襲撃者はファンタジー
誤字脱字のご指摘はいつでも歓迎。
狗霊亭さん、そっち方面には全く自信がございません。
チェックはしているはずなのに、何故ボクの目をすり抜ける……
ローブ姿の人物の狙いは秋夜の肩であった。
ここにやや強めに突きを入れ、そこそこの深さの傷を負わせるつもりだったのである。
かなり痛いであろうし、血も相当に出るはずではあるのだが、即死するようなダメージにはならないはずの場所であり、傷も後できちんと治すアテがあったのだ。
攻撃速度は本気とまでは行かずとも、それなりに気合を入れた。
おそらく秋夜は、ろくな反応もできないままに肩を貫かれ、地に伏すことになるだろう。
そう確信して放った一撃は、ローブ姿の人物が確信していたような手ごたえを剣を通じてその手に伝えてくるようなことはなかった。
「え?」
間の抜けた声を挙げつつ理解した状況は、自分が放った突きが秋夜によって回避されたということ。
そしてほんのわずかな時間ではあったが剣を持つ手の手首になにかとんでもない圧力がかけられたらしいということ。
最後に、いつの間にやら自分にとっての天と地とが逆転してしまっているという信じがたい事実であった。
もちろん、天地が唐突に逆になることなどあるわけがない。
逆転しているのは天地ではなく自分の体であり、つまりは何らかの方法によって自分の体が縦方向に半回転させられていたということであった。
握っていた剣はどこかにすっぽ抜けてしまっており、慌てたところで視界の中に飛び込んできたのは、おそらく秋夜の物だと思われる靴の底。
踏み潰すつもりなのだととっさに両腕を顔の前に交差させ、ぎゅっと目をつむった途端に両腕に強い衝撃を受けた。
何が起きたのかと自問しつつ、体を丸めて可能な限り受けるダメージを少なくしようと試みたローブ姿の人物は、自分の体が地面の上を激しく転がるのを感じながら、どうにか体勢を立て直そうとする。
「痛ってぇっ!!」
ガードが間に合ったおかげなのか、それとも秋夜がそれほど強く蹴らなかったのか。
いずれにしても体に受けたダメージは精神に受けた衝撃程には強いものではなかった。
これならばまだ動けると、ローブの裾を乱しつつも立ち上がったところで、耳に飛び込んできたのは秋夜の苦痛の叫び声である。
まさか自分の手からすっぽ抜けていった剣が、何かしらの不幸な巡り合わせによって秋夜の体に突き刺さるようなことになったのではないか。
もしそんなことになっていれば、予期せぬ事態は致命的な結果というものを招きかねず、急いで視線を巡らせると、手から離れていった剣が自分からかなり離れたところに転がっているのをローブ姿の人物は発見した。
これならば問題はないだろうとほっと胸を撫でおろしているところに、ばたばたとこの場から逃げ出そうとしている秋夜の気配を感じてそちらへ目を向ける。
「くっそ! もう立て直しやがったか!」
毒づきながら逃げ出そうとしている秋夜は、何故か右肩を左手で押さえ、右足を引きずるような動作をしていた。
肩は今回の攻撃の的として狙いはしたものの、それはしっかりと外れている。
そして足の方はそもそも狙っていない。
大体、何らかの方法によって攻撃を受けたのは自分の方であって、おそらくその攻撃を行ったと思われる秋夜の方が自分よりも酷いダメージを受けたような状態であることがまるで理解できなかった。
何かおかしなことが起きていると訝しく思っていると、この隙にとばかりに秋夜が公園の出入り口を目掛けて移動を開始する。
「ま、待って!」
「待てと言われて素直に待つ奴はいない!」
「いると思うけど……いや待ってくれなくてもなんとなく追いつけそうな気がするけれど……ってそうじゃなく!」
「やかましい。いきなり切りかかってくる上にそんな怪しい格好をした不審人物の言葉に傾ける耳の持ち合わせなんてないわっ!」
逃げる秋夜の速度は遅い。
それを追いかけようとしたローブ姿の人物は、自分の足がもつれるのを感じた。
体がふらついたところから、どうやら先程の一撃か、あるいは地面を転がったことが体に影響を及ぼしているようだと判断。
このままでは、秋夜に逃げられてしまう可能性がないわけではないと考えたローブ姿の人物は、秋夜に怪しいと評されたローブをぐっとつかむと一気にそれを脱ぎ捨てた。
「非礼は詫びる。だから待って!」
フード付きのローブを脱ぎ去ることにより、声はくぐもることなくよく徹った。
その声は若い女性のものであり、だからというわけでもないのだろうが秋夜の足が止まる。
日が落ちてしまったせいでぽつぽつと灯りだした電灯の白光に照らしだされたのは、シャギーの入った藍色のショートカットに同じく藍色の瞳。
そして一体どこのコミケ会場から抜け出してきたんですかと問いただしたくなるような、いかにもファンタジー風味たっぷりな女性用の軽装鎧に身を包んだ姿だったのである。
「やっぱり怪しい奴じゃねぇか!」
「待って。その評価は私はともかく、色々な人を敵に回しかねない。とても危険」
「天下の往来でコスプレ姿で刃物を振り回す輩が怪しくないのだとしたら、何が怪しいといっていい物になるってんだ?」
「それについては弁解の機会を求める。けれど、今は先にやらなくてはならないことがある」
秋夜の足が止まったことから、すぐに逃げ出すつもりはなくなったらしいと考えて、ゆっくりと近づいて来ようとする少女を、秋夜は肩を押さえていた手を突き出して制する。
「武器はもっていない。あそこに転がっている」
「名乗りもしないような奴を、近づける程不用心にはなれねぇよ」
「リリス。リリス・リィル・ルヴァリエ。そちらは枯園 秋夜で間違いない?」
「お、おう。そうだが……」
リリスと名乗りを上げた少女の問いかけに、秋夜はややうろたえつつも首を縦に振った。
ローブの下から出てきた顔を見たときから、少なくとも東洋系の人種ではないだろうと思ってはいたものの、まさかミドルネームまでついてくるとは思っていなかったからだ。
「洗礼名とか何かか?」
「何を言っているのか分からない。とりあえず近づいてもいい?」
そう尋ねてきた少女の年の頃は、自分とそう変わりないのだろうと秋夜は考える。
顔立ちは、どこかのモデルだと名乗られてもそうなのだろうなと即座に納得してしまえるくらいに整っており、体格は華奢に見えはするもののそれ相応に必要なところは育っているといった感じだ。
よく考えると自分はこんな少女を投げ飛ばしたばかりか、その顔面を踏みつけようとしたわけであり、少しばかり申し訳なくおもってしまいかけた秋夜だったのだが、そもそもはこの少女が人気のない公園で、刃物で切り付けてくるような蛮行に及びさえしなければそんなことにはならなかったのだと思いなおす。
「近づいていい?」
「何をするつもりだ?」
重ねて尋ねてくるリリスに、警戒を解かないまま問い返す秋夜へ。
リリスは敵意がないことを示すかのように両腕を広げたままゆっくりと近づく。
「痛むのは肩と足? 私が切ったところに問題が生じた?」
「いや、その傷は問題じゃない」
体を寄せつつ手を伸ばし、体に触れてくるリリスに先程とは違う妙な緊張感を覚えつつ、秋夜は首を横に振った。
実際、リリスに切られたところは秋夜にとっては特に問題ではなかった。
傷自体が非常に浅く、出血は既に止まっており、多少引きつったような感覚はあるものの、無視できる程度のものでしかなかったからだ。
問題はそんな表層の傷よりも、もっと内部の方にあった。
「あんたを投げるのに体に無理をさせた」
「それは? ちょっと触る」
いちおう断りを入れてから、リリスは秋夜のシャツのボタンを外し始めた。
いきなりすぎる行動に、。秋夜が顔を赤くしつつも何の反応もできずにいる中、リリスは手際よくシャツのボタンを外し終え、秋夜の胸元を大きく押し広げるとそこへためらいもせずに自分の右手を突っ込んで中をまさぐり始める。
「お、おいっ!?」
「騒がない。これは診察。触診という」
表情を変えることなく淡々と言い切られてしまえば、秋夜の方に反論の言葉はなく、黙っておとなしくされるがままになるしかない。
それに満足するでもなく、しばらく秋夜の体に触れていたリリスはやがて手を秋夜のシャツの中から引き抜いた。
「貴方いったい何をした? 脇腹から肩にかけての部分が酷いことになってる。特に肩はもう熱を持ち始めてる」
「大きな力の行使には、代償が必要となるもんだ」
「人を一人、投げる程度のことでこんな代償を支払わなきゃならないのなら、体がいくつあっても足りなくなる」
半眼で睨みつけてくるリリスに対し、秋夜はそっと顔を背けた。
確かに秋夜の脇腹から肩にかけて追っているダメージは訳ありな代物である。
しかしその訳とやらを、会って間もない上に先程まで自分のことを攻撃していた素性の知れない相手に話せるわけもなかった。
どう誤魔化したものかと考える秋夜に、リリスはそっと頭を振る。
「説明しづらいのであれば説明の必要はない。足も同じ感じ? 念のためそっちも触診しておく?」
問われて秋夜は体が痛むのも忘れて大慌てで首を横に振った。
肩の状態を確認するためにシャツの中に手を突っ込まれたのだから、足の状態を確認しようとするならばほぼ確実に今度はズボンの中に手を突っ込まれるはずだったからだ。
上半身をまさぐられるだけでも顔が赤くなり、挙動が不審になるくらいに緊張してしまうというのに、これが下の方までまさぐられるようなことになれば、自分がどうなってしまうのか分かったものではない。
そんな思いが秋夜に首を振らせ続けていた。
「そう? 無理強いはしない。この程度であれば問題なく治せる」
「治せるって……」
プラモデルじゃないんだぞと秋夜は思う。
人の体というものは、切られたところをくっつけたからといって即座に治るような代物ではないのだ。
まして秋夜の肩と足については、秋夜自身がこれから数日は不自由な思いをするであろうということを覚悟した行動の結果である。
これを治せると言い切られても、にわかに信じられるものではなかった。
そんな秋夜に対してリリスはやはり表情を変えずに、今度は服の上から秋夜の肩と足に手を添える。
「我は癒やす。我は代償に五百ナノを捧げる。我が命を実行せよ」
何を言っているのやらと秋夜が思った瞬間、リリスの手が淡い光を放った。
その光はリリスの手から秋夜の体へと沁み込むように移って消えていく。
何をされたと驚く秋夜は、先程まで肩や足に感じていた痛みや熱が嘘のように引いているのを感じる。
ついでにとばかりにリリスがつけた刃傷までがふさがっていき、さらに切り裂かれた衣服までが時間を巻き戻したかのように元の状態へと戻っていくのを目にして秋夜は言葉を失った。
「いちおうすべて元通り。傷と衣服の損傷に関してはこれで許して欲しい。襲撃したことについては改めて、謝罪と弁解の機会を」
かなり間近で、しかも真正面からリリスにそう詰め寄られて、秋夜は気圧されたように頷いてしまう。
「よかった。納得してもらえるか分からないけれど、きちんと説明する」
「いったい全体、お前は何なんだ?」
少女の素性といい、いましたが自分の目の前で起こったことといい、どちらも完全に自分の理解の外の話であり、どうにかそれだけの言葉を絞り出した秋夜に、リリスは告げた。
「私は世界安定機関所属の執行者。リリス・リィル・ルヴァリエ二等執行官。私達の世界の安定を守護する者。そのために貴方の力を借りるべしとの推薦人の意思を受け、界を渡って交渉のためここに赴いた」
「おう、何を言っているのか一つも理解できん」
少女がつらつらと並べ立てた単語に対し、秋夜は一切の理解を諦めるとそっと首を竦めたのであった。
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