表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/100

第二十一話:第一次ヨルク川防衛戦(前編)

「さて、進軍は予定通り進んだが……」


 ヨルク川の対岸に布陣するオーランド連邦軍を眺めながら、簡易な木椅子に腰掛けたヴィゾラ伯が呟く。


「半月の代償がこれとはな……何とも、惚れ惚れする程に面倒な陣容では無いかッ!!」


 肘掛けに拳を叩き付けながら、侮蔑の眼差しを眼前へ向けるヴィゾラ伯。

 何重にも張り巡らされた土塁と塹壕。数少ない渡河地点を潰す様に設置された馬防杭。塹壕線の先に見える重厚な野砲陣地。

 思わず迂回の選択肢を取りたくなる様な防衛線がそこに築かれていた。


「如何して、攻め立てますかな?」


 横に立つオルジフが尋ねる。

 彼が身に纏う白銀の板金鎧が、燦々たる太陽に照らされ、神々しい光を映射させている。


「ああいった陣地を攻める場合、先ず行うべきは突破口となる綻びを作り上げる事だ。まともに正面から押した所で、無駄な被害が増える一方だからな」


 苦々しい表情で相手陣地を見つめ、嫌々ながらも作戦を考え始めるヴィゾラ伯。


有翼騎兵(我ら)を突破口として用いる形となりますかな?」


「いや、貴卿の出番はそこでは無い」


 野砲陣地を指差しながら首を振るヴィゾラ伯。


有翼騎兵(フッサリア)の出番は、突破口をこじ開けた後だ。味方が開けた風穴から速やかに突入し、敵砲兵部隊を沈黙させろ。砲兵援護が無くなれば、後はどうとでも料理ができよう」


「御意に……して、突破口の作成はいずれの部隊に?」


 オルジフ達の眼下には、白服のノール戦列歩兵達が既に横隊を形成し、前進命令を待っていた。先のパルマ攻略戦が空振りに終わっている為か、皆浮き足立っている。


「そうだな……おい、リヴィエール連隊長!二個中隊を中央の渡河地点へと進めろ!奴等の手札が何枚あるのかを知りたい!」


 ヴィゾラ伯は、彼の側に立っていた黒長髪の連隊長へと命令を飛ばす。


「御意に、連隊総指揮官殿。渡河地点は左右翼にもございますが、あくまで中央を渡河する認識で相違無いでしょうか?」


 三ヶ所の渡河地点を図示しながら、リヴィエールと呼ばれた壮年の指揮官が念を押す。


「その通りだ。最も火力の集中する場所に兵を進めれば、敵の最大火力が見えて来る筈だ。突破口を開く前に敵の手札……つまり攻撃手段を全て把握しておきたい」


 意図を説明しつつ、オルジフとリヴィエールの両名を交互に見据えるヴィゾラ伯。


「敵の手中が全て明らかになった所で、本格的な攻勢計画を練るとしよう。手札が無くなった籠城戦力など、恐るるに足らん。では、委細よいな?」


「「御意に!」」


 ヴィゾラ伯の身長が低い所為で、二人は目線を下げながら敬礼をする。対するヴィゾラ伯は不満げに、二人を見上げる様にして答礼を返した。



【第一次ヨルク川防衛戦】


―オーランド連邦軍―


パルマ・リヴァン連合駐屯戦列歩兵連隊 1000名

パルマ軽騎兵中隊 55騎

臨時カノン砲兵団 8門


―ノール帝国軍―


帝国戦列歩兵第一連隊 1500名

帝国戦列歩兵第二連隊 1500名

帝国戦列歩兵第三連隊 1500名

帝国重装騎兵大隊 150騎

帝国榴弾砲小隊 3門

帝国カノン砲小隊 3門

有翼騎兵大隊 61騎



「南部辺境伯達の義勇軍はギリギリ間に合わずか……」


「一日耐えれば二千の援軍が来るって、前向きに考えれば良いじゃない」


 イーデンとエリザベスは肩を並べながら、前進を開始したノール軍の動向を観察していた。


「お姉ちゃんだけズルいー!私も軍服着たい!」


 エリザベスが着ている軍服の燕尾部分を引っ張りながら、エレンが駄々をこねる。自分用の軍服がない事を知ってから、ずっとこの調子が続いている。


「あだだだだ!い、いくら引っ張ってもアンタの軍服は出てこないって言ってるでしょ!しかも砲兵輜重隊は民間人なんだから、軍服着たら余計ややこしくなるでしょ!」


「むぅ〜お姉ちゃんのケチ!おたんこなす!」


 膨れっ面で罵詈雑言を言い放つと、エレンは怒り肩で大砲の元へた戻っていった。


「まったくもう……」


 燕尾部分が変に伸びてないか確認しながらため息をつくエリザベス。


「買ってやれば良いじゃねえか。どれくらいかは知らんが、家から幾らか持ってきてんだろ?」


 単眼鏡を覗き込みながらイーデンが嗜める。


「いつもの駄々よ。暫くすればケロッと忘れるわ。それに……」


 出る所はしっかり出ているエレンの体付きを見ながら、一層深い溜息を吐くエリザベス。


「あの体じゃ、男用の軍服は着れないでしょ?胸とお尻で引っ掛かるのがオチよ」


「あぁそうか。お前は凹凸が無いから男物でも問題ないのか。便利な体してるじゃねぇかゴフッ!?」


 喉元に張り手を食らい、激しく咳き込むイーデン。


「貧相な体付きなのは否定しないけど言葉を選びなさいよッ!デリカシーが無いわね!」


「ゴッホゴッホ……!わ、悪かったって!」


 ひとしきりむせ返った後、左手で喉元を抑えながら右手で単眼鏡を構えるイーデン。


「ゴホ……あ〜と、敵先鋒は三百ってとこか。なんとも中途半端な数なこって」


 横目でイーデンを見ていたエリザベスも、やっと前方のノール軍に目を向ける。


「確かに妙な数ね。複雑な機動が出来る程の少人数でもないし、かといってスクラム組んで射撃戦が出来る程の大人数でも無いし……」


 渡河地点は左右にもある。それにも関わらず、わざわざ防御火力を集中させやすい中央を進軍してくる意味が解せない。この攻勢の意図が理解できるか?と相手から挑戦状を出されている気分だ。

 負けず嫌いの性格も相まって、何とかして相手の真意を読み解こうと熟考するエリザベス。


「何にせよ、正面から来るからには全力で歓迎してやらねぇとな。全砲門、射撃用意!」


 ()()()の単語に突如頓悟するエリザベス。

 

「それよ!それが狙いだわ!イーデン、射撃するのは四ポンド砲だけにしてくれないかしら?」


「四ポンドだけ?フェイゲン大佐からは最大火力で応戦する様にって言われてんぞ?」


 前方の自軍塹壕線を指差しながら反論するイーデン。


「敵は私達の総戦力を把握しようと企んでる筈よ!こんな序盤で最大火力を敵に見せたら、後の手札が無くなっちゃうわ!可能な限り手の内は隠しておくべきよ!」


「イーデンおじさーん、結局どっちなの〜?」


 困った様子のエレンの背後には、どっちつかずの体制で待機する輜重隊員と砲兵達の姿が見えた。


「あ〜!分かった。取り敢えず今はベスの言う通り、四ポンド砲だけで支援砲撃だ!おいベス、フェイゲン大佐に今言った事を伝えてきてくれ!連絡将校としての初仕事だ!」


「了解よ!」


 自分の輓馬に跨り、カッポカッポと駆け出すエリザベス。威勢よく陣地を飛び出したものの、この輓馬は早駆けの調教を施していない為、何とも言えない牧歌的な速度で丘を下っていく。

 降り途中で、背後の砲兵陣地から轟音が響き渡り、風切り音と共に頭上を丸弾が飛び過ぎていく。ギリギリ目で追うのがやっとの弾速だ。


「ほらほら。あの砲弾程ではないにしろ、もうちょい早く走りなさいな」


 脚で馬のお腹を叩いてみたが、終始、並足に毛が生えたような速度しか出る事は無かった。

 とは言え、陣地間の距離は五百メートルも無い。いくら輓馬の速度が遅いと言っても、フェイゲン大佐の居る歩兵陣地までは結局二分も掛からなかった。

 歩兵陣地は、ヨルク川に対して緩やかなV字を描く様に構築されており、進めば進む程に両側からの攻撃が苛烈になる構造をしている。包囲を想定していない鶴翼陣とでも言えばいいのだろうか。今回の様に進軍路が限定される場合においては、中々に攻め辛い防御陣地になるだろう。

  歩兵司令部のテント脇に佇むオズワルドを見つけると、エリザベスは馬の勢いを殺しながら、飛び降りる様に下馬した。


「オズワルド!連隊長さんへ繋いでくれない?」


「エリザベス!?お前は砲兵側の連絡将校だった筈では?歩兵側の連絡将校は俺がやるって言ったろ!?」


「ああもう、おバカね!アナタの言う通り、砲兵連絡将校としての役目を果たしに来たのよ!通しなさい!」


「そういう意味か!スマン、こっちだ!」


 V型陣地の根本に当たる地点に設営された歩兵司令部テントへと駆け込む二人。

 

「連隊長殿!臨時カノン砲兵団のエリザベス士官候補がお見えです!」


「前進してきた敵の二個中隊に関してだろう?通せ。私としても話をしておきたい」


「ご機嫌よう連隊長殿。この度は敵方の進撃意図についてご進言を賜りたく参上致しましたわ」


 お嬢様時代の癖が抜けておらず、有りもしないドレスの裾を掴み損ねるエリザベス。


「し、失礼致しましたわ」


 慌てて敬礼をするエリザベス。


「構わんよ、一片(ひとひら)の香りが漂う砲兵士官というのも風情がある。それで、進言とは?」


「端的に申し上げます。いま進軍中の敵三百に対しては、正味三分の力で以って当たるべきかと存じますわ」


「正味三分?こちらの歩兵は千名しかおらんぞ。その三分とあっては三百名だ。敵と同数の戦力で当たれと?」


 恐れながらその通りです、と姿勢を正すエリザベス。


「ノール帝国は軍国と評されるほどの兵量と兵質を有しておりますわ。であれば、この中途半端とも取れる攻撃にも必ず意図があると考えましたの」


「ふむ、そうか……」


 暫し顎に手を当てた後、口に手を当てながら小声で話すフェイゲン。

 

「敵の事を良く知っている様で感心だが、あまり敵を持ち上げる発言は慎んだ方が良い。我が軍には、文字通り親をノールに殺された者もいるのでな。要らぬ恨みを買いたくはあるまい?」


「りょ、慮外な発言、失礼致しましたわ……」


 口を塞ぎながら謝るエリザベス、

 自分はもうラーダ人ではなく、オーランド人として見られているのだ。オーランドとノールの争いを、いつまでも第三者目線で見ている訳にもいかない。当事者意識を持てと、フェイゲンは暗に示しているのだろう。


「それでエリザベス。敵の意図とは何なのだ?」


 オズワルドが続きを促す。


「この攻勢で敵は、我が軍の戦力を把握しようとしておりますわ。この防衛戦、如何に我が軍の手数を見せずに時間を稼ぐかが肝要かと……」


 私は当事者である。フェイゲンが私に送ってくれた軍服の意味を、よく考えねばならない。


 最早、私は傍観者では無い。

ストックが無くなって来たので暫く週一投稿となります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ