第四十七話:遊撃騎馬砲兵隊、結成!(後編)
「四ポンド砲にした理由は?」
「機動力と火力の両立を目指した結果にございます」
「八門全てを四ポンド砲に統一した理由は?」
「一言で申し上げれば、互換性故でしょう」
「互換性?」
横一列に並べられた、金色に輝く八門のカノン砲を指差しながら、フェイゲンへ質問を投げかけるコロンフィラ伯。
「砲身を統一すれば、大砲の使用部品を共有化出来ますわ。破損した大砲の部品交換や、共食い整備の際に便利ですの」
フェイゲンの代わりに、編成表を小脇に抱えたエリザベスが口を開く。
「理屈はわかるが、砲を一種に限定すると柔軟性に欠けるぞ。四ポンドでは敵の防衛線までは落とせん。当然、十二ポンド砲と比較して散弾の威力も低下する。騎兵に対してかなり脆弱になるぞ?」
「はい、通常の野戦砲兵の観点から見れば、コロンフィラ様の仰る通りですわ」
通常、の部分を強調しながら、編成表をコロンフィラ伯へ手渡すエリザベス。
「……遊撃騎馬砲兵隊?」
聞き慣れない編成部隊名に眉毛をへの字に曲げながら、手渡された内容を音読するコロンフィラ伯。
「ノール軍兵力の漸減を目的とした遊撃砲兵……邀撃用の騎馬砲兵部隊……?」
彼がある程度の内容を読み込んだ所で、フェイゲンが口火を切った。
「コロンフィラ伯閣下も勘付かれているかと存じますが……此度の戦、首都防衛戦は避けられぬ運命にあると、小官は考えております」
連隊長を示す金のパイピングが随所に施された制帽を深く被り直しながら、喉の奥で息を溜める。
「タルウィタには防壁がありませぬ。籠城戦は下策となるでしょう。故に決戦は野戦となる可能性が高いと見ております」
東の端に見える、簡易な検問所に目を遣るフェイゲン。
「彼我の戦力は双方約二万。そのまま野戦で干戈を交える事になれば、我が軍の勝利は厳しい道のりになるでしょう」
その為にと、彼は砲金色の火砲達を恭しく紹介する素振りを見せた。
「ノール軍がタルウィタへ到達する前に、出来る限り敵戦力を削らなければなりません」
「……その為に、機動力のある砲兵隊を新たに編成したいって訳か」
「左様にございます、コロンフィラ伯閣下……いえ、オーランド連邦軍軍団長閣下。どうか、遊撃騎馬砲兵隊の編成御許可を賜りたく」
頭を下げたまま微動だにしないフェイゲンと、顎下に指を当てがい、無言で編成表を眺め続けるコロンフィラ伯。北方大陸の秋特有の、身を削る様な冷風が反射炉の煙突から吹き下ろされ、彼らの足元を駆け抜けていく。
「……馬はどうする?騎馬砲兵なら砲兵全員を騎乗させねばならん。かなりの数が要るぞ?」
「パルマ軽騎兵中隊長のフレデリカ・ランチェスター大尉が、軍馬の譲渡を申し出てくださいました。騎乗訓練は必要ですが、必要数は確保可能かと――」
「待て、軍馬の譲渡と言ったか?」
説明を聞いたコロンフィラ伯の目付きが、矢の様に鋭くなる。
「……パルマ軽騎兵中隊には、軍馬を分け与える程の余力が残っているのか?」
今まで眺めていた編成表をエリザベスに押し付け、フェイゲンへと相対するコロンフィラ伯。
「……同中隊の残存兵力は、既に二十騎を割っております。最早、戦術的な働きを期待するのは不可能かと。本編成表が受理され次第、パルマ軽騎兵中隊は遊撃騎馬砲兵隊へ統合され、実質解隊と――」
「ならん!ならんぞ!その様な兵種統合、フレデリカが許しても軍団長たる余が許さぬ!」
騎兵用の乗馬ブーツで地面を踏みつけるコロンフィラ伯。胸の騎士大綬章が大きく揺れた。
「軽騎兵こそ、貴様の述べる遊撃戦に最も適した兵種では無いか!遊撃戦用の部隊を新設するために、軽騎兵を解散させるなど、本末転倒も良い所である!」
凄まじい剣幕でフェイゲンを詰問するコロンフィラ伯。
「閣下!どうかご再考を」
エリザベスが間に割って入り仲裁の構えを見せる。
「こうでもしませんと、軍馬の用立てが出来ませんの。ラーダ王国からの援助には軍馬は含まれておりません。今から馬を集めるとなると、遊撃戦の開始が更に遅れる事になりますわ!」
「えぇい、分からん奴だな!」
腰に下げた直剣に手を掛け、自分自身を指差しながら、苛立ちと興奮、そして僅かばかりの気恥ずかしさを帯びた声で彼は叫んだ。
「軍馬はコロンフィラ騎士団から都合してやる!パルマ軽騎兵中隊に不足としている軍馬の数も即刻教えろ!軽騎兵を解散させるくらいなら、無用の長物たる余の部隊を解散させた方が幾分も道理に適っているだろう!?」
嘗ては高らかに名を馳せた騎士の軍馬が、大砲を曳く駄馬と化す。
殊更に勇ましく命令した彼の声色には、しかして悲憤の情が込められていた。
◆
「ねぇねぇフェイゲンおじさん」
「ん?どうした毛玉よ」
前車と曳き馬を繋ぐ、鉄製金具の交換作業をせっせと進めるエレン。対するフェイゲンはコロンフィラ伯への提案も済み、やや手持ち無沙汰の面持ちである。
「コロンフィラ様って、何でこんなに協力的なの?私達のこと好きなの?」
「……まぁ、好意はあるだろうな。ただそのベクトルは我々に向けられた物では無いが」
「誰の事が好きなのさ?教えて〜!」
前車越しに顔を覗かせながら、琥珀色の瞳を輝かせるエレン。
「パルマ女伯閣下だ」
「え!?コロンフィラ様ってあんな怖い人が好みなの……?」
サッと前車から顔を引っ込めたかと思えば、恐る恐る目だけを覗かせるエレン。
「元々は婚約者同士だ。惹かれる部分もあったのだろう」
「婚約者同士だったの!?あ、でも今は違うんだよね?」
「その通りだ。十年前くらいだったか、お互いに気持ちの折り合いがつかんという事で、婚約解消した様だ。……どっちが先に振ったのかまでは知らんぞ?」
期待に胸を膨らませていたエレンの表情が、みるみる内に萎んでいく。
「えー!そこが一番気になる所なのにー!」
前車に積まれた弾薬箱の蓋を手でベシベシと叩きながら、口を尖らせるエレン。
「当時の私は一介の歩兵中尉だ。貴人同士の色恋沙汰に首を突っ込める身分ではないよ」
「じゃあ連隊長の今は首を突っ込める立場って事なの〜?」
「いやそうでは無くてだな……あの御二人が自らの恋仲を他人に話す様な性格だと思うか?」
「ぬーん」
その言葉で漸く納得したのか、溜息とも相槌とも取れない妙な声を発すると、エレンは作業に戻った。
女子供だからと下手なあしらい方をしていては、この毛玉の追求を逸らす事は出来ない。のほほんとした雰囲気に似合わず、結構な食い下がりを見せた彼女の姿に、フェイゲンは内心驚いていた。
「えーと、次はこの砲身をこっちの砲架に載せるからここにクレーンを……」
三角錐型に組まれた木製クレーンを、ズルズルと大砲の直上へ引き摺ってくるエレン。
「新品の砲身同士を交換するのかね?」
老朽化している訳でもなく、完成したばかりの砲身同士を交換しようとするエレンに疑問を投げかけるフェイゲン。
「そうだよー。部品がちゃんと同じ形になってるか確認したいの〜」
滑車から吊るされたロープを手元に手繰り寄せ、砲身中央に備えらえれた取手に巻き付けるエレン。
「同じ形?」
「そうだ」
フェイゲンの背後から、垂直式ドリルの稼働後点検が終わったヨハン・マリッツが声をかける。
「おお!これはヨハン・マリッツ殿。この度は砲兵付鍛治師の申し出を承諾してくださり、誠に有難うございます。それにしても……」
振り向いて握手を交わしながら、ヨハンの背後に横たわる巨大なドリルを引き気味に眺めるフェイゲン。
「これが例の大砲用の旋盤ですか。人の丈を軽く超えるドリルを見るのは初めてですな。これはドリル本体が回転するんですかな?」
「最初はその予定だったが、結局は大砲の方を回転させる事にした。その方が中心点がズレずに済む」
「なるほど。当初エレンからは、ドリルを地面に対して垂直にすると伺ってましたが、最終的には水平式になったのですな」
「垂直式だと重力の関係でドリル側に負担が掛かる。組合の奴等の調査で、水平式が一番負担がマシだと分かった」
「なるほど。詳細までは分かりかねますが、それが最善と仰るのであれば異議はございません」
胸に手を当て、イチャモンを付けようとしている訳では無い事を示すフェイゲン。
「お爺さん!ちょっと砲身持ち上げるの手伝って〜」
エレンの救援要請に無言で応えると、お互いにロープを引いて砲身を砲架から持ち上げる二人。
「……話を戻すが、この新式大砲を作るに当たって、部品の共用化を一つの目標とした」
「共用化?」
「戦場では砲の故障や損壊は日常茶飯事だろう?」
吊られた砲身を隣の砲架に移動させながら、目線だけをフェイゲンに向けるヨハン。
「例えば、砲身が破損した大砲と砲架が破損した大砲を組み合わせれば、一門の砲を組み上げられる。その際、二つの砲部品の寸法が一致している事が前提条件になる事は分かるな?」
言いながら、砲身を隣の砲架に降ろすエレンとヨハン。
「おぉ、これは凄い精度だ……」
ピタリと砲架に収まった砲身をしげしげと見つめながら、感嘆の声を漏らすフェイゲン。
「部品の共有化?って言えば良いのかなぁ?砲兵輜重隊長としても、部品管理がとっても楽になるの〜!」
エレンが胸を張って自慢する。
「流石は最年少にして最良の輜重隊員。良き仕事をするな!」
いつものサムズアップをエレンに送りながら、ふと顎に手を当てるフェイゲン。
「この新型砲にはもう名前は付いているのかね?」
「えへへ〜、それがまだ付けてないんだ」
後頭部に手を遣り、照れ臭そうに笑うエレン。
「君の姓を取って、そのままカロネード砲ではダメなのかね?」
「カロネード砲はもうある。短砲身大口径の艦載砲だ」
コイツん商会の作品だよ、とエレンを指差しながら半笑いで答えるヨハン。
「成程、先を越されていたか……。うーむ、エレン砲では格好が付かんしな……。それであれば……」
十秒ほど視線を宙に浮かせたフェイゲンが、パチンと指を鳴らした。
「エレンの旧姓から取ろうではないか!グリボーバル砲でどうだろう!?」
それが、オーランド連邦初の国産大砲、四ポンドグリボーバルカノン誕生の瞬間であった。




