鏡の中の世界(過去)
今回も誤字脱字があって読みにくかったらごめんなさい。
その日私の大切な人がこの世界からいなくなった。
◇ ◇ ◇
「まだ着かないのか!」
「そう言われましても、この時期は潮の流れでいつもより日数がかかるので…」
「そんなことはわかってる、、わかってるんだ!」
行き場の無い苛立ちが身体を駆けめぐり、強く握った拳から血が滲む。
兄の側で微笑むあの人の姿を見るのが辛くて、なるべく遠い国に留学を決めたのがあだになった。
行きは片道1ヶ月の道のりだったが、急遽帰国を決めた今は潮の流れの関係で1ヶ月半たっても帰国が出来ずにいた。
◇ ◇ ◇
『国が魔獣に襲われた、落ち着くまで帰国をするな』
そう、魔導鳥が手紙を運んで来たのは、3年の留学期間の半分を過ぎた頃だった。
祖国から遠く離れたこの国は世界の中でも王政をいち早く廃止し、共和制をとっている。
我が国はまだ王政をとっているが、世界中で王政廃止の流れが加速している昨今、次期王である兄も自分の代で改革に着手する考えがあり、その手助けの為に弟の私が遠く離れたこの国に学びに来ていたのだ。
この国では、数十年前に『魅了』と呼ばれる我が国には無い魔導により、王族や国の高い地位の者が次々に操られ悲劇が起こったそうだ。
その出来事が王政廃止の流れを生み出し、それとともに色々な魔導に対抗する為の魔導具の研究も発展していった。
私がこの国に着いて最初にしたのが、『魅了封じ』の腕輪をつけることだった。
「他国の王族に万が一魅了かけちゃったら国際問題だしねー」
とは、後に友人となったこの国の実力ある魔導士の言葉だ。
今現在、『魅了』を使えるものはこの国にはいないらしいが、ある時急に出てくるらしい。共通するのは「私はヒロイン」らしいが、そんな話我が国では聞いたこともない。
「留学終わる時には持って帰りなよー、毒とか呪いもふせげるし」
と何箱分もの腕輪を用意されたのには思わず笑ってしまったが。
そんな新しい刺激が多い留学生活を慌ただしく過ごす間に、あきらめた初恋の痛みも癒えてきて、兄と兄の横にたつ初恋の人を支える気持ちも強くなっていった。
ふと街中でみつけた、あの人の好きだったピンクの薔薇飾りがついた手鏡をあの人の17歳の誕生日に送ってしまったのはちょっと情けなかったけど。
2ヶ月後にお礼の手紙とともにみごとなピンクの薔薇の刺繍が入ったハンカチが送られてきて、それは毎日お守りのように内ポケットに入っている。痛みが癒えてきたといいつつ女々しいな、、
◇ ◇ ◇
兄クリスと私とあの人ローズはいわゆる幼なじみだった。
私より一つ上のあの人とさらに二つ上の兄。
あの人への恋心に気がついた時にはもう兄の婚約者だった。
早々にはじまった妃教育に時間をとられ、3人で庭園をかけまわる時間はだんだん無くなって行ったけど、薔薇園で息抜きする時の話し相手によくなっていた。
「クリスは花に興味がないから全然一緒に来てくれない」
なんて愚痴を言いながらも兄の話を嬉しそうにするその横顔をまぶしくいつも見ていた。
私が14歳になった頃当代の聖女様が力をなくし、あの人に聖女の力が芽生えた。
聖女にはこの国を魔獣から守る結界を張る役目がある。
結界を張るのに有するのはおよそ2ヶ月、その間は魔獣に襲われぬように騎士団が国を守っていた。その2ヶ月が過ぎてこの国を覆った結界は優しいピンク色をしていた。
次代を担う賢い王子と横に並ぶ優しい聖女様。
国中が明るい空気に包まれていた。
16歳のデビュタントで若草色のドレスをまとったあの人にピンクの薔薇を一輪手渡した。
耳飾りもペンダントも指輪も全部、兄が送った兄の色のアクセサリーだったんだからこれくらいいいだろう?
あの人は笑いながらその薔薇を自分の髪にさしてくれた。
ホールの真ん中でクルクルまわる兄とあの人を遠くからみつめたすぐ後、私は留学に旅立ったのだ。
◇ ◇ ◇
『国が魔獣に襲われた、落ち着くまで帰国をするな』
そう手紙が来た時に真っ先に思ったのはあの人のことだった。
だってあの結界がある限り、国が魔獣に襲われることはないんだから。
結界が機能しないならあの人に何かあったはず。
手紙をくしゃりと握り潰し、関係各所に説明と挨拶を済ませて3日後には帰国の途についた。
「なんかキナ臭いし魔獣出るなら一緒にいったげる」
と例の魔導士の友人が大量の箱を魔導ポケットにいれて着いてきてくれた。
「備えあれば患いなしだよ!」
その後、はやる気持ちを嘲笑うかのような潮の流れに船は進まず、我が国の港に着いた時には2ヶ月が過ぎていた。
国に近付くにつれて魔獣の数も増えておまけにいつもよりも狂暴化している。
友人が船を守ってくれていたけれど、それがなければどうなっていたかわからない。
それよりも港についてびっくりした。
「なんだ、この結界、、」
そこには我が国を覆う、、
真っ黒い結界があった。
その結界に突進する魔獣たちは咆哮をあげて倒れていくが、何匹かは狂暴化して結界を越えて行く。
「あ~こりゃ駄目だわ!」
友人がそれをみて呟いた。
「すっごい攻撃性の高い結界、倒せるレベルのならいいけど攻撃されたら怒ってますます攻撃してくるよ」
魔獣の眼はみな真っ赤だ。あの人が結界を張っている時には見たことも無い姿だ。
一刻も、早く城まで行かないと!
友人のサポートをうけながら、船で一緒に連れて来た馬に跨がり城を目指す。
途中の村で、逃げ遅れた子どもを見つけ助けようとしたが、
(間に合わない!!)
その後に起こりうる惨劇を思い描いたその時。
ーーーーパリンーーーー
と音がして真っ黒な結界が割れ、反対に一気にピンク色の結界が広がった。
「すごっ、、、」
ぽかんと口をあけ友人が呟く。
それはいつも飄々としている友人のみたこともない表情だった。
子どもを襲おうとしていた魔獣はただの動物の姿へと戻って行く。
そう、あの人が国に張った結界は瘴気により魔獣になった動物を癒し、もとの姿に戻す結界だったのだ。
きっとあの人にしか張れない優しい結界。
ーーでも。
普通2ヶ月かけてゆっくり張るこの結界をこんな一瞬で張ったら!!
再び馬を走らせ城へと急ぐ。
心臓の音がうるさい。
「どうか、どうか無事で」
◇ ◇ ◇
城に着いた私の眼に飛び込んできたのは、どす黒く笑う兄とその横で兄に腰を抱かれている見たこともないピンクゴールドのふわふわした髪の毛の少女。
兄の側近候補だった見慣れた顔も兄の後ろを陣取っている。
ーそんなことより、兄の足元に横たわる私の初恋の大切な人。
誰も助けようとしない異様な空気。
かけよりながら兄に叫ぶ。
「兄さん、ローズに何をしたんだ!」
そんな私にどす黒い笑みを浮かべたまま兄はつげる。
「本物の聖女が現れて、ローズが偽聖女だとわかった。このマリアの力だと魔獣を倒せるんだ!ローズのように無効化させるだけで魔獣の数を減らせない力など役にたたん」
「そうよ、偽物なのに大きな顔してクリス様の横に立ってたんですよー。私こわかったけどヒロインだから頑張ったんですぅ」
「一度追放したのだが、結界がなんとか訴えにきて力をつかって倒れたところだ」
ピンク頭お前はだまれ。
それより兄は何を言っているんだろう。
魔獣は動物が変化したもの、そんなことこの国の子どもでも知っているのに、その動物は家畜なんかにもなるからすべて倒すのはダメなことも知ってるはずなのに。
兄はどうしてしまったんだろう。
追放ってなんだ、あんなにローズと仲良く、いい国を作ろうと努力していた兄はどこへ行ったのだろう。
右腕が熱い、、
「…魅了だ」
隣で友人が呟くと、すばやく魔導ポケットから魅了封じの腕輪を出し魔導でその場にいた人たちに装着していく。
「君はちょっと眠っててね。」
ついでにピンク頭を眠らせ、ローズをかかえる私の側に戻って来た。
「ここでは無理だ急いでどこかの部屋に!」
「ウワァー」
「私は何をー」
後ろで兄やその側近候補たちの叫び声が聞こえたがそんなのにかまっていられない。
「間に合うだろうか?」
「…」友人は唇をかみしめつらそうな顔をするだけだった。
◇ ◇ ◇
寝台の上で横たわるローズの姿は眠っているようだ。
いや、身体は眠っているのだけど、魂はもうこの身体に入っていないらしい。
私の大切な人はこの世界にはもういない。
傍らには私が誕生日に送った手鏡が置いてある。
あのピンク頭が張った黒い結界をローズが壊した時、呪いのように跳ね返った黒い力を胸元にいれてあったこの鏡が跳ね返したそうだ。
鏡がなかったらその場で魂もろとも消滅していたかもしれない。その後新しい結界を張る為に一気に力を使ったことで、魂が身体から分離したらしい。
寝台の横の椅子に腰かけで眠る私の夢の中で、神と呼ばれる存在がそう説明していた。
「この子の魂は傷つき過ぎていて、ここでは無い別の世界に転生させたよ。その世界でこの子が一生を終えるまでこの身体を守ってあげて欲しい。」
「身体がこの世界に残ったままで無事に過ごせるのでしょうか?」
「少し病気がちになるかもだけど、今この身体が無くなれば魂も無くなる。違う世界で生を終えるまで守ってあげて。」
瞼をあけると、今にも目を覚ましそうな姿が入ってくる。
聖女の力が目覚めた時に薔薇園で、
『クリスのことは本当に好きだし、聖女の役目も嫌じゃないんだけどねー。友達と遊んだり自分で髪をゆったり料理をしたり好きなだけ本を読んだり、、、そんな普通の人生も送ってみたかったなー』
秘密ね!
そう言って寂しそうに笑いながら弱音を吐いたローズを思い出す。
私は見守ることが出来ないけれど、どうか転生した先では幸せに。
私はこの国でローズの身体を守っていこう。
◇ ◇ ◇
『魅了』から解放された世界は灰色の世界だった。
兄をはじめ、魅了にかかっていた人々は己のしでかしたことを後悔し、嘆き、悲しんだ。
しかし、大切な人を失っても多くの国民の生活は日々続いていく。魔獣に襲われた村や町の復興、亡くなった人々の弔い。それらも国がしなければならない。
幸い、父である国王は魅了にかからず幽閉されていただけで、私に魔導鳥を飛ばしてくれたのも父だった。
国王は跡継ぎを決めずに自分の代での王政の廃止の為に動くことを決めたらしい。
ローズの身体からは魂を亡くしてもなお薄く結界を張る力が出ており、この国を守っている。
この結界がなくても平和に暮らせる世の中を作らないとローズに合わせる顔がないな。
「この世界に生きる権利など俺にはない」と狂ったように叫んだ兄も、このローズの姿をみてローズの身体がある限り国民の為に働くことを決め復興地域に出向いている。
他の人たちもまぁ概ね同じ感じだ。
ただ一人、無実の人を陥れ、たくさんの人々を魔獣の脅威に晒したピンク頭は今だに自分のしでかしたことを理解出来ずに、
「私はヒロインだから許される」
「トーリ様、私と一緒に魔獣を倒しましょう」
「やっぱ顔はクリスよりトーリよね」
など、ぶつぶつ呟いている。自分の愛称の「トーリ」を教えたことないのに、なんだこの娘は!
この後、魅了の研究の為に研究機関に送られることが決まっているので、もう会うことも無いだろうが。
◇ ◇ ◇
国王の補佐官のような仕事をしながら忙しくしているうちに4年近くの日が過ぎた。
その日自分の執務室でのびをしながら休憩用のお茶を飲んでいると、内ポケットに入れてあったローズの鏡が突然光りだした。
「 」
何か言うかわいい声が聞こえたと思ったら、光の向こうに6~7歳だろう少女が踞っているのが見えた。
「ローズ!」
違う世界に転生したと言われたローズの姿がそこにあった。
友人の魔導士が一人いれば十分な気がする。チートだな。
次は「鏡の中の世界(現在)」です。