鏡の外の世界
誤字、脱字などが気になるかもしれませんが、ゆるく読んで頂ければ嬉しいです。
「かがみよかがみ、かがみさん、このよで1ばんうつくしいのはだーれ?」
◇ ◇ ◇
私は小さな頃から少しぼーっとしたところがあった。
人より何かが遅いとかではなく、そう、大人になった今ならわかる、自分の一部がここに無いようなそんな気がしていたのだ。
◇ ◇ ◇
「もーいーかい」
「まーだだよー」
あれは6歳のある雨上がりの日、学校の近くの神社でかくれんぼをしていた時だった。
(あの木のうらにまわろう)
急いで走った私は木の側にあったみずたまりで滑って盛大に転けてしまった。
膝がじゅくじゅく痛いけど、声を出したら居場所がばれちゃう。
必死に涙をこらえ木の陰にうずくまっていると、水面が落ち着いたみずたまりに雲のすきまから太陽の光が射し込み。
(すごい!みずたまりがかがみみたい!)
その美しさに痛みを忘れ思わず最近読んだ絵本に出てきた台詞を呟く。
「かがみよかがみ、かがみさん、このよで1ばんうつくしいのはだーれ?」
その瞬間、みずたまりはさらに光をはなち、そこにすごく美しい王子さまのような男の人が映っていた!
叫びそうになる口を小さな両手でふさぎ、ゆっくりその姿を見つめる。
仲良しのりなちゃんが好きなアイドルよりも。
ママが「カッコいー」なんて言ってる戦隊ヒーローのブルーのお兄さんよりも。(ママはレッドもさわやかだし、ブラックも色気が、、なんてぶつぶつ言ってたけど)
従姉妹のお姉ちゃんから教えてもらった海外の俳優さんよりも。
みたことも無いくらいキレイな顔。
鏡は本当に世界で一番美しい人を映してくれたのだ。
「 」
「 」
ぽかんとしていた私は、そのキレイな人が何か叫んでいる声で我にかえったけど、聞いたこともない言葉で全然わからない。
「えいごかな?はろー!なんだろうわかんないや?」
キレイな人はなんだかつらそうな表情をうかべていたけど、「はろー!」といいながら手をふる私に、にっこりと微笑んでくれた。
「!!!!!」
真っ赤な顔をした私にもう一度微笑むと、また眩しい光が溢れだしその人の姿は見えなくなった。
「さっきこっちですごい音したー! あーことちゃんみーつけた!」
オニ役のたかしくんにあっさり見つかった私はケガの痛みを思いだし、手をひかれながら大泣きで家まで帰ったのだった。
◇ ◇ ◇
王子さまのような人をみた話は、
「いつもの琴美の空想物語」なんてママたちには信じてもらえなかったけれど、私の大事な思い出としていつまでも心の中に残っていた。
あれから、みずたまりを見つけた時や家の鏡の前でこっそり
「かがみよかがみ、かがみさん、このよで1ばんうつくしいのはだーれ?」
って言っても、あの男の人の姿が映ることは無かった。
◇ ◇ ◇
12歳になった私はその日、従姉妹のお姉ちゃんの結婚式に出るために、着替えた若草色のワンピースにお気に入りのピンクの薔薇のブローチをつけようと鏡の前で悪戦苦闘していた。
名札は毎日つけているけど、このブローチは縦にピンが付いていてつけにくい。
「自分で出来る!」なんて言っちゃったから今さらママにも頼めないしなー。なんて、考えてたら。
「痛っ!」
指にピンをさしてしまい、その指を振っていたら鏡に当たってしまった。
その瞬間!
あの時のように鏡が光り、あのキレイな人の姿が映し出された。
「 」
「 」
びっくりした顔で何か喋りかけているけど、やっぱり言葉はわからない。
もう一度会えるかもと思ってあの後から英会話教室に通わせてもらっていたけれど、英語じゃないみたいだし、数ヵ国語を喋れる先生に聞いたどこの国の言葉とも感じが違う。
言葉がわからなくて首をかしげる私に、残念そうな顔をしたキレイな人は、それでも私のブローチに気付き。
「 」
何か言ったあとに優しく微笑んでくれて、また眩しい光とともに消えていった。
言葉はわからないけど、ほめてくれていたのは伝わってすごく嬉しくなった。
「琴美ー着替え出来たのー?」
って声が聞こえて部屋を出た私は「…お願いします」ってブローチをママに差し出し若草色のワンピースにきれいなピンクの薔薇を咲かせたのだった。
6年ぶりに見たあの人は、少し大人になっていて、前より疲れた顔をしていたけれど、それでもやっぱり私が今まで見た誰よりもきれいな顔をしていた。
◇ ◇ ◇
17歳の初秋、文化祭に手芸部から出す作品をチマチマ縫いながら、机に置いたスマホをハンズフリーにして、彼氏の貴史くんとお喋りしていた。
貴史くんは6歳のあの日、手をひいて家まで送ってくれたたかしくんだ。
高校は離れてしまったけど、文化祭に遊びに来てくれるのでその話なんかをして、「おやすみ」って通話が切れたスマホを触ろうとして、またうっかり持ってた針で指をさしてしまった。
(前にもこんなことあったなー)
なんて、暗くなった画面に指をのばした瞬間!
またあの眩しい光があふれ。
さらに少し大人っぽくなったあの人の姿が映し出された。
「 」
「 」
言葉がわからないのは前と同じだし、やっぱりびっくりした顔をしている。
あちらも夜なのかパジャマ代わりのような白いシャツの胸元は緩くはだけていて。
「!!!!」
赤くなって顔を背けた私にクックと静かに笑ったその人は、急に笑い声をとめた。
不思議に思い赤い顔を画面に向けた私の目には私がチマチマ刺繍していた白いハンカチを見つめ、静かに涙を流しているきれいな顔が入ってきた。
(涙を流しててもなんてきれいな顔)
なんてぼんやりみつめていると、光とともにその姿は消えていった。
手もとのハンカチに視線を落とす。
『プリンセスが持っていそうな白ハンカチ』
をテーマに手芸部のみんなと、硝子の靴や馬車、薔薇なんかを刺繍した、だだのハンカチだ。
「泣ける要素あるかな?」
首をかしげながら、刺繍を続けるが、ふと先ほどのシャツ姿を思いだし、また指に針をさしてしまい慌てるのだった。
◇ ◇ ◇
「もう!せっかく久しぶりに会えるってのに、何よ急な飲み会って!」
21歳のその日私は一人暮らしをしている貴史君の部屋のキッチンで怒りで肩をふるわせていた。
中学校の卒業式からはじまった貴史君との交際も6年がたち、高校に続き大学も別になった私たちは会える時間がぐっと減っていた。
お互いのバイトの終わり時間の関係で朝起きてからメッセージに気づいたり、私からのメッセージが昼過ぎまで既読にならなかったり。
今日は久しぶりに二人の時間が合ったので先に用事をすませた私が貴史君の部屋で夕食を作っていたのだけど、そこに『飲み会入った』の短いメッセージ。
既読無視のあと何回かメッセージが入る音がしたけどそっちは開いてもない、そのあと着信も何回かあったけどそっちも無視、無視!
「とりあえず料理作っちゃうか」
イライラしながら料理をしてたからだろうか、桶に水をためて野菜の皮をむいてたときに包丁で指先を切ってしまった。
「何してるんだろう?」
熱をもった指先をみつめていると、水桶が光った。
「あっ、この感じ久しぶり…」
気持ちは上向いてきたけどまだ虚ろな目をそちらに向けると、こちらを指差しながらすごい慌てているキレイな顔があった。
何慌ててるんだろう?
不思議に思いながら自分を見下ろし、ふっと笑いが出てくる。
片手に包丁を持ち、もう片手は血を流している指、目はうつろ。
笑いながら包丁を置き、皮を剥いたじゃがいもを見せる。
お鍋なんかもみせながら、身振り手振りで料理中なことを説明すると、キレイな人はほっとした顔をしつつ何か言いながら怒っている。
きっと「気をつけろ」とかそんな心配しながら怒ってるんだろうな。
なんだか心があたたかくなってきて、イライラも落ち着いた頃に光とともに姿が見えなくなった。
その後、返信をしない私を心配した貴史君がガチャガチャと急いだように鍵をあけて家に入ってきて、指から血を出す私にパニックになり、謝りながらすごい愛を叫ばれた。
イライラしたままだったら、
こうやってすぐに帰ってこれる飲み会ならはじめから行くなとか、
私を宥める為に調子よく普段言葉にしない愛を叫ぶなとか、
色々かわいくないこと言いそうだったけど。
あの人の心配そうな顔を思いだし、付き合いが長くなったからこそ言えなかった自分の寂しい気持ちとかを素直に貴史君に伝えられたのだった。
◇ ◇ ◇
24歳のその日は、貴史と同棲しているマンションのお風呂で半身浴をしながらゆっくり本を読んでいた。
貴史は出張中で、夜に電話するって言ってたけどまだまだ時間がある。
そろそろのぼせそうだし、出ようと思った時に、
(やばっ)
鼻から何か垂れる感じがしたと思ったらお風呂が光った!っと思ったら「 」何かワーワー言いながらすぐにまた光ってもとのお風呂に戻った。
タオルで鼻をおさえ脱衣場に出たあと顔を覆う。
「…裸みられた」
数日後出張から帰って来た貴史が不審に思うほど、しばらく動揺が続いてしまい、色々あやしまれたりもした。
◇ ◇ ◇
26歳、式場の控え室で1人になった私は鏡に映った白い衣装の自分を見つめながら幸せをかみしめていた。
ふと、部屋の台に飾られたピンクの薔薇に目がいく。
こんな忙しい日なのに式場に入る前に貴史がくれた私の大好きな花だ。
そっと触れようとして、トゲが指先をちくりと刺した。
(白い手袋はめてなくてよかったー)
少し滲んだ血を白い衣装につけないよう、反対の手で手首をつかみ水場に行こうとして、ふとその指先を鏡にくっつけた。
鏡が光り、私より少し上の年齢だろう姿に成長した王子さまの姿が映った。
(やっぱりそうだったんだ)
どういう理屈か、はたまたこれが本当に現実なのかもわからないけれど、鏡のように姿を映せるようなもの+私の血液で鏡の王子さまが映るみたいだ。
つながり方はわかったけど、こうして知らない男性とこっそり会うのは(話すらしたことないけど)貴史に悪い。
今日結婚するのを機にもう血で鏡を汚さないように気をつけてつながらないようしよう。
そう思い私は鏡の前で礼をしようとして、なんとなくこの前読んだ本で覚えたカテーシーと言うものをしてみた。
(王子さま相手だとこうするのよね?)
鏡の中の彼は、目に大きな涙を浮かべながらも顔いっぱいの笑顔を浮かべ大きく頷くと、、
光とともに消えていったのである。
「今までありがとう。」
つぶやいた言葉は5月の風に流れていった。
◇ ◇ ◇
喧嘩や仲直りを繰り返しながらも、貴史との時間は穏やかに過ぎていく。
今は初めての出産を終え育児中だ。
パパになった貴史によく似たこの子は、産まれた時からぼーっとしてておとなしかった私には全然似ずに性格まで産まれた時からやんちゃな貴史そっくりだ。
最近はぐずった時に鏡の自分をみせると泣き止むのを発見したので、洗面台の前で抱っこしながらゆらゆら揺らしている。
ご機嫌になった我が子はキャッキャと手を動かしながら、その手の行く先を私の眼鏡にロックオンした。
(やばい!これ壊れたら3本目!)
思わず眼鏡を守ろうと顔をそらした私の頬を我が子にひっかかれた。
少し滲んだ血が鏡にかかる。
「あっ、、」
久々に鏡が光り、前までなかったひげを生やし少し威厳が出てきた王子さまとその膝の上でそのひげをひっぱろうとする7歳くらいの女の子の姿が映った。
「お久しぶりです、こんにちは」
言葉は伝わっていないだろうけど、挨拶をする。
「こうして今幸せに過ごしいます、あなたも幸せそうですね」
我が子の姿を王子さまにみせながらそう続ける。
鏡の向こうで大きく頷く彼は膝の上の女の子を抱っこしてこちらにその姿をみせてくれた。ちなみにひげはひっぱられたままだ。
お互いに穏やかな笑顔を浮かべながら、静かに光はおさまっていった。
話をしている間に3本目の眼鏡のつるは壊れており、我が子は赤ちゃんながらどや顔だ。鏡の向こうでは、きっとひげをひっぱられた口回りが真っ赤になっているんだろうな。
◇ ◇ ◇
月日は流れ、子どもも増えその子たちも巣立ち、孫ができ、その孫の結婚式に参加して、貴史が先に旅立った。
私は相変わらず自分の一部がここには無いような感じをかかえつつも、大きな病気もせずにここまで来たが、そろそろその時が来そうだ。
ベッドに横になりながら枕の下から貴史の定年退職の記念旅行の時に欧州で買った薔薇模様がついたアンティークの手鏡を出し自分の姿を映し指先を強く噛む。
滲んだ血をその手鏡に当てる。
50年ぶりぐらいのその姿はやさしそうなおじいちゃんになっていた。
たくさん苦労しただろうがわかる皺に鏡ごしにそっと手を伸ばす。
「ごくごく平凡な幸せがいっぱいの素敵な人生でした。あなたはどうでしたか?」
「それを聞けたから、私の人生も幸せだと思えるようになったよーーー」
最後の呼び掛けは聞こえませんでしたが、初めてはっきりと伝わる言葉を聞きながら、私は瞼をとじたのでした。
同じ時、この世界ではない遠い世界で、40年間以上眠り続けた一人の美しい令嬢が、その命をひっそりと終えたのでした。
次回は『鏡の中の世界』です。