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戦い終わって書類仕事


(あーもう、こんな感じでいいだろう。これ以上細かく書いてもボロを出すだけだ)

俺は基地で報告書を書いている。今はあの戦闘が終わって二日後だ。


キーボードから手を離し、ため息をつく。出てきたあくびを思わず噛み殺す。

周りに人はいないから我慢する必要も無いんだが、自衛官は建前上あくびはしないことになっている。

報告書の方は、ほぼほぼ書き上げた。もう少し推敲すいこうすれば終わりだ。これさえ仕上げてしまえばこれ以上、上からギャーギャー言われることも無いだろう。

ホドスとの戦闘は久しぶりでただでさえ報告事項が多い上に、単独で敵を排除してしまったのが問題視されていた。そもそも俺の隊は情報収集が仕事で、竜を倒すなんて求められていない。やっちまった後は、事後処理が面倒くさくてかなわない。


結局、あの戦闘で俺たちは竜3体の撃破に成功した。味方の損害は軽微で、第九王女のエルフィラは負傷したマリサに対しても快く回復魔法を使ってくれた。もっとも俺の方は見向きもされなかった。その点は特に不満は無い。どうせ俺に回復魔法は効かないし、女の子の加護がある間は負傷してもすぐに治る。しかし、ふてくされて俺と口もきかなかったのは、いかがなものか。戦闘の初心者扱いされたのがよほどプライドに堪えたらしい。俺としては単に事実を指摘したまでだが。


それにしても腹が減った。

今日は忙しくて昼飯も食えなかった。もう曹士食堂も士官食堂も閉まっているから、飯が食いたければPX(駐屯地内の売店)に行くしか無い。

パンでもかじりながら少し考えたいこともあった。実は上から正式に通達があった。第九王女の率いる“イフエールの剣”部隊は、俺の担当である森林区に常駐することになったそうだ。あんな王女様どう扱ったら良いものか。


少し大きな作戦になれば王立軍との連携は必須となる。しかし、アレとどうやって一緒に戦えと言うのだ? どうせなら、砂漠地区の方へ行ってもらえないだろうか。あそこの北村二佐なら喜んで彼女の相手をするだろう。あの男は美人ならだれでも歓迎だ。


そんなことを考えながら売店に向かった俺は、聞き慣れた声に呼び止められた。


「霧島二佐。戦闘のことお聞きしました。ご無事で何よりです」


服部はっとり寿々音(すずね) 二尉が俺に向かって敬礼している。彼女は俺の部下で第二偵察隊の小隊長を務めている。任務から戻ったところで、戦闘の事を聞いたらしい。俺は敬礼を返した。


「ありがとう。そちらの方は何かあったか?」


「特別なことは何も。いつもどおり静かなもんです」


彼女の担当地区で敵の動きは無く俺は安心した。

午後に報告を受ける予定なので、その場は別れる。


服部二尉のような日本人の部下と、マリサやヴァレリオのようなセレニーティス人の部下とでは、俺に対する態度はかなり異なる。日本人の部下たちは礼儀正しいが、セレニーティス人たちはそうでもない。彼らにとっての俺は傭兵隊の親分のようなものなのだ。


サンドウィッチと飲み物を買うためにPXに入ろうとした俺を、今度は背広姿の男が呼び止める。


「霧島さん! 霧島二佐じゃないですか? お久しぶりです」


「久しぶり……って、ああ、あなたか」


「嫌だなあ、霧島さん。あなたは無いでしょう? 僕には大滝はじめと言うれっきとした名前があるんです。もしかして、まだ前のこと根に持ってます? 怒ってます?」


この男は総合電機メーカーの主任技師だ。もちろん電気メーカーと言ってもセレニーティスまで来て、家電を売ってる訳じゃあ無い。仕事は防衛装備品の開発だ。

この大滝技師とはちょっとした縁があった。この男が開発した新装備――指向性音波による詠唱妨害装置――を現場で最初に使ったのが俺の隊だったのだ。だが結局のところそれは失敗作で、正直言えばこれ以上関わりたくなかった。


「……任務中ですのでこれで失礼します」


「あっ! 絶対、根に持ってる。ちょっと待ってくださいっ! 以前はご迷惑をおかけしました! 反省してます! 心ばかりのお詫びですっ! 最高級のコーヒーでもいかがですか?」


彼は、ポケットから100円を取り出すと、近くにあった自動販売機に投入しボタンを押した。

そのコーヒーは20円ほど他の飲み物より高く、確かにその販売機の中では最高級だった。


「近いうちに改良型がテストフェーズ入りますので、今回もよろしくお願いしますっ」


いくら深々と礼をされても、俺は自分が渋面を浮かべるのを止められなかった。新兵器のテストに駆り出されることが多いのが我が“外人部隊”だ。上からすれば練度が高くて安心出来るからと言うことらしいが、それをまともに受け取るほど俺もウブでは無い。使うのが危なそうな兵器をこちらに押し付けたいだけだ。


「悪いが正直言えば、持て余してるのが本音なんだ」


「手厳しいなあ。今度は絶対に大丈夫ですってば。八木原陸将も今回の新型E-LRAD(対呪音響兵器)には乗り気でして」


俺はため息をついた。八木原陸将はこの地で展開中の戦闘団における最高指揮官だ。当然ながらこっちに拒否権は無い。大滝技師は形勢有利と見たのか、たたみかける。


「近いうちに操作の講習会やりますんでよろしくご参加のことを。マリサ・トスティ曹長も是非ご一緒に!」


人目を惹く容姿の持ち主であるマリサは、ファンも多い。しかし彼女は特にこの男が苦手らしく一緒に居ると態度がぎこちなくなる。


「曹長は参加出来ない。E-LRADを魔術師に使わす気は無いんでね」


「そんなあ。僕は楽しみにしてたのに。あ、そうだ。開発フェーズで協力してくれてもいいんです。もっと低出力でやりますから絶対安全確実です。扱える人間が増えるのは霧島さんも嬉しいでしょう?」


「別に嬉しくは無いかな」


「そんなこと言って、霧島さんばかり曹長独り占めずるいです」


「それが本音か?」


「…………はて? 何のことでしょう? 僕は何も言ってません」


顔見知りの女がしかめ面で大滝主任技師の背後に立つ。防衛装備庁の技官、大糸恵子だ。


「大滝技師、こんなとこで油売ってたんですか。みんな待たせて何やってんです? セレニーティスの魔術師とか気難しい人多いんですから勘弁してください」


「大糸さん! 違いますよ。僕は霧島二佐と実戦テストの打ち合わせをしてたんです……ですよね? 霧島二佐」


「そのとおりだ、大糸技官。大滝さんはテストにかこつけて俺の部下をデートに誘いたいそうだ」


「何言ってんですかっ! そんな話はしてないでしょう!」


大糸はヤレヤレと言った表情を浮かべると、問答無用で飯田主任の腕をつかむ。


「覚えてろぉぉ~霧島あぁぁ。人の恋路を邪魔する奴は……」


引きずられていく工学技術者を俺は笑いながら手を振って見送ってやった。


※補足

対呪たいじゅ音響兵器(E-LRAD): 海賊や密漁者を追い払う時などに使う音響兵器(LRAD)を改良・強化した詠唱妨害用の新兵器。呪を封じ込めた高出力指向性音波により敵の呪文に干渉、同時に聴覚器官を破壊し無力化する。個人装備のA型と、車両搭載用に出力を強化したB型の二種がある。開発・製造は日菱電気が担当。



運良く“ぱりぱりの野菜とジューシーなツナ入りサンドウィッチ”を買うことに成功した俺は――嗜好品しこうひん扱いなので、本国からの入荷は二週間に一回だけなのだ――久しぶりの日本の味を楽しみに部屋に戻った、とエルロア嬢が俺を探していた。彼女は、有力な親日派貴族の三女でここで各種の雑務をやっている。基地の人員には限りがあり、補助的な業務はセレニーティス人に頼っているのだ。


「霧島さん、八木原さんから伝言です。今日中に本部へ出頭して欲しいとのことです」


「八木原陸将が?」


「ええ」


八木原陸将は、セレニーティス駐留中の陸上自衛隊戦闘団における最高指揮官だ。

普通なら二佐に過ぎない俺にとって雲の上の存在だが、今の俺の立場はちょっと特殊だ。第二特別偵察隊は事実上の外人部隊にあたり通常部隊と扱いが異なる。人事関連は陸将の直轄ちょっかつになる。

だが大抵の場合、陸将自らの呼び出しは何か良くないことが起こる前触れだった。


王室からクレームでも入ったのか? 先の戦闘で俺は第九王女の機嫌を損ねていたし、その可能性は高かった。エルロア嬢は憐憫れんびんにも似た微笑ほほえみを浮かべた。


「早めに行った方が良いと思いますよ」


「……ええと陸将、機嫌悪かった?」


「あの感じだと多分」


彼女はもう一度、微妙びみょうな笑みを浮かべると、確かにお伝えいたしましたよと言って部屋から出て行く。

俺はせっかくのサンドウィッチを牛乳で慌てて流し込む。戦闘団本部は貴族から買い取った古風な屋敷にあり、20キロ以上離れている。遅刻してこれ以上機嫌を損ねたくなかった。

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