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カノン・レディ〜砲兵令嬢戦記〜【書籍1巻発売中/コミカライズ配信中】  作者: 村井 啓
第七章:戦雲未だ収まる所を知らず
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第六十五話:英雄へ、そして戦友へ(後編)

 連邦軍の正式編成により、タルウィタの兵舎は以前にも増し増して喧騒に包まれていた。練兵場には、泥一つ無い軍服に身を包んだ新兵達が、群青色の津波となって集結し、来たる出陣の時を待っている。


「壮観ね」


 兵舎の三階、士官詰所から連邦軍の新兵達を見下ろすエリザベス。

 連邦各地から召集されてきた部隊達が有機的に結合し、連隊という一つの軍政的な単位へと成り上がっていく。出来る限り同郷の者達で構成された連隊に、真新しい連隊旗が授与される。動員という言葉の意味する所以が、エリザベスの眼前に広がっていた。


「おい砲兵」


「ひゃっ!?」


 騎兵将校に肩を押され、窓際から引き剥がされるエリザベス。


「ここは騎兵の場所だ。お前の居場所は向こうだろ」


 邪魔だと言わんばかりに、オズワルドとイーデンが身を寄せ合う片隅を指差す騎兵将校。


「し、失礼しましたわ」


 心で中指を立てながら、二人の元に戻るエリザベス。

 邀撃戦の時は三人で広々と使えていたこの部屋も、今や煩多の極みへと変貌していた。膨れ上がった軍組織に対処する為、連邦士官学校から根こそぎ引き抜かれて来た新米将校や、国外から手柄を求めてやって来た外国人将校、それに付き従う事務官や従軍牧師、軍医、加えて兵站将校が何処からともなく連れて来た酒保商人達。軍人と軍属がひしめき合うこの部屋で、エリザベス達砲兵士官に割り当てられたスペースは、猫の額程しか残されていなかった。


「ふん、何よ偉そうに!」


 怒りを露わにしながら、ドカッと着席するエリザベス。


「将校は尊大なモンで、騎兵は傲慢なモンだからな。騎兵将校が傲慢で尊大になるのは道理だ」


 コロンフィラ伯が連邦中から掻き集めて来た大砲の目録を見ながら、イーデンがいつもの様子で答える。


「フレデリカ少佐はあんなに良い御仁ですのに〜!」


「ランチェスター少佐殿みたいな人の方が少数派だよ。連邦士官学校時代も、騎兵科の奴等に良い思い出は無かったな」


 何やら含みのある言い方で、オズワルドも会話に参戦する。


「特に軽騎兵は、相手の嫌がる事を進んでやるのが仕事だからな。性格悪い方が騎兵に向いてんだろ、多分」


 部屋の隅に追いやられた鬱憤を、他兵科への悪口で発散する三人。背後をひっきりなしに人が往来する環境で、書類作成が捗る訳も無い。エリザベスも他二人と同じく、中々目の前の書類に集中出来ずに悶々としていた。


「おっと、失礼」


 背もたれに人がぶつかった振動と共に、謝罪の言葉が背後から響く。


「すまない、わざとじゃ無いんだ」

 

 エリザベスの座っていた椅子の背中に手を触れながら、黒服の将校が横歩きで背中を通り抜ける。彼はそのままフェイゲン連隊長の元へ歩みを進めると、子音に特徴的な訛りのあるオーランド語で話を始めた。


「あの軍服、東部帝国(オストライヒ)の……」


 黒に近い、暗い藍色の軍服。その暗さとは対照的な朱色の袖口と襟元。間違いない、東部帝国(オストライヒ)の士官軍服だ。


東部帝国(オストライヒ)の将校が、なんで此処に?」


「外国人将校だろ。大方、手柄と火の粉の匂いに誘われて来たんだろうよ」


 頬杖を付きながら書類の記入を進めるイーデンが、興味なさげに呟く。


「それは分かるんだけど。今の東部帝国(オストライヒ)って、西部王国(ヴェスターラント)と戦争中でしょ?こっちに士官を回す余裕なんてあるのかしら」


「中央大陸の情勢を俺らが気にしたって仕方無いだろ。ほら手が止まってるぞ、さっさと書いた書いた」


 人員再配置のリストを爪で弾き、エリザベスの手元へと滑り込ませるイーデン。


「はいはい……」


 イーデンと鏡合わせの姿勢になりながら、エリザベスは配置図に目を通す。

 遊撃騎馬砲兵隊から、通常の砲兵大隊へと再編成を行うにあたり、人員配置を抜本的に見直す必要がある。指揮系統から部隊構成、装備、操砲人員編成、部隊内階級序列。考えれば考える程、頭が痛くなる内容だった。加えて大砲の目録を見る限り、またもや砲口径のバラバラな大砲が掻き集められている。ラカント村でのカノン砲喪失が、じわじわと圧迫する様にエリザベス達の頭を締め付けていた。


「イーデン大尉殿、大砲の総門数は?」


「二十門だ」


「であれば、一個中隊につき五門として、四個中隊が適正となりますわね」


 人員配置図に四つの枠を作り、それぞれの枠内に中隊長となる大尉の役職名を記入する。


「という訳で大尉が四人必要ですの。イーデン大尉殿、四人に分裂とか出来たりします?」


「出来るならとっくに分裂してるわ。目の前の書類を片付ける為に」


 目線を書類に落としたまま、エリザベスの冗談をあしらうイーデン。兵器と兵士を幾ら増やした所で、士官が増える訳では無い。砲兵に限らず、現在のオーランド軍全体の問題として、慢性的な士官不足が発露していた。


「となると、一個中隊あたり十門にして、二個中隊編成にしましょうかね」


 作った大枠の内、二つにペケを入れる。


「……中隊長一人につき十門のカノン砲を指揮するなんて無茶では?」


 自分で書いた内容に対して、自分で異議を唱えるエリザベス。


「それしか方法が無いんだから、もうそれで良い。軍団長閣下もノーとは言えんだろう」


「承知しましたわ」


 第一中隊長の枠にイーデンの名前を書き込みながら答える。


「では、第二中隊長の役職を何方(どなた)が受け持つかについてなんですけども……」


 言いながらピッと左手を上げるエリザベス。


「これはわたくしが受け持つという事で――」


「異議あり!」


 第二中隊長の枠に自分の名前を入れようとしたエリザベスにを、オズワルドが強引に止める。


「なっ、何よ!?オーデル湖の邀撃戦の戦果から言って私が中隊長になるのが筋でしょ!」


「戦果で言うならラカント村の邀撃作戦を立案したのは俺だぞ!」


「立案しただけで直接指揮したのはイーデン大尉じゃない!」


「立案能力こそ将校が最も重視する部分だろう!お前は些か現場主義が過ぎる!将校には向いてない!」


「な、なんですって!?その言葉、聞き捨てならないわ!」


「ただでさえ狭いんだから、頼むから静かにしてくれ……」


 椅子から立ち上がって睨み合いを続けるエリザベスとオズワルド。その見苦しい様相に見かねたイーデンが、二人を制止しようとした時。


「ランバート大尉、少し良いかね?」


 二人が振り上げた拳を、手首ごと掴み上げながら、フェイゲンが間に割り込んできた。


「はい、小官に何か?」


「「あだだだだ!!すいません!!」」


 腕を捻り上げられた二人が観念して着席する。お灸を据えられた二人の背後から、一人の外国人将校が歩み寄ってきた。


「貴官も知っての通り、オーランド連邦軍の士官不足は深刻でな。この度、コロンフィラ伯軍団長閣下の命により、軍内各兵科に外国人将校を多数受け入れる事となった」


 フェイゲンが言葉と目で隣の外国人将校を紹介する。暗い藍色の軍服に身を包んだ彼は、三人に向かって会釈をした。


「私から紹介しよう。ルッツ・フォン・ディースカウ、東部帝国(オストライヒ)の砲兵将校殿だ。あちらでは確か……砲兵大尉だったかね?」


「はい、騎馬砲兵隊を率いておりました」


 捻られた手首をさすりながら、ディースカウという名の砲兵将校を見上げる。先程、自分の背もたれに接触してきた士官だった。


「砲兵隊も、例に漏れず部隊指揮官が不足していると思うてな。ディースカウ君一人のみではあるが、砲兵将校として派遣される事が決定した」


「それは有難い!丁度、中隊指揮官の不足に苦しんでいた所です」


 ディースカウと握手を交わしつつ、フェイゲンに礼を述べるイーデン。


「オーランド軍砲兵指揮官のイーデン・ランバート大尉だ。経験豊富な砲兵士官を迎え入れる事が出来て大変心強い。そっちはオズワルドとエリザベス、どちらも中尉だ」


 自らの紹介と併せて、オズワルドとエリザベスを椅子から起立させるイーデン。


「どうも、エリザベス・カロネード中尉ですわ」

 

「やぁどうも、先程は失礼した。女性士官とは大変珍しいね、オーランドでは普通なのかい?」


「本邦でも珍しい事には変わりありませんわ。話すと長くなりますので、それだけ士官が不足しているという事にしておいてくださいまし」


 我ながら、今までの経緯の複雑さに苦笑しつつ答えるエリザベス。

 

「挨拶から早々で恐縮だが、貴殿には是非、第二砲兵中隊の指揮を執って頂きたい」


 エリザベスが書き込んでいた人員配置図を、ディースカウへ手渡すイーデン。中隊長への昇進チャンスに蓋をされて、オズワルドとエリザベスが露骨にヘソを曲げた顔をする。


「二十門の砲の内、十門を預ける事になるが、問題ないか?」


「……仔細ありませんが、大尉が二名では指揮に混乱が生じましょう。どちらかが頭に立つべきかと」


 配置図を眺めながら所感を述べるディースカウ。


「であれば議論の余地はありません、砲兵経験豊富なディースカウ殿に指揮を――」


「いや、外国人将校が兵科のトップに立つのは政治的に宜しくない」


 嬉々として部隊長職を譲ろうとしたイーデンを、フェイゲンが制する。


「軍団長閣下からも、佐官階級以上は極力自国の軍人にする様にと釘を刺されている。ディースカウ君には悪いが、ランバート君を部隊指揮官としたい。良いな?」


「構いませんよ、外様としての分は弁えております」


「という訳で、ランバート君。佐官への昇進、おめでとう」


 あっさりと手を引いてイーデンを立てるディースカウ。当のイーデンは苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。


「大尉から少佐への昇進には、現役佐官二名以上による推薦状が必要と記憶しておりますが……」


 これ以上背負う責任を大きくしたくないイーデンが、部隊規則を持ち出して(ささ)やかな反抗を行う。


「おぉ、そうだったな。では一通は私が書こう。もう一通はランチェスター少佐に書いてもらおうか。君との付き合いも長い彼女だ、喜んで推薦状を書いてくれるだろう」


「……達かに、嫌とは言わないでしょうね」


 嫌とは言わない。嫌とは言えない。

 両方の意味合いで、イーデンは溜息を漏らした。



「凄いじゃない!騎兵伍長から砲兵少佐にまで昇進しちゃうなんて!こんなに大昇進した人間、ラーダ王国軍でも滅多に居ないわよ!」


「元はと言えばお前の妹が適当言いやがったのが始まりだろうが、他人事みたいに祝ってんじゃねぇぞ」


 フレデリカと同じ、佐官階級を示す金飾緒(モール)を上着に付けたイーデンが、パイプをふかしながら廊下を進む。


「あら、自分事の様に祝ってるわよ?自分の能力が認められてるって事なんだから、もっと誇りなさいよ!勿体無いわよ?」


「責任が増えるのが嫌なんだよ。画材を買う金目的で入隊した奴に野心なんてある訳ねぇだろうが」


 臨時カノン砲兵団の指揮官に任命された時と同じ様に、項垂れて嘆息を漏らしながら歩みを進めるイーデン。

 想定通りに佐官推薦状を得た彼は、少佐としてオーランド砲兵隊指揮官の座へと就いた。大砲二十門を擁する、大層立派な大隊長である。

 

「しかし佐官への昇進には推薦状が必要になるのは知らなかったわね。誰か書いてくれる人を見繕っておかないと……」


 誰か自分を推薦してくれる人が居ないものかと考えていたエリザベスが、ふと隣に目を向ける。

 

「……もちろん、貴方は私の為に推薦状を書いてくれるわよね?」


「フェイゲン連隊長も言ってたろ。外国人を佐官クラスにするのは極力避けるようにってな。お前、自分がラーダ人だって忘れてねぇか?」


 イーデンの問いを受け、久方ぶりに自分が外国人将校である事を自覚し直すエリザベス。


「むぅ……。だ、だからと言って、今までの戦果が無くなる訳じゃないわ!オーランドの英雄たるこのわたくしの実力を以て、佐官昇進を周囲に認めさせてやりますわ!おーっほっほっほ!」


 廊下に高笑いを響かせながらイーデンを追い越したかと思うと、彼の個室前に立ちはだかるエリザベス。


「そんなイーデン・ランバート少佐殿の御昇進を祝い、このエリザベス・カロネードから、ささやかな贈り物をご用意しておりますわ!どうぞですわ!」


 そう言いながら、恭しくドアを開け放つエリザベス。


「俺の部屋なんだが……」


 自室をサプライズの道具に使われて、困惑した様子のイーデンがドアを潜ると、部屋の中央にイーゼルが置かれていた。


「なんでイーゼルがこんな所――」


 イーデンが言葉に詰まる。彼は恐る恐る、イーゼルの下に置かれた画材へと手を伸ばす。大中小様々な筆にペイントナイフ、パレット。更にそれらの隣に添えられた一枚の羊皮紙を手に取るイーデン。


「顔料の、引き換え証……」


 油絵の具の原料となる顔料、その引き換え証を凝視する。そこにはリヴァン辺境伯の名義で、無制限に絵画用顔料の引き換えを許可する旨の文面がしたためられていた。


「お気に召されたかしら?」


 戸口に片手を付いて寄り掛かりながら、イーデンの背中に質問を投げ掛けるエリザベス。彼はしばらく背を向けたまま、腰に手を付いて俯いていた。


「……お前のせいで、軍人を続ける意味が無くなっちまったよ」


 頭を掻きながら振り返ったイーデンの表情は、窓から差し込む西日の逆光で、よく見えなかった。


「ありがとう。戦友」


 見えなくても、よく分かった。

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