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第五十一話:スカーミッシュ・ライン(前編)


「イーデン大尉殿、輜重隊の段列が伸び切ってしまっております!落伍寸前です!五分で構いませんので隊列を整える時間を!」


「クソッ、やっぱ馬車は遅いなチクショウ!分かったよ、停止(Halt)!小休止だ!十分間の小休止だ!部品脱落の有無を確認しとけ!」


 輜重隊の馬車列を置き去りにしかねない速度で進軍を続けて来た遊撃騎馬砲兵隊。その甲斐あって彼らは、既にオーデル湖の南端へ到達していた。


「手隙のヤツは周囲警戒だ!流石に敵本隊はまだ来てねぇ筈だが、斥候部隊ならこの辺まで出張って来てても可笑しくねぇ!気ィ抜くんじゃねぇぞ!」


 隷下の部隊に指示を出しながら、隊列先頭のイーデンが大きく手を横に振ると、騎馬砲兵達の速度が徐々に落ちていき、やがて各車はギシギシと金具が擦れる音を出しながら停車した。

 前方を征く騎馬砲兵達が一時停止してくれた事に、エレンが安堵の表情を浮かべる。


「……あ!前の方が停まってくれた!みんな!あとちょっとで追い付けるよ〜!」


 パイパーを鞭でペシペシと叩きながら、背後に続く馬車列へ呼び掛ける。

 弾丸や火薬を積載した馬車が二両、小さな炉を乗せた従軍鍛治師用の馬車が一両。機動力重視の騎馬砲兵に比べて速度と取り回しに劣る彼らは、落伍しないように追い付こうとするだけで精一杯なのである。


「毛玉隊長ぉ!ヨハン爺さんの鍛冶馬車が落伍してます!」


 ドカドカと馬を走らせながら、アーノルドがエレンの元へ駆け寄って来る。シルエットだけ見れば、馬の上に熊が乗っている様に見える。


「うそぉ!?鍛治馬車ってそんなに遅いの!?」


 後ろから駆け寄ってきたアーノルドの報告を受け、両手を口に当てるエレン。


「小型とはいえ炉が乗ってますからねぇ、どうしても速度が出ねぇみたいです。まぁ一本道ですし、地図とかは持ってるはずなんで、流石に迷子(ロスト)にはならんと思いますがね……」


 軍服ではなく、他の輜重隊員と同じ平服に身を包んだアーノルドが頭を掻きながら顔を顰める。

 アーノルドはエレンの補佐を行う為、つい先日、自らの意思で砲兵から輜重隊へと転属していた。

 軍人と比較して待遇が落ちる事も、伍長の階級を捨てる事も、軍服に袖を通す事すら許されなくなる事も承知の上で、彼はエレンの補佐役へと立候補したのである。


「守ってくれてた軽騎兵の皆は、もう全員居なくなっちゃったんだよね?」


「おうよ、パルマ軽騎兵は全騎が斥候偵察中だ」


 下唇に手を当てながら、えーとえーと、と悩むエレン。


「と、とにかくアーノルドおじさんは、ヨハンお爺ちゃん達が遅れてることをイーデンおじさんに伝えてあげてね」


「あいよ!」


 一際盛大に土埃を巻き上げながら、ドカドカと隊列前方へと走っていくアーノルド。


「い、いざとなったらリサお姉ちゃん達が最後尾に付いてるし、野盗くらいなら大丈夫だよね……?」


 背後を振り返りながら呟くエレン。

 曲がりくねった街道の先に、ヨハン達の馬車は未だ見えず終いだった。



「毛玉の姿は見えてきたか?」


「毛玉ですか……?」


 鍛冶馬車を操るヨハンに聞かれ、手を額に当てながら遠くを凝視するリサ。


「流石に、道端に毛玉なんて落ちて無いと思うんですけども」


「そっちの毛玉じゃねえよ、毛玉なんて拾ってどうすんだよ。輜重隊長の事だよ」


「エレン隊長ってそんな可愛い渾名付いてたんですか……?」


 驚くや否や、自分の背後に続く輜重兵達に問い詰めるリサ。


「エレン隊長が毛玉って呼ばれてる事、みんな知ってました?」


「後ろから見ると本当に毛玉だぞ」

「座ってる時が一番限り無く毛玉に近いシルエットだと思うぞ」

「毛先があちこちに跳ねてるのが毛玉らしさをより一層助長してるよな」


 パルマ・リヴァン連合駐屯戦列歩兵連隊からこの輜重兵へと引き抜かれて来た兵士達が、一様に首を縦に振る。


「……貴方達ってもしかして、エレン隊長とかエリザベス中尉とかと結構長い付き合いな感じだったりします?」


「もう半年くらい経つっけかな?」

「初めて同じ前線に立ったのが第二次パルマ会戦ん時だから大体そんなモンだな」

「ただのちんちくりんな姉妹が、今じゃ輜重兵長と騎馬砲兵小隊長とはなぁ……」


 兵長であるリサが、他の面々よりも頭ひとつ抜けた階級ではあるのだが、輜重兵の男達はそんな事はお構い無しの言葉遣いである。


「一応私、兵長なんですけども」


「そんなら兵長らしさの一つでも見せて下さいよ。ただでさえ輜重兵とか言う訳の分からん部隊に配属されて、且つ従軍経験の無いヤツが上官になって、気が滅入ってるんすよ」


 元猟師だから、と言う理由でライフルを貸与され、そのまま半ば強制的に輜重兵へと転属命令を受けた彼らに、士気があろうはずも無かった。

 

「給金も減っちまったしな……まぁ元々そんな貰ってもいねぇけどよ」

「俺達ペーペー階級でも馬に乗れる事くらいか、輜重兵で良かった点と言えば」

「後は戦列を組まなくても良い点か。アレは窮屈でかなわん」


 士気の低さが如実に伝わってくる回答を受けて、口と目が一文字になるリサ。


「じゃあ逆にどうすれば信用してくれるのさ?」


「……別に信用してないって訳じゃ無いですよ。上官として認めるかどうか、まだ判断出来ねぇって話です」


 隊列の後ろの方で黙って聞いていた、一人の輜重兵が声を上げる。


「エリザベス中尉とフェイゲン大佐……そんで何よりイーデン大尉殿が良いって言ってる以上、俺達はアンタを信用はしますよ」

 

 長髪を後ろで纏めた金髪の青年が、貸与されたばかりのライフルを背負い直しながら答える。


「ただ、階級ではアンタの方が上でも軍歴ではこっちの方が上だ。その差を埋めたかったら、金星の一つでも持ってきて下さいって事です」


 (やつ)れた服と、微妙に淀んだ黒目でリサを見つめる青年。他の輜重兵よりも一回り小さい体格であるのにも関わらず、彼の周囲には老練を思わせる雰囲気が漂っていた。


「えーと、君、ラルフ〜、ラルフ……ラルフ・オニール……だっけ?」


 ラルフ・オニールと呼ばれた青年が僅かに頷く。


「えー……じ、女性軍人の私を信用すると言ってくれてありがとうございます?」


「別に、女だから信頼出来ない云々の話ではないです。珍しいとは思いますが、フレデリカ少佐殿という前例も居ますからね」


 認めて貰いたいが為に笑顔で礼を述べたが、この気難しそうな青年に易々と認められる筈もなく、ご尤もな所見を打ち返されて笑顔が固まるリサ。


「リサ兵長さんよ、ラルフに認められたいなら相当頑張んないといけませんぜ?」

「むしろ、ラルフが認めるって言うんなら俺達もアンタの事を認めない訳にはいかねぇな?」


 苦笑気味にリサの顔を見つめながら好き勝手に述べる輜重兵達。


「なるほどなるほど」


 暫く俯き加減で黙っていたリサが突然自信満々の表情で顔を上げた。


「わかりました。であればラルフは私の副官をお願いします!私の事を認めさせてみせます!」


「はぁ……まぁアンタが良いなら、了解です」


 面食らうこともなく、露骨に嫌な表情を見せる事もなく、困惑した様子でラルフがリサの隣に並ぶ。

 他の輜重兵達はいそいそと、鍛冶馬車を囲む様にして元の配置に戻って行った。


「今の目標として、(はぐ)れちゃった毛玉隊長の部隊に追い付く必要があるんですけども、誰でもいいから先に行かせて前の状況を確認してくる事って出来ます?」


「分かりました。内容は確認だけで良いですか?イーデン大尉殿へ伝言はありますか?」


「あー、出来ればもう少しスピードを落としてくれると嬉しいですね」


「了解しました」


 そう言うとラルフは輜重兵を一人呼び付け、手短かに要件を伝えた。程なくして、鍛冶馬車列から一騎が突出すると、街道前方へと消えて行った。


「これで良し。後は頑張って追いつくだけですかね」


「……いや」


 後ろを警戒していたラルフが目を細める。彼がライフルを肩から下ろし、両手に構えた所で、リサも背後の異変に気付いた。


「確か、隊列では私達が最後尾でしたよね?」

「はい」

「じゃあ、私達の後ろから追って来ている騎兵の人達って……」


 リサがその言葉を言い終える前に、彼らがサーベルを一斉に抜き放つ。

 それこそが答えだった。


「クソッ!騎乗強盗(ハイウェイマン)か!」


 ラルフが馬上でライフルを構えながら叫ぶ。

 

「いえ、違います!旗を掲げながら襲撃する騎乗強盗(ハイウェイマン)なんていません!」


 彼らが掲げる双頭の金鷲の旗を指差しながら、リサは叫んだ。


「背後よりノール軍の軽騎兵部隊です!輜重兵戦闘用意!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い! [一言] 作者さんは挿絵等を『でばふ』さんに依頼されているのかな。私、全然触れてなくて申し訳なかったんだけどとてもいい絵を描く方だと思っている。他の絵も見たけどとても良かった。
[良い点] 賞レースで勝ち抜くのはやはり大変な才能の持ち主なんだと思う。   書籍も良いがコミカライズの方が視覚的にも分かりやすくて人気が爆発したらアニメ化までしそう。 [一言] 書くのが本当に好き…
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