夕暮れ時の襲撃者
一日一万文字書ける筆力が欲しい。
やはり慣れとか才能なのでしょうか。
枯園 秋夜という人物を言葉で表現するのであれば、その辺を普通に歩いているきわめてありふれた男子高校生という形になる。
背格好は中肉中背というよりはやや小柄で細身。
顔立ちも、とりたてて何かしら印象深いような要素はなく、ごく普通の平々凡々とした顔立ちで、気を付けて見なければ視線を外した途端に忘れてしまいそうなくらいに印象に残らない顔立ちだ。
とてもアイドルグループのセンターを任せられるような顔立ちではないものの、どこにその顔があってもさしたる違和感を覚えることなく見過ごされてしまうようなそんな感じ。
それが枯園 秋夜といった人物であった。
間違っても何らかの騒動に巻き込まれ、どこぞの小説に出てくる主人公よろしく、颯爽とそれを解決し、礼も受け取らずに爽やかに去っていくようなそんな人物ではない。
「自分ではそう思ってたんだがなぁ」
テレビやラジオのニュースに耳を傾ければ、どこかでトラックが人を轢いただの、修学旅行中のバスがどこぞの山間の谷に転落し行方不明になっただの、どこかの高校の校舎が謎の爆発を起こして吹き飛び、授業中だった数クラス分の生徒達が巻き込まれたものの遺体の状態が悪すぎて、一体何人被害を受けたのか分からないだのといった、とにかく物騒なニュースには事欠かない世の中であったのだが、それらは全て自分とはあまり関係のない、遠いどこかの話だとばかり秋夜は思っていた。
意識を目の前へと戻すと、そこには今まさに突き出されようとしている白刃の切っ先がある。
もちろんただ黙ってそれを見ていれば、その切っ先は自分の体のどこかを貫いてしまうはずで、刃物と対峙しているという状況に怯みそうになる自分に、あれは木の枝の先だと言い聞かせながら秋夜は大きく体を動かしてどうにかこうにか突き出された切っ先を回避した。
「襲われる覚えってのはないんだがなぁ」
師と仰いだ老人との別れから数日後。
時刻は夕方というにはかなり遅く、夜というには少々気が早いような時間。
いわゆる、逢魔が時。
場所は人通りの少ない寂れた公園だ。
少し肌寒くなりつつある風にそろそろ秋を通り越して冬になりつつあるんだろうかと考えながら、秋夜は変わり映えのしない下校途中に、少しばかりの刺激を求めていつもは使わない道へと足を踏み入れてみていたのだが、そのことを心の底から後悔していた。
大体、と秋夜は自分の方を向いている切っ先の、さらにその向こう側へと視線を向ける。
そんな物を持ち歩いていれば確実に警察に職務質問を受けた上でしっかりと捕まるであろう刃渡りの直剣を持つその人影は、いかにも怪しいフード付きのローブで全身を覆い隠した人物であった。
背丈は秋夜よりも目線で一つか二つほど低く、かなり小柄だ。
体つきの方はだぶついているローブに隠されているのでさっぱり分からなかったのだが、とんでもなく筋肉質だということはなさそうだなと秋夜は見て取る。
しかし、と思った途端に秋夜へと突き付けられていた切っ先が動いた。
肝が冷えるほどの速度でもって放たれた胸板を狙った突きを、不格好に身を投げ出すようにして回避した秋夜は、ローブ姿の人影が突いた剣を引き戻し、油断なく構えなおすのを見ながら二つの事柄を悟る。
一つはこのローブ姿の不審人物は、結構な剣の腕を持っているということ。
そしてもう一つは対峙している秋夜にとっては非常に困ったことに、このローブ姿の人物は人や生き物に対して刃物の類を使い慣れているということだった。
「怖いのに絡まれたな……」
人に対して刃物を振り回せば、ケガをさせてしまう可能性が非常に高い。
そればかりかその延長線上になるが、相手の命を奪ってしまう可能性も決して低いものではないのだ。
そのことに考えが及んでしまうと、普通の思考を持つ者ならば刃物を振ることをためらったり、腰が引けてしまったりするものである。
だがこのローブ姿の人物にはそういった様子がまるで見受けられず、確実に相手を切り伏せてやろうという意思ばかりがはっきりと感じ取れた。
そのことを証明するかのように、一撃一撃が実に堂に入った代物で当たれば確実に重傷以上の傷を負うであろうことがはっきりと分かってしまう。
「まぁ人を刃物で切ったら何が起こるのか、想像することもできないレベルの馬鹿である可能性も捨てきれないんだが」
首を狙って放たれた横薙ぎの一閃を大きく飛びのくことで回避し、その勢いで秋夜はよたよたと体勢を崩してしまう。
そこを狙って放たれた一撃は、浅くではあったが秋夜の左肩を掠め、着ていたシャツがぱっくりと裂けるとそこから露になった肌の上に細く赤い傷が口を開いた。
「あぁ畜生、ついてねぇな。痛ぇし、服だってタダってわけじゃねぇんだぞ」
思わず口汚く毒づいた秋夜だったが、ローブ姿の人物がその隙に追撃を加えてこないばかりか、わざわざ自分から間合いを外して距離をとったのを見て、訝し気に目を細めた。
「なんのつもりだ?」
これを戦いと呼んでいいものかは判断に迷うところではあったが、事態に趨勢は確実にローブ姿の人物に優勢に進んでいるはずであった。
つまりはローブ姿の人物に攻撃を止める理由などないはずである。
わざわざ自分に体勢や、息を整える時間をくれるいわれはないだろうと秋夜が問うと、人影は構えていた剣の切っ先を下ろし、小さく舌打ちをした。
「聞いていた話と違う」
声は低くてくぐもっており、それを聞いただけでは男性のものとも女性のものとも判断をつけることが秋夜にはできなかった。
ただなんとなく、声の張り具合からしてそこそこ若い人物なのではないだろうかと秋夜はあたりをつける。
「かなりやると聞いていたから期待していたのに、全然大した腕じゃない」
聞かされていたということは、秋夜のことをそう評価した誰かがこのローブ姿の人物の他にいるはずで、しかしそれが誰なのかについてはまるで心当たりがなく、秋夜は切られた肩を手で押さえながら、ちらりと公園の出入り口の方を窺う。
公園の中で誰かが助けにきてくれることを期待するよりおは、自ら人通りの多い道まで逃げ出して、そこで誰かに助けを求めるのが助かる確率の高い行動であろうと秋夜は思った。
まさか目の前の人物も、人の目が多数存在する場所で考えなしに刃物を振り回すほどの馬鹿だとは思いたくない。
問題はどうやってこの場から脱出するかということなのだが、そこまで考えていた秋夜の視線を遮るように、ローブ姿の人物は手にしていた刃を突き出した。
「逃がすと思う?」
「恨みの類でないのなら、多少話が違っていたところで仕切り直しという方向にもっていけないもんかね?」
駄目だろうなとは思いつつも通れば儲けものだとばかりに尋ねてみた秋夜に、ローブ姿の人物は剣を構え直しながら首を横に振った。
「気になることも少しある。それを確認する」
「質問してくれれば、答えらえることなら答えなくもないんだがな」
取り立てて秘密にしているような事柄は秋夜にはなかった。
なんでも答えるとなると個人情報云々の観点から、諸手を挙げて受け入れるというわけにはいかなかったが、それでも大概のことは答えるつもりでそう水を向けてみると、ローブ姿の人物は剣を下ろしはしなかったものの、切りかかってくるようなことはせずに言葉を投げかけてくる。
「貴方は刃物を向けられているというのに、怯えた様子がない」
よく見ているなと思いながら、秋夜は少し引きつった笑みを顔に浮かべて見せる。
普通の暮らしをしているのならば、刃物を突き付けられたり、目の前で振り回されたりするような経験をすることはまずないはずであった。
それゆえ、よほど特別な職に就いていたり、あるいは何らかの訓練を受けたりしていない限りは刃物を突き付けられた場合の反応としては驚くか、あるいは怯えるか。
もしくはさっさとその場から逃げようとするものなのだが、秋夜にはそういった反応が見られなかったというわけである。
指摘されればなるほど変だなと納得してしまう話で、拙い対応だったなと思いながらも秋夜は何とか言い訳を試みた。
「それは俺が、絶望的に鈍いだけなんじゃないか?」
「それ、自分でいうコト?」
ローブ姿の人物の声に呆れの感情が入った。
それもそうだと首を竦めた秋夜にローブ姿の人物は小さく溜息めいたものを漏らしてから、やおら構えていた剣を小さく素早く突き出す。
油断していたわけでもなかったのだが、見えていてもかわせないくらいの速度の突きで、秋夜の左肩に浅く小さな裂傷が生じた。
わずかとはいえ確実に感じる痛みに秋夜は顔をゆがめ、ローブ姿の人影は突いた時と同じ速度で剣を引き戻すのを見ながら、新しくできた傷口を手で押さえる。
浅くて小さいとはいえ、傷は傷であり、はっきりとした流血に秋夜が顔をしかめていると、ローブ姿の人物は秋夜が押さえている傷口の辺りを指さして言った。
「それ。それがおかしい」
「遠慮なしに人の体をすぱすぱと切りつけといて何がおかしいと……」
「貴方は切られ慣れしている」
切られ慣れとはまた嫌な言葉があったものだと思いながら、秋夜は沈黙した。
どう答えていいものやら分からなかったということもあるのだが、同時に身に覚えのない話でもなく、相手に余計な情報が渡らないようにするためには、沈黙するしかなかったということもある。
「浅いとは言え、傷を負い慣れてない人はもっと騒ぐ。まして剣で切られたとあっては本来はもっと大騒ぎしていないとおかしい」
対応の仕方を間違えたなと秋夜は内心で舌打ちをしていた。
どうにかこの場から逃げ出すことばかりを考えるあまり、普通の反応を行うということが頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたらしい。
今のローブ姿の人物の言動からして、切られた時に少々でも大げさに痛がり、剣で切りつけられたことに怯え、大声でわめきながら転げまわるか走り回るくらいのことをしていれば、この場は切り抜けられた可能性が高い。
慣れというものは怖いものだなと思いつつ、この時点で秋夜はある程度の覚悟を決める。
できることならこの場から、一目散に逃げだすことがベストなのだが、相手に逃がしてくれるような気配はなく、今の自分ではにげきることはできないこともまた明白であった。
そうであるならば、次善の策として何らかのコストを支払うことによって、この場からの脱出を試みるしかないのだろうと秋夜は考える。
痛みを伴いはするのだろうが、ここですぱすぱと遠慮なく切られ続けるよりはずっとましのはずであった。
「考えはまとまった?」
秋夜が考えを巡らせている間、律儀にも相手は待っていてくれたらしい。
やるしかないかと覚悟を決めた秋夜のまとう雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、そう声をかけてきたのに対して秋夜は渋々といった感じで頷く。
「何をしても無駄だと思うけど。精一杯頑張ってみるといい」
「ふむ?」
「見れば分かる。貴方は何の訓練も受けていない一般人。体のさばき方や重心の移動なんかがすべて素人の域を出ていない」
「ふむ」
「命までは取らないから心配しなくていい。ただ貴方の推薦人が諦める程度のけがはしてもらうことになる。不運と諦めて」
「けがを負わせる気だということは、自分がけがを負う覚悟というものもあると考えていいんだよな?」
滔々と語るローブ姿の人物の言葉に割り込む形で、尋ねた秋夜の一言にローブ姿の人物は小さく首を傾げてからこくりと一つ頷いた。
「それは当然」
「じゃあ御託はいいからさっさとかかってこい。死なない程度に痛い目見せてやる」
挑発的にそう告げて手招きしてみせる秋夜に、ローブ姿の人物は一瞬きょとんとした様子を見せたものの、次の瞬間にはその言葉を後悔させてやるとばかりに猛然と、秋夜目掛けて切りかかってきたのであった。
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