ダンス、ダンス、ダンス
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エルフィラはにこやかに微笑みながら俺を待っていた。俺は腰を折ってうやうやしくダンスを申し込む。彼女は了承し自分の腕を差し出した。俺は彼女の手をとり、セレニーティス式ダンスの基本姿勢を取ろうとする。彼女はいたずらっぽく囁く。
「お手並み拝見といきましょう」
「あまりプレッシャーかけないでくれ。覚えたステップが出てこなくなる」
「戦場ではベテランかもしれないけど、ここでは初心者もいいとこね」
「降参だ……頼むからお手柔らかに願いたい。こういうのは苦手なんだ」
「敵前逃亡は重罪なんですけど」
だが嫌みなセリフはそこまでで、エルフィラはつたない俺のリードに従い、上手くフォローしてくれた。とりあえず足を踏まなかっただけでも自分を褒めてやりたい。だが正直言えば彼女の危険回避スキルが高いだけだと思う。
「一つ言っておきたいことがあるわ」とエルフィラ
「なんか間違えたか?」なんか間違えたと言うより、正しく踊れている所の方が少ない気もする。
「この前の戦闘のこと。あらためて礼を言うわ。私だけでは村人は護れなかった」
予想しないセリフに俺はまごついた。
「……仕事だからな」
「でも私はここで宣言しておく。あなたに絶対に私の力を認めさせる」
「誤解させたようだな。君は魔術師として一流だ。俺はそう思っている」
「でも軍人としてはそうじゃない。ならば私も一流になる。あなたと肩を並べて一緒に戦えるぐらいに」
何と反応したらいいのか、正直、俺には分からなかった。
音楽が変わりダンスの終わりを告げる。最後だけは優雅に礼を決め、俺はその場を後にした。彼女は黙って俺を見送った。
何か彼女の決心について答えるべきだったかも知れない。期待しているとか、君なら出来るとか。自衛隊の代表としてはそう言うべきだったろう。だが出来なかった。俺にはエルフィラの姿が、戦死した第一王女の姿と重なって見えた。エルフィラも第一王女と同じ道を歩みたいのだろうか。そんなことはせずに、軍で経歴に箔をつけたら、早く元の居場所に戻った方がいい。そして王族に相応しい立派な伴侶を見つけろ。その方が死ぬよりずっとマシだ。
会場に戻った俺はヴァレリオを探す。綺麗な娘に囲まれて歓談している奴の姿が見えた。あいつの容姿なら人気があって当然だ。
邪魔するのも悪いと考え直し、独り食事を愉しむことにした。ダンスはした。最低限の義理は果たした。パートナー探しの群れに加わるつもりも無い。こちらから誘わなければダンスの誘いを受けることもまず無いだろう。これ以上の面倒ごとは断固、御免被る。
基地周辺では食べられない新鮮なエビ(のような生き物)のオードブル(みたいな料理)をぱくつく。地球で言えば中世時代相当のセレニーティスだが、魔法で冷凍保存出来るのでこんな内陸でも海産物を食べられる。もっとも輸送に手間がかかるので庶民の口にはなかなか入らない。食欲を満たし、少し落ち着いて周りを見ると、美しい女性の周りには男どもがそれとなく集まっているのが見える。楽しそうに会話を交わしているが、男同士で牽制しあっているのが見え見えだ。
ひときわ大きな群れの中心に、エルフィラもいた。楽しそうに周囲に笑顔を向けている。
もう一人の目立つ娘。さっき俺を誘惑しようとしたレティシア・ボナ・エリザベッタ嬢だ。集まっている男どもはエルフィラに群がる男達より若干年齢が高く見える。レティシアと最初のダンスを踊ったのは一体誰だったのか? まあ、俺が気にすることでは無い。
こうして見るとエルフィラとレティシアの美しさはずば抜けている。しかし彼女ら二人は真逆のタイプだ。エルフィラは可憐で清楚、レティシアは妖艶で艶めかしく男の本能を刺激する。だが不思議なことに、俺には二人がどこか似通って見えた。二人とも王族や高位の貴族だからそう感じるのかも知れない。俺の住む世界は彼女たちとは違う。
俺は花に群がる男どもの幸運を心の中で祈ってやった。
◆
「失礼ですが、キリシマ様ですよね?」
一人の女に話しかけられる。エルフィラやレティシアのような特別製の人間と比べるのは酷だが、気立ての良さそうな可愛らしい子だ。服装から見て中堅クラスの貴族の家の娘だろう。
「ええ。私が霧島です」
「良かった! 一度ぜひお会いしたかったのです。キリシマ様のことは良く存じております!!」
「……断っておきますが、吟遊詩人の言ってることは大嘘ですからね?」
女は、少し恥ずかしげに微笑む。
「いえ、そういうのじゃないです。私はキリシマ様の事を他の誰より良く知ってます。私の兄が王立軍で戦っていて、よく話を聞いていましたから。“エルバールの正義”部隊ってご存じですか? 兄のいた部隊です」
“エルバールの正義”か。俺は顔を曇らせた。“ジュラの戦い”でホドスの強襲を受けた王立軍は、手酷い損害を受け守備隊はほぼ壊滅した。生き残りの兵を逃がすため最後まで戦った部隊が精鋭の“エルバールの正義”だ。彼らのおかげでおよそ千名の兵が撤退に成功したが、“エルバールの正義”が受けた損害は酷いものだった。俺たちが到着した時すでに半壊しており、彼女の兄もただですんではいないはずだ。
だがさっきレティシアが言っていた“エルバールの正義”が逃げ出したというのは間違っている。残った騎士達は必死に魔術師達を護って戦っていた。もっとも反王室派のレティシアがそこだけ詩を改変しただけかも知れない。“エルバールの正義”は王家の直属部隊だ。
女は慌てて手を振った。
「ご心配なく。幸い兄は命を取り止めました。怪我のせいで除隊しておりますが、今は気楽に暮らしております。あの時、兄が助かったのはキリシマ様のおかげですわ」
「我々はたいしたことをしていない。お兄様は強い運の持ち主のようです。失礼ですがお名前を伺っても?」
「あ、ごめんなさい。私はバルバラと申します。フーゲンベルク男爵家の長女です。兄はカミル・フーゲンベルクと申します」
と自己紹介するとバルバラはスカートの裾をつまんで上品にお辞儀をした。
「周りを見ても公爵家や伯爵家の偉い方ばかりで、私のような人間には気まずくて……でも思い切って来て良かったです。キリシマ様にお会いできましたし」
「実は私もこのような席は苦手です。ダンスも慣れてはおりませんし」
バルバラはクスッと笑った。
「大丈夫ですよ。異世界の方が我々のダンスに精通していなくても、それはあたりまえの事です。エルフィラ王女も楽しそうでしたし問題ありません」
「ご覧になっていたのですか……やっぱり酷かったでしょう? あれでもかなり頑張ったんですよ」
確かに俺は頑張った。あまり言いたくないが、ヴァレリオ相手にダンスステップの練習で2時間ほど一緒に踊っていた。だがさすがにその程度の練習量で貴族並に踊るってのは無理な話だった。
「気に障ったらごめんなさい。でも初心者にしてはなかなか上手でした。ただ軍人さんらしく、動作がきびきびし過ぎていた感はありますが……」
俺は確信した。やはり酷かったようだ。
「もう二度と踊ることは無さそうだし、思い出にしておきますよ」
「お立場上それでは済まないでしょう。これからいくらでもそういう機会はあるでしょうし。それにキリシマ様なら少し練習すれば、すぐにうまく踊れるように成ります……そうだ! よろしければ私と踊りませんか? これも練習だと思って」
もうダンスはこりごりですと断ろうとした俺は、慌ててその言葉を飲み込んだ。バルバラはうつむきドレスの開きから見れるうなじが赤くなっていた。そう言えば言葉の最後の言葉は少し震えていた気がする。
「……足を踏むかも知れませんよ」
「大丈夫です。鍛えてありますから。私は領地の農作業を手伝ったりするんです」
俺はあらためてこちらの貴族風にダンスの申し出をした。まさか自分が、二度もこれをやることになるとは思わなかったが。