第五十二話:スカーミッシュ・ライン(後編)
「ダメ!みんな馬上では撃たないで!全騎下馬戦闘用意!」
鐙に置いた右足を支点にして、勢いよく馬から飛び降りるリサ。
「なぜわざわざ下馬戦闘を!?相手は騎兵だぞ!?」
輜重兵の一人が敵軽騎兵を指差しながら、信じられないといった様子でリサに尋ねる。
「ろくすっぽ当たらない馬上射撃を行った所で、威嚇射撃以上の意味はありません!確実に敵へ命中させる為には馬を降りないとダメです!」
「馬を降りたら完全に逃げられなくなるぞ!死ぬ気か!?」
「私達の任務は逃げる事ではありません!鍛冶馬車を無事に護衛する事です!」
槊杖を使い、銃口内部へ丸弾を押し込みながら皆の説得に掛かるリサ。
「鍛治馬車のスピードで軽騎兵を振り切るのは無理です!なので私達がこの場で迎え撃つのが一番良い作戦だと思いましたっ!」
「思いました、ってお前……」
上官からの指揮命令は大原則として断定口調で行われる物である。それだけに、まるで共感を求めるようなリサの物言いに、思わず当惑する輜重兵達。
「……俺もそう思いますよ」
いつの間にか下馬していたラルフが、共感の言葉を述べる。
「兵長さんの言う通り、装填に時間の掛かるライフルに二発目は無い。初弾で命中させなきゃ、どちらにせよ俺達は終わりだ」
「……ラルフまでそう言うなら、分かったよ」
ラルフが恭順の意を示した事で、今まで下馬を嫌がっていた他の輜重兵達が次々に下馬をしていく。
ある者は木に体を持たれながら、ある者は膝立ちの姿勢で、またある者はうつ伏せの姿勢で、皆思い思いの射撃姿勢で敵を待ち構える輜重兵達。
その精度と士気故に密集隊形を取らざるを得ない戦列歩兵と違い、一定以上の練度を持つライフル銃兵達は、ある程度疎に布陣する事が可能である。周りを気にせず、自分の最も得意とする射撃姿勢で撃つ事が出来るのだ。
「ラルフ、ありがとうございます」
街道左脇の岩にライフルの銃身を乗せ、照準を安定させようとしていたラルフに、リサが近寄る。
「間違った事は言って無いんですから、もっと自信持って下さいよ。でなきゃ下はついて来ませんよ――」
「敵騎兵距離四百メートル!数は十二騎!」
木に持たれていた輜重兵から逐次、敵情報告が飛ぶ。
「報告ありがとう!みんな聞いて!必ず命中させる為に百五十メートルまで敵を引き付けます!狙いが被らない様に、街道右手側に布陣している方から順番に射撃してくだ……射撃しろ!」
命令口調に言い直したリサを見て、ラルフの口が僅かに綻んだ。
「兵長さんよ、念の為に予備のヤツ持っときな」
ヨハンが馬車に積まれたライフルをリサに手渡す。
「あ、有難うございます!」
ライフル一丁を構えつつ、もう一丁のライフルを肩から下げながら礼を述べるリサ。
「敵騎兵距離三百メートル!」
「輜重兵各位!こんな所に居る軽騎兵なんて、十中八九斥候です!敵を攻撃する事よりも、情報を持ち帰る事を優先するはずです!全弾命中させなくても、幾らかが命中すれば撤退を始めるでしょう!」
「二百五十メートル!」
「兵士に当てられる自信の無い人は馬を狙ってください!それで十分です!」
「二百メートル!」
「最右翼から順次射撃!狙え!」
「自信が無い人は馬を狙え、ねぇ……」
最右翼で伏射の姿勢を取っていた輜重兵が独り言を呟く。
「その言葉、パルマ猟師への挑戦と見たり!」
「百五十メートル!」
「撃てェ!」
リサの射撃号令と同時に最右翼の輜重兵が発砲する。
ライフリングに沿って高速回転する丸弾が、窮屈そうに身を捩りながら銃口から飛び出でる。
大雑把に、敵の方へ銃口を向けていれば良い戦列歩兵と違い、ライフル銃兵は明確に標的を定める。それこそが、戦列歩兵とライフル銃兵の最大の違いである。
彼らが狙うのは敵ではなく、人なのだ。
殺意を帯びて、漆黒の色を一層増した球形弾がノール軽騎兵の額に命中し、彼が被っていたシャコー帽が宙空を舞う。
「次発!」
第二射。
「次発!」
第三射。
「次発!」
第四射、第五射、第六射、第七射、第八射、第九射。
リズミカルに次々と噴き上がる白い硝煙が、黄銅色の草原を徐々に覆い尽くして行く。フリントロックの激発音が響く度に、硝煙の向こうに漂う騎影が一騎、また一騎と崩れ落ちて行く。
「ラルフ!撃てェ!」
間近に立っていたリサの号令を受け、僅かに顔を顰めながら発砲するラルフ。
「……クソッ!」
硝煙で標的が見え辛くなっていた所為か。リサの号令で射撃タイミングをズラされた所為か。
ラルフの放った弾丸は敵を逸れ、土を削った。
「五十メートル!クソッタレ奴ら止まらねェ!」
十二騎の内、九騎を失ってなお突撃を敢行するノール軽騎兵達。硝煙の中から鮮明に、純白と金の外套を纏った騎兵が飛び出してくる。煙の中で鈍く光るサーベルの切先は、明確にラルフへと向けられていた。
「ラルフ!」
突き飛ばす様にして岩の前からラルフを退かし、すかさず立射でライフルを放つリサ。最後方を征く騎兵の胸元に命中し、仰け反りながら地面へ倒れ落ちる。撃ち終わったライフルを放り投げ、肩に掛けたもう一丁のライフルを負い紐が引き千切るくらいの勢いで、無理矢理に構える。
「兵長!」
ラルフの叫び声と同時にリサが発砲し、先頭の隊長らしき騎兵の軍馬に命中する。けたたましい嘶き声を上げながら、リサに覆い被さる様にして軍馬が倒れ込む。
「ぐっあ……!」
その勢いのままにリサは押し倒され、下半身が馬の下敷きになる。
「――っバカ野郎!」
腰に下げた銃剣を抜き、リサと、今まさに彼女へ斬り掛からんとする最後の一騎の前に飛び出すラルフ。
「ラルフ!」
上体を起こして悲鳴を上げるリサの後方から、ライフルの銃声が響く。その弾丸はリサの頭上を飛び越え、ラルフの頬を掠めると、敵騎兵の顔面に命中した。軍馬の軌道は寸での所で左に逸れ、そのまま主人を失った馬は、草原の中へと走り去っていった。
「……予備の予備を、念の為に積んどいて正解だったな」
馬車の上で、ライフルを構えていたヨハンが呟く。
その銃口からは、真新しい紫煙が燻っていた。
◆
「ノールの斥候と接敵しただぁ!?」
「はい!」
「損が――」
「ご安心を!味方の被害は皆無です!」
「敵残存――」
「全騎撃破致しました!」
「現在――」
「マリッツ氏の馬車は無事段列の最後尾へ合流を果たしました!」
「待て待て待て!頭ン中で情報を整理する時間をくれ!」
意気揚々と、そして矢継ぎ早に回答するリサの顔面に右手を突き立てるイーデン。
無事小休止中の輜重隊と合流出来たリサは、部隊長への報告の為、一騎先駆けてイーデンの元へ参じていた。
「あー……いや待て、そもそもお前、なんで兵長やってんだ?」
「タルウィタ出立の直前に、フェイゲン大佐殿から輜重兵長をやって欲しいと依頼を受けまして……もしかして、聞いてませんでしたか?」
知らなかった、と言うまでもなく、目を皿の様にして意思表示を行うイーデン。
「兵歴真っ白の女猟師を輜重兵長にしたのかよ……なに考えてんだあのサムズアップ親父……」
リサの気を悪くしない様、聞こえない音量で悪態を吐くイーデン。
「……輜重兵はライフル銃兵で構成されてたよな?どうやって軽騎兵を凌いだ?」
「十数騎の小部隊でしたので、正面から迎え撃ちました。接近される前にライフルの長距離射撃をお見舞いしてやりましたよ!」
胸を張り、拳を頭上で振り回しながら説明するリサ。
「そうか……。良くやった、パルマ軽騎兵が留守の間、良くぞ段列を守ってくれた」
「身に余るお言葉、ありがとうございますです!」
どう評するか迷う様な素振りを見せた後、月並みな賛辞を送るイーデン。対してリサは屈託の無い笑顔で応えると、自分の持ち場へと走り去って行った。
「オズワルド、お前はどう思う?」
「どうって、何がですか?」
自身の馬に飼料を与えていたオズワルドが、イーデンに聞き返す。
「リサの事だよ。軍人に向いてるかどうかって話だ」
「……向いてるか向いてないかって話で言えば、向いてないと思いますよ。ですが、」
馬の前脚を上げ、蹄鉄の具合を見ながら呟くオズワルド。
「そもそも、最初から軍人に向いてる人間なんて、居ないと思うんですよ」
蹄鉄に挟まった泥や草を除きつつ、顔をイーデンに向けて話し続ける。
「上手い言い方が見つからなくて恐縮なんですが、最初は皆、人間からスタートする筈じゃないですか。そこから士官学校やら戦場やらを経て、徐々に軍人という生き物に変わって行くモノだと思うんですよ」
「……暫く見守ってりゃ、そのうちリサは一端の軍人になれるって言いたいのか?」
イーデンの言葉に対して、制帽の鍔を僅かに下げて恭順を示すオズワルド。
「もちろん、途中で耐えられなくて潰れる可能性だって有りますし、それ以前におっ死ぬ場合だってあると思いますけどね」
今まで少しばかり驚いた様子で話を聞いていたイーデンが、ここに来て鼻から笑いを漏らした。
「……初めて会った時と比べて、大分堅物感が薄れて来たじゃねぇか。良い傾向だぜ」
「アレコレと、色々見て来た結果ですよ。士官学校だけが全部じゃないって、やっと分かってきました」
三角帽を取って、やや気恥ずかしそうに頭を掻くオズワルド。
「じゃあ質問の仕方を変えるぞ。リサは途中で潰れると思うか?それとも無事一人前の軍人になれると思うか?」
「……さぁなんとも。ただ成功例は既に有りますよね?」
「成功例?」
察しの悪いイーデンに、思わず苦笑するオズワルド。
「ほら、居るじゃないですか。民間人からいきなり軍人になるって言い始めて。十五歳の身で戦場の理不尽に耐えて。今じゃ一端の指揮官になったヤツが」
オズワルドが言い終わると同時に、少し離れた所で地図を見つめていた銀髪の小娘が、大きなくしゃみを漏らしたのである。




