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え、まさか俺が?


「霧島二佐。待っていた」


服に乱れが無いことを確認した上で入室した俺を、八木原陸将は不機嫌そうに迎え入れた。

もっとも、この上官の機嫌いい時なんてめったに無い。


「戦闘のことは聞いた。相変わらずのようだな」


「恐縮です」


「セレニーティス人の部下達とはうまくやっているか?」


「全く問題ありません。部下達は任務を良く理解しており、常に上官に忠実であり、熱心に職務にはげんでおります」


「それは結構。ホドスとの戦闘、ご苦労だった。だが一つ言っておこう。貴官の仕事は中隊の指揮であり、自分一人で竜を倒して見せることではない。それは頭のすみに入れておけ」


予想通りお説教らしい。


「お言葉ですが、私が出なければ竜を倒すことは困難な状況でした。フェリル村に民間人が戻っており全滅の可能性が高かったのです。あそこは開拓村で子供も多く……」


陸将は俺の言葉をさえぎる。


「分かっている。やり過ぎるなと言っているだけだ。本来、指揮官は最後まで生き残って隊を統率する義務がある。隊長が一番槍で敵に挑むなど常識外れもいいところだ。貴官のやり方に批判が出ているのは知っているな?」


「私は……」


「勘違いするな。これは叱責しっせきでは無い。単なる忠告だ。私は貴官の働きには期待しているのだ。しかし目立つ人間を叩く者はどんな組織にもいる。足を引っ張られないよう気をつけろ。言いたいのはそれだけだ……さて本題に入ろう」


おや? 説教が本題では無い……俺は肩すかしを食らった気分になった。

陸将は机に置いてあったやたら豪華に見える封書をとる。


「もう知っていると思うが、昨日、セレニーティス王立軍から正式に連絡があった。貴官の担当区において王立軍の編成替えがある。“リークスの正義”部隊が西部解放区に移り、代わりに“イフエールの剣”部隊が貴官の担当である北部森林区に常駐する。指揮官は第九王女、エルフィラ・ブランケ・ダ・セレニーティス殿下だ」


「はい。そのように聞いております」


「よろしい。ついては殿下の着任祝いパーティが開かれる。自衛隊の代表として君が出席したまえ。私は残念ながら出られない」


「ええと、私が……でしょうか?」


「そう君がだ。他に誰が居る? 私の代わりに参加するんだ」


俺は内心ため息をついた。これが今回呼び出された理由なのか。どう考えたって俺向きの仕事じゃ無い。王立軍の式典はやたら格式ばっていて疲れるのだ……だいたいあのお姫様、俺が行ったって喜ぶものか。

だが俺はもっと悪いことに気がつく。着任した指揮官は第九王女のエルフィラで、つまりは王室の人間だ。パーティが普通の指揮官レベルで収まるはずが無い。


「ひとつ伺いたいのですが、祝賀会の主催は王立軍でしょうか?」


「違う。カルロッタ女王陛下の名の下に開かれる。つまり主催は王室だ」


アウトだ。アウト。

これは完全にアウトなやつだ。王族は礼儀作法にめちゃくちゃ五月蠅うるさい。俺は彼らの振る舞い方なんてろくに知らないのだ。こんな式、俺が出てはいけない。良くて笑いもの、下手すりゃ外交問題になりかねない。


陸将は言う。

「あきらめたまえ。助けてやりたいのはやまやまだが、私は当日、本国からの召還命令を受けている。だいたい北部森林区は君の担当なんだ。出ないと言う選択肢は無いぞ。王国との良好な関係の維持は士官の義務でもある。貴官もこの手の仕事には慣れておく必要がある。今まで逃げまくっていたようだが」


陸将はやたら豪華に見える封書を俺に押しつけた。


「これが王室からの招待状だ。式典は一週間後、セレニーティスの緑月の七の日、一八:00(ひとはちまるまる)より開始される。当日は第2種礼装を着用してくれ……まあ自衛隊の体面を崩さない程度に楽しんでこい。出てくる酒はPXにあるような安物では無いぞ。食事も一級品だ。なんと言っても王家の催す正式な祝賀会なのだからな」


なら自分で出てくれ、と口から出かかった声を無理矢理に飲み込んだ。

面倒な仕事を押しつけられた。最悪だ。


「以上だ、霧島きりしま二佐。退出を許可する。くれぐれも羽目を外して問題を起こさないように」



一週間はあっと言う間に過ぎて、今日が祝賀会の当日だ。俺も一応出来る事はやった。具体的には部下のヴァレリオ・スカッビア三等陸尉に頼んで貴族の礼儀作法をいろいろご教授願った。ヴァレリオは公爵家の出身で三男坊だ。今は家を追い出された身ではあるが、そこらの弱小貴族では太刀打ち出来ないほど優雅に振る舞う。もっともそれは本人がその気になればの話で、いつもは粗野な振る舞いを好む男だ。


ヴァレリオに教えを受けた結果、いくつか致命的な問題が存在することが分かった。

特にマズいのは、パーティの主客(代行だが)として招かれた俺は、第九王女のエルフィラとダンスを踊らなければならないことだ。あんな複雑なダンス、俺についていけるはずが無い。

だいたい彼女と一緒に踊るなんて、もうそれだけで大問題だ。向こうだって俺を嫌っていることは明白で、何か適当な理由をつけて断ってくれないだろうか。もっとも自衛隊代表として出席する俺を、無視するのは難しいはずで、その意味では彼女も俺と似たような立場だ。あまり期待は出来ない。


もう祝賀会へ出発する時間だ。ダンスステップを頭の中で思い出しながらヴァレリオを待っていると、マリサ・トスティ曹長が久しぶりに声をかけてくる。


「隊長。今日は気をつけなよ。王族の女なんて見た目だけなんだから」


そしてわざとらしく敬礼をすると視線を逸らし立ち去っていく。

ようやく現れたヴァレリオが言う。


「あいつも不憫ふびんな女だな。隊長もマリサみたいな単純な奴の気持ちも読めないんじゃ、貴族相手の心理戦なんて遠い夢だぜ。それともワザとやってるのか?」


「俺は、お前みたいに女の尻を追い回してないからな。女性心理にうとい」


「いばって言う台詞せりふかよ。だいたいあんた真面目過ぎるんだ。だから第九王女と上手くいかない。あの手の女は褒めときゃ問題無いんだ。但し心の底からな。お世辞は速攻で見抜かれる。ついでに惚れちまえばもっと問題は無くなる」


「却下だ。残念ながら俺にも女性の好みがある……さてと無駄話はここらで打ち止めだ。そろそろ出るぞ。準備はいいか?」


「……ああ。いつでもいいぜ。中隊長殿」


ヴァレリオも今回のパーティは一緒に参加する。この男は口は悪いが、彼なりに心配してくれているようだ。自ら同行を申し出てくれた。招待状は俺の分しか無いのだが、ヴァレリオは問題無いと請け合う。主客として招かれている以上、従者枠が確保されているとのこと。逆に一人でノコノコ行ってはいけないらしい。軽く見られる。


旅団本部から運転手付きで送迎車が回されて来ていた。会場の宮殿に向かうのに無骨な高機動車で行く訳にはいかないからだ。日は傾き紅くなった空の下、俺とヴァレリオは車に乗り込む。正直、まだ気が重い。

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