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第十三話:乗り込め!タルウィタ連邦議会!(前編)

「おお、ランドルフ卿ではないか!息災で何よりだ!」


「これはこれはアスター卿。私も今しがた到着したばかりで御座います。貴卿も壮健そうで何より……」


 馬車から降りたパルマ女伯が、彼女の知り合いらしき壮年貴族と握手を交わしている。

 パルマを出立してから五日目の朝。女伯御一行は、特に何事も無く連邦首都タルウィタに到着していた。


「これが連邦首都、タルウィタ……」


 女伯に続いて馬車から降りてきたエリザベスが感嘆の声を漏らす。

 馬車から外を眺めていた時から薄々感じていたが、パルマどころか、故郷のリマ市よりも数倍大きな都市だ。

 しかも人口過密都市にありがちな、細い曲がりくねった路地や、無理な建て増しによって道路に迫り出した住宅といった類いのモノも全く見当たらない。

 加えて玉石で整然と舗装された大通りは、馬車が余裕を持ってすれ違える様に幅が広く取られており、都市全体を大きく十字に分割している。街の各所に設けられた給水所から察するに、地中に上水道も通っているのだろう。

 この都市が緻密な都市計画に基づいて開発されている事はエリザベスの目から見ても明らかであった。


「タルウィタがこんな大都市だったなんて、完全に想定外だったわ……」


 都市中央に横たわる連邦議事堂を見上げながら呟くエリザベス。


「アスター卿、紹介しよう。こちらがエリザベス・カロネード、本日の証人だ。」


 壮年の貴族にエリザベスを紹介するパルマ女伯。


「おぉ、君が例の砲兵令嬢(カノンレディ)か!」


 壮年貴族は頭のビーバーハットを取ると、右手を差し出した。彼の赤髪と赤ら顔が露わになる。

 

 「パルマの小さな英雄と対面出来るとは何たる光栄か。余の退屈な朝を素敵な一時に変えてくれた君には感謝のしようも無い!」


 仰々しい挨拶と共に差し出された右手を握り返すエリザベス。金刺繍が施された紋織りのシルクコートと、真っ白な立襟のシャツ。一眼で貴族と分かる服装だ。


「こちらこそ、貴き御仁に英雄と称して頂き、感謝の言葉もございませんわ、サー?」


「リヴァン辺境伯、ジョン=パトリック・アスターだ。貴殿の第二次パルマ会戦での活躍は、リヴァン市までしっかり届いているぞ。パルマの守り、ひいてはリヴァンの守りとして心強い事この上ない!」


 手を握ったまま腕をブンブンと振るリヴァン伯。


「あはは……どうも有難うございますわ」


 腕を振られてバランスを崩しそうになりながら礼を述べるエリザベス。


「閣下、もう間も無く議会が開かれます。ご準備の程を……」


「おお、もうそんな時間か。エリザベス嬢、ささやかながら良き時間であったぞ!」


 付き人に諭され、エリザベスに別れの言葉を告げながら議事堂内へと姿を消すリヴァン伯。

 もしかしたら付き人が気を遣って引き剥がしてくれたのかもしれない。


「……女伯閣下にも良きご友人がいらっしゃる様で、安心いたしましたわ」


「どういう意味ですか?」


 パルマ女伯の問い掛けに対し、切って貼った様な笑顔で答えるエリザベス。


「女伯閣下は大変個性的な性格をしていらっしゃるので、貴族のご友人が少ないのではと大変心配しておりましたのよ?」


「……否定はしませんよ。確かに友人と言えるのはアスター卿ぐらいですので」


「あら〜!それはそれは可哀想ですわねぇ!わたくしがお友達になって差し上げても宜しくってよ?」


 鬼の首でも取ったかの様にはしゃぐエリザベス。


「平民脳の貴女には想像が付かないかもしれませんが、貴族社会は友人を作る場では無いので」


「へ、平民脳……!」


 ストレートな暴言を喰らい、笑顔のまま表情が固まるエリザベス。

 そのやり取りを一歩引いて見ていたフレデリカが、二人に聞こえない様に呟いた。


「……仲が良さそうでなにより」


 ◆


「この度は、本邦各地を治むる領邦領主殿の御臨席を仰ぎ、第二百四十八回、オーランド連邦議会を催す物と致します。特に、遠地よりはるばる御足労頂いた辺境伯のお歴々におかれましては、日々の国防と国境の安寧に身を尽くしている最中の御臨席となりし事、平にご容赦の程を申し上げ奉ります――」


 すり鉢状に作られた議事堂の中央で、議長らしき老人が開会の儀を執り行っている。その周りにはオーランド各地を治める領主達、総勢四十名弱が取り囲む様にして、各々の椅子に着座している。

 パルマ女伯を含む辺境伯達は、他の領主よりも重要な地位に居る為、最前列に平机付きの椅子が個別に用意されている。


「閣下、あのお爺さまはどなたですの?」


 となりに座っているパルマ女伯に耳打ちをするエリザベス。一人用の椅子を無理矢理二人で共有している為、とても肩身が狭い。

 

「タルウィタ市長のオスカー・サリバン。タルウィタ市長は連邦議会の議長職も兼任するのが慣習です」

 

 正面を向いたままパルマ女伯が答える。


「彼は連邦議会に参加できる唯一の平民と言えよう。今回は貴殿もいるゆえ、唯一では無いがな」


 すぐ隣の席に座るリヴァン伯が続けて答える。


「さて、通例であれば、領邦領主殿より各地の財政、人口、開発及び治安状況を奏聞(そうもん)し給う所ではございますが――」


 エリザベスは市長が話している演説台の奥に、玉座らしき豪華絢爛な椅子が置かれているのに気がついた。


「閣下、あの椅子にはどなたが座られるんですの?」


「あぁ、アレですか。あの椅子には誰も座りませんよ」


 不愉快な物でも見せられているかのように、目を逸らしながら話すパルマ女伯。


「誰も座らないんですの?あんなに立派な玉座ですのに?」


「元々、あの椅子には連邦国王が着座する予定でした」


「連邦国王?しかし閣下、今のオーランド連邦に王様なんて……」


「左様。カロネード嬢の言う通り、オーランド連邦は建国以来、王無き国として、その国史を歩む事に相成り申した」


 仏頂面で続きを話そうとしないパルマ女伯に代わって、リヴァン伯がエリザベスの疑問に答える。


「ええ、存じ上げておりますわ。連邦の元になった小王国の長達で構成された貴族議会……今まさに開かれているこの連邦議会で(まつりごと)を定める、珍しい国家体制だと聞いておりますわ」


 絶対王政の嵐が吹き荒れている現代において、議会が国権を握っている国はそう多くない。自分の知る限りでは、立憲君主制を採用しているラーダ王国くらいだろうか。


「その歳でかくも博識とは!息子の教育役に任命したいくらいだな!」


「リヴァン伯殿、静粛に!」


 議長から注意を受け、帽子のつばを掴みながら頭を下げるリヴァン伯。


「なるほど、"ラーダ王国には"そういう風に伝わっているのですね」


 議長にマークされたリヴァン伯に代わり、今まで黙っていたパルマ女伯が再び口を開ける。


「含みのある言い方ですわね。実際は違うと仰りたいんですの?」


「えぇ、違います。建国当時は、我が国もラーダ王国(貴女の国)を手本として、立憲君主制を採用しようとしていました」


「オーランドが立憲君主制を?初耳ですわね……」


「知らなくとも無理はありません。立憲君主制構想はすぐに頓挫(とんざ)しましたから」


「頓挫?どうしてですの?」


「……物分かりの良い貴女なら勘付いてくれると信じていましたが、残念です。正解は――」


「今考えてますから何も仰らないでくださいましっ!」


 腕を組んで云々と自力で考え込む。この御仁から答えを聞いたら負けだ。


「続きまして、各領地の村落共同体における改良式三圃制の導入状況、およびジャガイモを始めとする園芸作物の浸透状況につきましてですが――」


 議長の話す内容を片耳に流し込みながら答えを探すエリザベス。


「……誰を国王として擁立するかで話が纏まらなかったんですのね?」


「正解です。祖父曰く、誰を連邦国王とするかで議論は紛糾し、一向に纏まる事は無かった様です」


 うっすらと埃が被った玉座を見つめながら話すパルマ女伯。


「その結果、妥協の産物としてこの議会制度が誕生したのです。空席の玉座を囲み、責任の所在を有耶無耶にしながら、当たり障りのない議題と結論を延々と繰り返す……ここはそんな場所です」


 そう話す女伯の表情に変化は無かった。

 ただ、腹の奥底から絞り出すような声色には、明らかな怒りと悔しさの念が込もっていた。


「えー、コホン。各地財政報告の半ばでは御座いますが、ここで一つ、パルマ辺境伯アリス=シャローナ・ランドルフ卿より、火急の儀ありと事前に伺って御座います。それではランドルフ卿、こちらへ」


 議長に促され、席を立つパルマ女伯。立ち上がる寸前、彼女は小さな声で囁いた。


「他でも無いラーダ人の貴女に、この議会の……この国の現状を見てほしいのです。ラーダになり損なった、哀れな国の姿を」


 振り返って、自分の目を真っ直ぐ見つめるパルマ女伯。


「そしてどうか、この国を正す為の知恵を貸して欲しいのです。それこそが……貴女を此処に呼んだ理由です」


 そこには先程までの三白眼は影も形もなく、確固たる芯の強さを感じさせる、強い瞳のみがあった。



「然るに、此度のノール帝国によるパルマ侵攻は、明確な開戦宣言と同義であると断じます。この場に居る連邦諸侯の方々へ、今一度服して御願い申し上げます。どうか連邦軍の正式編制にご賛同の程を……」


 パルマ女伯が連邦軍編制を訴えている間、エリザベスは周囲を囲む貴族諸侯の様子を観察していた。


「なるほど。女伯閣下が嘆くのも無理ないわね」


 居眠りをする者、持参した本を読む者、ひたすら隣と無駄話をし続ける者、中座したまま一向に帰ってこない者。

 国境を守る責務がある辺境伯の面々はしっかりと話を聞いてくれているが、周囲の貴族諸侯の中で話を聞いている者は全体の二割も居ないだろう。


「……自分の領地外で起きた出来事については全く興味が無い様子ですのね」


「左様。貴殿も言った通り、周りの貴族達は元々、小国の主だった者達の子孫だ。建国から六十余年経過した今ですら、連邦国としての連帯感は皆無といって差し支えない。余を含む辺境伯達もほとほと困り果てておる」


 やれやれ、とリヴァン伯が肩をすくめると同時に、パルマ女伯の陳情が終了した。


「ランドルフ卿、かような過酷極まる状況にも関わらず本議会へ御臨席頂いたこと、重ねて感謝申し上げ奉ります……さて、オーランド連邦軍の正式編制に関して、どなたか質疑のある諸侯は?」


 挙手を促す議長に対して、辺境伯数名から質問が出た。ただ、周りを囲む貴族諸侯は一向に質問する素振りを見せない。


「嘘でしょ……」


 彼らが手を挙げないのは、質疑が無いからではない。

 単に興味がないのだ。

 自分の預かり知らぬ土地で起きた紛争など、彼等にとっては所詮対岸の火事であり、どうでも良い事なのだろう。


「自国の一部が侵略を受けているのに、なんでそこまで他人事なのよ……!」


 爪が食い込む程に拳を握り込む。これでは命を賭してパルマを守った将兵達が、余りに浮かばれない。


「えー、他に質疑は無い様ですので、これより是非を問う為の投票を――」


「しばし、暫しお待ちください」


 議長の言葉を遮るパルマ女伯。このまま投票を行なった所で、全会一致は不可能だと彼女は踏んだのだろう。


「……ランドルフ卿、貴卿にはまだ何か、述べ足りぬ儀があると?」


「いえ、述べ足りぬのは余ではありません」


 首振り向いた女伯と目が合う。


「事の並々ならぬ重要性を卿らに示さんが為、此処に一人の商人……いえ証人を呼び付けて御座います」


 立ち上がり、ゆっくりと演説台に向かうエリザベスと、足早に演説台を去る女伯がすれ違う。


「遠慮は無用です。責任は余が負いますので」


 好きにやれ。

 

 要するにそういう意味だと、エリザベスは理解した。

 

ストックが切れるまでは隔日投稿致します

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