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第二十六話:第二次ヨルク川防衛戦

「敵弾、来ます!」

「総員伏せろーッ!」


 漆黒の鉄球が付近の地面を抉り取り、なおも取り憑かれたように地面を転がり疾走する。

 着弾した敵弾の一つが陣地後方に置かれた前車に命中し、前車だったモノの破片と、中に積まれていた丸弾が周囲に四散する。


「わーっ!?弾がどっか行っちゃう前に拾ってー!」


 エレンの悲鳴にも似た号令を受けて、輜重隊が姿勢を低くしながら転がる丸弾を追いかける。


「敵カノン砲までの距離出ました!およそ六百!」


「仰俯角変更無し!射角左に三度修正!必ず全砲門で敵一門を狙いなさい!対砲兵射撃は火力集中が命よ!」


「射撃準備が完了した砲からで良い!とにかく撃て!」


「畜生!このタイミングで霧なんて出て来やがって……!」


 前防衛戦から一週間後の早朝。濃霧に包まれたヨルク川を挟んで、第二次ヨルク川防衛戦が繰り広げられていた。


「リマもパルマも早朝は濃霧が良く発生するわ……その二都市に近いリヴァンも当然霧が発生しやすい環境って事ね!傍迷惑ですことっ!」


 射撃が終わった大砲の砲身に掻き棒を突っ込み、煤や薬包の残りカスを外へ掃き出しながら悪態を吐くエリザベス。

 この朝霧に乗じてノール軍が一気に渡河攻撃を実行してきた為、オーランド軍側は全戦線で混乱状態に陥っていた。


「観測員から報告!敵カノン砲一門に直撃弾を確認!無力化しました!」


「ザマぁ見なさい!このわたくしに砲撃戦を挑んできた事を後悔させてやりますわっ!」


 濃霧で敵砲兵が目視出来ない為、臨時カノン砲兵団は止むを得ず砲兵の一部を斥候兼着弾観測員として前線へ派遣し、対砲兵戦を継続していた。この時代では大変珍しい、間接照準による砲撃戦である。


「相手が見えない条件は同じなのに、なんで向こうは正確にこっちを撃ってこれるんだ!?」

「バカか!こっちは前回の防衛戦から一ミリも大砲を動かしてねぇんだ!とっくに射撃位置が割れてるんだよ!」

「じゃあなんで移動しないんだ!?このままだと延々砲撃に晒されちまうぞ!?」

「移動先が無いからここで踏み留まって対砲兵戦してんだろうが!死にたくなきゃ先にこっちが相手の砲兵を沈黙させるしか方法は無え!」

「敵弾、また来くるぞ!伏せろーッ!」


 大砲の前で再装填作業を行なっていた砲兵達が一斉に地面に伏せる一方、エリザベスは伏せるどころか身を隠す素振りすら見せずに、自身の躁砲する十二ポンド砲の再装填作業を進めていく。


「おいバカベス!伏せろって言ってんだろ!」


 イーデンが地面に伏せながらエリザベスに忠告するが、本人は聞く耳を持とうとしない。


「着弾数……ひとつ……ふたつ!イーデン!敵カノン砲の残りは二門よ!こっちの方が砲門数で優ってるんだから、一々退避させずに砲撃を継続させなさいっ!間接射撃は沢山撃った方が勝つ戦法よ!」


「あぁったく!ほんとに女なのかアイツは……総員!射撃を最優先!撃ち続けろ!」


 イーデンの号令で、伏せていた砲兵達が必死の形相で砲撃を再開する。しばらくの間、こちらの砲撃に対して敵が応射する形での対砲兵戦が行われていたが、徐々に敵の応射間隔が長くなっていき、最終的には敵の砲撃がパタリと止んだ。


「観測員から報告!敵カノン砲は全門沈黙!」

「やったぞ!対砲兵戦で初勝利だ!」


 馬を駆ってきた観測員の戦果報告に、歓声を上げる砲兵達。


「よかったわ……ここからは味方歩兵の援護を――」


 そう言い掛けたエリザベスの頭上に、ヒュルルル、と下手な口笛の様な風切り音が鳴り響いた。


「――ッ!?」


 反射的に、敵砲撃で出来た砲弾穴に身を投じる。それは飛翔してきた敵弾――()()に対する最も効果的な防御姿勢だった。


「て、敵榴弾が飛来!弾着!今ッ!」


 誰かの報告と同時に、砲兵陣地のすぐ後方で榴弾が炸裂する。

 丸弾の様な唯の鉄球とは違い、砲弾そのものに火薬が仕込まれている榴弾は、爆発時に周囲を破片と炎で焼き尽くす恐るべき兵器である。


「あ、危なかったわ……」


 エリザベス達が操るカノン砲とは違い、榴弾砲は直射ではなく曲射で相手を狙う兵器である。故にその弾は放物線を描き、障害物を飛び越えての射撃を行う事が可能である。


「もし陣地直上で炸裂したら――」


 自身の頭上で炸裂しなかった事を安堵しつつ背後を振り返ったエリザベスは、目の前の惨状に背筋を凍らせた。


「……あぁあぁああ、なんてことをっ……!」


 榴弾は砲兵陣地のやや後方――つまり、輜重隊員達の直上で炸裂していたのである。

 隊員達は四散した砲弾を拾い集めようと散開していた為、幸いにも甚大な被害には至らなかったが、それでも何人かが榴弾の餌食となっていた。


「ああああああ熱い熱い熱い!誰か消してくれェェェ!!」

「助けて!私の足が、足が……!」

「火薬運搬車を火から遠ざけて!消火作業を最優先に!負傷者の救助はその後だよ!」


 噴煙の向こうから聞こえてきたエレンの声に胸を撫で下ろすと同時に、身内の無事のみを案じた自分の許量の狭さに舌打ちをするエリザベス。


「もうバカ!士官なんだから部隊全体を見なさいよ……!イーデン!各砲の間隔を離して!榴弾で一網打尽にされる前に!」


「分かった!全砲兵に指令!各砲の配置間隔を五十メートル離せ!敵榴弾砲が射程圏内に入ってきてるぞ!」


「伍長さん!砲を右に五十メートル動かすわよ!」


「あいよ嬢ちゃん!」


 アーノルドと共に、大砲に備え付けられた車輪を肩押ししながら思考を巡らす。

 榴弾砲はその射程の短さが大きな欠点だ。ノール軍の採用している榴弾砲の種別は知らないが、それでも射程三百メートルが精々だろう。

 単純に榴弾砲を前に出しただけでは、その射程差から簡単にカノン砲に撃破されてしまう。恐らく、自分達の注意をカノン砲部隊へと逸らしている内に、霧に紛れて密かに榴弾砲部隊を前進させていたのだろう。


「敵榴弾砲の射程から考えると、確実にヨルク川を渡河している筈……考えなさいエリザベス、私なら砲をどこに置くか……?」


 川岸から自軍歩兵陣地までの距離は三百メートルも無い。その僅かな空白地点に榴弾砲部隊を配置しようと思えば、当然選択肢は限られてくる。

 砲を動かしながら、白く靄掛かった戦場を凝視するエリザベス。

 一瞬霧が薄くなり、(にわか)に戦場模様が露わになる。

 その須臾(しゅゆ)とも呼ぶべき瞬間的なチャンスを、エリザベスは見事に拾い上げた。


「……見つけた!」


 川岸に程近い、ほんの少し隆起した数メートルの小丘(しょうきゅう)の裏から、白煙が濛々と立ち上っていたのだ。

 

「イーデン、敵榴弾砲部隊の位置が掴めたわ!地点5Dよ!小丘の裏から曲射してきているわ!こっちも臼砲の曲射で応戦しましょう!」


「地点5Dだぁ!?いつの間に渡河してきやがったんだアイツら!」


 臼砲に射撃指示を出しながら、砲撃地図を食い入るように見つめるイーデン。


「敵榴弾!次弾来ます!」


 再び、下手な口笛がオーランド砲兵陣地の頭上に響く。


「伏せろーッ!」


 飛来した榴弾の一つが六ポンド砲の直上で炸裂し、炸裂時の衝撃で砲座と砲身が倒壊する。


「ぐあァッ!」

 

 付近で伏せていた砲兵の腕に破片が突き刺さり、呻き声を上げながら地面をのたうち回る。


「救助ーッ!」


 後ろに待機していた砲兵輜重隊員が飛び出し、負傷した砲兵を安全地帯まで運んで行く。

 

「臼砲射撃用意ヨシ!撃てェ!」


 後送されて行く砲兵達の傍で、臼砲が鐘の音と共に発射される。榴弾が響かせる耳障りな口笛と比べると、臼砲の発射音は荘厳な雰囲気すら漂わせている。


「着弾!今!」


 狙いは寸分の狂いも無く正確だったが、発射された弾丸は小丘の裏までは届かず、手前の斜面を抉り取るに留まった。


「射程が全然足りてねえ!臼砲!射程を最大まで上げろ!」


「既に仰角最大です中尉殿!これ以上臼砲の射程は伸ばせません!」


 臼砲の仰角調整具を最大値まで引きげながら、泣きそうな声で報告する臼砲担当の砲兵達。


「臼砲じゃダメか……!カノン砲で撃とうにも小丘が邪魔をしやがる……現状打つ手無しかよ……!」


「イーデン中尉殿ー!」


 頭を抱えるイーデンの元に、オズワルドが馬蹄の音を響かせながら丘を駆け上がってきた。いつかの会戦の時と同じ様に、彼の背後にはパルマ軽騎兵達が列を連ねている。


「おぉオズワルド!丁度良かった!実は敵榴弾砲が――」


 イーデンはてっきり、また前と同じ様にパルマ軽騎兵が援護に駆けつけてきてくれたと思っていたのだろう。だがその期待は、オズワルドの発する言葉によって無惨にも打ち砕かれた。


「フェイゲン連隊長より報告!我が方の戦列は崩壊しつつあり!歩兵部隊はこれよりリヴァン市内へ退却致します!砲兵部隊にあっても、パルマ軽騎兵の援護を受けつつ、リヴァン市内へ後退せよとの命令です!」


「……こ、後退だとっ!?」


 驚嘆の声を上げながらオズワルドの両肩に掴み掛かるイーデン。エリザベスも何事かと二人の元へ駆け寄ってくる。


「三つの渡河地点には何重にも防衛線を敷いていた筈だろ!?なんでこんな早く突破されちまったんだ!?」


「お、落ち着いてください中尉殿!敵は濃霧に紛れて架橋設備を展開した模様!第四の渡河地点を新たに作り出したんです!」


「か、架橋設備……架橋装備、か……」


 オズワルドから手を放し、霧と硝煙に包まれた最前線を凝視しながら、咀嚼するかのように単語を繰り返すイーデン。


「じ、じゃあ南部辺境伯が送ってくれた義勇軍はどうなった!二千は居たはずだろ!?」


「そ、それが……防衛線中央に布陣していた辺境伯義勇軍が真っ先に士気崩壊を起こしてしまいまして……」


 両の手を揉みながら、戦線中央方面を横目で見るオズワルド。


「なんで一番数が多い部隊が真っ先に敗走してるんだよ!?」


「彼らは士気が低すぎるんです!自分の故郷ですらない街の為に死ぬのは御免だと、次々に脱走していきました!」


 イーデンの追求に対して、逆上する様な口振りで説明を続けるオズワルド。


「左右翼に残されたパルマ・リヴァン連隊も懸命に戦いましたが、敵包囲の危険有りと判断したフェイゲン連隊長が、先ほど全戦線での退却命令を出しました」


 その悔しさから、目尻に涙を浮かべるオズワルド。


「誠に遺憾ながら、此度は我が軍の敗北です。どうかリヴァン市へ退却の程を――」


「敵榴弾!来ます!」


 寸分の判断も許さず、またしても榴弾が飛来する。


「あぁもうッ!こんな時に!みんな伏せてッ!」

 

 エリザベスの叫び声で皆が地面に突っ伏せるが、今度の弾は空中で炸裂する事なく、そのままズボッと地面にめり込んだ。


「導火線不良か、助かった……」


 めり込んだ榴弾の付近にいた砲兵達が胸を撫で下ろす。


「……オズワルド、貴方今リヴァン市内に退却って言ったわよね?」


「ああそうだ。当初の作戦通り、この地で出来る限り時間を稼ぐ。少なくとも、あと二週間は耐えないといかん!」


 自身の背後に位置するリヴァン市内を指差しながら、イーデンへと顔を向けるオズワルド。


「さぁイーデン中尉殿、退却のご用意を。クリス少尉率いるパルマ軽騎兵が砲の牽引支援を致します、今すぐに前車と砲座の連結指示を――」


「ちょっと待ってオズワルド!退却する前に敵榴弾砲部隊を撃破しておきたいの!」


 両手をブンブンと二人の間に割り込ませながら話を遮るエリザベス。


「籠城戦に於いて、敵榴弾砲部隊は脅威になり得るわ!今ここで撃滅しておかないと……」


「その判断を下すのはお前じゃない、イーデン中尉殿だ」


 自分の両手を掴み上げ、今までに見たことも無い厳しい目つきで睨むオズワルド。その怒気に思わず怯んだ。


「お前が俺よりも豊富な知識と戦略眼を持っている事は分かる、今後も頼りにしたい。ただ……お前はもう士官だ、軍人なんだ」


 目の厳しさとは裏腹に、声色は驚くほど穏やかだ。


「軍人なら上官の命令に従え、指揮系統を守れ、己の職責と階級を意識しろ。士官学校出じゃない士官に言うべきかは分からんが、士官としての心得は持つべきだ」


「…………」


 彼が最大限、私のプライドを傷つけない様に諭してくれている事はすぐに分かった。分かったが故に、フラジャイル(割れ物注意)扱いを受けている自分が、酷く惨めに見えた。

 戦史書を幾ら読み込んだところで、戦場の匂いまでは漂ってこない。軍事シラバスを幾ら熟読した所で、軍人としての精神が鍛えられるわけでもない。畢竟(ひっきょう)、その両者が養われ、育まれる場所は戦場を置いて他に無い。


 私は結局の所、軍服が少し豪華なだけの新兵に過ぎないのである。


「ごめんなさい。士官候補の小官が口を挟むべきではありませんでした」


 二人の間から、身も心も一歩引き下がるエリザベス。


「……如何いたしますか、中尉殿」


 イーデンは、件の小丘とリヴァン市内を交互に一瞥した後、いつもの様に溜息は吐かずに、指令を下した。

 

「全砲門撤収準備!リヴァン市内に退却する!輜重隊は前車と乗馬との連結を急げ!砲兵は大砲を稜線下に引き下げろ!これ以上榴弾砲の被害を増やすな!」


 それはイーデンがエリザベスの提言に対して、初めてノーを突きつけた瞬間でもあった。



「報告致します!我が軍はヨルク川の渡河に成功!」


「善し!」


「加えて我が軍は敵戦列中央に大打撃を与え、敵軍はリヴァン市内へと敗走中!」


「尚善し!」


「さらに我が軍は既にリヴァン市を半包囲しており、間も無く完全包囲網が完成致します!」


「甚だ善し!」


 連隊長の報告を聴くや否や膝を叩いて立ち上がり、拳を天へと突き上げるヴィゾラ伯。


「やっと胸を張って勝利と言える勝利を手に入れたぞ!一時はどうなる事かと思ったが……まぁ終わり良ければ全て良し!」


「まだ終わりでは御座いませんぞ、連隊総指揮官殿。リヴァン市を攻略してこそ、軍団長の覚えも良くなるというもの」


 連隊長から戦闘経過を記す報告書を受け取りながら、リヴィエールが忠言する。


「一つ肩の荷が降りたのだ、少しくらい勝利を喜んだ所でバチは当たらんだろうに……」


 ヴィゾラ伯の言葉を小耳で聞きながら報告書を読んでいリヴィエールが、おぉと小さく声を上げる。


「これはこれは……連隊総指揮官殿。またもや例の()()()が敵砲兵の中に居た様ですぞ。我が方の重騎兵が奴に壊滅させられております」


「何ぃ?またオーランドの銀魔女がいたのか。最早我が軍にとっての疫病神だなソイツは……」


 そこまで言うと、何かを思いついたのか指を鳴らすヴィゾラ伯。


「リヴィエール、リヴァン市に立て籠るオーランド軍へ使者を出せ!」


「はっ、畏まりました」


 何の前触れも無い急な命令にも関わらず、即答するリヴィエール。


「して、その内容は?」


 ヴィゾラ伯は自分の足元を指差した後、ニヤリと笑った。


「連隊総指揮官のシャルル・ド・オリヴィエが、貴軍の銀魔女に会いたがっていると伝えろ!魔女の素顔をこの目で確かめてみようではないか!」


 

 

【第ニ次ヨルク川防衛戦:戦果】


―オーランド連邦軍―


パルマ・リヴァン連合駐屯戦列歩兵連隊 735名→503名

南部辺境伯連合義勇軍 2000名→875名(脱走による喪失を含む)

パルマ軽騎兵中隊 30騎→30騎

臨時カノン砲兵団 8門→7門


死傷者数(脱走者を含む):1370名


―ノール帝国軍―


帝国戦列歩兵第一連隊 1260名→1122名

帝国戦列歩兵第二連隊 1500名→1345名

帝国戦列歩兵第三連隊 1500名→1419名

帝国重装騎兵大隊 46騎→40騎

帝国榴弾砲小隊 3門→3門

帝国カノン砲小隊 3門→0門

有翼騎兵大隊 58騎→58騎


死傷者数:433名

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