家出少女
エマは窓辺から離れてバッグを開けると、便箋と万年筆を取り出した。
毎週末、彼女は家族に手紙を書く。スコットランド支部にいたときは毎週末実家に帰ることができたが、ヴァンピールにされたこの一年は実家に帰ることもままならなかった。その代わりに、彼女は日々の出来事を細かく手紙に書いて母と妹に送ることにしていた。
ドイツに入ってからはまだ一度も手紙を書けていなかったが、きっと二人はエマから届く手紙を今か今かと待っているだろう。寒さでいまだにかじかんでいる指先を擦り合わせながら、エマは万年筆の筆をとった。
そのとき、元気良くドアがノックされ、アンバーがトレイに食事を乗せて持って部屋に入ってきた。
「お待たせしました。本日はマッシュポテトとチキンですよ!」
「あ、ありがとう」
エマは慌てて机の上の便箋を端に押しやった。
アンバーはニコニコしながら、テーブルの上の便箋に目を留めた。
「あら、お手紙を書くところだったんですね。お邪魔をしてしまい、失礼いたしました」
「いえ、大丈夫です。それにしても、ドイツの冬は寒いんですね……」
「今年は特に寒いんですよ。雪の降り始めも早くて。ハンター様はこの一年パレルモにいらしたんですよね?あの辺りは冬も暖かいですから、ドイツにいらして驚いたでしょう」
アンバーはくすくす笑いながら、机の上に皿やカトラリーを広げる。エマはアンバーの人懐っこい笑顔につられ、思わず笑顔になった。エマの妹よりもさらに年下だろうと思われるアンバーは、まだ少女の面影を強く残している。
「アンバーさんはいくつなんですか?」
アンバーは小さく上品なお辞儀をしながら答えた。
「今年12になりました」
「じゃあ私の妹の3つ下か……。いつからここで働いてるんですか?」
「2年ほど前からこちらでお世話になっております」
「そんなに幼い頃から……。それじゃあ、あなたもご両親を亡くして……?」
「ラミアの愛し子」には多くの幼い子供達がいる。そのほとんどが孤児であることを知っていたエマは、アンバーの過去を想像して暗い気持ちになった。
しかしアンバーはけろっとした顔で答える。
「いえ、両親は生きています。ただ、私は両親とは不仲でして、家出をしたんです」
「家出!?」
「はい。それで『ラミアの愛し子』に。ここに来て、やっと本当の人生を歩むことができるようになりました」
「そ、そうなんですね……」
家族との絆に対して疑問を抱いたことのないエマからすれば、アンバーの答えはいまいち理解できなかった。それでも、アンバーが無邪気に笑うのを見て、エマは色々な感情を押し殺しながら無難な相槌を打った。
「さて、それでは私はこれで失礼いたします。食事が終わったら空いたお皿を外に出しておいていただけますか?また何か用事があればお声がけください」
アンバーはそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。
その姿を見送ってから、エマは机の上に置かれた食事をじっと見下ろす。
ーーー一年前までは、私が作る側だったのに……
深いため息が勝手にもれていく。
望んだ人生を歩むことがどれだけ難しいことなのかはよくわかっている。それでもまさかこんな人生を歩む羽目になるとは。
エマは湯気が立ち上る皿の上の肉を見つめたまま、拳を握りしめた。