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第四十九話:螺旋状の覚悟(後編)


輜重兵(しちょうへい)?」


「ええ、そうですわ。恐らく貴女は普通の戦列歩兵よりも、そちらの役割の方が向いてると思いますの」


 練兵場広場で訓練を続ける砲兵達を尻目に兵舎へと向かう二人。


「砲兵には段列、つまり輜重隊が必要ですの。そして段列そのものに自衛能力はありませんので、輜重隊を専門に護衛する輜重兵が必要になりますわ。今までは輜重隊自体の規模が小さかった為に不要と判断していましたが、砲兵戦力の増大により、いよいよ輜重兵の役割が――」


 話しながら隣に目を遣ってみると、口を半開きにし、何とも間抜けな顔で自分を見つめるリサの姿があった。


「……ええと、まず軍が継続して戦うには補給が必要って事は分かるかしら?」

「はい」

「大砲を運用する砲兵は、歩兵と比較して、とりわけ沢山の補給を必要とする事は何となく分かるわよね?」

「はい」

「沢山の補給を維持するには、沢山の補給要員が必要よね?」

「はい」

「となれば、沢山いる補給要員を守る人も当然必要になるわよね?」

「なるほど、それが輜重兵の役割なんですね」

「その通りですわ」


 噛み砕いて説明すれば分かってくれる頭脳の持ち主である事を知れて、内々で安堵するエリザベス。しかしその安堵は、彼女が続けて口にした疑問で脆くも崩れ去った。


「輜重兵が居なかった為に、私の母は戦死してしまったのですか?」

 

 返す言葉が思い当たらなかった。

 第二次ヨルク川防衛戦で輜重隊に被害が出たのは、敵榴弾砲の間接射撃を受けた時だ。砲兵を狙った砲撃が砲陣地を飛び越え、背後の段列に直撃したと記憶している。結論から言えば、輜重兵が居ようがいまいが避けられなかった被害である。端的に言えば流れ弾だ。

 しかし、例え事実がそうだったとしても。


「そうですわ」


 どちらにせよ死んでいた、とは言えなかった。


「輜重隊の規模が小さかった故に、輜重兵の編成を軽視したオーランド砲兵隊……ひいては、わたくしの責任ですわね」


 誰のせいでもないと言ってしまうのは簡単だ。しかしそれでは、彼女は責める先を失ってしまう。私を責める事によって溜飲が下がるのであれば、私は進んで矢面に立とう。

 それが、パルマ女伯やフレデリカ大尉の振る舞いを見て学んだ、上に立つ者としての責務である。


「そうですか」


 リサは次に口にする言葉を思い悩んでいる様子だった。

 気が済むまで責め立てると良い。その覚悟は出来ている。


「であれば」


 リサは目を瞑ると、口端を僅かに上げた。


「これ以上被害が出ないように、私が守らないといけませんね?」


 あぁ。


「……そうですわね」

 

 彼女の覚悟の方が、余程強かったではないか。



撃てェ(Fire)!」


 練兵場の片隅で、鋭いライフルの銃声が響く。

 打ち出された丸弾は、銃身内部に彫られた螺旋施条(ライフリング)の溝に沿って回転しながら空気中を猛進する。この回転こそがライフルの高い命中精度を生み出しているのだ。


「おぉ、見事なモンだな」


 三百メートル先で飛び散るレンガを単眼鏡越しに眺めながら、嘆息を漏らすイーデン。


「これで納得したかしら?」


 リサとイーデンの間に立つエリザベスが、仁王立ちの姿勢で答える。


「確かに、射撃の腕はお前から聞いた通りだな」


「ね?腕を測るまでも無いって言ったでしょ?」


「お前を疑ってた訳じゃねえよ、単に俺が実際に見ないと気が済まねぇ性格ってだけだ」


「……もう一発必要ですか?」


 うつ伏せの姿勢でライフルを構えながら、二人に尋ねるリサ。


「いや、大丈夫だ。因みに再装填は何秒掛かる?」


「伏せてると六十秒くらい掛かります。立ってると四十秒くらいですね」


「まぁ、ライフルだとそんくらいか。立って良いぞ」


「恐縮です」


 伏射姿勢から立ち上がりながら、膝に付いた砂埃を払うリサ。


「お前、歳は幾つだ?」

「十八です」

「猟師歴は?」

「八年です」

「人を殺した回数は?」

「えぇと……えっ!?」

「冗談だよ、真面目に答えられても困る」


 リサを適当にあしらいながら、暫し顎に手を当てて考え込むイーデン。

 三角帽子を指先で回して遊ぶエリザベスと、ライフルの清掃を行うリサを交互に見つめた後、彼は自身の背後に佇む兵舎を親指で指差した。


「聞いといて何だが、最終判断を下すのは俺じゃねえからな。大佐殿にお伺いを立ててみるとするか」


 付いてきな、とポケットに手を突っ込みながら兵舎に入って行くイーデン。


「……イーデン殿がこの砲兵部隊の隊長さんなんですよね?隊長なのに入隊の判断を下せないんですか?」


 兵舎に入場しながら、イーデンの背中に向かってリサが質問を投げ掛けると。


「大尉殿が持ってるのは部隊の指揮権よ。人事権じゃ無いわ」


 答えはリサの背後から返ってきた。


「私達……遊撃騎馬砲兵隊は、今から会いに行くパトリック・フェイゲン連隊長の直属部隊よ。通常、連隊の人事権は連隊長が持ってるわ」


「はぇ〜」


 明らかに理解しきれていないタイプの返事が返ってくる。別に知らなくとも部隊内で活動する分には支障は無いだろうと、エリザベスは委細説明を放り投げる事にした。


「大佐殿。イーデン・ランバート大尉です、今宜しいでしょうか?」


 ドアをノックしながら尋ねるイーデン。


「良いぞ、丁度ヒマだった所だ」


「失礼します」


 ヒマなら丁度良いと扉を開け放ったイーデンは、目の前の光景に一瞬言葉を失った。

 実務机上に所狭しと積まれた書類。床に広げられた幾つもの地図。封蝋すら破られていない手紙の数々。ヒマをしている人間の部屋とは到底言い難い様相だった。


「大佐、本当に貴方はヒマなんでしょうか?」


「忙しいかどうかは本人の主観によるものだ。故に、私がヒマだと言ったらヒマなのだ」


「左様ですか……」


 床に散りばめられた地図を踏まない様に注意しながら机の前に立つ三人。積まれた紙束を脇に退けると、やっとフェイゲンの顔が見えた。彼自身の言葉の通り、至って健康的な顔立ちである。


「で、何だね?ヒマではあるが、やる事が無い訳では無いからな、手短に頼む」


「はっ!簡潔に申し上げます。我が隊は、砲兵輜重隊の部隊規模拡大に伴いまして、輜重兵の編成を行いたいと考えております」


 それに際して、とリサに目を配るイーデン。


「こちらのリサ・ホーキンスを輜重兵として迎え入れたいと考えております」


「なるほどな、あいわかった」


 やや伸び始めた無精髭をつまみながら、リサの目を見るフェイゲン。


「女は迎え入れておらん……と言いたい所だが、カロネード少尉の面前でそれを言ってしまっては、筋が通らんからな」


 椅子から立ち上がると、フェイゲンは器用に床の地図を避けながら部屋を歩き始めた。


「彼女の力量は把握しているか?」

 

「勿論です。小官とカロネード少尉が保証致します。射撃の腕は確かです」


「違う」


 足を止め、こめかみに手を当てたまま三人の方を向く。


「その力量ではない」


 片眼鏡を外し、レンズ部分を布で磨きながらリサに向き直る。


「……確か砲兵輜重隊に、ターニャ・ホーキンスという御婦人が居たな」


 片眼鏡を掛け直し、明るいブルーの瞳を向けるフェイゲン。


「君の母親かね?」

「はい」

「であれば、亡くなられたお母様の敵討ちをしたいという事かな?」

「はい」


 質問に対し、迷わず返答するリサ。

 フェイゲンは再び部屋の中を歩き回り始める。今度は先程とは違い、彼の瞳に鋭い眼光が走っていた。


「君に一点、忠告しておこう」


 ゆっくりと、踏みしめる様な速度で歩くフェイゲン。


「オーランド連邦軍は、君の個人的な復讐を果たす為の道具では無い。まず、そこは理解してくれているかね?」


「はい」


 先程よりも、少し言い淀みが混じった返事を返すリサ。


「であれば、母親を殺した首謀者が君の目の前に出てきたとしても、一人の軍人として、理性的に振る舞う事が出来るという事かね?」


「はい」


 リサの返事の歯切れが更に悪くなる。


「意地の悪い質問をしている事は承知している。しかし、君を軍人として迎え入れる為には、どうしても忠告しておかなければならんのだ」


 フェイゲンが歩く度に、木の軋む音が重く部屋中に響く。

 エリザベスは、フェイゲンの視線が、いつの間にか自分の方にも向けられている事に気付いた。


「貴様は人間ではなく、軍人だ。それを先ず意識せねばならん。人としての正しさや道徳、倫理よりもまず、軍人としての合理性を取らねばならん時が、必ず来るだろう」


 エリザベスは確信した。

 この言葉はリサだけではなく、私にも向けられていると。


「母を失った痛みを抑え、軍務に服する。貴様にそれが出来るかね?」


 リサと、そしてエリザベスの瞳が大きく、そして強く見開かれる。


「……できますとも。その為にここまで来たのですから」


 リサは言葉で、そしてエリザベスは目で、肯定を示した。


「ならば良し!輜重兵にするなり煮るなり焼くなり、イーデンの好きにして構わんぞ」


 終わり良ければ全て良しと言わんばかりに、フェイゲンが渾身のサムズアップを披露する。


「あ、有難うございます!」


 深々と礼をするリサを見届けると、フェイゲンは再び椅子に座り、書類の中に埋もれていった。


「大佐殿、失礼しました」


 入る時に通った道を思い出しながら、三人は一列縦隊で扉へと向かう。


「おっと、忘れる所だった。エリザベス!」


 フェイゲンが引き出しから小さな何かを掴むと、エリザベスへと放り投げた。


「ちょっ……!」


 慌てながらも右手でキャッチするエリザベス。


「オズワルドと二個ずつで分けたまえよ」


 言われるがままに右手を開いてみると、そこには見覚えのある、星形の肩章が四つ握られていた。


「昇進おめでとう。エリザベス・カロネード砲兵中尉殿」


 祝いの声が聞こえて来た方に目を向けると、書類の山頂から、サムズアップの指だけがニュッと伸びていた。

 

【遊撃騎馬砲兵隊:編成】

部隊指揮官:イーデン・ランバート(大尉)

第一騎砲兵小隊長:エリザベス・カロネード(中尉)

第二騎砲兵小隊長:オズワルド・スヴェンソン(中尉)

砲兵輜重隊長:エレン・カロネード

砲兵輜重隊付鍛治師:ヨハン・マリッツ

輜重兵長:リサ・ホーキンス

 

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