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女王ローザリンデ


「霧島、何とか出来るか? 何か出来る人間が存在するなら、それはお前だけだ」


やるべきことは分かっている。ホドス=親方様を説得すればいい。だがコミュニケーションを取る手段が無いのだ。俺は端正な大河原の顔を見つめた。


「この前、俺たちを助けに飛んできた901にはお前が乗っていた。それで間違い無いな?」 


「ああ。その通りだ」


「盗賊のアジトの位置は分かるか?」


「53SMUの中央付近だ。俺たちの報告をもとに特戦群(特種作戦群)が強襲したはずだが」


木村班長が言う。

「もうそこに“親方様”はいません。すでに逃げ延びた後でした」


「まだ近くに潜んでいると仮定しよう。女魔術師、あんたの魔術はそこまで届くか?」


「無理よ。何百キロ離れてると思ってるの? 500キロは超えてるのよ。おまけに場所も曖昧ときてる」


「飛行小隊は、いつ会敵してもおかしくない。あまり時間は無いぞ」大河原が言う。


「なら時間を稼いでくれ」


大河原は肩をすくめる。

「悪いな。通信は全て管制経由だ。こっちからの命令は通らん」


俺はうめいた。

「だったら木村班長。あんた何か出来るだろう。10分でいい」


「空自は管轄外でして」


「逃げるな。あんたの無茶ぶりに俺は何回つきあった? ここで借りを返してもらおうか」


木村班長はため息をついた。

「いいでしょう……やってみましょう。ですがうまくいくか分りません。あまり話をしたい相手では無いのです」


「いいから。えり好み出来る状況じゃ無いだろう」


再びため息をつくと木村班長は自分の通信機を顔に当てた。そして付け加える。「これは貴方への貸しになります」


「好きにしてくれ」


「その言葉お忘れ無く。これでお互いリスクを負うことになります。なんせこれから話す相手は化け物ですから」


「あんた以上の化け物か。そいつはかなりのもんだな」


「いえいえ。私なんて可愛いもんです」


接続音が鳴った。木村班長は通信機を本国の電話回線に繋げたらしい。相手が出たようだ。


「こちらは陸自の木村春和きむらはるかずです」そう名乗ると班長は微かに顔をしかめた。「ええ、そうです。木村本人です……お疑いはごもっとも。では本人だと言う証拠に内調で使ってる符丁をお知らせしましょう。スペインの雨は主に高地に降る。のろまな狐が茶色いウサギを飛び越える……知っているのは私くらいだと思いますが。信じていただけたでしょうか」


……木村班長はちらっとこちらを見た。一体こいつはどこに電話をかけているのだろう。本国との通信は量子回線を使った不安定で高価な代物だ。そう簡単に使用許可は下りない。俺もあるミッションで一回だけ使ったことがあるが、普通なら使えるのは陸将クラスの大物か政治家くらいだ。


「実はたちばなさんと至急話をしたいのです……ええ、そうです。大至急お願いしたいことがありまして……もちろん、そちらにとっても損は無い話です」


たちばなか。知らん名だ…………いや。もしかしたら。まさかとは思うが。

摩耶副官がびっくりしたように俺の顔を見る。同じ男を思い浮かべたらしい。

たちばな重蔵しげぞう。何人もの大臣を輩出した旧たちばな派のボスだ。三名の自殺者を出したスキャンダルのせいで失脚した。検察も及び腰で裁判は無罪だったが、選挙への悪影響を恐れた党内主流派によって派閥は解体された……はずだ。


木村班長がコネクションを持ってることはあり得る。闇の住人は闇の住人同士で仲良しだ。


班長はこちらを見た。まるで俺の考えを見透かしたように顔をしかめる。

「何をしているのです、霧島二佐。あなたはあなたのすべきことをやってください。私に出来るのはせいぜいが時間稼ぎです」


相手が出たらしく木村はこちらに背を向けた。話し相手は気になるが、奴の言うとおり俺は自分が出来ることをやるしかない。俺は女魔術師に向き直る。


「エルフィラと話をしたい。結界を」

解いてくれと言う前に、“手段ならあるわよ”と言うエルフィラ王女の声が脳内に響く。すでに結界の術は破られていたらしい。それを知った女魔術師が嫌そうに俺を見た。


“エルフィラ、さすがだな。どこから話を聞いていた?”


“王都の上空で核を撃つとこから。言いたいことは一杯あるけどそれは後。私はあなたに協力する”


王女の呼吸が荒い。

“そいつはありがたい……だがどうした? 苦しそうだぞ”


“ホドスのボスに自分の声を届けたいんでしょ?”


“そうだ”


“覚えてる? 一緒にダンスを踊ったアルテリッチ宮。あの建物自体が魔法遺物レジェンダリー・アイテムなの。ある程度の願いなら叶えてくれる……大きな願いは駄目よ。戦乱で酷使されたせいでたいした力は残っていない……けど”


“可能なのか?”


“声を届けるくらいなら”


その時、目眩めまいがした。エルフィラの術だろうか俺にはイメージが見えた。エルフィラが大きな宮殿の中に居た。一緒にダンスを踊ったことのあるアルテリッチ宮の大広間だ……そこで彼女は大きく腕を広げている。

彼女が造りだした幻影なのか、それとも現実の景色なのか。俺には区別がつかなかった。


そこに居るのはエルフィラだけじゃ無い。女王ローザリンデが居た。

ローザリンデ・フェリーツィタス・カルロッタ・クサヴェリア・ネポムツェーナ・ダ・セレニーティス――我が国がホドスに襲われた時、ほぼ同時に日本に現れたセレニーティスの最高権力者だ。彼女は我が国の総理大臣との会見を要求し、すみやかに同盟をとりまとめた切れ者だ。常に冷静で厳格な性格で知られる。宮殿には他にも、第二王女、第三王女、その他多数の王女達もいた。


彼女達はみんな腕を広げ何か呪文を唱えている。宮殿の窓から見える空の向こうに二つの影が見える。あれは……核を爆装した二機のF-35。


エルフィラが言う。

“宮殿の中心部に埋め込まれた黒曜石。それに願いを叶える力が宿っている。みんな戦闘機を落とそうとしてるけど、その願いに割り込む。準備して!!” 


“どうすりゃいい?”


“ホドスと話すことをイメージして。私があなたのイメージを増幅して黒曜石にたたき付ける”


“分った。やってみる”


俺は“親方様”と話をしている自分を想像した。

だが何も起きない。


“それじゃ駄目よ。もっと具体的に”


“無茶言うな。こんな魔法使ったことが無いんだぞっ!”

だいたい俺は“親方様”がどういう外見なのか知らない。具体的にイメージしろって言われても無理な話だ。


見ている景色の中で王女の一人がこちらを振り返った。以前会った事がある、特種作戦群と一緒に行動していた第三王女――エウラリアだ。あの時は俺を誘惑してきたが、今の彼女にはそんな気配が全く無い。俺を見て彼女の顔が怒りの表情に変わる。


「キリシマがそこに居る。エルフィラ。あなたが裏切ったのね!!!」 そう言って第三王女はエルフィラを指さした。女王が不機嫌そうにエルフィラを見た。


「エルフィラ・ブランケ第九王女。ただちに術をおやめなさい」


「陛下、これは違います」


「何が違うと言うのですか。これは私に対する反逆です」


「自衛隊を敵に回せば我らは滅びます。戦闘機を落とすのは得策ではありません」


「向こうが最初に裏切ったのです。なぶり殺しを許容せよと言うのですか?」


「そうではありません。霧島なら事態を収拾しゅうしゅうしてくれます」


「キリシマが……ですか」女王は冷笑した。「語るに落ちるとはこのことです。噂は本当だったようですね。王族の誇りを忘れたのですか?」


第三王女が言う。「陛下。私にお任せを。そもそも、こんな淫乱なめかけの子に継承権を与えるのが間違いだったのですよ、お母様」


「言葉が過ぎます、第三王女。ですがいいでしょう。この場はあなた達に任せます。しかし殺さないように。罰するのは私です」


「御意」


後ずさりするエルフィラに向かって王女達が歩をすすめる。俺は叫んだ。


「エルフィラ。逃げろっ!!」


第三王女が笑みを浮かべ俺を見た。

「無駄よ。あなたは見ていることしか出来ない」


王女たちが電撃を放つ。エルフィラを直撃し、美しい顔が苦痛に歪んだ。彼女たちの姿は霧の向こうに消えかかっている。俺には何も出来ない。

もしこれが幻影だとしても……エルフィラの苦しみは現実だ。俺には本当に何も出来ないのか……いや。少なくとも可能性はある。


「エルフィラ。願え」


“……何を”


「俺が助ける。黒曜石にそう願うんだ!!」


“……具体的に……ね”


「俺がそちらに行く。願うのは俺よりも得意だろう」


次の瞬間。周囲の景色が急に現実味を増した。俺は広間でエルフィラの横に立っていた。

呆然ぼうぜんとする王族達。だがそれは一瞬だった。雷撃が俺を襲う。


俺は拳銃を抜いた。そのまま銃身を女王に向ける。



雷撃は俺の身体の表面ではじけた。


「お忘れのようですが」俺は言った。「俺に攻撃魔法を通せるのはホドスだけです。吟遊詩人もそう言っております」さすがは王族の魔法、多少の痛みは感じたがホドスに比べればどうという事は無い。人間が放てる程度の魔法で俺にダメージは与えられない。


俺は女王に向けた銃をアゴでしゃくった。


「この銃には最新の耐魔法弾を装填そうてんしてあります。王族で防げるかどうか、データが取れてメーカーも喜ぶでしょう。試してみますか?」


第三王女が燃えるような眼で俺をにらむ。

「自分が何してるか分ってるの?」


「分ってますよ。戦闘機を落とそうとしている敵性外国人を無力化しようとしています」


「口の利き方に気をつけなさい。この血に飢えた野蛮人が」


「口の利き方に気をつけるべきは、あなたの方でしょう。王族にしては下品です」


「核を落とそうとしてるのは、あなた達の方でしょうが。これのどこが悪いってのよ!!」


「弁解するつもりはありません。ですが女王陛下。私にチャンスをくれませんか」


女王は冷たい眼でこちらを睨む。

「銃を下ろしなさい」


「第九王女を攻撃しないと約束するなら」


「…………分りました。約束します」

俺は銃を下ろした。

女王が言う。「チャンスが欲しいと言いましたね。あなたは一体何をするつもりですか」


「ホドスを説得します。どうやら俺はホドスと会話出来るようなので」


「……ホドスと話せる」一瞬、女王が動揺したように見えた。だがそれは見間違いだったのかも知れない。俺は付け加えた。


「ホドスの親玉が俺を探しています。だから向こうも俺の話は聞くと思います」


「あり得ない」


「そうでもありません。信じるに足る十分な理由があります」


「万が一……そんなことが可能なら……」


女王が何か小声で言ったが聞き取れなかった。


「今何と?」


「……そんなことは私が許しません」


「いや、待ってくれ。俺の説明を聞いて欲しい」


女王は自分の頭かざり――ティアラと言うんだろうか――に手をかけ俺の方に突き出した。

「ホドスが選びしこの邪悪な男に……」女王は憎しみをこめた眼で俺を見た。


『死を――удушье』


聞いたことの無い呪文と共に、味わったことの無い苦しみが俺を襲う。

……息が……出来ない。

俺は思いっきりエルフィラを突き飛ばした。それは全く呼吸出来なくなるのと同時だった。


「あなたに我々の魔法は効かない。あなたはそう言いましたね」女王は無感情に俺を見た。「しかし、あなたの周りの空気はどうでしょうか。それなら私の自由になります。あなたは、それでも生きていられるのでしょうか?」


こいつは俺の周りの酸素を奪ったんだ……

泣き声が聞こえた。久しぶりに聞く泣き声だ。すすり泣く小さな女の子の泣き声。


ああ、そう言うことか。あのティアラ。

俺は床に崩れ落ち意識はそこで途切れた。



数秒の間、意識を失っていただろうか。いや20秒くらいか。突き飛ばしたエルフィラが俺の横で心配そうに額に触れている。時間にしてそんなもんだろう。


「……大丈夫だ。心配しなくていい」

俺はゆっくりと立ち上がる。周りの王女達が後ずさった。


「女王陛下。あなたも俺と同じ間違いをする普通の人間って訳だ。安心しましたよ」


女王は無言でこちらを見ている。


「俺もよくやるんです。何か新しい方法を――誰も気づかなかった新しいやり方を見つけたと思い込む。でも実はそのやり方は、すでに誰かが何回も試していた――ってのを」


「何故、あなたは死なないのですか? 不死身では無いはずです」


「そんな質問に答える義理は無い――と言いたいとこですが調べれば分ることです。俺の身体の周囲の空間には魔法を防ぐバリアみたいなもんがあります。だから、今みたいな周囲の酸素を奪う魔法をかけたところですぐに酸欠には成らない。その手の攻撃は普通なら効かないんですよ。でも俺は瞬時に意識を失い倒れた。何故だと思いますか?」


女王は黙ってこちらを見ている。


「ホドスの魔法だけが俺を傷つけることが出来る。つまりそのティアラはホドス由来ゆらいの力を持っている。あなたはホドスに操られているようには見えないから、何か王家の秘術でそのティアラにホドスの力を封じ込めてある、と言ったところでしょう。そして一回しか使えない」


女王は言った。「そんなところです。ですが私が聞いたのは、何故あなたが死ななかったのか、と言う事ですよ」


「ホドスの力は俺を傷つける。しかし俺はホドスから受けた傷を異常な速さで回復出来る――今回の場合は酸素不足による脳のダメージを含む組織の再生が瞬時に行われた――死ぬ前にってことです――俺のあだ名を知っていますか?」


「化け物」女王はつまらなそうに言った。


「ご名答。さて今度はこちらの番です。あなたはエルフィラを攻撃した。これは約束違反です」


「たまたまあなたの近くに居たからです」


「違反には罰を与える必要があります。為政者ならお分かりのはず」


俺は銃口を女王に向ける。


「撃ちたいのなら撃ちなさい」


「では遠慮無く」


俺は銃を第三王女に向けなおし、脚に向かって引き金をひいた。第三王女は悲鳴と共に床に崩れ落ちる。


「なるほど。セレニーティスの王族もこの新型銃弾は防げない。これは貴重なデータです」


再び女王に銃身を向けると俺は言った。

「この場は退いてもらえませんか。あんたの協力を得ようとしたがどうやら無理のようだ。そこの第三王女も早く治療しないと出血多量で死にますが」


「……後悔しますよ」


「お気遣いどうも。ですが後悔なら慣れております」


女王は憤然と歩み去り、王女達は第三王女に肩を貸す。

王族達は陽炎かげろうのように消えていき、その場には俺とエルフィラだけが残った。

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