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第三十三話:リヴァン市退却戦(後編)

 ノール軍が西部包囲網に割り当てた戦力は二千強。対して突撃を行ったオーランド騎兵部隊は合わせて二百強である。

 自戦力の一割にも満たぬ数から突撃を受けた所で、その戦線が揺らぐ事はまず有り得ない。前線からの第一次報告を受けたノール軍司令部の将校達は、そう判断した。しかして、その突撃が包囲の外から敢行されたという第二次報告が(もたら)されると、彼らの顔から余裕の表情は消え失せ、西部包囲網に大きな綻びが生まれている旨の第三次報告が(もたら)される頃には、既に司令部全体へと混乱が波及していた。


「西部包囲網はまだ破られていないのか!?」

「煙幕と雨の影響で、ここからでは確認が困難です!」

「ならば現地まで行って見てこい!何の為の伝令か!」

「リヴァン市内の敵に動きは?」

「先程報告した軽騎兵(ハサー)による突撃以外の攻勢は皆無とのこと!しかしこの機に乗じて西部包囲に突破機動を仕掛けて来る可能性大!」

「包囲外にまだ敵軍が潜伏している可能性は?」

「依然として不明!現在斥候の数を倍にして周囲探索に当たらせております!」


 包囲網南部に設置されたノール軍司令部内に、怒号と慌ただしい長靴の音が響き渡る。


「馬鹿者!探索に出ていた部隊の目は節穴かッ!?」


 ヴィゾラ伯が机に拳を叩きつけた衝撃で、盤上駒達が驚いて飛び跳ねる。


「申し訳ございません。このリヴィエール、不覚の極みにございます。敵は森を進軍ルートとして用い、巧みに身を隠していた様にございます」


 ノール軍司令部内に、ヴィゾラ伯の大声とリヴィエールの小声が響き渡る。


「森だと!?いや待て、であれば突撃してきた敵重騎兵は少数か?」

 

 答える代わりに首を横に振るリヴィエール。


「おおよそ二百です。少なくとも一個騎兵大隊に匹敵する数が突撃を仕掛けております」


「い、一個大隊だとぉ!?真っ暗闇の森の中で、どうやったら二百もの騎兵を無事に統率できるというのか!?」


 想定を遥かに超えた兵数に、思わず後退りするヴィゾラ伯。

 明かりの無い深夜、それも星を頼りに出来ない曇天時の行軍は困難を極める。地図を携えた日中行軍であったとしても、現在位置不明に陥るリスクはあるのだ。深夜に、道の無い森の中を、二百もの騎兵を率いて、敵に勘付かれる事も無く、完璧に進軍してみせたのだ。ヴィゾラ伯でなく、誰が聞いたとしても驚愕したに違いない。


「一体、敵重騎兵は何処の誰が率いているのだ……?」


 天幕の支柱に手を預けながら、恐る恐るリヴィエールに尋ねるヴィゾラ伯。


「突撃してきた重騎兵の大部分は、漆黒の板金鎧(プレートメイル)に身を包んでおります。恐らく黒色騎士団シュヴァリエ・ノワールの末裔かと」


「シュ、黒色騎士団シュヴァリエ・ノワール?な、なんだねその部隊は?」


 耳慣れない部隊名に、思わず聞き返すヴィゾラ伯。


「ご存じ無くとも無理はありません。彼らがコロンフィラ騎士団の名の下に活躍していたのは、もう数百年も昔の話です故……当時は、有翼騎兵(フッサリア)と並び称される程の実力であったとか」


「このご時世に板金鎧(プレートメイル)で完全武装した重騎兵を運用しているとは何事かッ!……いや、有翼騎兵を運用している我が軍も人の事は言えぬのか……?」


 右手を振り上げながら左手を顎に当てる事により、怒りと思案の並行処理を行うヴィゾラ伯。


「恐らく、黒色騎士団シュヴァリエ・ノワール儀仗兵(ぎじょうへい)の一種かと。常備軍として持つ様な兵種ではありませんので」


「そんな情報が今更なんだというのだ!?」


「本来戦闘用ではない兵種を繰り出しているのです。オーランド側は相当に困窮しているものと思われます」


 冷静に分析するリヴィエールだったが、ヴィゾラ伯の耳には全く届いていない。


「と、とにかく!東部の戦力を西に回せ!待機させていた有翼騎兵(フッサリア)もだ!奴等を西に脱出させるでないぞ!」


「どうか落ち着いてください連隊総指揮官殿。敵の狙いは閣下を、ひいては我が軍を混乱させる事です。敵の術中に嵌ってはなりません」

 

 混乱した司令部の雰囲気に呑まれつつあったヴィゾラ伯。リヴィエールはそんな彼の肩を無表情で揺さぶりながら安静を促す。


「わ、わかった!落ち着く!揺するな!揺するな!」


 加減を知らない揺さぶりに観念したヴィゾラ伯は、リヴィエールの手を振り払うと、逃げる様な速さで自分の椅子に座り直した。


「それで……何だね?我らが参謀閣下は戦力を移動させる事に反対なのかね?」


「いえ、それには賛成です。私が敵司令官の立場なら、この機は逃しません。迷わず全軍で西への突破を開始するでしょう」


 腰を折り、衝撃で床に落ちた盤上駒を拾い上げながら所感を述べるリヴィエール。


「しかし」


 大砲を模した敵駒を拾い、ゆっくりと、無言で、それをリヴァン市内へと置く。


「……敵参謀が、私よりも優れた頭脳の持ち主である可能性も十分にあります。万が一、敵が東への突破を選択した時の事を鑑みて、有翼騎兵(フッサリア)の移動は()()()()としましょうか」


「半数というと、五十か?」


 左様、と短く答えるリヴィエール。


「ふむ……分かった、貴卿がそう言うのならば……。伝令!誰ぞおらんか!」


「はっ!ここに!」


 伝令騎兵の一人が、膝をついて応える。


「東で待機している有翼騎兵(フッサリア)へ伝令をお願いします。兵力の半数を西に振り直す様にと。敵に姿を晒しても構いませんので、最短ルートで西へ配置転換する様に伝えて下さい」


「承知致しました!」


 踵を返し、早足で天幕の外へ駆けていく伝令騎兵。


「……少なくともこれで、敵が東西どちらから脱出しようとも、有翼騎兵(フッサリア)による追撃が可能となったな!流石は我が参謀だ!」


 先程までの慌て振りが嘘の様に、高笑いを漏らすヴィゾラ伯。対するリヴィエールは、まるで敗軍の将かと見紛う程に顔を顰め、眉間に皺を寄せていた。



 コロンフィラ伯による突撃から数えて三十分後。リヴィエール参謀の直命により、包囲網東部で待機していた有翼騎兵(フッサリア)()()が、西へと移動を開始した。


「あ!有翼騎兵(フッサリア)が居たよ!西に移動してる〜!」

「マジか!数はどれくらいだ?」

「うーん、多分五十くらい!」

「よし!多分それが有翼騎兵(フッサリア)()()()だ!でかしたぞエレン!」

「脱出作戦始動!臼砲発射!発射だ!」


 有翼騎兵(フッサリア)の人員が補充されている事実を、当のオーランド軍は知る由も無かった。

 彼等は、依然として有翼騎兵(フッサリア)の半数が東で待機している事を知らずに、包囲網突破作戦を実行したのである。



「コロンフィラ伯フィリップ・デュポン卿!御入来――」


「挨拶はいい!東部脱出を急ぐぞ!道順を教えろ!味方の脱出準備は完了してるんだろうな!?」


 (うやうや)しい挨拶を繰り出そうとしたオズワルドに対して、たった今西部包囲網を突破してきたコロンフィラ伯が、矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「しょ、承知いたしました!このまま目抜き通りを東へ進めば、東門に到達いたします!既に歩兵部隊は移動準備を完了させておりますので、閣下が東門に到達次第、打って出る予定です!」


「あいわかった!」


 部隊速度を殺さずに、コロンフィラ伯率いる黒騎士団が西門を潜り抜け、東へと猛進する。

 それからさほど間を置かずに、今度はクリス率いるパルマ軽騎兵がリヴァン市へ入場してきた。


「大尉殿!ご無事で何よりですわ!」

 

 フレデリカの姿を目視したエリザベスが、彼女の元へ駆け寄る。


「やぁ、遅くなってすまない。だが約束通り、援軍を連れて戻ってきたぞ」


 目抜き通りを突き進んでいくコロンフィラ伯達を見つめながら、一旦馬を降りるフレデリカ。


「見事な煙幕射撃だったぞ。お陰で騎兵側の損害は皆無だ、スヴェンソン士官候補共々、よくやってくれた」


「「勿体なきお言葉、有難うございます!」」


 ここ一番の敬礼で嬉しさをアピールするエリザベスとオズワルド。


「大尉殿、到着早々にて恐縮なのですが……。軽騎兵が所有している蹄鉄用の長釘を、何本か分けて頂けますでしょうか?」


 解けた左肩の包帯を巻き直そうとするフレデリカを手伝いながら、エリザベスが尋ねる。


「どうしてもと言うのなら構わないが、騎兵にとって蹄鉄用の釘は貴重品だ。使用用途を教えてくれるか?」


 そうエリザベスに尋ねつつも、先んじてクリスに蹄鉄釘を集めるよう指示を出すフレデリカ。


「長釘を使って、大砲の砲身を破壊致します。野砲を連れたまま脱出するのは困難ですので、鹵獲を防ぐ為にもここで全数を破棄せよとの命令が下りました」


 そうエリザベスが指指す先には、鬱屈とした表情でハンマーやツルハシを構える砲兵達の姿があった。

 物言わぬ鉄の塊ではあるが、それでも彼らにとっては大切な戦友である。それを自らの手で破壊するのだ、思う所もあるに違いない。


「……そうか、分かった。貴官らの大事な戦友を、敵の手に渡らせる訳にはいかないな。持っていけ」


「有難うございます」


 長釘を受け取った砲兵達は、砲身上に釘を据え付け、力一杯にハンマーを振り下ろした。

 甲高い悲鳴にも似た金属音を響かせながら、一門、また一門と、砲身に亀裂が入っていく。大砲を使用不能にする為には、何も粉微塵に破壊する必要はない。砲身に亀裂を入れるだけで十分だ。

 エリザベスが家から引っ張ってきた十二ポンド砲に対しても、容赦なくハンマーが振り下ろされる。砲身に施された彫刻が裂け、青銅の破片が辺りに散らばる。

 砲身に右手を乗せ、制帽を胸に当てながら、エリザベスが弔いの言葉を述べる。


「……お疲れ様。私の我儘をここまで聞いてくれたのは、貴方が初めてだったわ」


 他の砲兵達も、自身が破壊した大砲を前にして、最敬礼の姿勢を崩さずにいる。

 一分一秒を争う脱出作戦を前にして悠長とも取れる行動だったが、彼らが弔意を示した三十秒間、脱出を急かそうとする者は誰も居なかった。



「何でこんな所にオーランド軍が居るんだ!?」

「敵の攻勢は西だって話じゃなかったのかよ!」

「逃げろぉ!轢き殺されるぞ!」


「敵戦列は薄いぞ!蹴散らせえええええええ!」


 コロンフィラ伯の突撃号令と共に、ノールの東部包囲網に黒騎士団が殺到する。

 リヴァン市の奪取という、戦略的勝利が確定している中で、進んで命を投げ出せる兵士はそう多くない。加えて、東部包囲網全体の気が緩んでいた事も合わさり、騎兵突撃の脅威に晒されたノール軍歩兵は、まともな抵抗も出来ずに敗走するという無様を晒していた。


「黒騎士団が道を切り開いたぞ!我らも続けぇ!」


 黒騎士団が穿った敵戦線の穴を、パルマ軽騎兵が拡張し、そこを目指して歩兵達が全力疾走で突撃を敢行する。東への一点突破を企むオーランド連邦軍は、まるで一本の長槍の様な陣形を組んでいた。


「急いで!辛いけど頑張って走って!前の歩兵さん達と離れない様に!」


 突破陣形の最後尾に位置する砲兵達が必死の形相で走る。輜重隊という名の民間人を連れている為、歩兵達に比べるとどうしても移動速度が遅くなってしまう。


「泥濘のせいで馬車がマトモに進まねぇ!ベス!押すの手伝ってくれ!」


「分かったわ!」


 御者席から飛び降り、馬車の背後で奮闘するイーデンと肩を並べるエリザベス。馬車越しに、どんどん遠ざかっていく味方部隊の姿が見える。


「薄情者!少しはこっちの事情も考えなさいよぉ……!」


 恨み節を溢しながら馬車を手押しするエリザベス。雨足は弱まりつつあったが、地面の状態は最悪だ。泥に掬われた車輪が空転し、思っていた以上に速度が出ない。馬車の中では、女性の輜重隊員達が不安そうな表情で身を寄せ合っている。


「敵包囲網の突破まであとどれくらいなの!?」

「あと五百メートルだ!死ぬ気で押せ!」

「俺も手伝うぜぃ!」

「小官も手伝います!」


 オズワルドとアーノルドが加勢し、四人体制で馬車を押し始める。アーノルドの見た目通りの怪力のお陰で、(にわ)かに馬車が軌道に乗り始める。一度スピードが乗ってしまえば、後は馬の脚力と慣性の力で進み続ける筈だ。


「よし、行けそうよ!もう少しで石畳の街道に乗るわ!」


 野路(のじ)を脱した泥まみれの車輪が、ガタンと音を響かせながら石畳の街道へ接地する。


「やったわ!これで大分速度が上がる筈よ!敵の追撃もまだ――」


 振り向いて後方を確認しようとしたエリザベスの表情が、蝋の様に固まる。


「嘘……でしょ……?」


 固まった彼女の表情が、徐々に恐怖の感情で染められていく。


「イーデン!後ろよ!後ろを見て!」


 エリザベスの悲鳴の様な叫び声を聞き、イーデンだけでなく、砲兵全員が振り向く。

 自軍の後方五百メートル。それだけの距離が離れていようとも、彼等の背負う大羽根の装飾が、これ見よがしに揺れているのがはっきりと視認できた。白銀の甲冑に付着した水滴が、雨雲の切れ間から差し込む太陽に照らされて、キラキラと輝きを放っている。


「「有翼騎兵(フッサリア)だ!逃げろぉぉぉ!」」


 背後から迫る銀翼の捕食者から逃れようと、歯を食いしばって走るオーランド砲兵達。


「どうして有翼騎兵(フッサリア)が居るんだ!?西に移動したんじゃなかったのかよ!」

「そんな事知らないわよ!とにかく逃げて!追いつかれたら終わりよ!」

「イーデン中尉殿!陣形前方の味方から援軍は呼べないのですか!?」

「無理だ!この作戦は突破陣形の維持が最優先だ!陣形から(はぐ)れた兵を庇う余裕なんて無ぇ!」


 エリザベスも懸命に前へ進もうとするが、雨に濡れた身体から、急速に体力が喪われていく。死に物狂いで動かしている筈の足が、徐々に(もつ)れ、鈍っていく。


「お姉ちゃん……」


 顔を見上げると、馬車からエレンが不安そうな顔を覗かせていた。


「エレン……御者席に、座って……!馬車のスピードを上げて!貴女達だけでも、前の味方に追いついて!」


「わ、わたし馬車の運転なんてした事ないよ!?」


 かぶりを振るエレンに対し、汗と雨でぐっしょりと濡れた顔を微笑ませながら、語りかける。


「出来るわよ。私の、自慢の妹なんだから……!」


 エレンは、引っ掛かりのある頷きで応えると、這いつくばる様な動きで御者席へ移動し、恐る恐る手綱を握る。


「パイパーはワガママだけど良い子よ!ちゃんと応援してあげれば必ず走ってくれるわ!」


 エレンが手綱を握って暫くすると、エリザベスの愛馬であるパイパーは、屈強な輓馬らしく、グングンと馬車を引っ張って行く。その力は凄まじく、ものの数十秒で砲兵の集団を脱し、前方の味方歩兵集団の中へと消えて行った。


「やった……!」


 妹から危機が去った事に安堵しつつ、周りを見回す。

 皆、息も絶え絶えになりながら走っていた。リヴァン市の東門から一キロ弱、ひたすら騎兵に追い付こうと全力で走り続けて来たのだ。有翼騎兵(フッサリア)を振り切れる体力など、誰にも残っていなかった。


「も、もう駄目だ……」

 

 体力が尽きたのか、それとも心が諦めを受け入れたのか。一人、また一人と走るのを止め、迫り来る有翼騎兵(フッサリア)を呆然と見つめる。


「俺達、ここで死ぬのか……?」

「やはり脱出など、到底無理な話だったんだ……」


 残った男性輜重隊員達が、口々に呟く。


「諦めるな!砲兵各員、横隊を形成しろ!迎え撃つぞ!」


 イーデンの号令で、七十名にも満たない小規模な戦列が形成される。二列横隊の一列目が、決死の覚悟で銃剣を構える。時間稼ぎにすらならない、苦し紛れの戦法だった。


射撃(Make)用意(Ready)――!」


 イーデンが射撃命令を下そうとしたその時。

 

「中尉殿!パルマ軽騎兵です!クリス少尉の第一騎兵小隊です!」


 オズワルドが歓喜の声を上げながら、前方を指差す。そこには、日の出を背負い、逆光を身に纏ったクリス達軽騎兵の姿があった。


「イーデン中尉、有翼騎兵(フッサリア)は我らが抑えます。我らが時間を稼いでいるうちに退却を」


 十騎の手勢を率いて、イーデンの元に駆け寄るクリス。


「少尉殿!……かたじけない。皆諦めるな!走れ!走るんだ!」


 街道上に並んだクリス達の真横を、砲兵達が最後の力を振り絞って走り抜けていく。


「ク、クリス少尉はどうやって脱出するおつもりなの!?」


 馬に跨るクリスの裾を掴みながら、エリザベスが尋ねる。


「……ランチェスター大尉から、許可は得ている」


 何の許可を得たのか。

 わざわざ口に出して聞かずとも、横一文に唇を噤んだクリスの表情から、容易に窺い知る事が出来た。


「そんな……どうして……」


「貴様に救われた命だ。どうせなら最期は、貴様の為に捧げたいのだ」


 クリスはグローブを取り、指輪を外すと、エリザベスへ手渡した。


「私の妻へ……マリアに渡してくれ。タルウィタの父の元に身を寄せている筈だ。頼む……!」


 クリスの敬礼に合わせて、横に並ぶ騎兵達が一斉に敬礼する。


「ここは第一騎兵小隊に任せな!俺たちゃ進む時は一番前、下がる時は一番後ろが定位置だ!」

「パルマ会戦の時は逃したが、今度は有翼騎兵(フッサリア)の野郎共を吹っ飛ばしてやる!」

「さぁ行きなお嬢ちゃん!お空に行くにゃ、まだ早すぎるぞ!」

 

 皆、パルマの丘で自分が助けた顔ぶれだった。


「違う!私は、私は貴方達を死なせる為に助けた訳じゃ――」


「エリザベス!何やってんだ!急げ!」


 馬を引いて戻って来たイーデンに、強引に腕を持って行かれる。


「嫌ぁ!待って!まだ皆の名前も聞いてないのに……!」


「少尉殿の尽力を無駄にする気か!?さっさと来い!」


 イーデンの跨る馬に無理矢理乗せられるエリザベス。


「少尉殿……!貴官の行く末に、幸多からん事を!」


 敬礼を残して、イーデンとエリザベスはその場を去って行った。


「……さて」


 クリスが配下の騎兵達を見回す。


「一泡、吹かせてやろうではないか」


「「了!!」」


 サーベルを一斉に抜き散らす第一騎兵小隊。腰から外れた鞘が、音を立てて地面に落ちる。


襲歩(ギャロップ)!」


 怒りに任せて馬に拍車をかける。

 故郷を灰にされた事。息子を失った事。様々な怒りとやるせなさがクリスの心中に押し寄せる。


「「ウオオオオオオオオオ!!!!」」


 雄叫びを上げながら突撃するクリス達。


「……ほう」


 対する有翼騎兵(フッサリア)。その先頭を走るオルジフが呟く。


「死兵か。面倒な……」


突撃ィィィ(Charrrrrge)!!」


 有翼騎兵(フッサリア)の構える長槍(コピア)の軌道をサーベルで逸らしながら、一気に懐に飛び込む。クリスはそのままの勢いで敵騎兵の喉元にサーベルを突き刺した。


「ノールの手先がぁ!死ねぇぇぇ!!」


 今度は別の騎兵が繰り出して来た直剣の突きを、左手の平で直に受け止める。己の血で真っ赤に染まる左手を全く顧みずに、右手で短銃を至近距離で発砲する。


「名だたる有翼騎兵(フッサリア)の癖にその程度か!?口ほどにもないぞ!」


 兜が割れ、頭から血が吹き出ようとも、サーベルを振い続けるクリス。彼が率いていた騎兵達は、既に地面に横たわり、その(むくろ)を晒していた。


「俺を殺してみろ!俺を殺せ!殺せ!殺せェェェ!」

 

「しからば、望み通り」


「ぐぅッ……!?」


 背中に熱を感じた刹那、クリスの腹部から長槍の穂先が(つらぬ)き出でる。


(しい)し奉つる」


 そのまま背中からオルジフに突撃され、宙を舞う様に落馬するクリス。


「……遺す言葉はあるか?」


 背中から地面に叩きつけられ、口から鮮血を吐きながらも、オルジフの長槍を掴み、自身の胸へと当てがうクリス。


「こ、ころしてくれ……」


 介錯を命じられ、オルジフは長槍を引き絞る。


「む、むすこのところに、いかせてくれ、たのむ……」


 右手に馬の玩具を握りしめながら、譫言(うわごと)のように呟く。


「……さらば」


 クリスの胸を長槍が貫き、一際大きく体が跳ね上がる。引き抜かれた長槍から、血が滴り落ちる。クリスはそれっきり、動かなくなった。


「引き続き、敵軍を追撃致しますか?」


 有翼騎兵(フッサリア)の一人が、オルジフへ尋ねる。多少時間は取られたとはいえ、まだ追撃可能な距離ではあった。

 オルジフは、クリスの亡骸を一瞥すると、指を頭上で回し、部隊反転の合図を出した。


「敵軽騎兵に追撃を阻まれ、掃討は失敗に終わった。そう伝えろ」


「はっ!」


 手綱を引いて馬の向きを反転させると、有翼騎兵(フッサリア)は西の方角へ消えて行った。


 雨が止んだ街道。

 木製の馬の玩具だけが、クリスの側に寄り添っていた。



【リヴァン市退却戦:戦果】


―オーランド連邦軍―


パルマ・リヴァン連合駐屯戦列歩兵連隊 503名→503名

南部辺境伯連合義勇軍 875名→875名

パルマ軽騎兵中隊 30騎→19騎

臨時カノン砲兵団 7門→0門

コロンフィラ騎士団 200騎→196騎


死傷者数:15名


―ノール帝国軍―


帝国戦列歩兵第一連隊 1122名→1063名

帝国戦列歩兵第二連隊 1345名→963名

帝国戦列歩兵第三連隊 1419名→1419名

帝国重装騎兵大隊 40騎→40騎

帝国榴弾砲小隊 3門→3門

有翼騎兵大隊 100騎→98騎


死傷者数:443名

これにて第三章完結となります。

物語としても大きな一区切りとなりますので、もしお気に召されましたら、レビューや感想、お待ちしております

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― 新着の感想 ―
戦争の惨さ中こそ現れる勇敢さをすごくよく描写された話です。それをあえて天真爛漫、までとはいわないけど、純粋な主人公たちにぶつけるのが残酷であり魅力的と感じました。 続きどうなるのか気になります。
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] なんというか、戦争だなぁって感じですね
[良い点] クリスぅーーー!!! 今日会社休も....
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