異世界の事情
その後、秋夜がリリスにお茶とせんべいをせっせと消費させつつ聞きだした情報を、秋夜は自分の頭の中でまとめ直す羽目になった。
と言うのもリリスはリリスなりに一生懸命説明しようとしてくれてはいたのだが、その説明はの仕方はあまり上手なものではなく、話が前後したり、脱線したりすることがしばしばあったためである。
それでも秋夜が聞き直せば面倒がることなく丁寧に説明しなおしてくれたので、時間はかかったものの秋夜は大体のリリス側の事情というものを把握することができた。
まず、リリスが所属していると言っている世界安定機関とは、元々は世界規模の天災や人災等に対して国家という壁を越えて協力しあうために創設された組織、というものだったらしい。
らしい、というのはこの組織が発足してから既にかなり長い年月が経過してしまっていて、発足当時の記録というものがその年月の間に紛失してしまったり、処分されてしまっていたりで、結果として発足当時の確たる情報というものがなくなってしまっているからだ。
「適当だな……」
「千年も前のこと。仕方ない部分が多々あると思う」
「まぁ千年前の話じゃ仕方ないか」
この機関が発足した当時、これに参加した国家は四つ。
ここから国が滅亡したり、新しい国が興って参加してきたりと色々なことがあって、現在の十二ヶ国と八部族という規模になった。
「組織自体が千年も続いてるだけすごいことか」
「創立から所属し続けている国家は一つだけ。ただそこの国も国としては存続してきたものの、頭は結構すげ替わってる」
「なるほどな。それでその安定機関とやらはなんでまたその……異世……じゃなくて他の世界の住人なんかに助力を求めるんだ?」
途中で軽く口ごもったものの、秋夜はリリスに疑問を投げかける。
我々の世界を守るぞと、立ち上げた組織というものが他の世界の存在の力を借りようとするのは納得しかねるものがあると秋夜は思う。
自分達の手に負えないことが起きたのだとしても、それはリリス達の世界の住人がどうにかするべき問題であって、他所の世界の住人を巻き込むような話ではないはずだからだ。
まさに自分のケツは自分で拭けというやつなのだが、そこまで考えた秋夜はふと嫌な予感を覚えて身を震わせた。
この理屈は問題の原因がリリスの世界側にある場合のみ、正論として通じる。
ではリリス達の世界が他の世界の住人に問題の解決を依頼、または解決の助力を持ち掛けることが正論として通用する状態が存在しないのかと考えれば、実はそれは存在するのだ。
それはリリスの達の世界の安寧というものが、秋夜達の世界に原因がある何かによって脅かされているという場合である。
この場合ならば、リリス達が秋夜達の世界の住人に解決の依頼をするなり、助力を依頼するなりしたところでお門違いだと責められるいわれはない。
ただ仮にそう言った状態になっているのだとしても、秋夜自身がリリス達の世界に何かをしたというわけではないはずなので、強制的あるいは奉仕的に何かをやらされるいわれや覚えはないはずだった。
「元々私達は私達の世界における要因から発生した混乱に対処していた。そして対処し続けているのだと思い込んできた。それが違うとわかったのがつい最近。原因は多分、この世界」
「多分なのか?」
世界を渡ってまで別の世界の住人に助力を求めるくらいなのだから、よほどしっかりとした理由の上で行動しているものだと思った秋夜なのだが、リリスの反応から窺い知れる状態はそれほど確固としたもののようには見えない。
秋夜の問いかけに、リリスは渋い顔をする。
「絶対とは言い切れない。少なくとも私には無理。今回の件は私の上司の発案」
「何があったってんだ?」
「異世界から異世界の知識や思想を持ち、特別な技能を備えた魂が最低でも数百。多い場合は数千程、私達の世界に流入したと見られてる」
それは大事だろうかと、秋夜は考えながらリリスの姿を見る。
リリスの格好は、いわゆるファンタジー系の創作物に出てくるキャラクターのようないでたちだ。
そしてリリスは秋夜に対し、傷や衣服の損傷を何か言葉を発するだけで治してしまっている。
この二点から、リリスのいる世界というものは自分達の世界では一般的に剣と魔法の世界と呼ばれるような世界なのではないか、と秋夜は推測した。
この推測が正しかった場合、そんな世界に今の秋夜の世界に住む者が数百人から数千人も流入してしまったらどうなるのか。
「一見大変なことになりそうに見えて……実際は人口との比率を考えるとそう大したことにならずに済むんじゃないのか?」
リリスの世界の総人口というものを知る由もない秋夜ではあるのだが、どれほど少なかったとしても億を下回ることはないだろうと思われた。
いくら進んだ考え方や思想があったとしても、それだけで世界に影響を及ぼすことは非常に難しい。
いつの時代も、どこの世界においても物を言うのは数だからだ。
秋夜がそうリリスに告げると、その点に関して異論はなかったらしく、リリスは一度は頷いてみせた。
「何もなければ確かにそう。多少のイレギュラー程度であれば数の暴力で潰せる」
「そうならない何らかの理由がある?」
「まさにその通り。秋夜は話が早くて助かる。好感度にもう一点足しておく」
「そりゃどうも。それでその理由ってのは?」
「先程述べた。こちらに流入するそちらの魂には特別な技能というものがくっついてくる。これが厄介」
リリスの言葉に対し、秋夜の脳裏に真っ先に浮かんだのは、昨今創作小説の設定の中で結構よく使われているもの。
いわゆるチート技能というものであった。
その入手方法は作品によって様々ではあるのだが、共通して言えることはその技能を一つ持っているだけで、世界の均衡を脅かしかねないほどに強力な力を振るうことができてしまうということである。
「とにかく厄介。それさえなければ対応できるのに」
「どういう理屈でそんな技能がもらえるんだかな。やっぱり定番の神様が何かの手違いでくれたりするのか?」
「秋夜。あれが仮に神様からの贈り物であるとするならば、さすがに私達も色々と諦めてわざわざ対応しようとは考えない」
それは神と呼ばれる存在に対して歯向かうことになるからと言ったリリスは秋夜に、他の世界から流入してきた者が強力な技能を得てしまうからくりと言うものを説明する。
「えぇっと……私達の世界は秋夜達の世界と比べると、存在に対する拘束力が緩い。こちらの世界の住人が私達の世界へやってくるとその緩んだ分だけ存在の中に空きができる」
「なるほど。その空きの部分に生じるのが技能というわけなんだな?」
「拘束力の強い世界からくるせいか、緩んだ時の反動が大きい。この大きさが強力な技能を生む、らしい」
「なるほどなるほど。ちなみにそんな奴らが入り込んできたっていうのは、何故分かったんだ? まさかそいつらが自分達は異世界から来ましたと吹聴して回ったわけじゃあるまい?」
魂が流入してきた、ということはいわゆる異世界転生という奴だろうと秋夜は思う。
つまり転生していった魂というものは基本的に、存在としてはリリス達の世界の存在になっているはずなのだ。
その場合、元々のリリス達の世界の住人達と見分けがつかないはずである。
ではリリスやその所属している組織というものが、いったいどうやってその数百から数千もの異世界からの転生に気が付いたというのか。
既に何かしらの動きがあり、それによって知ったのであれば、事態は遅きに失しているだろうと秋夜は考える。
一度動き出してしまった時流というものは、生半可なことで止めることはできない。
そんなことを考えていた秋夜にリリスが返した答えは意外なものであった。
「実は分からない」
「ふむ?」
「隠し事をしてるわけじゃない。秋夜が今した質問に対する答えは、私には知らされていない情報。答えることができない」
秋夜からの不信感を買うことを恐れたのか、リリスは少し早口で弁解の言葉を口にしたのだが、秋夜は気にするなとばかりに手を振った。
現場で実際に動く人員に、一から十まですべての情報を渡しておかないということはそれほど珍しいことではない。
知らないことはしゃべれないのだから、という理屈は秋夜にも理解できる。
「推測はできる。組織内ではそれなりに有名な話」
「ほう?」
「世界安定機関の上層部には、なんでも知っている装置がある。多分そこからの情報で動いている」
眉唾物の情報だなと、秋夜は思わず自分の眉に指を当てながら思う。
本当にリリスが言うような装置が存在しているのであれば、問題が生じる前にその問題を回避する方法を提示してくれてもいいはずだからだ。
それがないということは、リリスが言うほどに何でも知っているわけではないか、もしくはそんな装置自体が存在していないかのどちらかだろうと秋夜は思う。
「まさかと思うが、その装置が俺に助力を求めろと言ったとか?」
「違う。その装置はそこまで万能じゃない。何でも知っている装置とは言ったけれど、正しくは何があったかを知っている装置。これから何があるのかまで知っているわけじゃないみたい」
なるほどといちおう秋夜は納得する。
その装置とやらが分かるのは過去から現在までの情報であり、未来については分からないのだとすれば、発生している問題については告知できても、それに対する解決策までは提示できないというのも道理ではあった。
「それじゃ、俺に助力を願えと言ったのはどこの誰なんだ? 生憎と俺に異世界人の知り合いってのはいないはずなんだが」
先程リリスは今回の件は上司の発案であると口にしていた。
おそらくはその上司という人物がリリスに指示を出し、秋夜に近づかせた張本人だろうと推測することはできるのだが、その情報を確定させるためにはやはりリリスあkらの証言が必要となる。
「その答えは同時に、貴方について私に教えてくれた人。そして私をここへと送り込んだ人と同じ人物」
どこの誰なのかは知らないがその誰かというのは秋夜のことを、少なくとも両親がおらず一人暮らしをしているというような個人情報を把握しているというのだ。
そうでなければリリスを自宅に連れてくる時に、余人を交えず二人きりなどという発想は出てこないはずであった。
「肌が褐色で、胸がばいんばいん」
「それ、必要な情報か?」
リリスが自分の胸の前で、両手を使って巨大な双丘を空中に描き出すのを秋夜は思わずジト目で眺めてしまう。
相手は女性らしいという情報は得られたものの、サイズに関する情報はおそらく必要も使い道もない。
「耳がこう……短剣の刃のように長くて尖ってる」
「それはエルフ? ダークエルフって奴か?」
それ程多くなくとも、秋夜とて一介の学生であり、それなりに人並みにはサブカルチャーというものも嗜んでいたりする。
「よかった。エルフで通じる」
「こちら側でも結構誰でも知っている名前だが?」
「実在していないのに誰にでも知られているというのは不思議。でも話が早くて助かる」
確かに非実在の存在でありながら、それなりに広く知れ渡っているというのはすごいことなのかもしれないと思う秋夜へ、リリスは告げた。
「我々の機関の上層部、賢人会というところに所属するダークエルフの一人。ヴェパール老という人物が私の上司」
「老? 老って老人?」
「見た目ぴちぴちむちむちエルフ。御年そろそろ千歳」
微妙な面持ちで語るリリスに、エルフであればそんな紹介のされ方をしてもそれほどおかしくないのかもしれないとやや遅れつつ、理解を示した秋夜であった。
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