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カノン・レディ〜砲兵令嬢戦記〜【書籍1巻発売中/コミカライズ配信中】  作者: 村井 啓
第五章:ランドルフ家の遺産-タルウィタ-
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第四十五話:融資交渉

「……そこまで言うのなら、交渉内容は貴女に一任しましょう。ただ、勝つ為の算段はあるのですか?ベージル・バークは変人なれど、かなりの切れ者と聞いていますよ?」


「商人時代にバーク卿とは何度か交渉した事がありますので、なんとなく相手の出方は把握しておりますわ」


 急な訪問となった為、パルマ女伯とエリザベスは貴賓室での一時待機を申し付けられていた。リマ市庁舎の貴賓室は、よく言えば清貧、悪く言えば時代遅れな内装をしている。彫刻や金銀の装飾といった物は殆ど廃しており、張り出したアーチや広く取られた天窓といった、構造部分の美しさで勝負をしている様に見受けられる。端的に言えば、伽藍堂(がらんどう)なのである。


「いつ来ても、つまらない内装ですわね」


 最小限の装飾が施された椅子に腰掛けながら、これまた最小限の家具が設置されただけの、特に貴い要素も無い貴賓室を見回すエリザベス。


「ゴシックは面白さを競う様式ではありません。荘厳さや、その場にいる事の誉れを感じさせる為の様式です」


 貴賓室の壁面大部分を占める、色とりどりのステンドグラスに手を触れながら、パルマ女伯が呟く。


「あら、建築様式にお詳しいんですのね」


「元々、ランドルフ家は設計士の家系です」


 そう言えば以前、フレデリカからそんな事を聞いた気がする。

 連邦議事堂に刻まれていた記念碑と、タルウィタの街並みを思い出しながら、ふと一つの疑問がエリザベスの頭に沸いて出てきた。


「確か、タルウィタを設計したのも閣下の御祖父殿なんですのよね?」


「そうですね」


 今度は顔を目一杯上に向け、天井部分に張り巡らされた飛梁の構造を興味深そうに観察しながら答えるパルマ女伯。


「タルウィタは、ちゃんと外敵からの防御を考慮した街並みになっているんですの?見た感じ、防壁も無い様に見えましたけど」


 パルマもリヴァンも、そしてこのリマ市も、おおよそ都市と呼ばれるコミュニティは、外敵への備えとして大なり小なりの防壁を備えている。

 ところが、タルウィタには防壁らしい防壁がない。強いて言えば、郊外との境界線上に検問が設けられている程度である。


「これは、余も伝聞で聞いた限りですが……」


 上を向きすぎて首を痛めたパルマ女伯が、後ろ首をさすりながら答える。


「祖父は常々、都市に壁は不要と周囲に訴えていた様です」


「ぼ、防壁は不要!?何言ってますの!?」


 天井の高さ故に、エリザベスの一驚(いっきょう)が良く反響した。


「どうやって周囲を納得させたのかは不明ですが、祖父の意向があった事は確かだと聞いています」


「防壁の無い都市なんて聞いた事ないですわよ……首都防衛戦は大変厳しくなりそうですわね」


「敵の進軍路的に、次の目標はコロンフィラでしょう。首都の話をする前に、先ずはコロンフィラでの防衛を考えねばなりません」


 コロンフィラ伯に再度相談しなくては、とパルマ女伯が椅子に腰掛けようとした時、貴賓室のドアが外側に開かれた。


「パルマ辺境女伯アリス・シャローナ・ランドルフ卿。及びその臣下、エリザベス・カロネード少尉殿。大変お待たせいたしました、ベージル・バーク卿が罷り越してございます。どうぞこちらに」


 手を僅かに上げて謝意を示し、スタスタと奥へ歩くパルマ女伯と、その背中を追うようにエリザベスも後に続く。

 象一頭が易々と通れそうな高さを持つ両扉を抜けると、先ほどの貴賓室と同じく、だだっ広い空間と、中央にポツンと置かれた机と椅子が視界に入った。

 

「これはこれはランドルフ卿!ようやっとお会いできましたな!態々貴卿にご足労頂かなくとも、私がパルマへ向かう事も出来ましたのに!恐縮の極みにございます……」


 大きく、ゆっくりと手を叩きながら席から立ち上がるベージル。


「リマ市の街並みは如何でしたかな?もし宜しければ私自ら名所をご案内する事も……」


「結構です」


 手を強く前に出して、接近してくるベージルを制するパルマ女伯。


「左様でございますか、これは失礼をば……。日頃、名所案内を断られてばかりの身故、ご勘弁の程を……」


 して、とエリザベスへ視線を移すベージル。


「エリザベス・カロネード。まさか貴殿が周章(しゅうしょう)も隠さずに面会を求めてくるとは思いませんでしたぞ?」


 パルマ女伯に見せた和かな表情を崩さずに、自分へと握手を求めて来るベージル。

 彼は隠そうとしたのだろう。

 しかし、僅かに見下したその目には、平民に対する侮蔑の念が確かに浮かんでいた。


「ご無沙汰ですわねベージル様。貴殿こそ()()()()()()()()……」


 この男のスタンスは、初めて会った時から一切変わっていない。カロネード家(わたし達)の様な、力を持った市民階級を心底毛嫌いしているのだ。

 ベージルの手を握り返しながら、エリザベスは言を続ける。


「……いらっしゃるのでしょう?もう一人、同席させたい人物が」


 部屋の奥まった暗がりに目線をやりながら、ベージルに尋ねる。


「此度の交渉、お互い隠し事は無しで行きませんこと?貴殿ほどの怜利(れいり)な御仁であれば、私共の願意など既に把握していらっしゃるかと存じます。如何(いか)でか、建前の応酬なんぞを交わす必要がございましょう?」


 ベージルの耳が、一瞬ぴくりと動く。


「……さすが、さすが。見込み通り、勘の良い……お嬢様ですなっ!」


 灰色の双眸を大きく見開きながら、二度三度と大きく手を叩くベージル。それは先手一本を取られた事に対する賛辞でもあり、同席人を呼び出す為の呼び鈴でもあった。


「では此方側の同席者を紹介致しましょう。とは言っても……」


 柱の暗がりから、一人の男性が現れる。


「エリザベス嬢には、説明差し上げる必要すら無いでしょうが……」


 自分とは対照的な白髪混じりの黒髪。自分と同じ紫の瞳。そして自分とは正反対の価値観を持った人物が、パルマ女伯に会釈をする。


「栄えあるパルマ女伯閣下のご尊顔を拝し、誠に恐悦至極にございます」


 いつか見た険しい目つきで、自分を一瞥すると、彼は名乗りをあげた。


「カロネード商会の当代、並びに王国会下院議員を拝命しております、エドワード・カロネードと申します……そこな家出娘の実父、と言った方が通じが宜しいですかな?」


 金と兵器の融通依頼ともなれば、この男が交渉の場に出てくる事は容易に想像出来た。

 故に、この身が交渉材料になり得ると踏んだのだ。


「お久しぶりですわね、お父様」


 父に満面の笑みを送りながら、エリザベスは交渉の席に着いた。



「まぁまぁ、貴国のご事情は理解できましたぞ。当代殿としては如何ですかな?」


「私も大方、理解致しました」


 咳払いをしながら、椅子に再度座り直すエドワード。


「……貴国の諸侯方が所望する銃は、合計一万丁で間違いないですかな?」

「左様にございますわ」

「並びに連邦軍編成において、不足している一万人の被服及び装備調達に係る銀、占めて三十万テイラー。これも間違いないですかな?」

「ご認識の通りでございますわ」


 慣れた手つきで、借用契約書をその場で起票していくエドワード。まるで親子である事を忘れているかのような、他人行儀の姿勢で交渉が進んで行く。


「……エドワード殿、現実問題として銃一万丁のご用意は可能ですかな?」


 相手の力量を試す様な、挑発じみた笑いを漏らしながらベージルが尋ねる。


「在庫している旧式のマスケット銃も動員すれば比較的容易に達成可能です。強いて懸念を述べるとすれば、輸送経路に幾許(いくばく)か気を使う程度でしょう。バーク卿の方こそ、三十万テイラーともなれば易々軽々(いいかるがる)と持ち出せる金額では無いのでは?」


 今度は仕返しとばかりにエドワードがベージルに食って掛かる。


「北方大陸外交全権大使の肩書を軽んじられては大変困りますなぁ。隣国が助けを求めているのであれば、それに全身全霊を以って応えるのが、大使たる私の役目ですぞ?」


 議員二人がお互いに見栄を張り合う姿を、心底面倒臭いといった表情で眺めるエリザベス。

 地主などの伝統的な特権階級で構成された上院と、新興商人などの資産階級で構成された下院。その議員同士ともなれば、お互いに言いたい事は山程あるのだろう。


「流石は大国たるラーダ王国ですのね。これだけの物資と予算を即決で用意して下さるなんて……」


 しかし今は交渉締結に注力して頂きたい為、適当なお世辞と共に間に割り込むエリザベス。

 二人はお互いの顔を一瞥した後、ベージルは腕を組んで宙を見つめ、エドワードは契約書作成に戻った。

 暫し羽ペンを紙面に滑らせる音が響いた後、ベージルが再度口を開いた。


「そちらの要求については承知致しましたぞ。ノール帝国の版図拡大は、我が王国にとっても好ましくない。貴国とノールとが敵対関係にある限り、我が国は貴国寄りの立場を示しましょうぞ」


 エドワードから受け取った契約書を上下返しにすると、そのままパルマ女伯の手元へ置くベージル。


「……貴国の寛大なる処置に、厚く御礼――」


 パルマ女伯が礼を述べ、羽ペンを取ろうとした瞬間。


「閣下、まだですわ」


 エリザベスがパルマ女伯の手を掴んだ。


「貴国からの要求をまだ伺っておりませんわ。署名の前に、ご教示頂きたく存じますの」


 柔和な表情は崩さず、口調と語気だけを鋭く尖らせるエリザベス。


「……おぉ!おぉ、そうでしたな!これはとんだ失礼を!」


 エリザベスの短剣の様な詰責(きっせき)を受け、一瞬顔を歪めるベージル。


「いえいえ、とんでもございませんわ。ただ、契約時は同時署名を以って最終合意とさせて頂きたいですわね。せっかく直接交渉を行なっているんですもの」


 相手の面子を潰さない様、最大限に気を遣いながら言葉を選ぶ。

 先方の要求を飲むと言った所で契約書を渡し、署名を促した後、自分側の要求を突きつける。商人時代によく見掛けた契約手法だ。

 そんな要求は飲めないと先方が釈明しようものなら、自発的に署名したのだから責任を持ってくれと、さも相手方に落ち度があるかの様に攻め立てる腹積りだったのだろう。債権者が使う常套手段だ。

 どちらにせよ、最終的に債務者である我々は相手の要求を飲む事になる。しかし、少しでもこちら側にとって不利になる点は排除しておかなければならない。

 そうしておけば……。


「では、わたくしめからの要望ですが……まず第一に、パルマ錫鉱山の優先採掘権を認めて欲しいですな」


「承知いたしました。しかし優先採掘権は本戦争終戦から五年が経過した後に効力を発揮する形にして頂きたく」


 この様に、相手方の要求に対して条件を付けることも可能になる。

 

「ふむ。仕方ありませんな……」


 パルマ女伯が付けた条件を、渋々といった様子で飲み込むベージル。

 その後は、ベージルが出した要望をパルマ女伯が条件付きで認めるという流れが繰り返された。

 リマからタルウィタへ向かう荷馬車の街道通行料の免除。しかし往路のみ。

 パルマ及びリヴァンにおける、ラーダ王国軍の軍事通行権の付与。しかし戦時のみ。

 その他、細々とした要求のやり取りがひと段落した後、ベージルが大きく息を吐いた。


「うむ!わたくしめからは、これで以上ですぞ。続いてエドワード殿、要求を述べなさい」


「承知いたしました。幸いにも、私からの要求は一点のみです」


 ですがその前に、と前置きを述べるエドワード。


「パルマ女伯様。娘の現身分について確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「エリザベスの身分は余の臣下となります。加えてオーランド連邦軍砲兵少尉の肩書もありますね」


「承知いたしました。では……」


 エドワードは、グレーのコートジャケットの襟を正しながら、要求を述べた。


「エリザベス・カロネードの現身分取り消し。並びに即刻、ラーダへの強制送還を要求致します」


 そう来るだろうと思っていた。


「……わたくし個人としては同意致しますわ。ただし、現在わたくしはパルマ女伯閣下の臣下です故、閣下のお言葉を以て最終合意とさせて頂きますわ」


 私と引き換えに、オーランドはノールと互角に戦えるだけの銃と資金を得る事が出来る。小娘一人と引き換えとしては、これ以上無いくらいの好条件だろう。

 軍団長の夢は、ラーダに帰ってからまた練り直せばいい。それだけの事だ。

 これで私は交渉材料としての役目を、そしてカロネード商会嫡女としての責務を果たす事が出来る。


「それが貴殿の要求ですね?」


 パルマ女伯が父へ追認を求める。


「無論です。二言はございません」


 それを聞いたパルマ女伯は、羽ペンを脇に退けると、スゥーと息を大きく吸った。


「……我が臣下を手放す事は断じて拒否します。ご再考の程を」


「「えっ?」」


 私と父が同時に声を上げる。


「もう一度言いましょうか?」


 低く通る声で、ゆっくりと、一言一言、叩きつける様な声色で話すパルマ女伯。


「エリザベス・カロネードの即刻引き渡しは断固として拒否します」


 膝の上で拳を握り締め、敵意を剥き出しにしながら言い放つパルマ女伯の姿は、まるで駄々をこねる子供の様に見えた。



「あそこから交渉決裂でもしたらどーするおつもりだったんですの!?」


 リマ市を離れる馬車の中で、エリザベスがパルマ女伯へ喚き散らす。


『エリザベスの強制送還時期は、本戦争が終結した直後とする』


 それが、エドワードとパルマ女伯との間で交わされた、最終的な着地点であった。要するにエリザベスは、戦争が終わるまでの間はパルマ女伯の臣下でいる事を許されたのである。


「わたくしという小娘一人と引き換えに、余りあるメリットを受けられたんですのよ!?最終的に向こうが譲歩してくれたから良いものの、もし拒否されていたらどうなっていた事か……ちょっと!閣下、聞いてますの!?」


 エリザベスの方を見ようともせず、外の景色を楽しんでいる様子のパルマ女伯。


「ねえ閣下――」


「言った筈ですよ?」


 顔を戻しながら、凛とした声でエリザベスに向き直るパルマ女伯。


「貴女の知識と手腕には百砲千銃の価値があると……いえ、今や銃一万丁を超える価値がありますね。それを失うのは大きなデメリットだと思いませんか?」


「うぐぅ……」


 何かしらを言い返したいが、単純に褒められている事情もあり、なんとも言い返す言葉が見つからない。

 その姿を見たパルマ女伯の口角がみるみる上がっていく。


「加えてもう一点、貴女に忠告しておきましょう」


 目を一段と大きく開き、四白眼と化した瞳を見せながら、彼女は恐喝(きょうかつ)した。

 

「貴女は余のモノです。許可無く余の元を離れる事は許しません」


 初めて会った時と同じ、嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼女はそう述べた。

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