第六十話:ラカント村邀撃戦(前編)
「ランバート大尉はどこだ!話がある!」
プレートアーマーが擦れる特有のカチャカチャとした金属音を響かせながら、コロンフィラ伯率いる黒騎士団がラカント村へと入村してきた。
「はっ!閣下の御前にて!」
納屋の扉を開け、腕捲りをした格好のまま、コロンフィラ伯の前に躍り出るイーデン。
「申し訳ございません、この様な見苦しい格好で」
「一々そんな事は構わん!そんな事よりも聞け!敵騎兵部隊を主軸とした襲撃部隊がこの村に迫っている!対策を考えねばならん!」
騎乗した状態で、北方を指差しながら捲し立てるコロンフィラ伯。しかし対するイーデンは落ち着き払った態度で答える。
「既に我々もパルマ軽騎兵から同じ情報を得ておりました。つきましては、既に対騎兵用迎撃準備を整えつつあります」
ラカント村内を目で案内するイーデン。
「おぉ、ランチェスター少佐が先手を打っていたか。流石はランドルフ卿肝入りの私兵部隊だ」
しかし、とイーデンの目線に合わせて村内を見渡すコロンフィラ伯。
「本当に迎撃準備は整えているのかね?見た所、防衛設備の構築がまるで中途半端なのだが……」
「軍団長閣下、それについてご説明の機会を賜りたく」
イーデンが出てきた納屋の扉から、今度はオズワルドが姿を現した。
「遊撃騎馬砲兵隊、第二機砲兵小隊長のオズワルド・スヴェンソン中尉であります。小官より本邀撃作戦の要旨を奏聞させて頂きたく」
「誰でも構わん、続けろ」
「はっ……軍団長閣下もご存じかとは思いますが、我が部隊は敵騎兵部隊の衝力を受け止められる程の戦力は有しておりません。村を放棄しての退却も勘案しましたが、騎兵主体の高速部隊が相手となると、いかな遊撃騎馬砲兵隊といえど追い付かれてしまいます。よって我々は、迎撃の選択肢を取りました」
「輜重隊という大規模な段列を抱えている以上、部隊速度に限界があるのは致し方ない。余としても迎撃には賛成だ。して……その衝力にどう立ち向かう?」
コロンフィラ伯の質問に対し、戦力配置図を記した地図を両手で丁重に彼へ手渡すオズワルド。
「はい。騎兵の衝力とは即ちその速さにあります。敵騎兵の速度を落とす事が出来れば、自ずとその衝力も落ちて来る物と思われます」
ラカント村へと向けられた鋭い矢印をオズワルドが指差す。
「故に我らは野戦を避け、村内にて敵を迎撃する形を取りました。村内に侵入した騎兵は速度を緩め、探索を始める筈です。そこを隠蔽設置した火砲の直射で叩きます」
自身が出てきた納屋を手で示すオズワルド。薄暗い納屋の奥には、砲金の輝きを鈍く放つ四ポンド騎兵砲が静かに鎮座していた。
「初撃はそれで上手く決まるやもしれんが、二射目以降はどうする?この配置では、火砲を再装填する時間も退路も無いではないか」
「二射目はありません」
「……何だと?」
彼の不穏な物言いに、眉を顰めるコロンフィラ伯。
「あ、いえ、決して玉砕を意図している訳ではございません」
両手を前に突き出して、誤解を解く為の説明を始めるオズワルド。
「まず前提として地図にもあります通り、ラカント村は街道沿いに農家が点在しております。縦に長い集落なのです」
南北縦に伸びる街道に沿って建てられた、ラカント村の農家群を凝視するコロンフィラ伯。
「敵騎兵部隊は北からラカント村へ侵入してくる事でしょう。これはつまり、北部から南部にかけて比較的に長い縦深が取れる事を意味します」
ラカント村のあちこちに点在する納屋に付けられた、大砲のマークを順番に指差していくオズワルド。
「最北端に隠蔽配置した大砲が初撃を行い次第、大砲は残置、砲兵のみを南へ退避させます。砲兵追撃の為に南下してきた敵騎兵に対して、再度隠蔽配置した大砲による砲撃を行い、砲兵は更に南下……これを繰り返す形で敵騎兵を消耗させる算段です」
「……作戦の要領は理解できた。だが、いくつか懸念点がある」
腕を組み、歯軋りをする様に噛み締めるコロンフィラ伯。
「第一に砲兵の南下退避について、騎兵の追撃から徒歩で逃れられるとは思えん。次の大砲の隠蔽位置へと辿り着く前に撃破されるぞ?」
「そこは上手く騎兵から逃れる様、逃走経路を練りましたので、そう簡単に追いつかれる事は無いかと」
すかさずイーデンが、砲兵の南下経路を記した簡易なメモをコロンフィラ伯へと手渡す。そこには、家屋の中や畦道、納屋同士の間に出来た小さな路地を縫う様にして南下して行くルートが記載されていた。
「ご覧の通り、農家の建物内も通りながら南下しますので、騎兵側も追撃には手を焼く筈です」
「……この複雑な退避経路を、騎兵に追撃されながら迷いなく進めるのか?」
「砲兵南下退避に際しては、小官が先導いたします。この村の出身ですので、迷う事はありません」
「……貴官がそこまで責任を負うという事なら、信じよう」
自身の胸を拳で叩きながら答えるイーデンに対して肯んずるコロンフィラ伯。
「第二に、南下中の敵騎兵に対して何かしらの妨害策は無いのか?損害を与える手段が大砲のみでは、些か戦力投射量に不安が残るぞ」
「ご安心を。南下中の敵に対しては、常に輜重兵がその施条銃口を向けております。非常に能動的な戦術判断が必要になる役割ですが、散兵且つ猟兵の彼らです。成し遂げてくれるでしょう」
「加えて、操砲要員を除いた砲兵達をマスケット銃で武装させております。輜重兵による狙撃と併せて、南下する騎兵達を左右から銃撃させる予定です」
イーデンとオズワルドが口々に懸念事項を潰していく。その甲斐もあって、徐々にコロンフィラ伯の表情から険しさが晴れていく。
「あいわかった……最後の懸念事項だが、隠蔽配置する大砲は合計八門で相違無いな?」
「はい、我が隊が持ち得る全ての大砲を使用致します」
敬礼で応えるオズワルド。
「仮に八門全ての射撃を以ってしても、敵の勢いが衰えなかった場合、何か策は用意しているか?」
「はい、えー、そこでですね……」
今まで明朗に答えていたオズワルドの口調が、ここで一気に詰まる。
「何だ急に口籠もりおって……まさか、何も考えて――」
「違いますわ。軍団長閣下の御助力をお願いしたい次第でございますの」
突如、左方から聞こえてきた声に、コロンフィラ伯が反応して顔を向ける。そこには、左手に導火棹を地面に突き立て、右手にホイールロック・ピストルを携えたエリザベスの姿があった。
「余の助力、だと?」
そうですわ、とコロンフィラ伯の元へ歩み寄る。
「最後まで敵の衝力が衰えなかった場合、ラカント村南端に最終防衛ラインを敷く予定ですわ」
背伸びをして、コロンフィラ伯の持つ地図へ勝手に追記していくエリザベス。
「この最終防衛ラインに、軍団長閣下率いるコロンフィラ騎士団の戦列を割り当てて欲しいんですの」
「……戦列に割り当てるという事は、下馬戦闘か」
「左様ですわ。わたくし達と共に、肩を並べて戦って頂きたいですわ」
自分と共に隊伍を組んで戦ってほしい。
その要望を伝えた瞬間、コロンフィラ伯は破顔した。
「……ふ、ふははははははは!!!」
馬上で上体を反らすほどの笑い声を上げるコロンフィラ伯。
「軍団長たる余を最前線に充てる作戦を提示されるとは思わなかったぞ!オズワルド中尉が口籠もるのも頷ける!」
「……ご承諾頂けませんの?」
「誰が嫌だと言った!?」
軍馬に括り付けた兜を両手に持つと、勢い良く頭から被るコロンフィラ伯。
「その最終防衛線とやらに余の騎士達を配置してやる!この黒騎士団が肩を並べてやるのだ、無様を晒す事は許さんぞ!」
そう言うと彼は鉢型兜のバイザーを落とし、笑い混じりに言葉を連ねた。
「緒戦より戦い抜いてきた我が軍最精鋭部隊の働きを、特等席で見せて頂こう!」
◆
同時刻、ラカント村から北方一キロ地点。
「ベルナール閣下、二ポンド騎馬砲兵の布陣が完了致しました」
「よし、砲撃指示あるまで待機させておけ、プルザンヌ公閣下から伝言はあったか?」
「特段ございません。ただ先達のご命令通り、ラカント村を舎営地点として利用したい為、住居への砲撃は最低限に留めよとの事です」
オーデル湖の汚泥を抜け、平野部に入ったノール軍。
彼らはその進軍速度を当初のそれへと急速に回復させながら、パンテルス川を南へ猛進。そして遂にラカント村の手前まで到達していた。
「軍団長閣下はまた難しい事を仰る……しかし歩兵の疲労が蓄積している以上、無視はできんか……」
報告を受けたベルナールの表情が曇る。
ラカント村での第二次奇襲を警戒したノール軍は、ベルナールを総指揮官とする騎兵主体の先遣隊を編成していた。同村の先行偵察及び安全確保が目的である。
「ラカント村の敵兵力は?」
「はっ、先のオーデル湖の戦闘にも参加していた敵軽騎兵が五十程度、加えて新規戦力として、例の黒騎士団が百騎程度、駐留しております」
「ほう、ラカント村で戦力の再結集を行うつもりか」
隷下の軽騎兵の報告を受け、角ばった浅黒い四角顎に手を当てるベルナール。
「それで、敵砲兵戦力の有無は?」
「現状、確認できておりません」
「確認できていない、だと?」
金葉と銀枝の刺繍が散りばめられた豪勢な単眼鏡を取り出すと、村の入り口を塞ぐように駐留しているパルマ軽騎兵達をそのレンズに捕える。
「むぅ、確かに居らんな……」
村内の土嚢や塹壕といった防御設備の殆どは構築途中の状態であり、兵士の姿も騎兵以外には確認出来ない。
迎撃地点としては大変お粗末な陣容を目にしたベルナールは、顎に手を当てた姿勢のまま、唸り考え込んだ。
「……もしや、我々の進軍速度に対して、防御陣地の構築が追い付いておらんのではあるまいか?」
閃きの表情と共に顔を上げるベルナール。
その顔には、確信にも似た笑みが浮かんでいた。
「重騎兵大隊長殿も、同じ所感にございました。まともな防衛線を敷けず、砲兵を先に退避させた結果、あの様な中途半端な陣容になっているのでは無いかと」
「……はっはっはっは!」
ベルナールが高笑いを上げる。
「となるとあの騎兵達は、さしずめ砲兵撤退を援護する殿の役か。何とも不幸な役回りよのう!」
焦りは都合の良い理論を頭に招き寄せる。
首都攻略を急ぐノール軍にとって、眼前の光景は自らの進軍速度が齎した結果であると、錯覚したのである。
「重騎兵隊隊長も余と同感という事であれば、これで指揮官三人のうち、二人の意見が一致した事になるな!」
そう述べると、先程から無言でラカント村を見つめる三人目の騎兵指揮官、オルジフへと、ベルナールは視線を向けた。
「貴様の所管はどうかね?オルジフ・モラ、モラビエ、モラビエツ……」
「オルジフで結構にございます」
何度も舌を噛みそうになったベルナールをチラと一瞥し、再度ラカント村へと視線を戻すオルジフ。
「……ではオルジフ、貴様はどう思うかね?」
軍服の白とは対照的な、真っ赤な袖口を口元に当てて咳払いを漏らすと、ベルナールは改めてオルジフへと質問を投げた。
「最高指揮権はベルナール閣下にございます。我は命を受け、それに従うまで」
「……別に貴様に命令実行の責を取らせようとしている訳では無い」
単眼鏡から目を離し、身体ごとオルジフの方へ向ける。
「プルザンヌ公閣下やリヴィエール殿が、貴様を信用していない事は承知している。本国内にヴラジド人を快く思わない勢力が居る事も認めよう」
対話の姿勢を見せるベルナールに反応したオルジフが、ようやく目線をラカント村から彼へと向ける。
「だが一時的にせよ、我が指揮下に入った以上は優遇も冷遇もせん。一指揮官として扱ってやる。故に所感を述べよと言っているのだ」
そこまで言われたオルジフは、ゆっくりと瞼を閉じ、そしてまたゆっくりと、瞼を開いた。
「……我も、右に同じです」
その口元は、僅かに不遜な笑みを浮かべていたが、ベルナールがそれに気付く事は無かった。
◆
【ラカント村邀撃戦】
―オーランド連邦軍―
遊撃騎馬砲兵隊:8門
砲兵マスケット銃隊:30名
輜重猟兵隊:8名
パルマ軽騎兵中隊:76騎
コロンフィラ騎士団:100騎
―ノール帝国軍―
ローヴィレッキ軽騎兵大隊:141騎
帝国重装騎兵第二大隊:150騎
帝国騎馬砲兵中隊:6門
有翼騎兵大隊:98騎




