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第二十三話:第一次ヨルク川防衛戦(後編)

「しまった!間に合わなかったか……!」


 組織的な抵抗力を喪失している右翼突出部に、有翼騎兵(フッサリア)と重騎兵が殺到する姿を目の当たりにしたフレデリカが、舌打ちを重ねる。

 彼らは塹壕内で大混乱に陥っているオーランド兵達には目もくれず、自らが操る馬の跳力を以て塹壕を次々に飛び越えていく。

 彼らの狙いが塹壕後方の砲兵陣地である事は、火を見るより明らかだった。


「このままではエリザベス達が危険です!大尉殿、隊を分割して双方の騎兵部隊を迎え撃ちましょう!」


「否!ならん!」


 丘を高速で駆け降りながら、クリスの進言を即刻否定するフレデリカ。


「圧倒的な数的劣勢下で隊を分割などしたら、各個撃破されるのが関の山だ!今我々が行うべきは、有翼騎兵(フッサリア)か重騎兵、どちらか一部隊を確実に足止めする事だ!」

 

 二つの騎兵部隊を真正面から相手取れる程の兵力が、今のパルマ軽騎兵に残っている筈も無い。であるならばフェイゲンの命令通り、今は少しでも相手を長く足止めする策を取るべきだとフレデリカは判断した。


「では、どちらを相手取るのですか?小官の目測では、あの有翼騎兵(フッサリア)と交戦するのは危険と判断致します!ノール重騎兵部隊と交戦すべきかと――」


「それも否だ!危険な部隊を砲兵陣地へ辿り着かせる訳にはいかん!」


 サーベルを左に振り、部隊に左旋回を促すフレデリカ。


「我々は敵重騎兵を迂回し、背後の有翼騎兵(フッサリア)と交戦する!旋回射撃(カラコール)、用意!」


 フレデリカの号令と共に、隷下の軽騎兵が一斉に懐から短銃を取り出す。

 迂回機動に気付いたノール重騎兵が、パルマ軽騎兵の鼻先を抑えようと速力を上げる。対してフレデリカは部隊速度を更に落とす様に命じ、ノール重騎兵の接近を敢えて許す動きを見せた。

 百メートル。

 五十メートル。

 三十メートル。

 彼我の距離が近づくにつれて、重騎兵はその衝力を維持する為に、みるみる直線的な軌道になって行く。

 二十メートル。

 十五メートル。

 重騎兵が完全に突撃態勢に入った瞬間、フレデリカはサーベルを振り下ろした。


撃てェ!(Fire)


 目も眩む閃光と共に、ノール重騎兵が爆音と白煙に包まれた。

 至近距離で爆音と閃光を食らった最前列のノール軍馬が、けたたましい嘶き声を上げながら転倒する。


「な、なんだっ!?何が起こった!?」

 

 密集で突撃陣形を組んでいた為、転倒した騎兵に折り重なる様にして、次々と将棋倒しになっていくノール重騎兵。


「なんだあの爆音は!?奴らハンドカノンでも持っていたのか!?」

 

 軍馬は、小銃の発砲音や銃剣に対してある程度の耐性を持っている。それはノール帝国軍の重騎兵も例外ではない。

 短銃の一斉射撃程度では重騎兵の突撃は止められない。ノール指揮官はそう踏んでいた。

 

 不幸にも、彼らは知らなかったのだ。フレデリカ達の短銃に込められた弾丸は、威力を弱める代わりに、閃光と激発音を極限まで増した特注品であった事を。


襲歩(ギャロップ)!」


 混乱状態のノール重騎兵のすぐ脇を高速で通り過ぎていくパルマ軽騎兵。破れかぶれのノール騎兵の何騎かが直剣を振り回すが、その多くは虚しく空を切るのみであった。


「……ほう、中々に姑息な手を使いこなすではないか」


 自分の元へ突進するパルマ軽騎兵へと長槍を向けながら、笑みを浮かべるオルジフ。


「いいだろう。その姑息な手諸共切り落としてやろう」


 右手の長槍を前方に、左手の直剣を天に掲げるオルジフ。


襲歩(Nalot)!」

 

 オルジフの号令から三十秒後。

 パルマ軽騎兵と有翼騎兵(フッサリア)、両騎兵が激突した。



「パルマ軽騎兵が有翼騎兵(フッサリア)と交戦状態に入りました!ノール重装騎兵は一時足並みが乱れましたが、依然としてこの砲兵陣地へと進撃中であります!」


 砲兵隊員の報告にエリザベスは顔を(しか)める。


「重騎兵を丸々一個大隊相手にしなきゃいけなくなるとはね……」


「なぁに、突撃してくる重騎兵を大砲で相手するのは二度目だろ?またあの時みたいに粉砕してやれば良いじゃねぇか……おっと」


 手癖でパイプを取り出しそうになった右手を抑えながら、シニカルに笑うイーデン。


「あら、やけに余裕そうじゃない。第二次パルマ会戦の時は騎兵が接近してきただけで大慌てだったのに」


 怪訝な表情を浮かべるエリザベスを見て鼻を鳴らすイーデン。


「騒いだ所で状況が好転する訳でもねえからな。ある種の諦観みたいなもんだ……到達まであと三分てとこか」


 涼しい顔で単眼鏡を覗き込むイーデン。

 頼もしい。

 そう思った自分自身に、謎の羞恥心を感じるエリザベス。


「と、取り敢えず敵騎兵に対処しないとよね……エレン!四ポンド砲と臼砲以外の全大砲を丘の稜線下に隠してくれる?」


「うい。四ポンド砲と臼砲だけ残してあとは後ろに下げるよ〜!みんな集まって〜!」


 輜重隊員達へ、的確に分かりやすく大砲移動手順を教えるエレン。輜重隊最年少である事を忘れさせる程の手際の良さである。


「敵は四ポンド砲と臼砲がこちらの全砲兵力だと思い込んでいる筈よ!残置砲はいわば撒き餌ね!重騎兵が餌に食い付いたら、頃合いを見て丘下へ退却!追撃してきた所を残りの全砲門火力で粉砕するわ!」


「……姉妹揃って大したマネジメント術なこって。その度量もカロネード商会の()()で学んだのか?」


「私に限って言えばその通りよ。カロネード商会の教育で人心掌握について少し学んだわ」


 でもね、と指示を飛ばすエレンを見ながら続けるエリザベス。


「エレンの方は完全に天性の才能よ。あの子は商会の教育を受けてないから」


「な、なんでエレンだけ……?もしかして、カロネード家の血を引いてないからって理由か?」


 その通りよ、とイーデンには目を合わせずに答えるエリザベス。


「笑っちゃうわよね、貴族でもないのに血筋をバカみたいに重要視して……」


 そう話すエリザベスの顔は、笑いとは遠くかけ離れた寂しげな表情をしている。


「正直、私よりエレンの方がよっぽど商人に向いてると思うわ。私の……自慢の妹よ」


 自慢の妹。

 そう述べたエリザベスの声色は、自虐、嫉妬、羨望が複雑に絡みついて、僅かに震えていた。


 ◆


「敵砲陣地まで二百メートル!駆歩(キャンター)の速度を崩すな!」


 ノール重騎兵の指揮官がサーベルを前方へと向ける。


「落伍者の数は?」

 

「敵軽騎兵の一斉射撃により二十騎程度が落馬!加えて十騎程度が落伍しております!」


「その程度であれば問題ない!我々の目標は砲兵だ!到達しさえすれば勝てる!」


 オオーッ!と後続の重騎兵達も歓声を上げる。

 砲陣地の丘へと接近するにつれて、徐々に防衛設備の構築状況も見えてくる。


「敵砲陣地の正面と左側面には馬防杭が敷設されております!防備が薄い右側面へと回り込むべきかと!」


「承知した!右旋回用意!陣形を崩すなよ!」


 指揮官の号令に合わせて、流麗なダイヤモンド陣形を維持しながら右へと迂回するノール重騎兵。


「馬防杭の切れ目だ!総員、襲歩(ギャロップ)突撃ィ(Assaut)!」


 雄叫びを上げながら突撃する重騎兵達。砲兵陣地からは、散発的なマスケット銃による反撃があるのみだ。


「そんな射撃で重騎兵が止まるよ!進路そのまま――!?」


 前方を駆けていた騎兵が突如馬ごと転倒し、続く騎兵も数騎かが地面へと倒れ込む。まるで、何かに()()()かの様に。


「何事だ!?どうした!?」

 

「隊長!鉄線です!地面に鉄線が引かれています!」


 地面に倒れ込んだ騎兵が、眼前で光る極細のピアノ線を偶然発見する。草花等の植生に遮られている為、騎乗している状態で発見するのは困難を極める。


「このっ……!寄せ集めの三等国風情がァ!調子に乗りおってぇ!!ノール重騎兵の名誉と伝統を穢しおったな!」


 軽騎兵の旋回射撃(カラコール)による目眩しに続いて、鉄線による妨害を受けた騎兵指揮官が、とうとう苛立ちの余り激昂する。


「各騎に通達!跳躍を繰り返しながら敵陣へ突撃せよ!鉄線に足元を掬われるぞ!」


 鉄線地帯をジャンプによって無理矢理突破しながら、憤怒の勢いで砲兵陣地に雪崩れ込むノール重騎兵。


「敵騎兵が来たぞ〜!」

「砲を棄てて逃げるんだ!」

「丘下へ退避しろ〜!」


 先程までささやかな抵抗を見せていた砲兵達が、砲を捨てて丘の稜線向こうへと逃げ出していく。


「制圧した砲は何門か!?直ぐに知らせい!」


「はっ!四ポンド砲が二門、臼砲が三基でありますっ!」


「よし!事前に知らされていた砲兵戦力と一致している、最優先目標は達成したぞ!後は――」


 丘向こうへと無様に撤退していくオーランド兵隊を憎らしげに見つめる指揮官。


「敵砲兵を一人残らず斬り殺せ!捕虜は要らん!陣形を維持したまま総員追撃!」


 砲兵陣地を完全制圧したと判断したノール重騎兵達は、制圧した大砲陣地の脇をすり抜け、疾風怒濤の勢いで丘を超える。

 まるで、パルマ軽騎兵を掃討しようと丘を越えてきた、あの時のノール重騎兵達の様だ。


「人は怒ると動きと思考が単純になる、って習ったけど……どうやら本当の様ね?」


 後は、同じ末路を辿るのみである。


「んなッ――!?」


 丘下には、散弾の装填が完了した十二ポンド砲、八ポンド砲、六ポンド砲。そして火縄式マスケット銃を一列に構える砲兵輜重隊の姿があった。


「か、各騎追撃中止ィ!戻れ!戻るんだ!」


 最早、全てが後の祭りと化したノール騎兵指揮官の撤退命令を嘲笑しながら、十二ポンド砲の傍に立つエリザベスがホイールロック・ピストルを構える。


ようこそおいでませ(welcome to)……殺し間(killzone)へ!」


「待っ――!」


斉射(Salvo)!」


 イーデンの号令と共に、銃列と砲列が火花を散らした。その戦果は、言葉にするまでも無かった。

 彼らは再装填を行うまでも無く、散り散りに撤退していく重騎兵を笑いながら見送ったのである。



 一方で、パルマ軽騎兵と有翼騎兵(フッサリア)の闘いは熾烈を極めていた。


「馬上射撃戦に食いついてくる重騎兵がいるとは……!」


「我らを只の重騎兵と見たか。愚かなり!」


 重騎兵らしからぬ速度を誇る有翼騎兵(フッサリア)相手には、逃げながらの馬上射撃は通用しない。

 パルマ軽騎兵はたちまち追い付かれ、不利な白兵戦へと引き摺り込まれていた。

 敵味方が入り乱れて戦う乱戦の中では、指揮官の号令など聞こえようも無い。それは歩兵戦とて騎兵戦とて同じ事である。

 敵のか味方のかも分からない怒号や悲鳴が渦となって両軍を支配する最中において、勝敗を決するのは部隊練度などでは無い。

 

 士気と運。たったこの二点のみである。


「くっ……!」

 

 オルジフが繰り出してきた直剣突きの軌道を、サーベルの反りでギリギリ逸らすフレデリカ。


「ほう、中々やる。女とはいえ、指揮官職を拝領するだけの事はあるな」


「私の事を詮索する余裕があるとでもっ……!?」


 懐から素早く短銃を抜き取り、腰撃ちで発砲するフレデリカ。しかしそれよりも速く、オルジフの直剣が短銃の銃身を叩き、射線を大きく逸らされる。

 発射した弾丸が、オルジフの操る軍馬の足元に着弾する。


「貴様こそ、この距離で短銃を抜く余裕があるとでも?」


「くそっ……!」


 オルジフの突きをサーベルでいなしながらも、徐々に余裕が無くなってくるフレデリカ。


「……っ!舐めるなッ!」


 一か八か、オルジフの刺突をサーベルの(ヒルト)部分で受け止める。

 鋭い金属音と共に、(ヒルト)と直剣の切っ先が激突する。すると、柄に施された繊細な装飾が衝撃で歪み、引き抜けない程強固に直剣を固定した。


「――ほぅ?」


 フレデリカはそのままサーベルの軌道を自身の背後へと振り上げ、一本釣りの要領でオルジフの手から直剣を引き抜く。

 直剣が地面に叩きつけられ、ガラガラと音を立てながら地面を転がる。

 流石のオルジフも、己の武器を失い僅かに眉を動かした。


「貰った!」


 振り上げた腕で、そのまま大振りな縦切りを繰り出すフレデリカだったが。


「貴様に教えておこう。()が短銃の使い時だ」


 左肘部分の鎖帷子メイルで斬撃を防ぎつつ、腰に身につけた短銃を右手で引き抜くオルジフ。

 フレデリカは慌ててサーベルを引き戻そうとするが、肘の関節を締められて、サーベルが引き抜けない。

 

「しまっ……!」


 オルジフの撃った弾がフレデリカの左肩に命中し、そのまま後ろに仰け反るようにして落馬する。

 背中から地面に墜落し、苦悶の表情を浮かべながら左肩を押さえるフレデリカ。


「女の身で善く此処まで戦った……しかして、勝つ迄には至らなかったか」


 騎乗したまま、近くの地面に突き刺していた長槍を抜き取ると、フレデリカへとその切っ先を向ける。


「名乗れ。その名、憶えておこう」


「フレデリカ……ランチェスター……」


 上体を起こし、長槍と相対する様にサーベルを真っ直ぐオルジフへと向けるフレデリカ。


「なぜ、ヴラジド人がノールの手先に……貴様の国を滅ぼしたノール帝国と、なぜ(くつわ)を並べているのだ……?」


「答える義理も無し」


 フレデリカの胸元に切っ先を突き立てるオルジフ。


「我はオルジフ・モラビエツスキ。貴様を(しい)し奉つる者なり」


 槍を引き、突き出そうとした瞬間。

 フレデリカの肩越しに見えたノール軍本陣から、白色の狼煙が上がっているのを認めた。


「……ふむ」


 長槍を回転させながら、地面に落ちた直剣を器用に掬い上げるオルジフ。


「……なぜ……殺さない?」


「退却命令だ。大方、貴様らの援軍が到着したのだろう」


「私を、殺してからでも……退却は出来るだろうに」


 上体を起こし、情けをかけられたことを恥じるかの様にオルジフを睨むフレデリカ。


「命が下れば、それに従うまで。今より我々の任務は、敵の殲滅から撤退へと変わった」


 自分に背を向け、足早にその場から去って行くオルジフ。周りを見渡してみると、他の有翼騎兵(フッサリア)達も皆一様に撤退を開始していた。


「大尉殿!ご無事ですか!?」


 クリスがフレデリカの元に猛スピードで駆け寄る。


「南部辺境伯が送った義勇軍が到着した模様です!敵が退いていきます!」


 オルジフが去っていった方向とは逆の方角を指差しながら、フレデリカの止血を始めるクリス。


「ご安心を、弾は貫通しております!さぁ私の馬へ!」


 クリスの馬に、うつ伏せで寝そべる形で横乗りするフレデリカ。


「上手く負ける筈が、この体たらくだ……なんとも不甲斐無い」


 地面を見つめながら、漏れ出す様な小さな声で笑うフレデリカ。


「まだ大尉殿は生きております。生きているのであれば、その選択が最善策だったと考えましょうぞ。おぉ!援軍が見えましたぞ!」


 クリスの指差す先に首を向けてみると、リヴァン市の街並みの更に遠くから、青き軍服に身を包んだ戦列歩兵達が陽炎の様に、ゆらゆらと揺れていた。


「はは……遅いが、早かったな。何よりだ……」


 そこでフレデリカの意識は途切れた。


 

【第一次ヨルク川防衛戦:戦果】


―オーランド連邦軍―


パルマ・リヴァン連合駐屯戦列歩兵連隊 1000名→735名

パルマ軽騎兵中隊 55騎→30騎

臨時カノン砲兵団 8門→8門


死傷者数:290名


―ノール帝国軍―


帝国戦列歩兵第一連隊 1500名→1260名

帝国戦列歩兵第二連隊 1500名→1500名

帝国戦列歩兵第三連隊 1500名→1500名

帝国重装騎兵大隊 150騎→46騎

帝国榴弾砲小隊 3門→3門

帝国カノン砲小隊 3門→3門

有翼騎兵大隊 61騎→58騎


死傷者数:347名

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