プロローグ 偽勇者と言われた男
美しい自然に囲まれたマンダリン王国。
その歴史は浅く、建国してまだ10年しか経っていない。
にも関わらず周辺諸国からの信望も厚く、友好な関係を築き上げていた。
それはマンダリン王国国王ランティスが魔王エチレンを封印した勇者だったからである。
「陛下、マリウスが!」
ある日、王宮に1人の男が駆け込んで来た。
男は王国の外交文書を取り扱う部署の役人、非常の際は許可無くとも王と面談を許されていた。
諸侯を集め会議をしていた広間が静まり、貴族達は何事かの目を男に向けた。
「マリウスがどうしたのだ?」
若き王ランティスは威厳溢れる態度を崩す事無く役人に尋ねた。
「意識が戻ったと報告が」
「なに!?」
役人の言葉は意外な物だった。
ランティスは立ち上がり声を上ずらせた。
マリウスが亡くなったとの報告を予想していたのだ。
「まさかマリウスが?」
「魔王の呪いでもう意識が戻らぬと聞いていたが」
「もしや魔王の封印が...」
貴族達にも衝撃が走る。
『魔王の封印が解かれた事でマリウスが目覚めたのなら世界はまた戦争になるのでは?』
不穏空気が流れる。
しかしランティスはそれと違う衝撃を受けていた。
「...マリウスはどの程度回復したのだ?
話せるのか?」
震える声で報告した役人に尋ねるランティスの額には汗が滲んでいた。
「報告によりますと、まだ無理との事です。
しかし目を開かれ、僅な意思の疎通は出来ていると」
「意思の疎通を?」
「誰とだ、まさか賢者ユリフラ様とか?」
「は、はい」
貴族達は口々に質問した。
「鎮まれ...」
「...陛下?」
「鎮まれと言っている。今日はここまでだ」
有無を言わせぬランティスの言葉に諸侯達は皆頷き広間を後にする。
1人残ったランティス。
大きく溜め息を吐くと椅子に座り頭を抱えた。
「なぜだ?なぜ今更...」
先程までの威厳は消え失せ、怯えるランティス。
その姿はとても世界を救った勇者に見えなかった。
「...ランティス」
「だ、誰だ!?」
背後から聞こえた声に立ち上がり、辺りを見回すランティスに1人の女性が歩み寄る。
「ランティス落ち着いて」
「...シルビアか」
ランティスの妻でマンダリン王国、王妃シルビア。
美しい美貌はもちろん腰まである髪は艶やかなプラチナシルバー、そして身体の線も子供を3人産んだとは思えない程。
その容姿に加え、魔王討伐に参加した聖女として彼女も夫ランティスと共に世界から崇拝されていた。
「報告を聞いたのか」
「ええ」
言葉少なく頷き合う。
「まさか助かるなんて...」
シルビアが呟いた。
「嬉しく無いのか?」
「嬉しい?何が?」
ランティスの言葉にシルビアは冷たく返した。
「私は勇者ランティスの妻です。
勇者を騙っていたマリウスの婚約者だった事など、忌まわしい記憶でしかありません」
そう吐き捨てるシルビア、冷たい表情にランティスの背中に冷たい物が走った。
「そうだ俺は勇者なんだ、偽物はマリウスなんだ...」
「そうですよ」
ランティスの呟きにシルビアが寄り添う。
しかしシルビアの暖かな言葉にもランティスの震えは止まる事が無かった。
「大丈夫です、もし魔王が復活してもまた封印すれば良いこと」
「...ああ」
尚も不安そうなランティスにシルビアが励ます。
「貴方の力はまだ衰えていない。
私には見えるのです、貴方から放たれる勇者のオーラが」
「『勇者のオーラ』か」
「はい、それに勇者の紋章も」
「...勇者の紋章」
ランティスは自らの右手の甲に光る模様を見つめた。
それは勇者である事を示す紋章、神から勇者である印しとして神託された者にしか発現されない。
聖女にしか勇者のオーラは見えない。
しかし勇者の紋は誰の目にも見える。
それ故、勇者である印しとして広く認知されてた。
「この2つがある限り貴方は勇者である事は疑い無い事実、その2つを偽ったマリウスとは違う」
「...シルビア」
力強い言葉にすがりつくような目を向けたランティス。
彼は元々小心な男、教皇の孫だった聖女シルビアの助けで威厳溢れる国王を演じていたに過ぎなかった。
「マリウスの意識が戻ったならちょうど良いわ。これでユリフラの目を覚ませてあげられる。
偽勇者を未だに本物と信じ、保護する愚かな賢者に」
「...覚ませるとはどうやって?」
怯えた目でランティスは聞いた。
「簡単よ、マリウスをこのマンダリン王国に連行させる。
そして王宮前の広場で聖剣を握らせるの。
当然だけど聖剣は輝かない、そして次に貴方が握る。
辺りは聖剣の輝きに包まれるでしょうね」
「...成る程」
酔いしれる様に計画を語るシルビア、一方のランティスはうつ向きながら呟いた。
「そうだ、各国の要人も招きましょう。
まだ世界にはマリウスこそが勇者だったと思っている愚か者も、これで分かるでしょう。
ランティスこそが真の勇者だと」
「....そうだな」
「早速ユリフラの治める国に親書を送ります。
ああ、子供達にも早く見せたいわ、貴方が偽勇者マリウスを断罪する所を」
語り続けるシルビア、深夜遅くまで彼女の声は止むことは無かった。
そして夜が明ける。
「どうしてなの...ランティス...」
王宮の宝物庫の前で消えた聖剣と、姿を眩ました夫の名前を呟くシルビアが立ち尽くしていた。




