パーティは戦場のようなもの
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俺たちを乗せた○ヨタ製のセレニーティス特別仕様車――本来は、たまに日本からやってくる政治家用だ――は何事も無く本日の会場、アルテリッチ宮に着いた。指定時間より30分ほど遅れての到着だ。あんまり早く着いても向こうも困るので、これくらいが適正らしい。
宮殿の近衛兵たちが、車を降りた俺達に向かって一斉にセレニーティス式の敬礼をする。一人の若い王立軍士官が進み出て、俺たちに向かって礼をした。
「ようこそいらっしゃいました、キリシマ二佐。殿下がお待ちしております」
恐らくこの男は第九王女の部下だろう。彼に先導されて大広間に向かう。アルテリッチ宮はセレニーティスにおける三大宮殿のひとつで、王国が最も栄えた大魔法時代に建造されたと聞いている。古代魔法技術を使ったこの世のものとは思われない美しさを誇るオブジェの群れに、俺は圧倒されそうになる。人工の妖精が空中を飛び交い、その中の1体が俺に微笑んだ。
俺の担当区にある建物は、戦争で荒れ果てたものばかりだ。こんな贅を尽くした宮殿の中に入ったのは生まれて初めてで、思わずドギマギしてしまう。
いや。待て待て――これでは相手の思うつぼだ。この宮殿は王族の栄光を見せつけ、他者を威圧するために存在する。初っぱなから気押されるようでは負けを認めたようなものだ。もっと堂々と振る舞え。いやしくも今日の俺は自衛隊の代表だ。
ヴァレリオが全く驚いた様子を見せていないのが、ちょっとしゃくだ。これではまるで俺が田舎者みたいだ。まあ、この男は公爵家の生まれだから驚かなくて当然なんだが。父親が有力な王室派なので、ヴァレリオ自身ここに何回も来たことがあるらしい。
長々と続く広々とした廊下をしばらく歩く。すでに招待客は会場に集まっているようで、見かけるのは使用人達だけだ。目が合うと微笑みながら礼を返される。
前方に大きな扉が見えた。近づくにつれざわめきが漏れ聞こえる。あの向こうが会場のようだ。扉が重々しく開いた。
「日本国陸上自衛隊 セレニーティス駐留機甲戦闘団 第二特別偵察隊指揮官 霧島和也様のご到着~」
到着を知らせる声が大きく響き、中の客たちの視線がこちらに集まる。
第九王女エルフィラ・ブランケ・ダ・セレニーティスがこちらに向かって歩いて来た。軍の礼服を着てくると思っていたが予想は外れ、白のドレス姿だ。シンプルで上品だが、シンプルなだけに綺麗な身体の線が見て取れる。
「ようこそいらっしゃいました。栄えある日本国が誇る軍人、勇猛果敢な不死身の英雄、キリシマ カズヤ様。貴殿の前ではホドスの王“エルビウス”でさえ力を失い、戦いを仕掛けたことを悔やむことでしょう」
まるで女神のように艶然と微笑む。
先の戦いで見せたトゲトゲしさは全く感じない。さすが王族の一員だ。本当に歓迎されてるような気さえする。だがまあ、それはあり得ないだろう。少し焦りながら、挨拶のセリフを思い出す。
「麗しきエルフィラ・ブランケ・ダ・セレニーティス第九王女殿下。あなたの勇敢さの前には戦の神“イデウス”さえたじろぎ、あなたの美しさには美の女神“エルスス”さえ嫉妬することでしょう。栄光ある“イフエールの剣”の指揮官就任おめでとうございます。時果てるまで共に戦うことを誓いし永遠の友、陸上自衛隊を代表する者としてお祝いを申し上げる」
なんとか噛まずに話し終えた。美辞麗句で大げさなのは、セレニーティス流のお約束だ。
第九王女は再び笑みを浮かべると軽く腰をかがめ礼をした。
「ありがとうございます。本日はどうぞごゆっくりとお楽しみください。では後ほどまた」
王女の姿が見えなくなるとヴァレリオが耳元で囁く。「間近で見る第九王女が、これほど美しいとはな。あんたにつきあった苦労が報われたぜ」
「お前の趣味に合ってなによりだ」
「まるで自分の趣味に合ってないように聞こえるが」
「俺は薔薇より、すみれの方が好みでね」
「負け惜しみにしか聞こえんな」
周囲がガヤついている。
美形が多いセレニーティス貴族の間でも、やはりエルフィラの美しさは特別なのか……と思ったがどうも雰囲気が違う。王女の美しさを賛美しているわけでは無いようだ。男たちのささやき声が聞こえた。俺は職業柄、耳がいいのだ。
「あれが例の“英雄”か」
「あんなのが英雄でたまるか」
「いや、見くびるのは危険だ。あいつは強敵だ。油断すれば獲物を全部持って行かれる」
「考えすぎで過剰評価だ。しょせん平民上がりの異世界人に過ぎん」
「そうそう。地位も中佐に過ぎん。そんな奴が主賓なんて王家も舐められたもんだ」
……どうやら俺のことらしい。言ってることがよく分からんが、平民出で異世界人で中佐(二佐だが)の客なんて俺くらいしかいない。
むっとして振り向いた。男達はあわてて俺の視線を避ける。何か皮肉を言ってやりたかったが、なんとか自制する。今日の俺は自衛隊の代表だ。下手な真似は出来ない。
無性に喉の乾きを感じた。給仕に声をかけ酒が入ったグラスを受け取った。そして、その場を立ち去り奥のテーブルへと移る。
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気分転換に日頃飲み慣れない高級酒を愉しむことにする。さすがに旨い。基地のPXで買える安酒とは違う。
二杯目を給仕に頼むと、他の客と話をしていたヴァレリオが俺の方に戻って来た。綺麗な娘が奴の後ろ姿を残念そうに見つめている。もっと話をしたかったのだろう。ヴァレリオの美形ぶりは、そんじゅそこらの貴族では話にもならない。
そんなヴァレリオが俺にウィンクをする。
「周りはあんたの噂話で持ちきりだ」
「好かれてるようで嬉しいね」
「残念ながら騒いでいるのは主に男どもだ。さっきので分からなかったか? あいつら目当ての女をあんたに取られないか、戦々恐々としてるのさ。貴族が同格以上の異性と知り合いになる機会ってのは、実はそれほど多く無い。今回みたいなパーティは、そっち狙いで来る客も多いんだ。なんせ王室主催のパーティだ。参加者もそれなりに上玉だ」
「さっきのアレは、そう言うことか。馬鹿らしい。あいつらの恋人探しを俺が邪魔する訳ないだろう」
「我らの主神は愛を司る女神だが、同時に戦いの女神でもあるしな。恋人は戦って奪うもの。ライバルがいるのが前提さ。だが探すのは恋人や結婚相手だけじゃあないぜ。浮気相手を探す奴もいるんだ。隊長も試してみるか? どっちが先にお相手を見つけられるか勝負といこう」
「趣味じゃ無い。それに俺はおまえほど二枚目じゃ無いからな。負ける勝負はしない主義だ」
「お褒め頂き光栄至極。だが俺みたいないかにも美男子ってのは、それはそれで不利な点も多いんだ……ああ、そうか。心配しなくていい。第九王女は身持ちが堅くて有名だ。浮いた噂の一つも無い」
「意味が分からん。一体誰が何を心配するんだ?」
「エルフィラを見たときのあんたのアホ面、鏡で見せてやりたかったぜ。ああいう高め狙いなら、それなりに覚悟のほうも……」 突然ヴァレリオの顔が曇った。そして低く囁く。「注意しろ」
何を? と問う間もなく背後から女の声が聞こえる。
「殿方だけで何を話していらっしゃるの?」
見ると艶やかに光る黒いドレス姿の妖艶な美女。胸元が大きく開きセクシーな装いだ。そばに居るだけでこっちの本能が掻きむしられるようだ。
(見た目だけは)清楚な印象を与えるエルフィラとは真逆のタイプ。目が合うと俺に向かってにっこり微笑む。
「お会いできて光栄ですわ、キリシマ カズヤ様。ご高名は常々お聞きしております。それとヴァレリオ・スカッビア・ダ・アルギュロス殿。お久しぶりね。3年ぶりかしら?」
高名だの、英雄だのやたら今日はやたら持ち上げられる。こういうのも貴族の礼儀なんだろうか。
ヴァレリオがうやうやしく彼女に礼をした。「アルギュロスの名は捨てました。ご覧の通り今は自衛隊に雇われている身です」
優雅な態度と裏腹に、ヴァレリオの緊張した声が俺の脳内に響く。
『気をつけろ。この女はレティシア・ボナ・エリザベッタ・ダ・クリューソス。クリューソス家の長女だ。クリューソスは反王室派だ』
ヴァレリオが緊急以外の用件で、俺の心に直接呼びかける事は無い。つまり今は緊急事態で、この女は相当危ない相手だと判断したってことだ。
『やり手で、しかも手段を選ばない。油断すればケツのケバまで毟られるぞ』
『危険な女は好みだろう。良かったら相手してくれないか』
『辞退する。俺は食虫植物より薔薇の方が好みでね。こいつの相手はあんたの仕事だ』
しょうがない。とりあえず相手の胸元ばかり見ないよう注意するとしよう。