襲撃者は説明する
貴方のお暇な五分間、と言いつつ実は一話読むのに十分はかかるのではないかと思われる現実。
ちなみに一話書くのにかかる時間は数時間……
それまでとはうって変わって殊勝な態度となったリリスは一刻も早くとばかりにその場での説明などを希望してきたのだが、これを秋夜が拒否した。
さわりの部分を聞いただけで理解するのに非常に苦労しそうな話を、立ち話で聞き続ける程の気力が、秋夜には残されていなかったからなのだが、それ以外にも刃物を持ったコスプレ風少女にしか見えないリリスを、いかに寂れているとはいえ、公園という公共の空間にさらし続けておくということは非常によくないことのように思えたからだ。
しかしそうなると、リリスから説明を受けるための場というものを用意しなければならない。
この問題に、秋夜は非常に頭を悩ませた。
定番ならば近場のファミレスか喫茶店辺りが無難な選択となるはずなのだが、リリスの外見を考えるととてもこのまま連れていけるとは思えない。
そもそもリリスが持っている剣は、見ればはっきりと刃が入っていることが分かる代物であり、これが人の目に触れるようなことがあれば速攻で通報案件として取り扱われることだろう。
問題なくリリスからの話を聞ける場所というものもあることにはあるのだが、秋夜としてはそこにリリスのような少女を招き入れていいものかどうか、迷うところだった。
「秋夜? 何か迷ってる? やっぱりここで説明する?」
「待て。とりあえずローブを被りなおして剣を回収しておいてくれ」
リリスの格好も、転がっている剣も、いずれも誰かに見られてしまえば騒ぎになることが間違いないであろう代物である。
いくら人気のない寂れた公園であったとしても、いつまでも誰も来ないという保証はどこにもない。
他に選択肢もないのであれば、多少の誤解を受けるかもしれないことは必要経費と覚悟して、さっさと話を進めてしまおうと秋夜は考える。
「回収してきた。移動する?」
「あぁ、悪いが家まで来てもらうぞ」
秋夜の言葉に、ローブを被ったリリスの肩がぴくりと跳ねた。
「家って……秋夜の?」
「この状況じゃそこ以外に落ち着けそうな場所がない」
何かしらのやましいことを考えていたわけではないのだが、改めて確認されてしまうとなぜかしら少しばかりの気恥ずかしさを感じる。
努めて平静見えるように心がけつつ、なんでもないことのように秋夜が答えるとリリスは俯き加減でしばらく何事か呟いていたが、やがて顔を上げるとフードの中から秋夜の顔をまっすぐに見た。
「分かった。覚悟を決める」
「何の覚悟だ、何の!?」
「若い男女が一つ屋根の下。余人を交えずの状態で間違いの一つや二つ、起きるのは仕方のないこと。だから……」
「ちょっと待て」
秋夜はリリスの言葉を途中で止めた。
制されるまま素直に口を閉ざしたリリスに対し、秋夜は自分の眉間の辺りを指で揉みながら尋ねる。
「余人を交えず、といったな?」
「一人暮らしであると事前に知っていた。何故知っていたかについては説明する」
「いちおう確認する。お前、ストーカーの類だったりしないよな?」
リリスがストーカーだった場合、自宅に連れていくというのは非常にリスクの高い行為になる。
自分が一人暮らしであることが知られているところからして、自宅の場所などがもう割れており、手遅れな状態なのだとしても家に上げなければまだ被害を防ぐ手はあるかもしれないからだ。
「秋夜。自分がストカー被害に遭うかもしれないと考えるとか、ちょっと自意識過剰」
「うるせぇよ!?」
「心配しなくとも私は慎みのある女。私から間違いなど冒さない。あるとすれば秋夜の方。その場合は今回のお詫びも兼ねて受け入れるから大丈夫」
「何も大丈夫じゃねぇよ!?」
そちらこそ自意識過剰なのではないかと言い返してやろうかと思った秋夜だったが、リリスの顔を見て言いかけた言葉をそっと呑み込んだ。
平凡な顔立ちという言葉をそのまま映像にしたような秋夜に対し、リリスは女優やモデルだと名乗られても誰もが納得しそうな顔立ちである。
どちらがより身の危険というものを感じなければならないかと世に問えば、圧倒的多数がリリスの方を支持するであろうことは明白であり、そんなことが理解できないような秋夜ではなかった。
「世の中って不条理だよな」
「よく分からないけれど、移動するなら早くしよう。日が落ちるとすぐ寒くなる」
リリスの言い分はもっともなものであった。
しかし、秋夜としては幾分釈然としないものを感じてしまう。
だがこの釈然としない気持ちがすっきりと解消されることはなさそうだと考えた秋夜は、仕方のないことなのだとかなり強引に自分に言い聞かせてから、リリスを連れて公園から出ることにした。
暗い路地などを頭から足の先までをローブとフードで覆い隠したリリスを連れて歩く様子は誰の目から見ても怪しすぎる光景であったのだが、秋夜にとって幸運なことに人気のない公園から自宅までの道のりで誰とも出会うことはなかったのである。
「ここが秋夜の家?」
移動することしばし。
やがて立ち止まった場所でリリスが秋夜にそう尋ね、秋夜が頷く。
二人の目の前にあるのは、こじんまりとした古びた一軒家だった。
あまり手入れがされているようには見えないその家の玄関を、秋夜はポケットから取り出した鍵で開ける。
「俺が一人で管理しているからな。外観まで手が回らねぇんだ。中はきちんと掃除してあるから心配するな」
「特に心配はしていない」
汚くはしていないつもりではあるが、胸を張ってキレイであるとも言い難い自宅に異性を立ち入らせることに、いくらかの気恥ずかしさを感じる秋夜だった。
しかしリリスはさして気にする様子もなく、玄関で履いていたブーツを脱ぐとローブも脱ぎ去り、先に家の中に入っていた秋夜が電灯を点けて回ってから戻ってくるのを待って、腰に身に着けていた長剣と、それをつるす剣帯とを指し示して尋ねる。
「外しておく?」
「切りかかってきたりしないなら、好きにしてくれていい」
外して預けられたところで、置いておく場所もないしなという言葉を秋夜は胸の内に止めておいた。
秋夜の答えにリリスは少し考えるような素振りを見せた後、帯剣したままの状態を選んだ。
武器を手放さなかったということは、何だかんだと言ってはみても、それなりに警戒されているのだろうなと秋夜は内心で思いつつ、リリスを居間へと通す。
居間にあるのは座椅子と背の低いテーブル。
そして部屋の隅にあるテレビ台とテレビくらいだった。
あまり家の中に調度の類を持っていない秋夜だったのだが、いちおう座椅子は二つあり、片方をリリスに勧めてからお茶の用意をするために台所へと移動。
日頃、人が来訪することがほとんどないせいで茶菓子の買い置きなどあるわけもなく、それでも何もないのは寂しかろうと棚などを漁ってみると、運よくまだ封を切っていないせんべいの袋を発見したので、いちおう賞味期限を確認し、問題がないことを見て取ってから封を切り、中身を皿に盛ってから急須や湯飲みと一緒にお盆に載せて居間へと戻る。
居間でおとなしく待っていたリリスは、座椅子の上でいわゆる体育座りをしていた。
その体勢だと、お茶を飲むにもせんべいを摘まむにも少々大変なのではないかと秋夜は思うが、慣れていないであろう相手に正座やあぐらを勧めるのは幾分気の引ける話である。
体勢が辛ければ勝手に崩すだろうと考えながら、秋夜は湯飲みに茶を注ぎ、その湯飲みをリリスへと渡す。
中身は緑茶なのだが、リリスの口に合うかどうか、秋夜には分からない。
せんべいは食べたければ勝手に取るだろうと、テーブルの上に適当に置く。
「それでえぇっと……なんだっけ?」
自分の湯飲みに茶を注いでから、秋夜はリリスとテーブルを挟んで向かい合うyほうに座椅子に座り込んだ。
当然のように秋夜の方はあぐらをかく。
客を相手にする場合ならば、少しばかり礼儀がなっていない態度だが、リリスを客として扱うべきなのかどうなのか、秋夜の中でははっきりとした答えが出ていない。
とりあえず剣で切りかかってきた相手なのだから、畏まる必要はないだろうとだけ考えている。
「説明をする。でも何から説明していいやらちょっと分からない」
「あぁそうだな。しかし俺も何から聞いていいものやら……」
「それなら思いつくままに私から説明してみる。秋夜はより詳しい説明が必要だと思った時に言ってくれればいい」
リリスの申し出は秋夜にとってはありがたいものだった。
何から聞いていけば、自分が置かれている状況というものを理解できるのか、考えもつかない秋夜からしてみれば、情報を垂れ流しにするような説明であったとしても、そこから理解や疑問のとっかかりを得ることができるのではないかと思われたからだ。
「では。まず私の名前はリリス・リィル・ルヴァリエという。年齢は十八歳。見ての通りの乙女。スリーサイズは国家機密レベルのシークレット」
出だしから何かしら不安になるリリスの説明であったが、秋夜はそれを黙殺した。
下手に突っ込みをいれてみても何一つ利益を得られるとは思えず、却って単に厄介なことになりそうな予感がしたためである。
「秋夜の反応が悪い」
「俺は質問してねぇぞ。説明を続けろ」
秋夜の反応にリリスは少し頬を膨らませて不満の意を示したのだが、秋夜が完全に黙殺するつもりなのを見て取るとすぐに諦めて話を続けた。
「所属は世界安定機関。これは私達の世界を守るために複数の国家によって編成された超法規的組織の名称。現在は十二の国家と八つの部族によって運営されている」
「聞いたことねぇぞ?」
超法規的などという物騒な言葉がくっついている以上、そんな組織がそう簡単に誰もが知るような代物ではないということは容易に想像がつく。
しかしながらなんでもかんでも情報が暴かれ、軒並みネット上にアップされるような現在において、実在するものの情報が全く流れてこないようなことがありえるのだろうかと秋夜は首を傾げた。
「聞いたことがなくて当然。だって、この世界には存在していない」
「なんだと?」
確かに自分の耳で聞きはしたものの、その内容が全く信じられない秋夜にリリスはどこか得意げな顔になると、ややぽかんとしてしまった秋夜に堂々と告げる。
「私はここではない世界から来た。理由は不安定な状態になりつつある私達の世界を守るため。そのために貴方の助力を得るというのが私の任務」
「えっと?」
「何故貴方の助力が必要なのかは不明。私も聞かされていない」
「いい加減だな」
「半分くらいきっと上司の無茶ぶり。本当に勘弁してほしいけど、これも哀しい宮仕えの定め。命じられたら従わざるを得ない私を哀れと思って、同行してほしい」
「その説得で首を縦に振る奴がいたら、相当なお人好しか馬鹿のどっちかだぞ?」
「同意する。私と貴方とで意見の一致を見たことは喜ばしい。好感度にプラス一」
「ゲームか。まさかそちらの世界とやらはステータスと唱えると自分の能力値とかが見えたりするんじゃなかろうな?」
「人の能力の数値化とかナンセンス。笑い話にもならない」
気怠そうにそう言いながらお茶に口をつけているリリスに、秋夜はお茶のおかわりが必要かを尋ねながら、先を促すのであった。
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