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カノン・レディ〜砲兵令嬢戦記〜【書籍1巻発売中/コミカライズ配信中】  作者: 村井 啓
第七章:戦雲未だ収まる所を知らず
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第六十三話:景仰の火は衰えず

「……かくしてオーランドによる卑劣な待ち伏せを受けた我々ですが、不肖、私ブランシャールが率いる重装騎兵大隊が先陣を切って猛進!昂然果敢(こうぜんかかん)に敵を追い攻め立て、ついには敵の包囲網、これを瓦解せしめました!」


 一時は閑寂(かんじゃく)に包まれたラカント村の各所から、ノール語の喧騒が響く。点在する農家の中からは、舎営の為に乗り込んできたノール兵達の騒ぎ声が、ドタドタと家内を物色する足音と共に漏れ聞こえてくる。


「私もこの通り、左腕を不具にしながらも最前線にて剣を振い続けたのは、畏れ多くも軍団長閣下への忠勇あってこその物で御座います!」


 屋外では、不幸にも舎営の(くじ)引きに敗れ、野営を余儀なくされたノール兵達が、寒さへの不満と怨嗟の声を(うそぶ)きながら天幕の設営を続けていた。


「つきましては畏れ多くも皇帝陛下へ、私率いる重装騎兵達の武勇、是非に言上奉る事、伏してお願い申し上げます……」


 中でもイーデンの生家、ランバート家はその広さから高級将校の詰所として割り当てられており、白服に金刺繍を纏ったノール帝国軍佐官の面々が、プルザンヌ公の前に集っていた。


「……腕の不自由に比して、口はかくも自在に動く物だな」


 居間の暖炉横に誂えた安楽椅子に腰掛けながら、プルザンヌ公が呟く。


「貴様の長々しい自賛(じさん)の数々を聞く為に、余は此処で鶴首(かくしゅ)を堅持している訳ではない」


 居間にはプルザンヌ公やブランシャールをはじめ、三十人近くの将校が所狭しと並んでおり、猫ですら素通り出来ない程の隙間しか空いていない。にも関わらず、外から聞こえてくる兵達の喧騒とは裏腹に、将校達はブランシャールを除いて一言も言葉を発していない。それどころか身じろぎもせず、彼らは直立の姿勢を保っている。


「此方の損害と、敵の損害、それを述べよと言っている」


 暖炉に焚べられた薪が爆ぜる音と、誰かが漏らした咳払いの音。それ以外の物音を許さぬ雰囲気が、プルザンヌ公から放たれていた。


「は、はっ……!我が軍の損害は百騎程度を見込んでおります。その損害の殆どが、我が重装騎兵大隊の物で御座います。ベルナール閣下が率いるローヴィレッキ軽騎兵、並びにモラビエツスキ率いる有翼騎兵(フッサリア)の損害は軽微に御座います」


 左腕に血の滲む包帯を巻いたブランシャールが、起立の姿勢のままに答える。


「敵に与えた損害は?」


「はっ、人的被害は軽微の見込みではございますが、敵の騎砲七門をこれ悉く破壊致しました」


「であれば、敵砲一門を破壊する度に、我が方の重騎兵を十五騎失ったという事か?」


 肘杖を置き、頭の中で計算をする素振りを見せながら答えるプルザンヌ公。


「はっ!左様に御座います!我らが重装騎兵が損害を物ともせず、敵砲に挑んだ結果に御座います!これもひとえに軍団長閣下、並びに皇帝陛下の――」


「余の口から、二度、言わせる気か?」


 暖炉の火が、プルザンヌ公の語気に当てられたかの様に、一層とその勢いを増す。


「も、申し訳ありません!」


 失った左手首を頭上に掲げる様にして、服従の意を示すブランシャール。


「重騎兵閥の者は、挙げた戦果よりも、受けた損害を誇るのが伝統か?」


「いえ、決してその様な事は……!」


「であれば損害を得手(えて)の如く(のたま)うな。帝国に殉じた者に対して、何と申し訳を立てるべきかを考えよ」


「しょ、承知いたしました……」


 下がれ、とブランシャールには無い左手で彼を払い退けると、プルザンヌ公は背後に勢揃いした将官達の顔立ちを流し見する。

 

「……オリヴィエとベルナールは何処だ?」


「死体の火葬を指揮しております。既にこの村には農民が居りません故、兵達の手で遺体を焼かせております」


 列の後ろの方に立つ少佐の一人が、手を後ろに組み、胸を張った姿勢で答える。


「火葬が終わり次第、呼び付けよ。首都侵攻の委細について言を交わさねばならん」


「はっ!伝令に参ります!」


 この息苦しい場から離れる理由を得た少佐が、勢いよく回れ右の足音を響かせて外へ出て行く。一人分の余裕ができた後列が、やや緩目に整列し直す。


「して、リヴィエール」


 プルザンヌ公が左に目を遣る。そこには彼以外で唯一、椅子に座し、顔色を大層悪くしたリヴィエールの姿があった。


「貴様の参謀としての頭脳や分析力に英邁(えいまい)を疑う余地は無い。余としても、今後重用したい意志は変わらず大なり」


 プルザンヌ公の賞賛に対して何かを言おうとするが、途端に咳き込むリヴィエール。手布に吐き出したその咳には、赤黒い血が付着していた。


「しかして、可惜(あたら)貴様の病がそれを妨げている事も大なり」


「かような醜態を晒し……弁明のしようも無く……」


 毛布を掛けられ、病人そのものな顔色を露わにしたリヴィエールが、謝意を述べる。


「その状況では、貴様から紊乱(びんらん)染みた案が出る可能性すらあり得る。耄碌した参謀程、空々(くうくう)たる存在も他にあるまい。余から貴様の返還を要望する旨、本国へ連絡せしめる事――」


「どうか……どうか返還は今暫くお待ちを……!」


 毛布の下から白枝の様な細腕を伸ばしながら、プルザンヌ公に懇願するリヴィエール。


「せめて、せめてタルウィタ侵攻を見届けるまでは、天命に抗う事も厭いませぬ。この身を持たせてみせますので、どうか従軍のお許しの程を……」


「なぜ、そうまでして貴様は……」


 その先を言おうとして、プルザンヌ公は口を噤む。しばし交わされる言葉も無く、遠くアトラ山脈から吹き下ろされてきた北風が、家の窓枠をガタガタと震わせていた。


「……これより先に(まみ)えるタルウィタでの決戦、刻苦(こっく)に甚だしい物になる。それを承知の上か?」


「無論に御座います」


 リヴィエールの即答を受けると、彼は短い溜息と共に頬杖を付いた。


「さにあらば、余からは何も言わぬ。引き続き尽瘁(じんすい)せよ」


「閣下の寛厳(かんげん)よろしきを得るに至り、このリヴィエール、恐悦の極みに存じます」


 毛布を剥ぎ取り、参謀補佐の手を借りながら、ゆっくりと立ち上がる。


「この身を賭して、付き従います」

 

 その敬礼は危篤の者にあるまじき、流麗さを魅せていた。

 


「どれくらい焼く事になる?」


「おおよそ、百程度だ」


 ラカント村から風下に一キロ程度下った平原。夜闇の中、煌々と輝く火が焚かれている。


「何度やろうと、この作業は嫌になる」


「同感だ」


 直にラカント村から此処に運ばれてくる()()達を想像し、深い溜息を吐く二人。


「馬の方はどうした?」


「もう捌いた。そろそろ兵達の夕餉(ゆうげ)に並ぶ頃合いだろう」


 炎に照らされ、赤く染まった横顔を見せるベルナールとヴィゾラ伯。


「……リヴィエールの容態は?」


 眼の前から気を逸らそうと、話題を変えるベルナール。


「芳しくない。この戦役中、持つかどうかも分からん」


 地面の土を蹴り上げ、居心地悪そうに答える。


「貴卿から本国への返還を進言してみてはどうか?」


「もう軍団長閣下経由で進言済みだ。どうせ奴の事だ、頑なに送還を拒否するだろうよ」


 肩をすくめて両手を振るヴィゾラ伯。


「……貴卿もそうだが、リヴィエールの奴も士官学校時代から変わらんな」


 側に積み上がった制服や装備品達を横目に、昔話を始めるベルナール。


「奴はひ弱に見えて、己の信念は曲げん性格だからな。士官学校時代はその所為で大層苦労した」


 彼が語る昔の懐かしさから、少し口元が綻ぶヴィゾラ伯。


「余は騎兵科ゆえ話に聞いた限りだが、リヴィエールはしょっちゅう他の貴族連中と()りあってたそうではないか」


「庶子の出にも関わらず、士官学校成績首位などという最悪な目立ち方をするからだ。かといって奴には決闘(フェーデ)で勝る腕力も無い。貴族連中にとっては格好の的だったのだ」


「それを見かねた貴卿がリヴィエールの代理として、決闘(フェーデ)の申し出を受ける様になったのだろう?」


 ベルナールが、意地の悪い笑顔を浮かべる。


「その顔から察するに、事の顛末は聞き及んでいるだろう。リヴィエールの代わりとて、余が幾度も滅多打ちにされる羽目になった、それだけの事よ」


 不満げにヴィゾラ伯が語るオチに、大満足したベルナールが大きく頷く。


「弱き庶民に温情を注ぐ貴族という絵に書いたような快事ながら、なんとも締まらぬ結末よ……まぁ、貴様らしいと言えばらしいが」


 ひとしきり含み笑いを済ませると、ベルナールは小さく呟いた。

 

「だからこそ……貴様を慕って、ここまで付き従っているのだろうに」


 二人の眼前で立ち登っていく火の粉は、そのどれもが月に届く事は無く、全ては爆ぜて行った。

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