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第五十話:さらばパンテルスの畔よ

「うーし、とりあえず士官の足並みは揃ったな。そんじゃ会議を始めるぞ」


 一週間という超短期訓練を終え、その羽根を休める間もなくタルウィタを出立した遊撃騎馬砲兵隊。

 彼らは再編成が完了したパルマ軽騎兵中隊の面々と共に、騎乗状態で作戦会議を始めようとしていた。


「た、大尉殿。せめて何処かで腰を下ろしてから作戦会議を始めませんか?」


 馬の手綱を握りながら地図を広げようと悪戦苦闘するオズワルドが、イーデンに尋ねる。


「ダメだ、時間が惜しい。今は少しでも前に進む事が最優先だ」


 元々軽騎兵出身のイーデンは特に苦戦する事もなく、スルスルと地図を広げていく。


「し、しかし馬上では地図がまともに見え――」


「コロンフィラ騎士団の軍馬は利口な子が多い。手綱から手を離しても、しっかり道なりに進んでくれる筈だ」


 近くを並走するフレデリカから助言を受け、オズワルドが恐る恐る手綱から手を離してみると、馬が自ずと道を探して器用に歩き始めた。


「おぉ少佐殿!かたじけない!」


「もう少しその子を信用してやると良い。そうすれば信用が帰ってくる」


 左手で手綱を握り、右手で器用に地図を保持しながら話すフレデリカ。彼女の纏う上着(プリス)は更に装飾が豪著になり、フェイゲンと同様の佐官階級を示す金飾緒(モール)が追加されていた。


「少佐殿、この度はパルマ軽騎兵中隊再編成へのご助力、並びに本邀撃作戦へのお力添え、感謝申し上げます」


 イーデンが馬上敬礼を見せると、両手が塞がった状態のフレデリカは微笑みながら首を僅かに傾けた。


「なに、肩の星と荷が少しばかり大きくなっただけの事だ。中隊指揮官なのは以前と変わらんぞ」


 そう話すフレデリカの背中を、少し後ろから眺めるエリザベス。

 階級的にも、精神的にも。近づいたと思ったら、いつの間にか離されている。私はいつになったらあの人に追い付けるのだろうか。

 自分の成りたい姿とは少し異なるが、それでも到達点の一種であることに変わりはない。あの人の背中が遠くなると、同時に自分の夢も遠ざかった様な感覚に陥る。それがどうしようもなく、自分の心をざわつかせる時があるのだ。


「おいベス!聞こえてんのか!」


「は、はい!聞こえてますわ!」


 内観に没頭するあまり、周りが見えていなかった。

 慌てて返事を返すエリザベス。


「後ろはどうだ?砲列と段列はちゃんと付いてきてるか?」


「え、ええ、ちゃんと付いてきておりますわ」


 答えながら背後に振り向くエリザベス。

 彼女の直背には、四頭立てで四ポンド砲を牽引する騎馬砲兵達が続き、更にその背後にエレン率いる砲兵輜重隊の馬車列が続く。最後尾にはリサと十名程の輜重兵達が最後方を警戒し、前方と側面はフレデリカのパルマ軽騎兵が防護している。一個砲兵部隊に対する防護としては非常に手厚い物である。


「よし、各員!馬上且つ行軍中で申し訳ないが聞いてくれ!敵ノール軍の進軍ルートが判明した!奴らは既にリヴァン市を出立しており、現在はヨルク川を南下中だ!」


 いつもの気怠げな表情とは違う、険しい表情で作戦を伝達するイーデンの姿が、何故か可笑しく見えた。


「敵は二万の大軍だ。水源確保の観点から、川から離れる事はまず無いと考えて良いだろう。よって我らがコロンフィラ伯軍団長閣下は、このまま川沿いに敵は進軍してくる物と結論付けた」


 イーデンの声に傾注しつつ、オーランド北部地方図と第された地図を開く。そのままヨルク川を指で下へなぞっていくと、巨大な湖に突き当たった。


「相変わらずデカいわねこの湖……最大幅で十キロ以上あるんじゃないかしら」


 地図の丁度真ん中に居座る巨大な湖を見つめる。陸地を薄い灰色、川が濃い茶色で塗られている為、中央に大きなシミが出来ている様に見えた。


「ヨルク川を下った先にあるのはオーデル湖だ!皆も知っての通り、オーデル湖の周囲は湿地帯だ!敵の進軍速度並びに機動力が大きく低下するだろう!」


 よって!と、地図を高く掲げ、オーデル湖の(ほとり)に黒のバツ印を付けるイーデン。


「ここを第一邀撃地点とする!オーデル湖を進軍中の敵軍を迎撃するぞ!覚悟は良いな!?」


「「了解!!」」


「……第一という事は、第二遊撃拠点もあるんですのね?」


 皆の一律揃いな返答が響いた後、エリザベスの右手が挙がる。


「あぁその通りだ。オーデル湖からそのままタルウィタに向かって南下すると、ラカントという名前の村がある。そこが第二邀撃地点だ」


「ラカント、えぇと」


 指をそのままオーデル湖の南端部分に滑らせてみると、たしかにラカントと書かれた村のマークがあった。


「ノール軍がこの村に立ち寄るという確証はありますの?」


「確証はねぇよ。可能性ならあるけどな」


 今までの眉間に皺を寄せていた表情から、眉を下げていつもの顔に戻るイーデン。


「ラカントは呼び名こそ村だが、その実情は千人規模の大農村だ。ノール軍が徴発なり分宿なりに立ち寄る可能性は高い。パルマという一大拠点が利用できていない以上、補給事情が厳しいのは事実だろうしな」


 ラカント村の地点に二個目のバツ印を付けつつ、理由を説明するイーデン。


「なるほど。邀撃地点はこの二箇所だけですの?」


「そうだ。敵だって馬鹿じゃねぇ、そう何度も待ち伏せに引っ掛かる訳が無い。軍団長閣下並びにフェイゲン大佐とも検討した結果、邀撃地点はこの二点のみであると結論付けられた。俺たちはそれに従って、戦術を練るだけだ」


 そこまで言うと、イーデンはフレデリカの方へ自分の馬を寄せた。


「少佐殿。邀撃作戦を成功裏に終わらせる為には、入念な斥候派遣による敵進軍路の把握が必要となります。先行偵察をお願いできますか?」


「あぁ、いいだろう」


 左肩に羽織ったプリスを優雅に翻しながらサーベルを引き抜くと、側背面に散らばった騎兵達へ再集結を促すフレデリカ。

 

「偵察箇所はヨルク川南部とオーデル湖北部で問題ないか?中隊全八十騎で首尾よく不備なく偵察を行うとなれば、その二方面に偵察箇所を絞った方が良いだろう」


「問題ございません。部隊編成については一任致します」


「委細承知。隷下の部隊へ指示を行ってくる故、少しばかり失礼するぞ!」


 そう言うとフレデリカは馬の向きを反転させ、隊列中腹で集結中の軽騎兵達の元へ走り去っていく。

 彼女とすれ違う際、羽織ったプリスに載せられた風が、一拍置いてエリザベスの頬を撫でる。


「……一々格好良いわよね、ほんと」


 地図を顔に押し当てて、今の自分の表情を他人に悟られないようにするエリザベス。


「故に我々の第一目標は、可及的速やかにオーデル湖へ到達し、ノール軍を歓迎する準備を整える事だ。当然ながらこの第一邀撃の成否は、続く第二邀撃、そして今後控えるタルウィタ防衛戦の成否にも関わってくる」


 今一度、オズワルドとエリザベスの両名を見つめながら、断固とした口調で、しかし口角を上げながらイーデンは期待の言葉を投げかけた。


「遊撃騎馬砲兵隊小隊長各員にあっては、此処(ここ)先途(せんど)として奮闘成す事を期待する」


「「了解!!」」


 地図を畳んだエリザベスとオズワルドが同時に馬上敬礼を返す。


「……して本題とは逸れますが、邀撃作戦終了後、我が隊はどの様に動くのでしょうか?」


 地図を図嚢にしまったオズワルドが、自身の手綱を取り直しながら質問をする。

 

「邀撃作戦終了後は、パンテルス川……今まさに横で流れてるこの川の何処かで、オーランド連邦軍主力と合流する」


 イーデンは、騎馬砲兵隊のすぐ側を流れる川を一瞥しながら答えた。


「それは、つまり」


 オズワルドが言い掛けた所で、エリザベスがその先の言を取った。


「ここが首都防衛の決戦場という事ね」


 決戦場と呼ぶには程遠い、草原と丘が広がる長閑(のどか)な風景を眺めながら呟くエリザベス。

 早暁(そうぎょう)の陽に照らされた紫のシースが、初冬を待ち侘びていたかの様に彼方此方(あちこち)で咲き誇り、紅葉はその黄金色の最期を迎えようとしている。遠くには農地も見える、されば近くに農村もあるのだろう。

 ここが近い将来、修羅(しゅら)(ちまた)と化す。そう言われて、少し位なら動く心もある。

 しかし。


「……この景色も見納めね」

 

 パルマを取り戻す為なら、燃やしてみせよう。

 

 エリザベスの中で、何かの(たが)が一つ、外れる音がした。

 


【遊撃騎馬砲兵隊作戦図】

挿絵(By みてみん)

 

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― 新着の感想 ―
コロンフィラはもう少し北寄りと思いました 湖辺の戦闘、大変になりそうです
[良い点] 遅まきながら『第3回 一二三書房WEB小説大賞』の二次選考の突破おめでとうございます。 と書こうと思たら・・・、 『第3回 一二三書房WEB小説大賞』の最終選考で『銀賞』✨と『コミカ…
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