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カノン・レディ〜砲兵令嬢戦記〜【書籍1巻発売中/コミカライズ配信中】  作者: 村井 啓
第七章:戦雲未だ収まる所を知らず
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第六十六話:火種新たに

「ほう、君はラーダ王国の出身なのか。殆ど訛りが無いから気付かなかったよ」


「ラーダ語とオーランド語は、話し言葉に殆ど違いはありませんから」

 

 自分の中隊へとあてがわれた雑多な大砲の数々を確認しつつ、ディースカウとエリザベスは互いの親睦を深めていた。

 結局オーランド砲兵大隊は、イーデン少佐とオズワルド中尉が所属する第一中隊、ディースカウ大尉とエリザベス中尉が所属する第二中隊から構成される事になった。


「オーランドへはどうやって?ラーダを経由して陸路で来られたんですの?」


 頭の中で世界地図を開きながら、ディースカウの道程を尋ねるエリザベス。

 東部帝国(オストライヒ)はラーダの西に位置する帝国だ。ラーダの東に位置するオーランドに陸路で訪れる為には、必ずラーダを経由する必要がある。同じく東部帝国(オストライヒ)出身のヨハン・マリッツも、確かラーダを経由してオーランドへ来ていた筈だ。


「いや、海路を使ったんだ。東部帝国(オストライヒ)から直接、船でタルウィタ港に乗りつけたよ」


「海路……?あぁ、ピネア海を渡ってきたんですのね」


 タルウィタは、ピネア海と呼ばれる内海の東端に位置している。反対の西端に位置する港が、確か東部帝国(オストライヒ)領だったと記憶している。彼はラーダを経由する北ルートでは無く、ピネア海を横断する南ルートを取ってオーランドへ到達したのだ。


「晩秋のピネア海は大層荒れると伺っておりますわ。船旅の乗り心地は如何でしたの?」


「将校団十五人のうち、十三人が吐いた。僕は幸運にも、残りの二人側でいる事が出来たよ」


 か細い糸目を備えた彼が、ニッと口端を吊り上げる。

 東部帝国(オストライヒ)の軍人といえば、顎髭を蓄え、筋骨隆々で、声が大きくて、常に鳩胸でノッシノッシと歩いているイメージがある。しかし目の前のディースカウは対照的だ。髭は綺麗に剃られており、細身で、落ち着いた声で話す。イメージ通りな部分は金髪である事ぐらいだろうか。

 

「結構な船旅でしたのね。そうまでして陸路を避けたかった理由はなんですの?船の方が早かったからですの?」

 

「いや、ラーダ王国が僕達の領土通行を許してくれなかった。それだけだよ」


 砲側に立て掛けられた導火棹を掴むと、指揮棒の様にクルクルと片手で回すディースカウ。


「ラーダが?通行を許さなかった?」


「あぁ。オーランド連邦に外国人将校として任官しに行くと、馬鹿正直に目的を話したのが不味かった」


 右に左にと、導火棹を回す手を器用に持ち替えながら話すディースカウ。


「これはラーダ側と一悶着した後に知ったんだが、この戦争に於いてラーダは中立の立場を表明しているんだろう?」

 

「ええ、実情はまぁ、色々とありますけども……」


 裏で金や銃を融通しつつ、表立っては堂々と中立を宣言する祖国の面皮の厚さに噴飯しそうになるエリザベス。


「正式に僕達を通してしまうと、オーランド側に肩入れをしているも同義になるんだと。だから通せないと、そう言われてしまった」


 回していた導火棹をピシッと、タルウィタ港のある西へと向ける。


「正式には通せないが、他ルートで勝手に入国する分には関知しないと助言をもらってね。だからピネアの荒波を超えてきたんだ」


「……そうまでして遥々来て下さったのですね。有難うございますわ」

 

「僕自身の給金と名声の為だから、御礼を言われても困るんだけどね。最近、祖国の金払いがとても悪くなってしまって……いやぁ参った参った」


 回していた導火棹を元の場所に戻すと、初めに会った時と同じ様な、糸目の笑顔を見せるディースカウ。


「いえいえ……理由はどうあれ、来て頂けたのならこれ以上嬉しい事はありませんわ」

 

 彼の顔を、下から覗き込むようにして観察するエリザベス。

 エリザベスは、どうにも彼の人となりが読めずにいた。先程の発言も、礼を言われた事によって、どの様な反応を返してくるのかを確かめる為に発したものだ。所作であれ声色であれ、何かしらの変化や反応を見せてくれれば、そこから対象の感情であったり性格がある程度読み取れるものである。少なくとも、カロネード商会の教育を受けてきたエリザベスには、読み取れる自信があった。

 しかし、眼前のディースカウという人物からは、感情らしい感情が見えてこない。確かに笑顔や所作は見せてくれるのだが、どれもこれも仮面の様で、生気が無い。まるで、人形がそれっぽく人間を演じているかの様である。


「……祖国の金払いが悪くなったと仰ってましたけど、西部王国(ヴェスターラント)との内戦と、何か関係があったりしますの?」


 もう少し彼の心を深掘りできないかと、質問を続けてみるエリザベス。


「ああ、関係大アリだね」


 カノン砲だけでなく、榴弾砲すらも一部混在している大砲の数々を見つめながら、当惑の声を上げるディースカウ。


「つい先月、西部王国(ヴェスターラント)東部帝国(オストライヒ)との間で、休戦協定が結ばれたんだ」


「あら、やっと内戦が終結しましたの?」


「いや、五年間の一時休戦さ。結局、どちらも旧大帝の継承権を譲ろうとはしなかったよ」


 やれやれと、肩をすくめるディースカウ。その動作すら、どこか機械的で、演技じみた不気味さを帯びていた。


「……中央大陸の戦雲は、未だ収むる所を知らない様ですわね」

 

 西部王国(ヴェスターラント)東部帝国(オストライヒ)は、元々一つの大帝国から分裂する形で生まれた国家だ。分裂した理由は失念してしまったが、両国は大帝位の継承権を巡って長年争いを続けてきたと聞いている。

 

「東も西も、派手に戦いすぎて大分疲弊してしまってね。当面の間は経済の立て直しに尽力する事になった」


 自分の人差し指を、自らの鼻先に向けるディースカウ。


「その立て直しの煽りを、もろに喰らったのが僕達職業軍人だ。連隊は縮小、解散させられ、給金も雀の涙になってしまった」


「なるほどですわね。だから食い扶持を稼ぐ為にオーランド(こちら)へ来たと……」


「他人の不幸で(ろく)()む様で心苦しいが、募集を出してくれたコロンフィラ伯閣下にはとても感謝しているよ」


 微塵も心苦しいとは思っていなさそうな表情で礼を述べるディースカウ。

 その姿に、エリザベスはどこか既視感を覚えていた。


「それにしても、これは参ったね」


 形色とりどりな大砲達を横目に呟くディースカウ。


「僕は騎馬砲の扱いに関しては覚えがあるんだが、通常の野砲や榴弾砲に関してはそうでも無くてね……。ここは一つ、騎馬砲として使う軽砲と、通常の固定野砲として使う中砲の二種類に分けようじゃないか」


 近場に置いてあった榴弾砲を、拳で小突きながら話すディースカウ。その姿をエリザベスは、値踏みするような半目で見つめていた。

 騎馬砲兵部隊を率いる程の経歴を持つ人物が、野砲の扱いに覚えが無い訳がない。そもそも騎馬砲の技術とは、通常の野砲技術の延長線上に存在するものだ。野砲を経由せずに騎馬砲に至る事は出来ない。なぜその様な嘘を吐くのか、その意図が読めなかった。


「僕は騎馬砲兵隊を率いるから、君は野砲部隊を率いて欲しい。その方が、各々の役割も明確になるだろう。どうだいレディ・カロネード、賛同してくれるかい?」


 ディースカウの言っている内容は正しい。用途の違う大砲を同部隊内で運用した所で混乱が生じるだけだ。輜重隊の側から見ても、用途別に部隊を分けた方が管理も楽だろう。


「……承知しましたわ」


 一応の肯んずる姿勢を見せたエリザベスだったが、依然として彼に対して抱いた不信感を払拭出来ずにいた。経歴を騙っている訳でもなく、自分を陥れようとしている訳でもなく、ノール軍と内通している様にも見えない。

 単に食い扶持を求めて来た外国人将校だと断じてしまうのは簡単だった。しかし彼の貼り付けた様な笑顔と所作、それに加えて謎の既視感が、どうにもその判断を迷わせていた。

 

「流石は砲兵令嬢(カノン・レディ)。物分かりが良くて助かるよ」


「あら、中央大陸にもその名は知れ渡ってますの?」


「いや、()()()()()()()()()()調()()()()()


 その言葉を聞いた瞬間、背中を撫でる様な悪寒が走った。それは、アトラの山から吹き付ける冬風の所為などでは断じてなかった。


「先程も言った通り、一番は食い扶持の確保が目的だが、君の戦い方に興味を惹かれたというのも、また事実だ」


 一文字の糸目から、僅かに瞳を覗かせるディースカウ。その真っ黒な瞳を見たエリザベスは、(ようや)く今まで抱いていた既視感の謎が解けた。


「君の頭脳には大層期待しているよ、レディ・カロネード」


 ベージル・バーク。

 彼の雰囲気は、ベージルと良く似ていた。



 ほぼ同時刻。

 旧ヴラジド大公国首都、現帝国領ストシン市にて。


「こちらですな」


「はい、余り周囲を見渡さない様に。悪目立ちしますので……」


 長い間、人の手が加えられていない木造の建物。隙間風が吹き荒ぶ平屋の内部へ、三人の男が足を踏み入れる。


「足元にご注意を」


 先頭を進む茶髪の青年が、ランタンを片手に先導する。明かりも何も無いこの建物は、昼間でも照明が必要な程に薄暗かった。


「本当に此処が本拠地なのですか?廃屋にしか見えませんが」


 最後尾を行く黒髪の男、エドワード・カロネードがハンカチで口元を抑える。


「反乱軍の本拠地が、堂々と門構えを持つ訳には行きませんので……」


 案内役の青年が、下に降る階段を指差す。


「ほう、地下に構えているとは。なんとも()()()ですなっ」


 二番目に続く男、ベージル・バークが、階下の暗がりを目を細めながら見つめる。


「二十年前の戦争以来、ストシンには空き家が未だ多く残っています。持ち主のヴラジド人が終戦後も戻らず、そのまま放置されている建物が非常に多いのです」


 ギシギシと、踏みしめる度に埃が舞う階段を下る三人。


「なるほど、木を隠すなら森という事ですか」


 前二人が踏みしめた足跡を、注意深くトレースしながら階段を降りていくエドワード。


「どうぞ、こちらです」


 木造の建物には全く不釣り合いな鉄扉を開けると、小さな指揮所とも言うべき小部屋が広がっていた。


「改めて、ヴラジド大公国の再興という大義に同調頂き、誠に感謝申し上げます。道中にご挨拶を差し上げましたが、改めて……」


 部屋の真ん中に鎮座する円卓に両手を置く青年。


「ヴラジド抵抗戦線、指揮官代行、ミロスワフと申します」


「指揮官代行という事は、本来の指揮官はオルジフ男爵になりますかな?」


 その辺りに転がっていた椅子を立て直し、足を組みながら座るベージル。対してエドワードは立ったまま話を聞く姿勢を取った。


「仰る通りです。御二方もご存知の通り、オルジフ閣下は自ら囚人役となって、ノール帝国軍に従軍しております」

 

 円卓上に置かれた地図。オーランド領内に置かれた赤い有翼騎兵の駒を指差すミロスワフ。


「囚人役?」


「はい。ノール=ヴラジド戦争終結後も、抵抗運動の旗振り役として活動を続けていたオルジフ閣下は、ノール帝国にとっての要注意人物でした」


 有翼騎兵の駒を見張る様にして、白いノール帝国の駒を置くミロスワフ。


「抵抗運動の鎮圧に当たったプルザンヌ公ラッジ・ド・オーヴェルニュは、オルジフとその配下の有翼騎兵(フッサリア)達を捕えた後、自軍の配下に置きました」


「配下に?処断されなかったのですか?」


 比較的綺麗な壁を見つけると、そこに寄り掛かるエドワード。


「オルジフ閣下は、戦中期から国中で慕われ続けている御仁です。そんな人物を処断したとあれば益々ヴラジドは政情不安定になると、プルザンヌ公は考えたのでしょう」


「斬らずとも手元に置いておけば、下手な企ては出来ないと。私もその気持ちはいたく理解できますぞ」


 細長く伸びた髭を、指でつまみ伸ばすベージル。


「プルザンヌ公がオルジフ閣下を自軍に引き入れた際も、殊更に融和を強調していましたので。その思惑は間違い無く存在したと思います」


 すると、ストシンの上にもう一つ赤い駒を置くミロスワフ。


「オルジフ閣下の捕縛は、我々抵抗線戦にとって痛手でしたが、併せて一つの僥倖(ぎょうこう)(もたら)されました。今まで厳しい防諜下に置かれていたストシンの監視が緩んだのです」


「オルジフと、有力貴族たる有翼騎兵(フッサリア)達が居なければ、大した抵抗活動も出来ない……そう考えたのでしょう」


 腕を組み、ストシンに置かれた赤い駒を見下ろしながら話すエドワード。


「はい。もしそうでなければ、今回御二方を此処にお呼びする事も叶わなかったでしょう」


 旧ヴラジド大公国領を囲む様にして、白い円を描くミロスワフ。


「加えて今回のオーランド戦役の勃発によって、ストシンを始めとする旧ヴラジド大公国領内に、軍事的空白地帯が生まれつつあります。我々はこれを、又と無い好機と捉えました」


 ミロスワフの言わんとする事が見えてきた二人が、円卓へと身を乗り出す。


「我々抵抗線戦は、プルザンヌ公率いるノール帝国軍が不在である今、この瞬間を突きます!旧公都たるこのストシンにて!大規模な蜂起を画策しております!つきましては御二方に――」


「なるほど!言わんとする事は分かりましたぞっ!」


 語気に熱が籠ってきたミロスワフを一度冷やす様に、大きく手を叩くベージル。


「つまり蜂起に際して、我が国の援助を受けたいと……そういう事ですな?」


 ベージルの質問に対し、彼は口では答えず、ただ頭を下げた。


「……我々は二十年前、双頭の(わし)に両翼を()がれました。しかして死なず、地を這い、再起の時を待ち侘びて参りました」


 顔を上げ、血気迫る表情で訴え掛けるミロスワフ。


「不死鳥が灰より(いで)し時は、今を置いて他にありません!どうか再び、我々が空へと羽ばたく助けになって頂きたく……!」


 再び深く頭を下げるミロスワフ。ベージルとエドワードは互いに顔を見合わせると、お互い僅かに頷いた。


「……えぇ!えぇ!このベージル、貴殿の訴えに心より感動致しましたぞ!是非!是非にお力添えをさせて頂きましょうぞ!」


 ミロスワフの手を硬く掴むと、彼の目を真っ直ぐ見据えるベージル。


「おぉ!なんと心強いお言葉か!」


 ベージルの両手を硬く掴み返すミロスワフ。彼の希望に満ち溢れた顔を見たベージルは、すかさず申し訳無さそうな表情を露わにした。


「ですが恐縮ながら一点、貴殿に飲んで頂きたい条件があるのです……あ、いえいえ!もちろん貴殿側にも利がある条件である事は保証致しますぞ!」


 警戒心を強めたミロスワフに対し、一歩引いて深々と頭を下げるベージル。


「晴れてノールのくびきを断ち切った時の事を、どうか冷静に考えて頂きたいのです。独立を果たしたヴラジドの周りには、オーランドにノールと、大国が二国も隣り合っております。特にノール帝国は、貴国を独立させたまま放置する程、お人好しではございませんぞ?」


「それは……確かに、バーク卿の仰る通りです」


 ミロスワフの警戒心が薄れた事を確認したベージルが、大きく頷く。


「そうでしょう!そうでしょう!そうです故、独立から暫くの間、貴国をラーダ王国の名の下に保護させて頂きたいのです。保護の対価として、港の利用権等を申し出る事はあるやもしれませんが、独立は断固として保障致しましょう……如何ですかな?」


 ミロスワフは考え込んだ。円卓の縁に両手を付き、頭を左右に傾げながら熟考する。回答の先延ばしが許されない事は、ベージルの放つ容赦の無い眼差しから容易に判断出来た。


「正直、貴殿の条件には裏を感じざるを得ない」


 彼は両手を腕組みに変え、顔を上げた。


「しかし、懸念は尤もです。先ずもっては、独立を維持しなければならない……。その条件、苦々しくも呑みましょう」


「では、取引成立ですなっ!カネに関してはこの私へ。軍需物資に関してはこちらのエドワード・カロネード殿に伝える様、お願い申し上げますぞ!」


 両手でガッツポーズをすると、椅子から立ち上がってエドワードを指差すベージル。


「……具体的な蜂起のタイミングは決まっているのですか?」


 指を差されて不満げなエドワードがミロスワフに尋ねる。


「プルザンヌ公の軍が、少なからざる損害を受けた時、その時こそが蜂起のタイミングと考えております」


「ふむ、であれば」


 ベージルが、その口角を吊り上げながら答えた。


「であればもう間も無く勃発する、タルウィタ決戦の直後が宜しいかと……」

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