02.
今日はオフだった。その筈だった。
悪魔上司からの電話が来るまでは。
『もしもし?榊今日休みだよな?休みだったな?喜べ。仕事の時間だ。ん?公務員に休みは無いぞ?寧ろ私が働いているのだからお前も働け。お前だけ土曜日休みとか死ねばいい。あぁ?隔週休み?知らんぞ何だその制度は。そうだ。お前もここに住めばいい。それで万事解決だ。いや、決して家に帰れない仲間が欲しい訳じゃないぞ。本当だ。まぁ、お前の引っ越し準備はさて置いて、仕事の件だが……』
上司の話は長かった。怪文書かな?
確か家に帰らず17連勤とか言ってたから、相当疲れが貯まっているのだろう。あの悪魔に疲労という概念がある事の方が驚きだが。
仕事はいつもの事だ。
図書館に何者かが立て籠ってるらしい。
件の図書館の利用者は恐らく中で全滅しているだろうとの事。
通報者は図書館の司書さんらしい。興奮気味に一言『化物が出た』と言ったきり、通話が途切れたみたいだ。
切れる直前に誰かの悲鳴が聞こえたらしいので、つまりそういう事なのだろう。
仕事が突発的なのはいつもの事だとしても、休みの日に被るとはついてない。
他の同僚は地域巡業外回りしているしで現場に行ける者が秋人以外居ないという。
「気が重い」
臨時ボーナスは出るんだろうか…いや、休日出勤手当か…?等と考えつつ現場へ向かう。
件の図書館は割りとここから近い。
自宅からは絶妙に遠いため、出先であったのが救いか。いやいや救いではない。何が悲しくて心休まる休日に化物退治せにゃならんのか。
秋人は盛大にぼやく。
図書館の周辺は既に人払いが為されている。地元の警察官のおかげだ。仕事が早くて良い。
Keepoutと書かれた黄色の帯で区画された外側に立ち、若干青褪めた顔をしている警察官に挨拶がてら手帳を見せる。
「はっ。魔女取締官の方ですか。お待ちしておりました。既に周囲2kmの避難は完了しております。未だホシは屋外には出ていないとの事です」
「了解でーす。ご苦労さんでーす」
軽く手を振りつつ中へ入る。肌が少しピリッとした。
結界魔法だ。
魔女の出現が察知されると周囲2kmの空間に避難警報が発令され、公安によって隔離措置が取られる。
この帯は外からの侵入を防止し、中に居るモノを封じ込める……らしい。
ただの素人が即席で作成するだけあり、結界としての力は酷く弱いが、第三者の侵入を防ぐという目的は果たされる。
結界内は嫌に静かだ。
秋人は何処からか監視されているかのような視線を感じていた。
「図書館は…あっちか」
スマホの案内に従い道を進む。
「…着いた。けど、やっぱり気乗りしねぇなぁ…」
独り暮しが長いせいか、愚痴を誰ともなしに呟く。
「まぁ、こうして居ても話は進まない。さっさと片付けてとっとと帰るか」
秋人自身の主観として図書館の自動ドアも化物の口に見える。
事実、これから魔女の腸内部に飛び込むような事だ。
「面倒臭いし、図書館爆撃して魔女ごと吹っ飛ばすようにならないかねぇ」
非現実的な願望を口にする。詳しく話さなくてもそんな事は無理だ。寧ろ、本当にそんな事が出来る方が恐ろしいのでは…等と無駄思考しつつ図書館に這入った。
図書館内は静謐に包まれている。ここの利用者は今は居ないと聞いてはいたが、何の音もしないのは不自然な程、不気味な静けさを保っている。
「そういえば、借りたDVDをまだ返して居ないな…延滞料金が発生する前に返しに行かなきゃ…」
静けさに耐え切れなくなったかのように思わず呟く。誰ともなしに声を潜めてしまうのは、図書館内では静かにという無意識下での事だろうか。
開架書庫内を暫く歩き回ったが、人っ子一人居ない。人が忽然と消えてしまったかのようだ。幼児用の靴が片方落ちていたり、読みかけと思われる本が散乱していたり、カーペットに赤黒い染みがあったりと人が居た形跡はある。
しかし、通報者が言う何処かに潜んでいるであろう化物の手懸かりが何もない。
ふと壁に掛かった掲示板を見る。
゛図書館では静かに。携帯電話はマナーモードにし、通話はお控え下さい。゛
そういえば、図書館に着いた事を連絡しておくべきか?秋人はポケットからスマホを取り出した。
テーレーテレテテー
取り出したスマホから着信音。
しまった。マナーモードにしていなかった。そう思いつつ画面を確認する。
知らない番号だ。
まさかとは思うが本部からの電話か?
とりあえず出てみるか。もし対策本部からだったのなら、後であの悪魔が煩いし。
秋人は通話にフリックする。
「もしもし?」
『私メリーさん。今図書館入口に居るの』