隣に大きな木箱を置きながら、熊の様な大男、つまりアーノルドが説明を加える。
「そうなんだ〜!ありがとうアーノルドおじさん!」
「前にも説明したじゃないすか毛玉隊長……あと木箱に乗んないでくだせえよ。それ銃が入ってるんですから」
「むぅ」
アーノルドに首根っこを掴まれ、そのまま地面に降ろされるエレン。
「じゃあ輜重隊って、扱いは民間人って事なんですかね?」
「そうなるな。俺も元は砲兵で軍服を着てたが、今じゃ平服だ」
煤で灰色がかった自身の麻服を指差すアーノルド。
「はぇー、どうして砲兵から輜重隊に異動したんですか?」
「この毛玉隊長の為だな」
「んぐー!」
アーノルドに軽く頭を叩かれ、パンを咥えたまま何かを発言するエレン。
「幾ら民間人とは言え、輜重隊長が軍に関して素人じゃ、色々と困るだろうと思ってな」
「んぐんぐ……。大砲に詳しいだけじゃ、砲兵輜重隊長のお仕事は中々務まらなかったの。だからアーノルドおじさんが来てくれて助かったよ〜」
パンを無理やり喉奥へと押し込んだエレンが言を繋げる。
「お陰で給金は大分減っちまったけどな」
悲しそうに呟いたアーノルドだったが、後悔している表情では無かった。
「え!?砲兵よりも給金が少なくなるんですか!?読み書き計算が出来る人達なのに!?」
「なんだ、俺達を高給取りだとでも思ってたのか?ハッハッハ!こりゃ傑作だ!」
驚きの声を上げるリサを、豪快に笑い飛ばすアーノルド。
「でも、お、おかしくないですか?同じ額ならまだ分かりますけど、専門知識があるのに給金が低いって……」
「お前ら軍人と違って、命を掛けて戦う訳じゃないからな。命を張らなきゃいけねぇ分、軍人の方が立場は上だ」
そう説明を受けても、リサの顔に納得の二文字は浮かんで来なかった。
「輜重兵の方々も戦闘こそしませんが、戦場では命を掛けて砲兵さん達を支援しているじゃないですか!そ、それなのに給金に差が出るのはおかしいと思いますっ!」
「いや、まぁ、そう言ってくれるのは有り難えけどよ……。どうしてアンタが、そこまで俺らの肩を持つんだ?」
両拳を握り締めて意固地になるリサを、目を丸くして見つめるアーノルド。
「違うよ、アーノルドおじさん。リサちゃんが言いたいのは、多分そういう事じゃないよ」
困却する彼の横で、エレンが一歩を踏み出す。
「自分のお母さんが低く見られてるみたいで、嫌だよね。リサちゃんがモヤモヤしちゃうのは分かるよ」
「むぐぅ……」
行間を一気に先読みした彼女の発言に、思わずたじろぐリサ。
「でも安心してね。給金の多さで、リサちゃんのお母さんの価値が決まる訳じゃないよ」
エレンは踵を上げ、頑張って背伸びをすると、リサと同じ目線に立った。
「ターニャ・ホーキンスさんは立派だったよ。鉄砲は持ってなかったけど、最期まで勇敢に戦ったよ。私が保証するもん」
人の内心までも見透かしそうな、美しく深い琥珀色の瞳で見つめるエレン。
「ご、ごめんなさい……私の癇癪を受け止めて頂いたうえ、更に心中まで察して頂いて。お恥ずかしい限りです」
頭から三角帽を取り、胸元でグニグニと所在無げに丸めながら謝るリサ。
「……なんだか分からんが、解決したようで何よりだな」
最後まで二人の間に入れなかったアーノルドが、腕組みしながら頷く。
「そんで女猟兵のお嬢が輜重隊に何の用だい?」
「あ、えーとですね……えーと、あ!銃です!ライフルを取りに来ました!」
背中に手を回して、自分が銃を背負っていない事に気付くリサ。
「所属が輜重兵のまま変更されてなかったみたいで、多分そちらにライフルが届いてると思うんですけど……」
「あーね。届いてたよ、これこれ〜」
スカート中の隠しポケットから二つ目の黒パンを取り出すと、自身が尻に敷いていた木箱を指差すエレン。
「アーノルドおじさん、この木箱開けてあげて〜」
「へいへい」
テコの原理で鉄棒を隙間に押し込み、上蓋をこじ開けるアーノルド。上蓋を足で雑に払い除けると、ラーダから届いたばかりのライフル達が顔を出した。
「シルバーベティのライフル版なんてあったんだ〜初めて見た〜!」
「毛玉隊長はこの鉄砲知ってるんですか?」
「知ってるよ〜、カロネード商会の鉄砲だもん」
銃を拾い上げ、次々に交差襷掛けで担いでいくリサ。
「あ、これカロネード商会の銃なんですね。何処かにマークとか入ってるんですか?」
「んぐんぐ……本当は入ってるんだけど、この子達はなんか削られてるねぇ」
銃床の削失跡を爪でカリカリと掻くエレン。
「パッと見、オーランドのマスケット銃と大して変わんねぇ様に見えるけどよ」
「……いや、実際持ってみると結構違いますよ」
拾い上げた最後の一丁を使って立射の構えを取るリサ。
「銃床の角度がかなり下向きなので、構えた時に目線が自然に照準線と重なりますし、重心が手元に寄ってるので長時間構えても疲れにくくなってます。ハンマーも耐久性を意識した湾曲形状になってますし、火打石の固定位置もかなり幅広く調節できる様になってます。ライフルにとって不発は致命的なので、これは有り難いですね。加えて照準がライフル専用の遠距離仕様になってます、これで敵を正確に――」
ふとリサが銃から目を離すと、目が点になったアーノルドとエレンが佇んでいた。
「あ〜……お二人にはあんまり関係無い話でしたね〜」
みるみる顔が赤くなっていくリサをニヤニヤしながら見つめるエレン。
「リサちゃん物知りだね〜」
「いやいや!ほんとにっ!知識が偏ってるだけですっ!何でこの鉄砲がシルバーベティって名前なのかも分かって無いですし!」
お騒がせしましたっ!と言いながら十丁のライフルを襷掛けすると、リサはそそくさと去っていった。
「……そういや確かに、何でシルバーベティって名前なんだろうな?」
ガニ股で足早に走り去っていくリサの背中を見ながら、疑問を浮かべるアーノルド。
「んぐんぐ……名前の由来知りたい〜?」
「ん?お前は由来を知ってんのか?」
「んぐんぐ……知ってるよ〜。まぁ、ほとんど名前そのままの意味だけど」
両手掴みで黒パンを頬張りながら話すエレン。
「そのままぁ?……シルバーは銀だろ?んでベティはエリザベスの愛称だよな?」
「んぐんぐ……シルバーは、銀髪のって意味だよー」
「銀髪?そんなら銀髪のエリザベス……あっ」
答えに辿り着いたアーノルドが少々間抜けな面を晒す。
「んふふふ〜!正解〜!」
二つ目の黒パンを完食したエレンが、アーノルドの顔を見てケラケラと笑う。
「……まぁ由来は分かったけどよ、なんでカロネード中尉殿の名前が冠されてんだ?普通、作った奴の名前か、若しくはカロネードの名が付くもんじゃねぇのか?」
自分の肩に担いだシルバーベティ・マスケットを、横目で一瞥しながら尋ねるアーノルド。
「その鉄砲ね、丁度お姉ちゃんが産まれた年に完成したんだって。だからお義父さんが記念にって、お姉ちゃんの名前を付けたんだよ〜」
そう言うと、彼の担ぐ銀髪のエリザベスを指差し、屈託の無い笑みを浮かべた。
「だからそれは私の二人目のお姉ちゃん!なので大事に扱ってね?」




