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第四十八話:螺旋状の覚悟(前編)

「コロンフィ……軍団長閣下は?」


「コロンフィラに向かわれましたわよ。兵隊さんの数と兵科割合を掌握したいんですって」


 タルウィタの兵舎へ新型大砲と共に舞い戻ってきたエリザベスは、イーデンと共に士官室に詰めていた。


「にしても編成表作るのがこんなに面倒だとは思わなかったわ……」


 オーランド砲兵達の名前と、各大砲への人員配置図を交互に眺めながら悪態を吐くエリザベス。一分間隔で外から漏れ聞こえてくる大砲の射撃演習音が、的確に作業の手を中断させてくるのも相まって苛立ちが募る。


「イーデン中……違った、大尉殿はずっとこんな事やってたの?」


「おう。臨時カノン砲兵団の頃からやってたぞ。今はお前とオズワルドが居るお陰で大分マシにはなったが、七面倒な事には変わりねえな」


 三ツ星の階級章を両肩に佩用したイーデンが、死んだ魚の様な目をしながら机に向かう。時折頬杖を付いたり、貧乏揺すりを始めたり、足を何度も組み替えたり、実に索然とした様子である。


「……貧乏揺すり止めてくれる?こっちの机まで揺れが伝わってくるんですけども」


 一定周期でカタカタと震えるインク瓶や羽ペンを半目で見つめながら、イーデンに抗議するエリザベス。


「こんだけ離れてんだ、俺が原因な訳ねぇだろ」


 自分とエリザベスの距離を親指と人差し指で示しながら抗弁するイーデン。新たに遊撃騎馬砲兵隊士官詰所として割り当てられたこの部屋は、オズワルド含む三人分の士官机を収容してなお余りある広さを持っていた。


「じゃあ何が原因なのよ。インク瓶が勝手に踊り始める訳でもあるまいし」


「外だよ外。ウチの砲兵達の仕業だ。撃ちまくってる大砲の振動がここまで伝わってきてんだよ」


 自身の背後に設けられた窓を見ながら、これまた面倒臭そうに答えるイーデン。よくよく見てみれば、揺れているのは机上の物だけではなく、壁にかけられたコートや制帽、窓枠までもが一定周期で小刻みに揺れていた。


「身内ながら傍迷惑な事ね……」


 自席から立ち上がり、気分転換がてら窓際へと歩を進めてみる。そこには、練兵場の中心で八門の真鍮砲が火を吹いており、更にその周囲を騎乗訓練中の砲兵達がグルグルと回っていた。


「……音はずっと聞こえてたけど、大砲の振動もここまで伝わってくるのね」


 ここ最近いつも間近で砲声を聞いていた所為で、離れた位置から聞く大砲の発射音に謎の新鮮味を感じてしまう様になった気がする。近場では耳を(ろう)する爆音のせいで、碌にその砲声を聞く事叶わなかったが、此処からであれば良く聞こえる。

 砲身内部で一気に燃焼する黒色火薬に押し出され、砲口から雷鳴の如く打ち出される球形弾のなんと頼もしい事か。幾百の燧石式(フリントロック)がその火花を散らそうとも、この音の前には易々と掻き消されてしまうだろう。

 砲の真価はその威力ではなく、その音にある。迫り来る敵を前にして、自身の頭上を飛び越え、勇ましい風切り音を響かせながら敵戦列へ斬り込んで行く砲弾達の勇姿に、歩兵達は勇気付けられるのだ。


「煩いけど、やっぱり……嫌いになれないわね」


 この音は愛しい我が子の泣き声の様なものだと、割り切りが出来た所で、自席に戻ろうとするエリザベス。


「ん?」


 ふと兵舎の正門付近に目を向けると、入口で衛兵に取り囲まれている一人の民間人が目に入った。

 野次馬気分で単眼鏡を取り出すと、正門へそのレンズを向けてみるエリザベス。


「……ねぇ大尉殿」

「なんだよ?」

「ちょっと席を外しても良いかしら?」

「良いけど早く戻ってこいよ。今日中に編成表は仕上げなきゃならねぇからな」

 

 イーデンに許可を取りながら、コートジャケットと三角帽を引っ掴む。


「いきなり慌ただしいな。何しに行くんだよ?」


 頬杖を付きながら興味なさげに尋ねるイーデン。エリザベスはドアを開け放つと、端的に言い放った。


「ニ年前のわたくしに、会いに行ってきますわ!」


 エリザベスの単眼鏡が捉えたのは、マスケット銃を担いだ女性の姿だった。

 二年前、ラーダ王国の練兵場に志願兵として立候補しに来た自分と、今正門前で衛兵達に取り囲まれている女性。

 エリザベスは彼女の姿に、嘗ての自分の姿を重ねずには居られなかったのだ。



「無理だ。女の志願は受け付けていない」

「なんで無理なんですか?せめて私の腕を試してから言って貰えませんか?」

「腕っぷしで女が男に勝てる訳ないだろう。帰った帰った」

「腕力では勝てませんが、銃の腕なら自信があります。試す場だけでも用意して頂けませんか?」

「白兵戦が起きない戦場など無い。最後は銃剣で決するのが会戦だ。射撃だけ上手くても兵士としては使い物にならん。むしろ射撃は下手でも腕っぷしが強い奴の方がよっぽど使い所があるぞ」


 取り囲まれた衛兵達に鼻で笑われてもなお、ピアノの様な艶のある黒目で兵士を睨みつける少女。彼女の肩越しには、古びたマスケット銃が担がれていた。


「では砲兵輜重隊の隊長に会わせてください。私の母が同隊に所属しておりました。関係者として面会を希望します」

「輜重隊員どころか、軍属は原則面会禁止だ。どうしてもと言うなら手紙を持って来い。それぐらいなら受け取ってやる」


 あの手この手で中に入ろうとする少女を軽くあしらう衛兵達。しまいには衛兵二人掛かりで彼女の両腕を掴み、門前から引き剥がそうとする。


「ま、待ってください!必ず役に立って見せます!今のオーランドには兵が不足している事も知っています!」

「兵が不足しているのは事実だが、女子供を受け入れる程切羽詰まってはない――」


「あら、本当にそうかしら?」


 背後からお淑やかな声を掛けられた衛兵達が振り向くと、砲兵将校服に身を包んだエリザベスが、後ろ手を組み、仁王立ちの姿勢で佇んでいた。


「これは砲兵少尉殿!お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。此奴、軍人になると言って聞かない様子でして」


 うんざりした様な視線を女性に向ける衛兵。


「じ、女性の砲兵士官……?」


 強制的に片膝を付かせられた彼女が驚きの声を漏らす。毛先に掛けて緩やかにカールが掛かったショートボブの彼女は、自分程では無いが、それなりに若い顔立ちに見えた。


「どうして、女性が軍人になんて……?」


「その言葉、そのままお返し致しますわ。なぜ女性である貴女が軍人になりたいんですの?」


 質問を打ち返すと同時に、わざと切って貼った様な笑顔を見せ、底知れぬ威圧感を相手に与えるエリザベス。


「……母の仇を取りに来ました」


 彼女の目付きが、一層にその切れ味を増す。


「あまり、聞かれたく無い類いの話みたいですわね。皆様、警備に戻って頂いて構いませんわよ?後はわたくしが引き継ぎますわ」


「はぁ。少尉殿がそう仰るのであれば」


 面倒な人の応対をせずに済むのであればと、ながら一礼と共に門の警備に戻る衛兵達。


「お心遣い、ありがとうございます。少尉殿」


 膝立ちの姿勢から立ち上がると、彼女はマスケット銃を背負い直しながら、切れ長の瞳をエリザベスに向けた。


「……砲兵士官の貴女なら、砲兵輜重隊は良くご存知でしょう。その中に、ターニャ・ホーキンスという女性が居た筈です」


 聞く耳を持つ人物が現れた喜びと、己の事情を端的に話そうとする焦り故に、口調が所々急ぎがちになる栗毛の彼女。


「それが私……リサ・ホーキンスの母です。第二次ヨルク川防衛戦で戦死した、母の名前です」


 目に涙を浮かべる事も無く、感情に任せてエリザベスを責め立てる事もせず、リサと名乗る女性は、淡々と事実を述べた。


「私には母の様な学識高さはありませんが、射撃の腕なら自信があります。どうか私を雇って下さい」


 背中に背負ったマスケット銃を肩越しに見せつけるリサ。その銃口付近には、マスケット銃であれば当然付いている筈の突起……つまり着剣装置が付いていなかった。

 しかしその代わりに、銃口内部から這い出る様に、何条もの螺旋施条(ライフリング)が顔を覗かせていたのである。


「……その銃、ライフルですわね。貴女、猟師なんですの?」


「は、はい」


 踵を合わせて姿勢を正すリサの姿を、まじまじと観察するエリザベス。

 見栄えよりも動き易さを重視した丈の短い灰色のジャケット。裾が絞られたズボンと長靴。そして左腰に吊られた弾薬盒。彼女が身に付けている物はどれもこれも悉く(ことごと)古びており、かといって値打ちのある年代物という訳でもない。

 エリザベスは一目で、彼女の纏う装備が二束三文の品々である事を見抜いた。


「貴女、なかなか――」

 

 しかし同時に。


「――()()()()をお持ちの様ですわね」


 それらが熟練の手によって、非常に良く使い込まれた品々である事も、見抜いていたのである。


「あ、ありがとうございます?」


 何故褒められたのか、一向に要領を得ない様子の彼女を見て、初めて顔を綻ばせるエリザベス。


「あら、貴女の腕前を褒めてるんですのよ?素直に喜んで頂いて構いませんわ」


 弾薬盒の革は、幾重にも塗られたであろうオイルによって、深い茶褐色のグラデーション模様を映し出している。まるで高級家具の様な色合いだ。

 肩に掛けたライフルには傷こそあれども、泥や砂といった汚れは微塵も無い。猟が終わる度に念入りな分解清掃を行っているのだろう。銃床も木目の粗さからそれ程良い木材を使っているとは思えないが、しっかりと磨かれており、ほんのりと艶がかっている。


「褒めるも何も、私はまだ一発も……」


「既に貴女の腕前は拝見させて頂きましたわ」


 一歩身を引き、兵舎への道を空けるエリザベス。


「そのライフルと弾薬盒、とても永く使ってらっしゃいますのね?」


 その言葉に、今まで切れ長だったリサの瞳が丸くなる。


「分かるのですか?」


「元は武器商ですので。少しは心得がありますの」


 言いながらリサに背を向け、兵舎へと歩き始めるエリザベス。


「あ、あの!お名前を……」


 門の内側に足を踏み入れて良いものか判断出来ず、片足を浮かせたままエリザベスの背中に手を伸ばすリサ。


「エリザベス。エリザベス・カロネードよ」


 リサに背を向けたまま、足を止める。


「オーランド連邦軍、遊撃騎馬砲兵隊所属、砲兵少尉にして――」


 回れ右の動作で勢いよく振り向いて見せる。

 突き合わせた踵同士がぶつかり、カッという勇ましい音を立てた。


「――貴女の上官になる予定のお嬢様ですわ。そのほど宜しくて?」


 リサはその問いには答えず、代わりに浮かせた足を一歩、大きく前に踏み出して見せた。

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