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第二十四話:北部二大辺境伯の奔走(前編)


「閣下。たった今リヴァンより早馬が参りました。ノール帝国の第一次攻勢を凌ぎ、無事南部辺境伯の連合義勇軍と合流を果たしたとの事です」


 侍従長が、パルマ女伯の乗る馬車に向かって報告を行う。


「そうですか」


 いつもの短く無機質な声が、停車した馬車の中から漏れ聞こえてくる。


「こちらの被害状況は?」


「はっ、こちらの被害は三百程度との事です。敵へ与えた損害も、おおよそ同程度と見込まれる予想でございます」


「となると、損耗比は一対一ですか……防衛戦でこの比率という事は、結構に苦しい戦いだった様ですね」


 馬車の中から、目の前に聳える領主の大屋敷を細目で見つめるパルマ女伯。


「今一度、コロンフィラ伯へ面会の打診を。何度断られようとも、直接会うまでは馬車をこの場から動かす気はないと伝えてください」


「畏まりました。それでは……」


 侍従長が、何度目かの面会希望を訴えに、屋敷の中へと消えて行く。

 

 女伯はパルマからの退避の後、はるばるコロンフィラ伯へと面会を求めに来ていた。

 コロンフィラは、タルウィタから程近い場所に位置する都市である。街の規模としてはリヴァン以上、パルマ以下といった所だろうか。

 コロンフィラ伯は辺境伯程ではないにしても、若干の騎兵戦力を私有している為、援軍として是非とも引き入れておきたいと、パルマ女伯は考えていた。

 

「旧コロンフィラ騎士団の援軍……なんとしても我が方に引き入れなければ」


 女伯の馬車はコロンフィラ伯が住む屋敷の正門前に堂々と横付けされており、屋敷の主人からしたら目障りな事この上ない。屋敷を訪れようとした他の訪問者も、物理的に正門が塞がれている状況に困惑の表情を浮かべている。

 当のパルマ女伯はその状況を一顧だにせず、馬車の中で涼しい表情を貫いていた。


 根負けしたコロンフィラ伯が面会に応じたのは、それから三時間後の事であった。



 パルマ女伯が馬車の中で根比べをしている頃。タルウィタの首長官邸にて。


「わざわざこの様な場所にご足労頂き感謝の念に絶えません」


「この様な、とはご謙遜を。名士ランドルフ家の素晴らしい設計の賜物ではありませんか」


 貴賓室に腰掛けながら、リヴァン伯が首長官邸の部屋構えを見回す。調度品類はパルマ市庁舎と全く意匠が異なるが、間取りや壁、柱のデザインは確かにパルマ市庁舎と同じ造りをしている。


「あぁ、それもそうでしたな。今ではこの街でランドルフの名を聞く事も殆ど無くなってしまいましたが……それで、御用とは?」


 好好爺じみた笑い声と共に、タルウィタ市長のオスカー・サリバンがリヴァン伯へ尋ねる。


「もちろん、臨時連邦議会の開催について……より踏み込んで申し上げるとするならば、連邦軍動員の議題について、ですかな」


「左様にございますか」


 使用人に差し出された紅茶を飲みつつ、ふむと一息付くサリバン。


「閣下もご存知の通り、連邦軍動員の採決には議会での全会一致が必要でございます。加えて、私も議長の身ではありますが、持ち票は皆々様と同じく一票にございます。恐れながら、この老体をどうこうした所で、採決には殆ど影響は出ないかと――」


「あいや果たして、そうですかな?」


 そう言うとリヴァン伯は懐から一枚の紙を取り出し、茶褐色のローテーブル上に置いて見せた。


「これは……前回の連邦議会で行われた連邦軍動員決議の投票結果ですかな?」


 特注の眼鏡を掛けながら、紙面に目を通すサリバン。


「お言葉の通りに。票数結果にある通り、賛成が三十七票、反対が二票となった様ですな」


「ええ、前回議会の記憶を忘失するほど耄碌はしておりませぬ。パルマ女伯閣下が連れてきた……えー、エリザベスでしたかな?あのお嬢さんには少々手を焼きましたが……」


 連邦議会は辺境伯六名、貴族諸侯三十二名に議長一名の計三十九票が総投票数となる。辺境伯が全員賛成に票を投じている事は既に判明している為、反対に票を投じたのは必然的に貴族諸侯の誰かという話になる。もしそうでなければ……。


「オスカー・サリバン殿。()殿()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 目の前に居座るこの老骨も、反対に一票を投じていた事になる。

 リヴァン伯はその真偽を確かめる為に、ここ首長官邸まで足を運んでいた。


「如何ですかな?」


 リヴァン伯の問いかけに対し、やれやれといった表情で苦笑するサリバン。

  

「……投票においてその権利を有する者は、その良心と本心に従い、これに票を投じる。また、その権利を有する者の投票先如何について、これを暴き、侵してはならない。閣下もご存知の筈でしょう?」


「連邦議会規則第四条ですな。それについては重々承知致しております」


 では申し上げますが、と佇まいを正すリヴァン伯。


「貴殿の投票は、本当に()殿()()()()良心と本心に従っての行動だったのですかな?」


「無論にございます。私の良心と、オーランドを思う一心で票を投じましたとも」


「では賛成に票を投じたと?」


 問いに対し、規則ゆえ答えられませんな、と肩をすくめるサリバン。

 

「規則を重んじる姿勢は称賛に値しますが、その姿勢は返って疑念を呼ぶ事になりますぞ」


「疑念とは心外ですなぁ。まさか私が誰彼に指示されて反対へと票を投じたと仰りたいのですかな?」


「反対に票を投じた事は認めるのですな?」


「……例えば、の話ですぞ」


 こめかみに手を当てながら答えを取り繕うサリバン。この段階で、リヴァン伯はサリバンを黒と断定した。

 結局の所、賛成であるならば賛成と言えば良いだけの事なのである。言ったところで、サリバンに対して何か不利益が生じる訳でもない。真意はどうあれ、オーランド連邦を守る為に賛成に票を投じた、とでも言っておけばむしろ彼の株は上がった筈である。にも関わらず、彼はわざわざ議会規則を持ち出して答えをはぐらかそうとした。その言動自体が、私は反対に票を投じました、と言っている様なものである。

 

 後は、なぜこの老獪(ろうかい)が反対に票を投じたのか、その部分の解明をしなければならない。幸いにも、リヴァン伯には心当たりがあった。


「ふむ、この件につきましては承知いたしました。では、少し話題を変えましょうか」


 話題を変える気など全く無かったが、相手の警戒を緩める為にも一応述べてみるリヴァン伯。


「後学の為にお尋ねしたいのですが、ランドルフ家とサリバン家は、建国時に国体のあり方を巡って政争を繰り広げてきたとか」


 突然昔話を始められて、眉を高めるサリバン。


「まぁ、大分昔の話ですがな。確かに、立憲君主制を掲げるランドルフ家と、議会制を掲げる我が家との間でイザコザはありましたな。こちらの家系が庶民出な事もあって、当時は貴族と庶民の代理政争だと囃し立てられておりました」


 喉が渇いたのか、カップに注がれた紅茶を一気に飲み干すサリバン。


「流石は銀行家として名を挙げたサリバン家。あのランドルフ家と互角に立ち向かうとは!」


 仰々しく両手を天井に掲げるリヴァン伯。


「立ち向かう、とは人聞きの悪い。サリバン家はあくまで対話による解決を望んでおりましたぞ」


 カッカッカと、老人特有の喉に詰まりがある笑い声をあげながら、紅茶のおかわりを催促するサリバン。


「結果的には話し合いの上、ウィリアム・ランドルフ卿に議会制を容認して頂くことが出来てな……そして、連邦議会制が誕生したのだ」


「それがおおよそ建国当時……六十年前の話という訳ですかな」


 左様、とカップを置きながら頷くサリバン。


「おかしいですなぁ。余がパルマ女伯から直々に伺った話とは大分食い違っている様でございます」


「食い違っている、とは?」


 演技じみた疑問符を声に乗せながら、淡々と話すリヴァン伯。


「まず、ウィリアム・ランドルフは死の直前まで議会制を否定していたと。それに加えて……」


 一拍置いてから、ポツリと述べる。


「ウィリアム・ランドルフはサリバン家の刺客によって暗殺されたと、そう申しておりました」


「何かと思えば……。貴卿ともあろう御仁が、そんな与太話を信じるなど」


 首を振りながら、残念そうに口を開くサリバン。


「確かに、当時の民衆の間でその様な噂が立ちはしましたが、根も葉も無い、質の悪い話で御座います」


「ほほう?当時にそんな話が」


 リヴァン伯がニンマリと笑みを溢す。


「試す様な真似をして大変恐縮なのですが、たった今、余が述べた事は全くの()()()でございまして……」


「な、何だと!?き、貴様は私をどれだけ愚弄すれば――!」


 とうとう立ち上がって指を差し向けるサリバン。


「嘘でそれほど精巧な作り話が組み立てられる訳がなかろう!あのアリス=シャローナ・ランドルフから何を聞いた!?」


 語るに落ちるとはこの事かと、吹き出しそうになるのを必死に抑えるリヴァン伯。

 おや、そんな偶然もあるものですなぁ、ととぼけていれば済む話だろうに。激昂してくるとは、余程図星な部分があったのだろう。

 相手の怒りを誘発させ、さらに畳み掛けるリヴァン伯。


「パルマを見捨てる代わりにノール帝国から幾ら貰ったのでしょうか。あるいは、嘗ての政敵が治めるパルマを灰に出来て、さぞ満足でしょうか」


「あんないけ好かない小娘が治める都市など、灰になるのがお似合いだ!さっさとノールに明け渡してしまえばそこで停戦の案もあったのにも関わらず、バカな奴め!」


 語るに落ちるとはこの事か。老いと怒りは人の思考力を低下させる、正にその具体例を見せつけられるリヴァン伯。自分もいつかはこうなってしまうのかと思うと、憂鬱である。


「出ていけ!気分が悪い!」


「承知いたしました。ではこれにてお暇させていただきます」


 杖を振り上げながら叱責するサリバンから半ば逃げる様にして、リヴァン伯は首長官邸を飛び出した。


「……ふーむ。取り急ぎ、黒は黒だと分かったが……」


 馬車に乗り込みながら、腕組みをする。


「臨時連邦議会の際に、あヤツにどうやって賛成票を投じさせるか……まぁ、取り敢えずパルマ女伯に相談か」


 御者に出発の合図を出し、座席に再度深く腰掛ける。


「私怨か、ノールによる指図か、どちらかとは思っていたが。まさか両方とは」


 窓の外を眺めながら溜息を吐く。


「これは骨が折れるぞ……」


 女伯の物とは対照的な黒塗りの馬車に揺られながら、暫く物思いに耽っていたが、そのうち大きないびきが馬車から漏れ出し始めたのであった。

 

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