第四十一話:砲金の輝き(後編)
「ねえねえお爺さーん」
「ヨハンだって言ってんだろ」
タルウィタの町外れにポツンと立ち並んだ二本煙突。その前にヨハンとエレンは佇んでいた。
「近くに川とかあるー?ドリルを回転させる為の動力が要るんだけども」
「あるぞ。むしろ川の近くだからこそ、この場所に炉を建てたんだ。動力源が無い反射炉なんて、マトモに使えたモンじゃない」
ヨハンが目の前に鎮座する反射炉を指差しながら述べる。
耐火レンガで天高く作られた煙突の根元には、かまくらの様な形をした路床と燃焼室が、これまた耐火レンガで堅牢に積み作られていた。
「あ、組長じゃないすか。工房から出てくるなんて珍しいっすね」
炉の前で灰の掻き出しを行なっていた火番の一人が、ヨハンに気付く。
「人を引き篭もりみたいに言うな。兄弟達を集めろ、もう一度、大砲を作るぞ」
「……マジっすか!?おいみんな!聞いてくれ!」
ヨハンの言葉を受けて、後退りしながらガッツポーズをする若い火番。彼は拳を握ったまま、屯していた作業員達の輪中に突撃していく。しばしの沈黙の後、作業員達から歓声と拍手が湧き上がった。
「みんな大砲作りたかったんだねぇ」
その雰囲気に引きずられて、パチパチと手を叩くエレン。
「鋳物師が作る品としては、鐘に次いでデカイ代物だからな。鋳物師を目指す奴は皆、一度は鐘や大砲を作ってみたくなるモンだ」
やいのやいのしている自分の部下達を、目を細めて見つめるヨハン。
「北方大陸の砲はカロネード商会のみに非ず!我々タルウィタ組合の力を見せる時だ!」
「ラーダの豪商が何するものぞ!砲金の輝きを奴等に独占させるな!」
輪の中から口々にカロネード商会を敵視する発言が漏れ聞こえてくる。エレンが感じていた以上にカロネード商会をライバル視している様である。
しばらくすると、鋳物師達の輪の中から火番頭と思わしき青年が飛び出し、二人の元へ駆けて来た。
「組長!その言葉をタルウィタ鋳物師組合員一同、心待ちにしておりました!……そいで、こちらの可愛らしいお嬢さんは?」
火番頭の青年からの質問には答えず、無言で大砲の設計図を手渡すヨハン。
「え?あ、あぁ、これが今回の設計図ですかいな?組長も、やけに綺麗な字を書く様になりましたねぇ……」
ペラペラと設計図を読み進めていく内に、露骨に表情が険しくなっていく青年。
「あの、組長?流石にドリルで砲身内部を掘削整形するのは、ちょっと無謀過ぎやしませんかね……?」
「不可能だと思うか?」
「いや、まぁ見た限り、理屈は間違って無いと思いますが……」
眉と人差し指を額の中心に集めながら唸る火番頭。
「確かに、この方法なら中子を使う必要が無くなります。従来の中子を使った砲腔鋳造は、結局何度やっても綺麗な砲腔を整形出来ませんでしたからね……試してみる価値は、まぁ、あるとは思いますよ。ただ……」
設計図に記された巨大な垂直式ドリルを指差しながら、恐る恐る尋ねる青年。
「こんなデカいドリルを作るってなったら、組合資金が全額吹っ飛んじまいますよ!?もし失敗したら組合解体まっしぐらです!大博打ですよ!?」
「お金は私が出すから大丈夫だよ〜」
はーい、と手を挙げながら答えるエレン。
「……え?」
「私が出すもん……あーね、ちょっと違うのかな?本当はオーランド連邦軍がお金を出すんだけどね〜」
「連邦軍って……お嬢ちゃんキミ軍人なの!?そんな可愛い顔してるのに!?」
「うふふ〜。民間人扱いだから、正式な軍人さんではないけどね〜」
可愛いと言われて満足気な笑みを浮かべながら、エレンが答える。
「……俺もここに来る途中で知らされたクチだ。この金髪毛玉、どうやら連邦軍の砲兵部隊に所属してるらしい」
「砲兵隊ィ?……じゃあなんすか、パトロンとして金は出すから、自分達のために大砲作ってくれ、って事っすか?」
「そうだよ〜お願いだよ〜!リヴァン市から撤退する時に大砲を全部放棄しちゃったから、今全然大砲が無いの〜!助けて〜!」
両手を胸前で握りしめて、祈る様な姿勢で懇願するエレン。
「金の都合をつけてくれる上に、そんな可愛い子ちゃんに言い寄られちまったら、俺としてはノーとは言えねぇですけどよ……」
ヨハンの方をチラと見つつ、設計図を指差す火番頭。
「組長はどうなんすか?組長が作った設計図に対して余計な口は挟みたく無いんですが、この製法は中々に異端ですぜ……」
ヨハンは、そんな彼の煮え切らぬ様子を鼻で笑いながら、しゃがれ声で話し始めた。
「鋳造ってモンを最初に考案した奴だって、最初は周りから異端扱いされてた筈だ。異端、爪弾き、変わり者……どれも最初にやる奴が背負う称号みたいなもんだ。むしろ使える肩書きが増えた位に思っておけ」
「しょ、承知です!」
ヨハンに肩を小突かれた青年はその勢いのまま、設計図を片手に鋳物師達の間へ入って行った。
「……このままだと、本当に俺が考案した事になっちまうぞ。良いのか?」
「いいよ〜。お爺さんが考え付いたって事にしておいた方が、色々と早く進みそうだし〜」
先程までの哀願ぶりは既に面影も無く、ケロッとした様子で話すエレン。
「……その年にしちゃあ、泣き落としのフリが上手いな。見かけによらず、自分の武器が何なのか良く分かってるじゃねぇか」
「ん〜なんの話しかな〜?」
惚けつつも、ニヤニヤと笑いながら口元に手を当てるエレン。
「あんまりアイツらを揶揄うのは止めろ。大体の職人は女に耐性が無いんだ」
「むぅ〜。そんな人を悪女みたいに……」
路床の耐火レンガを手で触り、異常がないかチェックするヨハンと、彼が触れたレンガをぺちぺちと叩いて異議をアピールするエレン。
「……それで、お前はあの砲兵士官達とはどんな関係だ?」
「え?あの士官って、どの士官さんの事〜?」
しらばっくれても遅えぞ、とヒビが入ったレンガをマーキングしながら話すヨハン。
「お前が俺の工房の周りをウロウロし出す直前、二人の砲兵士官が訪ねて来たんだ、大砲を作ってくれってな。ウチじゃ作れねぇって断った数日後に、今度は同じ砲兵のお前が工房の周りを彷徨き始めたんだ。なんも関係無い訳ないだろうが」
「あ〜、えーと。それはねぇ……う〜んと」
露骨に言い淀むエレンの声を聞いて、背中で笑うヨハン。
「へっ、一気に図星を突かれる事には慣れてねぇみたいだな……説得を頼まれたんだろ?あの若造二人から」
「あ〜と。うーん、まぁ、いや、えーとその……」
エリザベスと違い、嘘や方便といった駆け引き事の経験値に乏しいエレンは、みるみる内に萎縮してしまった。
「別に今更大砲作るのを辞めたりはしねぇよ。ただ単に、受注者として顧客の事情を聞いておきたいだけだ」
フリーズしてしまったエレンを解凍する言葉を掛けながら、今度は燃焼室のレンガの状態を確認するヨハン。
「……尋ねてきた砲兵士官の片っぽの方、私のお姉ちゃんなの」
「姉って事は銀髪の小娘の方か。姉妹にしては余り似てないな、異母姉妹か」
レンガの方を向いたまま質問をするヨハンに対し、こくりと頷くエレン。
「さっきも言ったけど、オーランド砲兵には今全く大砲が無いから、大砲を作ってもらえる様、説得してって言われたの」
「成程、思っていたよりは単純な話で何よりだ」
「で、でもっ!」
エレンがヨハンの背中に向かって叫ぶ。それは、彼を振り向くかせるには十分な声量だった。
「工房で伝えた事も本当なの!私が設計した大砲がどこまで通用するのか、確かめたいの!ほ、本当だよ!」
先程、火番頭に見せた張りぼての哀願とは違う、心からの思いの丈を吐露する。
自分がこの役を買って出たのは、単に姉の力になりたかっただけでは無い。
自分の夢である大砲設計士への道に少しでも近付けるのであればと。
この大砲設計図が、陽の目を見る機会が生まれるのであればと。
その為であればこそと、エレンは喜んでこの任を引き受けたのだ。
「……お前の覚悟を疑ってる訳じゃねえよ」
膝立ちの姿勢から立ち上がると、体をエレンの方へ向けるヨハン。
「ほ、本当……?」
ヨハンの顔を見上げながら、おずおずと尋ねるエレン。
「お前が出してきた大砲設計図は、生半可な知識だけで書けるもんじゃねえ。お前がどんな生き方をしてきたのかは知らんが、少なくとも、人生の大半を大砲に費やしてきたって事くらいは分かる」
そこまで言うと、若干照れ臭そうに、シッシと手を振るヨハン。
「さぁ行った行った。設計図の詳しい説明は俺からしておくから、お前はさっさと姉様達からカネ貰って来い」
「……うんっ!わかった!」
そう言うとエレンは、スカートの裾を摘んで走り出した。
「ありがとねー!お爺さんー!」
またしても名前で呼ばずに走り去っていくエレンに対して、ヨハンはもう何も言う素振りを見せなかった。
◆
「お姉ちゃんお姉ちゃん!ヨハンお爺さん、大砲作ってくれるって!」
タルウィタ兵舎の士官詰め所のドアを開け放ちながら、エレンが部屋の中へ突入してきた。
「本当!?やるじゃない!流石は私の妹ね!」
胸に飛び込んできた妹を両手で抱き締めるエリザベス。
「やるなぁ毛玉ちゃん!……一先ずは、これで大砲調達の目処がたったな!」
今回の成果に特段寄与していない立場のオズワルドが、腕組みの姿勢で総括に入る。
「あと、ヨハンお爺さんが大砲作る用のお金欲しいってさ〜」
ひとしきり姉から撫でられ終えたエレンが、オズワルドへと顔を向ける。
「今、パルマ女伯閣下とイーデン中尉殿がタルウィタ中央銀行へ交渉しに行ってる所だ。もう直ぐ――」
噂をすれば影である。
開けっ放しの扉から、イーデンとパルマ女伯が顔を覗かせた。
「「閣下!中尉殿!中央銀行との交渉ご苦労様で御座いました!」」
「お帰りなさーい」
すぐさま扉脇に並んで敬礼する二人と、そのまま部屋中央で手を振るエレン。
「エリザベスと……そこの砲兵士官は残りなさい。話があります」
「……すまねぇなエレン。ちょっと外で待ってくれねぇか?」
「う、うぃー」
二人の表情から、穏やかな話では無いと感じ取ったエレンが、そそくさと外に逃げて行く。
「如何されましたか?」
オズワルドの質問に、パルマ女伯が端的に、そして致命的な答えを出した。
「タルウィタ中央銀行が融資を拒否した為、軍費の借入に失敗しました。対抗策を考える必要がありますね」
タルウィタ中央銀行。
それはタルウィタ市長、オスカー・サリバンの牙城である。




