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第十二話:タルウィタへの道

 謁見の翌々日。

 パルマを出立した女伯御一行は、最初の中継地点であるリヴァン市内へと差し掛かっていた。パルマから首都タルウィタへは五日程度の道のりである為、途中途中の町を中継しながら進んで行く手筈となっている。

 市内を進む白塗りの馬車は、フレデリカ率いるパルマ軽騎兵達によって周囲を固められている。少しでもおかしな動きをすれば、直ちにサーベルの切っ先を顔面に突き付けられる事になるだろう。

 それを察してだろうか、道行く人々は面倒事など御免だと言わんばかりに馬車を避け、道脇をそそくさと通り過ぎていく。


「…………」


 エリザベスは神妙な面持ちで馬車の外を眺めながら、対面に(おは)す御仁、パルマ女伯へ投げ掛ける会話のネタを探していた。


「…………」


 パルマから此処まで、おおよそ半日の道のりであったのにも関わらず、この御仁とは一度も言葉を交わせずにいる。先に話し掛けるのも何だか癪な気もしたので、向こうから話し掛けられるのを待っていたが、一向にその気配もない。

 トントン、と無意味に足音を鳴らしてみるが、全く興味を示さない。魂をパルマに置き忘れてきたのだろうか。

 わざとらしく咳払いをしてみても、目を閉じたまま、お利口さん座りを崩そうとしない。

 存外、単に寝ているだけなのかもしれない。


「……目を閉じてる分には美人ですわね」


「目付きの悪さは生まれつきなので、勘弁願いたいですね」


 急に目と口を開くパルマ女伯。当人にその気は無いのだろうが、睨んでいる様にしか見えない。


「お、起きていらっしゃったのですわね……」


「えぇ起きていましたよ。余に話し掛けようとしては思いとどまり、無意味な音を響かせて余の気を引こうとしたり……歳の割に大人びていると思っていましたが、年相応の部分もあるのですね」


 久方ぶりの子供扱いを受け、背中を虫が這い回る様なむず痒さに襲われるエリザベス。


「コホン。わたくしは他でも無い閣下の願いにより、()()()()()この儀に同行しておりますわ。もう少しお心遣いの気持ちを持って頂けますと幸いですわ」


 出来る限りの笑顔を心掛けながら、子供扱い発言に対して苦言を呈するエリザベス。


「直接的な表現を避けながら自分の要望を伝えるのが上手ですね。"そっちから話し掛けてくれないので拗ねちゃいました"と自分の気持ちをハッキリ伝えても良いんですよ?」


「なッ――!?」


 思わず立ち上がろうとした自分を理性で押さえつけるエリザベス。


「勢いに任せて罵詈雑言を並べない点は立派ですね。流石は名門カロネード商会の御令嬢です。おっと、()御令嬢でしたか」


 口に手をやりつつ、大して失言とも思っていない態度で話すパルマ女伯。

 なぜこの御仁は一々煽る様な物言いをしてくるのか。


「……辺境伯には変わり者が多いと聞いておりましたが、閣下も中々で御座いますわね」


 目を細め、口に手を当てながら、お返しにとパルマ女伯をおちょくろうとする。


「いえいえ、それほどでもありません。わざわざ大商人の娘という安泰な地位を捨て、あろう事か軍人に成りたいと言い散らかしている方に比べれば、余など凡人に過ぎません」


「こ、こんのッ――!」


 拳を振り上げようとした所で、自分が相手のペースに完全に呑まれている事に気付く。同じ轍は踏むまいと、パルマ女伯の目の前で一度、大きく深呼吸をするエリザベス。


「……ええ、不本意ながら変人である事は認めて差し上げますわ。同じ変人同士、仲良くしたいものですわね」


 そう言ってまた馬車の外に顔を向けるエリザベス。その様子を見たパルマ女伯は、何かに満足したのか大きく頷いて見せた。


「やはり、貴女を連れてきて正解でした」


 顔を合わせずに、目線だけをパルマ女伯に合わせるエリザベス。


「己の意見を堂々と述べる豪胆さ、かといって感情的になり過ぎず、己を自制する思慮深さ。本件の証人として大変相応しいです」


 何やら自分が褒められている事に気付き、背けていた顔を戻す。


「……先程までの言動は、私の忍耐力を試す為の狂言でして?」


「いえ、普通に本心です。」


 再びそっぽを向くエリザベス。


「ただ、貴女を高く評価しているのも本心です。お父様も優秀な娘さんを失って、さぞお困りの事でしょう」


 そう言うと、一枚の手紙を差し出すパルマ女伯。そこにはエリザベスにとって、忘れようの無い紋様の封蝋が押されていた。


「カロネード家の紋章に、これは……お父様の筆跡ですわね」


 文字を指でなぞりながら、手紙の内容を読み込んでいくエリザベス。


「謁見の数日前、余の元にカロネード商会からの使者が訪ねて来ましてね。エリザベスという名の少女が尋ねてきたら、即刻引き渡す様にと言われました」


「それで、閣下は何と答えたんですの?」


 目線を手紙に落としたまま、エリザベスは尋ねる。


「無論、知らぬ存ぜぬを通しました。カロネード商会の嫡子という逸材を、みすみす引き渡すのは大変惜しいので」


 窓縁に肘をつき、扇を仰ぎながら話すパルマ女伯。


「それはそれは。高く買って頂き光栄に存じますが、生憎今の私には、カロネード家の名誉も財産も、権利も一切御座いませんの」


「いえ、そうでもありませんよ。手紙の最下部を読んでみてはいかが?」


 言われて最下部に目を落とすエリザベス。


「エリザベスを無事に当商会へ引き渡しせしめたる際は、御礼の品として、一門の野砲を含む小火器を無料にて進呈せしめんとするもの也……」


 眉間に皺を寄せて、パルマ女伯を見つめるエリザベス。


「わたくしと引き換えに、カロネード商会から武器を仕入れるおつもりですの?」


「ええ確かに、一人の家出娘を送り返すだけで火砲やマスケット銃が手に入るのなら、上々ですね」


 そう言うと、挑発する様な目付きでエリザベスを睨むパルマ女伯。対するエリザベスも負けじと睨み返す。

 十秒程度の沈黙の後に、パルマ女伯が突然吹き出した。


「ぷっ!くくく……コホン、失礼。余りにも可愛らしい睨み方でしたので」


 初めてパルマ女伯の自然な微笑みを見られた驚きと、単純に馬鹿にされた事に対する不満が同時に押し寄せ、一時呆気に取られるエリザベス。


「安心なさい。貴女の知識と手腕には百砲千銃の価値がある事を余が保証します。たかが一門の火砲如きと交換する気など、最初から毛頭ありません」


「……言葉の飴と鞭の使い方がお上手ですわね」


 ため息を吐きながら、手紙を返すエリザベス。


「おやおや、今の言葉も本心ですのに。もっと言葉を額面通りに受け取ってもいいんですよ?」


 どの口がそれを言うか、と口答えしそうになったが、なんとか心の内に飲み込むことが出来た。

 思っている事を全部出し切ったのか、その後暫くの間、二人は押し並べて沈黙を守っていた。しかしいつかの時と同じ様に、ついにこの空気感に耐えられなくなったエリザベスが口を開いた。


「エレンの事について、その使者は何か言及しておいでだったかしら?手紙には私の事しか言及されていない様ですので」


「……聞きたいですか?」


 先程までのパルマ女伯であれば、遠慮無くズケズケと答えそうなものだが、今彼女は明らかに言い淀む素振りを見せた。


「おおよそ、予想は出来ておりますわ。気遣いは無用ですわ」


「なるほど……」


 一人で勝手に納得したパルマ女伯は、扇をピシャリと畳み、ゆっくりと答えた。


(エレン)は不要、と。そう言っていました」


 あぁ、やはり――。


「……そうですか」


 ――私は父が嫌いだ。



「なるほど、だから貴女とエレンは異母姉妹なんですのね。ようやく合点が行きました」


 自分の出自について一通りパルマ女伯へ話し終えた辺りで、丁度今日の宿泊先である小さな町に到着した。


「閣下、本日の宿泊先に到着致しました。既に町長へは話を通しております」


 ノックと共に馬車の扉が開かれ、フレデリカが女伯に手を差し伸べる。女伯は無言でフレデリカの手を取りながら、未舗装の土埃が舞う地面に降り立つ。

 女伯に続いてエリザベスも下車してみると、目の前には町の規模と比べても不釣り合いに広大な別荘地が広がっていた。

 下馬が完了した騎兵数名に、女伯の護衛任務を言い渡した後、フレデリカはエリザベスをちょいちょいと手招きした。

 暫く無言でエリザベスの前を歩くフレデリカであったが、周りに人気が無い事を確認すると、急に踵を返してエリザベスに振り返った。


「な、なんですのっ!?」


 フレデリカは、咄嗟に身構えるエリザベスの頭を優しくポンポンと撫でた。


士官候補生(カデット)への昇進、おめでとう」


 腰を下ろし、エリザベスと同じ目線に立ちながら祝辞を述べるフレデリカ。


「……あ、有難うございますわ」


 いきなり銃でも向けられるのではないかと考えていた自分が急に恥ずかしくなり、顔を赤らめるエリザベス。


「きゅ、急に人気のないところに呼び出すんですもの!とても驚きましたわよ!」


「いやぁ、警戒させてしまったのなら済まない。部下の前では部隊長としての威厳というものがあってな……おや?」


 エリザベスが腰に下げている短銃が目に留まるフレデリカ。


「売らないで居てくれたとは嬉しいな。義理堅い商人……いや、もう軍人か」


 売っても良いと口では言っていたが、やはり彼女にとっては大事な物だった様で、ホッとした表情を見せるフレデリカ。


「この時代にホイールロック・ピストルなんて骨董品を所持しているなんて、何か事情があっての事だと思いましたの。誰かから頂いた物なのではなくって?」


 ピストルを腰から引き抜き、両手でもってフレデリカに差し出す。

 

「その通りだ。これは騎兵中隊長への昇進記念に頂いた物だね」


「まあ、そんな大事な物を……大尉殿にこちらを贈呈した方は、さぞ心優しい御仁だったのでしょうね」


 心優しい御仁、という言葉を聞いたフレデリカは、ふふっと笑いを漏らした。


「パルマ女伯の事を"心優しい御仁"と評する人に会ったのは初めてだな」


「あっ……女伯閣下からの頂き物なんですのねぇ~」


 先程までの女伯の振る舞いを思い返してみても、流石に心優しい御仁とは口が裂けても言えない。


「その顔から察するに、馬車の中で一悶着あったようだな。閣下と話した人は皆、君と同じ様な反応をするんだ」

 

 前言を撤回するのも居心地が悪いので、微妙な笑顔と愛想笑いでやり過ごそうとしたが、彼女には見透かされていた様だ。

 大事なものであるならばと、ピストルをフレデリカに返却しようとしたが、手振りで遠慮されてしまった。

 

「……それほど大事なものを私なんぞに授けたとあっては、女伯閣下がお怒りになりますわよ?残念ながら、わたくしは女伯閣下からあまり好かれていないようですので」

 

「好かれて、ない?」


 キョトンとした顔を見せたかと思えば、エリザベスの背中を軽く叩くフレデリカ。


「閣下は、自分が信頼した人しか馬車に乗せる事を許さないんだ。あの馬車で閣下と二人きりになれるって事は、とても信頼されてるって証拠だよ?」

 

「そう言いましてもね。とても私を好いている様な態度には見えませんでしたけども……」


「まぁ、私が言えた義理じゃないが、閣下は自分の感情を表に出すのを嫌がるからね」


 今夜泊まる予定の宿舎を指差しながら歩き始めるフレデリカと、その後ろを早歩きで追いかけるエリザベス。


「正直、意地っ張りな所とか、人に弱みを見せようとしない所とか……君と閣下の性格は結構似ていると思うぞ?」


「あ、あんな嫌味ったらしい女貴族に似てるだなんて言われるのは心底心外ですわッ!」


 エリザベスの抗議を微笑混じりに受け流しながら、小気味良い半長靴の音を響かせるフレデリカ。この人は何を言われても、飄々と受け流してしまう度量の広さを持っているのだろう。

 自分に向けられる言葉の節々を一々気にしてしまうエリザベスにとって、フレデリカの性格は羨ましい限りだった。


「……そういえば、第二次パルマ会戦で大尉殿が率いる軽騎兵(ハサー)は、同数の重騎兵相手に圧勝したんですのよね?」


 肩で呼吸をしながら、フレデリカの背中に質問を投げかける。身長も歩幅も全く違うせいで、エリザベスは常に早歩きをしないと彼女に追いつけない。


「別に大した事はしてないよ。中隊を二つに分割して、常に一方が追う側、もう一方が追われる側になる様に部隊を動かしたんだ。後は付かず離れずの距離で馬上射撃を浴びせ続けたよ。重騎兵は馬上射撃戦に滅法弱いからね」


 懐からフリントロック・ピストルを取り出し、クルクルと指で回すフレデリカ。


「大尉殿はそんな高度な戦術指揮まで出来ますの!?スゴイですわっ!」


 エリザベスが興奮した様子でフレデリカの周囲をクルッと一周する。


 常に敵と一定の距離を保ち続ける。

 言葉に起こすと簡単に聞こえるが、相手との距離や移動先の予測を行いつつ、味方部隊に的確な移動指示を出し続けなければならない為、部隊長に掛かる負担は想像以上のものになる。加えて騎兵同士の戦闘は、歩兵同士のそれと比べて戦局が読み辛い。

 フレデリカは目まぐるしく変わる戦局を常に把握しながら、部下の騎兵達を十全に指揮し続けたのである。しかも分割した二部隊を同時に指揮するという大変困難な状況だったのにも関わらず、である。


「未来の軍団長殿にお褒め頂けるとは、大変恐縮だな」


 自分の夢をからかっている様にも聞こえたが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


「一体どんな訓練をしたら、そこまでの指揮能力を身に付けることが出来ますの?是非教えて欲しいですわ!」


 エリザベスが自分に追いつこうと必死に早歩きをしている事に気づき、歩くスピードを少し落とすフレデリカ。


「う〜ん、そうだねぇ……確かに君の言う通り訓練も大事だけど、やっぱり部下の気持だったり、性格を知る事の方が大事かな」


「ぶ、部下の気持ち?」


 具体的な訓練方法を聞けると思っていた矢先、やけに抽象的なアドバイスをもらい、肩透かしを食らった気分になる。


「そう、部下の気持ち。例えばそうだね……先ずは仲間の砲兵達の名前を覚える所から始めてみたらどうかな?」


「な、名前ぇ?」


 素っ頓狂な声を上げるエリザベス。

 臨時カノン砲兵団には七十名もの砲兵が所属しているのだ。その全員の名前を覚えるのは、何とも骨が折れる作業だ。


「ふふっ、心底面倒臭いといった顔だね。君は閣下と違って感情が表に出やすいから、分かりやすくて助かるよ」


「むぅ……見習い商人時代からよく言われましたわ」


 感情をすぐ表に出してしまう商人など、大成するはずも無い。私が商人になりたくない理由の一つでもある。


「まぁ要するに、自分の部下はどんな人達なのか、それを知るところから部隊指揮は始まるんだ。具体的な戦術知識は後から学ぶ形でも十分間に合うと思うよ?」


 そう言いながら、宿舎の一室にエリザベスを案内するフレデリカ。


「警護任務は我々に任せて、今日の所は早めに休むと良い」


 ごきげんよう!と言葉を残しながら扉を閉めると、フレデリカは足早に宿舎を去って行った。

 エリザベスは、彼女が響かせる半長靴の音が聞こえなくなるまで、何の気無しに扉口を見つめていた。


「みんなの名前ねぇ」


 寝袋よりは幾分上等なベッドに横たわると、枕に顔を埋めるエリザベス。


「そういえば、エレンは人の名前を覚えるのが得意だったわね……」


 正直なところ、人の名前を覚える事と部隊の指揮力向上の間には、何の因果関係も無い様に思える。

 それでも試しにやってみようかと思えるのは、自分がフレデリカに憧れの気持ちを抱いているからなのだろう。


「……帰ったら、エレンに名前を覚えるコツでも聞いてみようかしら」

 

 窓から差し込む西日に妙な寂寥感を覚えながら、エリザベスは眠りについた。


ストックが切れるまでは隔日投稿致します

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