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ラミアの柘榴  作者: 青井藻々
第1章 半人前のヴァンピール
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支部長

 白雪とユリウスに連れられ、エマはようやく「ラミアの愛し子」ドイツ支部が置かれているケルン大聖堂へとたどり着くことができた。遠目で見てもその異様なほどの大きさは理解していたが、改めて間近で見ると、それはもう怪物のような迫力がある。


「わあ……こんなに大きいとは……」


 あまりに巨大な物というのは、人間から思考力を奪っていく。どんな感想を抱くのが正解なのかもわからず、エマは天高く伸びる二つの尖塔を見上げて、困惑の表情を浮かべることしかできなかった。


 そのせいか、彼は背後から近づいてくる少女に気がつかなかった。


「あの……」


「わあ!?」


 思わぬところから聞こえた声に驚いてエマは飛び退く。それを見て、声をかけた少女もつられて飛び退いた。


 まるで猫のような身のこなしの少女は、気を取り直して乱れた前髪を手ぐしで直すと、エマの顔をじっと見つめて尋ねる。


「あの、あなたがエマ・ハンター様ですね?」


「あ、はい、そうですが……あなたは?」


 エマが聞き返すと、少女は安堵したような表情になった。


「『パイロット」のアンバー・ホープです。お待ちしていました、ハンター様。ユリウス様と白雪様とご一緒でしたか」


 アンバーと名乗った少女は人懐っこい笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げる。

 彼女は長い銀髪を頭の高い位置で二つに結って、ベルベットのドレスを身にまとい、人形のような容姿をしていた。幼いながら人間離れした整った顔立ちは、同性でありながらつい見惚れてしまう魅力を持っている。


ーーー「パイロット」……たしか『ナイト』付きの雑用役だったっけ


 エマは本部で聞いた職種を思い出しながら、改めてアンバーの背中を追いかける。アンバーはウエストに巻いたリボンを猫の尻尾のように揺らしながら、軽い足取りで重々しい大聖堂の扉を開けた。


「支部長のもとへご案内いたします。こちらへどうぞ」


 アンバーに促され、エマたちは聖堂の中へと足を進めた。ヨーロッパでも指折りの大きさを誇る大聖堂は、噂に違わぬ見事な作りをしている。高い天井も、まっすぐ伸びた身廊も、豪奢なステンドグラスも、あまりに荘厳でエマは思わず呟いてしまう。


「すごい……噂には聞いていたけど、ここまで立派とは……」


 アンバーはくすくす笑いながら頷く。


「完成まで600年もかけたんですもの、立派じゃないと困ります。そうそう、何年か前になんとかっていう王様が寄進したステンドグラスが名物なんですよ」


 アンバーは振り向きざまにステンドグラスの一部を指差した。エマは目を懲らそうとしたが、それよりも先にアンバーが柱の影にある扉に手をかけ、「こちらへ」と促す。


 あとで名物だというステンドグラスを見ようと心に決めながら、エマはアンバーの後に続いて螺旋状の階段を降りていった。どれくらい降りているのかはわからないが、だんだん空気が冷たく重くなっていく。階段を降りきった後に続く長い廊下も、同じように薄暗く、やけに足音が響いた。


 幽霊でも出てきそうな雰囲気にエマがビクついていたが、アンバーに続いて歩いていくと、やがて一つの扉が現れた。アンバーがその扉を慣れた手つきで開け、猫が狭い隙間をすり抜けるような身のこなしで部屋の中へと入っていくので、エマも緊張を押し隠し、部屋の中に一歩踏み出す。




 部屋の壁は一面本棚で覆われていて、部屋の中心には書見台と書き物机が並んでいる。どうやらここはかつて写経室だったらしく、インクの匂いと古い紙の匂いで満たされていた。


 エマが落ち着かなく部屋を見回していると、本棚の一台がくるりと回転し、その向こうから一人の男が顔を覗かせた。


「失礼、待たせてしまったかな?君がエマ・ハンター君だね?おや、ユリウスと白雪も一緒だったか」


 思わぬところから突然現れた男の姿に、エマはまたしても声をあげそうになった。アンバーがその男の方に駆け出さなければ、おそらく情けない悲鳴をあげていただろう。


 アンバーは所々に白いものが混じる褐色の髪をぴったりと撫で付けた男の方を笑顔で見上げてから、エマに言った。


「ハンター様、こちらがドイツ支部長のゲルハルト・マウアー様です。支部長、こちらがエマ・ハンター様です」


 アンバーに紹介された男は笑顔を浮かべ、書き物机の一つに腰かけてからエマに手を差し出した。少し足を引きずる癖があるらしく、端正な顔立ちと比べてぎこちない歩き方が目につく。しかし声は温かく、人好きのする優しい眼差しの持ち主だ。


「ようこそ、ケルンへ。この国は初めてかい?」


 エマは差し出された手を握りながら小さくうなずいた。


「はい。はじめまして、エマ・ハンターです」


「君の噂はスコットランド支部長から聞いてるよ。よく働く真面目な料理人だったって」


「そうですか……」

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