マネマネカエル
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、モノマネうまいなこの人! あの声優さん、そっくりだあ。
若いキャラを担当することあるけれど、実際あの声優さん、ずいぶんなお歳だったと記憶している。
その人でなくなったとたん、キャラが崩れると心配する声はよく聞くしなあ。新しい人を新しい声として出迎えるのに、抵抗もあるだろう。
俺としてはできる限りそっくりな人に担当してもらいたいが、芸人さんに後をお任せするってどうなんだろ? 声優としての訓練、積んでいる人ばかりじゃないだろうしな。
名台詞だけ再現できても、そのキャラを保ったままで、シャウトとか日常の世間話とかできないんじゃ、やっぱり違和感ありありになりそうな。
真似をすること。それは子供のころから親しまれる遊びのひとつだ。
「先達はあらまほしきことなり」という考えも、真似をすることで恥かいたり、損をつかんだりしないための希望も含んでいるんじゃなかろうか。
だが、時には真似を控えた方がいいことがあるかもしれんぞ。
俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?
俺にはひとつ違いの弟がいて、小学校の低学年あたりまで一緒の部屋で寝起きしていた。
当時の学校でも、モノマネ遊びが流行っていてな。俺も弟も、クラスで催される自主モノマネ大会に参加していたもんだ。
いろいろな動物と、鉄道関連の音がメインだったが、弟は中でもトノサマガエルの真似がうまかった。
トノサマガエルのモノマネは、だいたい口に手をあてて行う。軽くにぎった手をくっつけて、親指と他の指たちの間にできた空間目がけて、リップロールをする感覚で息を吹き込むらしいんだが、こいつが難しい。
俺、リップロールって全然できない派だからな。いかにも「人間な」なまりというか響きというか、妙な音が混じってカエルとは程遠いんだわ。
だがあいつは、口にあてる手ばかりじゃなく、空いているもう片方の手を添えて、閉じたり開いたりすることで、音の高低や強弱を調整できているようだった。
この域に達している奴は、学校にもそうそういない。弟にとってもそれが自慢のタネになっていたようで、モノマネ大会でなくても、スキさえあればカエルの真似ばっかしてた記憶があるな。
その夜も、部屋で二人きりになった時も、弟はカエルの鳴きまねをしてきた。
弟と同じクラスのみんながどう思っていたかは知らないが、家に帰れば毎日のように聞かされる兄弟の身としては、うっとおしいことこの上ない。
「さっさと寝ろ」と、ちょっとばかし口げんかになってさ。半分ふて寝する形で、耳塞ぎながら布団の中に潜り込んで、とっとと寝ようとしたのさ。
しばらく静かな時間が過ぎるが、それが夢だったか現実だったか。
ググッ……ググッ……。
押し殺すように思えて、その実、大きい。トノサマガエルのような声が、耳に飛び込んできた。
――あいつ、あれほど言ったのに、まだやってやがる。
今度こそとっちめてやろうと、俺は布団を蹴上げて、隣の布団を見る。
弟は、そこにいなかった。掛け布団を半分ほどめくりあげ、敷布団のシーツはそれなりに乱れている。寝苦しくなって、途中で起きたように思えたな。
確かに部屋の中で響いたと思う、声の近さだったのに。
いちおう、スリッパを履いて家の中をめぐるも、トイレや浴室をはじめとしたどの部屋にも弟の姿がない。ただ、玄関の明かりをつけてみると、弟の履いている靴だけが消えている。そして玄関の戸も、鍵が開いていたんだ。
俺の家は、出てすぐのところにコンビニが複数あるような立地。買い物にいったのかもしれないが、状況を見る限り、少し腑に落ちない。
玄関口から外に出ていく靴跡。それがぐっしょりと濡れていて、いまだ乾いていないのさ。
足裏にめいっぱい汗をかいても、こうは行かない。せいぜい水たまりを踏んだかしたくらいだろうが、今日は雨どころか雲の気配もない快晴だった。
そもそも、家を出る時からこの有様とか、自ら濡らしていったとしか思えない。
くさい、と思った時には、俺はもう靴を履いていた。
道路にも、靴跡が渇くことなく残っている。さっきまで暗い家の中を見ていたし、暗闇の中で見分けるのは苦じゃない。
電信柱に取り付けられた街灯にも照らされ、足跡が見間違いでないことも確認。追っていくうちに、やがて道は主要な道路を外れて、いまだ残る田園地帯へ向かっていく。
ゲレレレレ……。
先とは違うが、やはりトノサマガエルが出す声のひとつ。いよいよ真新しい湿り気を帯びていく足跡は、とある田んぼのあぜ道へ入り込む。
土の上では、先ほどまでのアスファルトほど、濡れた足跡が目立たない。まだ水の張る田んぼの中、ときおり漏れる声を頼りになお歩を進める俺は、やがてそれが、唐突に途切れた。
代わりに飛び込んでくるのは、水音。
ざばざばと、やみくもに水をかく音が、やかましく耳を打つ。さほど離れた場所じゃない。さっと首をめぐらせた俺は、ぎょっとしてある一点にくぎ付けになってしまう。
カエルの山、としかいえなかった。
あぜ道より低い、水の張った田んぼの中から、俺の腰くらいの高さまで。
うず高く積もっているのは、重なりに重なった無数のカエルたちだったんだ。
数百、いや千を超えるか。ひと目で数える気すら失せるほど、彼らは身を寄せ合っているばかりか、まだ足りないとばかりに、その山すそへ新しく飛びつき、なお頂を目指す新参者が飛び込んでくる。
水音はそのふもとから立っていた。カエルたちは飛びつき、登る動作しかせず、下へ行くほど不動を保つ。なのに、水に隠された根っこからは、あぶくを伴ったしぶきがしきりに飛び散っていた。
すぐ俺は手近な枝を拾い、カエルの山のあちらこちらを打ち据える。
やみくもに三回ほど叩くと、カエルたちはわっと、逃げ散っていく。いくら身を固めても、人の図体から繰り出される殴打は、かなりこたえただろう。
散り散りになった山の跡。水の中からぷかりと、背中から浮かんできたのは、寝間着を来たままの弟の姿だったんだ。
窒息寸前だったのをどうにか助け起こすも、弟はしばらく、まともに声を出すことができず、会話がままならない。
とりあえずその日は休ませたが、翌日もうまく声が出せずにいた。親が病院に連れて行ったところ、声帯結節だと診断された。
小さい男の子にはよくあることで、最近、変な声の出し方をしませんでしたか、とお医者さんに言われ、思い当たる節がありすぎたらしい。もちろん、俺はそればかりじゃないと思ったが。
それからしばらくの間、学校では奇妙なウワサが立った。
件の田んぼのまわりで見る、おたまじゃくしたち。
それに生えてくる足が、「く」の字に曲がる三本指じゃなく、まるで人間のように、まっすぐ突っ張った五本指のものが混じっていたというんだよ。




