事件
エマが苦い顔をしたのを見て、ゲルハルトは肩をすくめた。
「何の因果か……料理人として『ラミアの愛し子』に入団した君が『ナイト』になるとはね」
エマは何も言えず、ただ黙ってうなずいた。
ゲルハルトは慈しむような笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。
「君は今回の任務が訓練後初めてと聞いたから、『ラミアの愛し子』の中で最も力のある者をつけることにしたよ。このユリウス・ヴォルフという男だ」
エマは再び小さくうなずき、恐る恐るユリウスの方を見た。
「一度スコットランド支部で見かけたことがあります。任務で立ち寄られたみたいで。そのとき僕はコックだったので、直接話したりはしませんでしたが……」
ユリウスは眉をしかめた。
「はあ?そんなことあったかぁ?」
ゲルハルトは苦笑いしながら続ける。
「まあ、一度も見かけたことがないよりは心強いだろう。それに、今回は白雪も一緒に任務に当たってもらう。白雪はハンター君と歳が近いし、話も合うだろう」
「あ、ありがとうございます」
「さて、早速だけど任務の話をしてもいいかな?」
ゲルハルトは言葉を切ると、三人に資料を渡した。
「今回君たちに行ってもらうのは、南部のヴィースブルクという街だ。最近若い女性の行方不明事件が相次いでいるので、これを調査してもらいたい」
「調査は俺たちの仕事じゃねえぞ」
ぶっきらぼうなユリウスの口調を気に留めることもなく、ゲルハルトは言葉を続ける。
「これまでは行方不明事件だったので、ただの人買いである可能性も否めなかった。しかし、とうとう先日、死体が発見された。体中の血を抜かれた状態で、森の中に捨てられていたそうだ。首には牙の痕。ほぼ決まりだろう。」
エマは暗い森の中に転がる血の気のない死体をを想像し、思わず身震いした。
一方のユリウスは面倒臭そうにため息をついた。彼にとっては死人など日常の一場面に過ぎない。
「もう少し確度の高い情報はないのか?その一件だけだと、吸血鬼騒動を隠れ蓑にしたただの殺人事件かもしれないだろう」
「無論、すでに『シーカー』を数人送っている。まあ、領主であるノスフェラト伯爵は代々『ラミアの愛し子』に惜しみない寄付をしてきた家だ。上も無下にすることができないんだよ」
苦笑いをしたゲルハルトは、エマと白雪の方に視線を送りながら言った。
「そういうわけだから、明日の朝一番に発ってもらう。細かいことはその資料の中にあるから、あとで確認しておいてくれ。何か質問は?」
白雪は首を横に振ってから、エマの方に視線を送った。エマは何か言うべきなのか迷ったが、結局言葉が見つからずに黙り込んだ。
誰も質問してこないことを確かめたゲルハルトは、おざなりな十字を切り、どこか投げやりに「神のご加護があらんことを」と言うと四人を部屋の外へと送り出した。