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突発事項


摩耶まや副官が俺の到着を見て、口を開く。

「メンバーが揃ったところで、はじめましょうか」


俺は木村の視線を避けつつ席についた。陸上自衛隊の諜報組織“別班”。そこの責任者である木村は優秀な男だ。それは認める。だが俺はこいつの事が嫌いだ。一見穏やかな表情の裏に隠した全てを見通すような冷徹な眼差し。慇懃無礼な話し方。いちいち気に障る。そしてなによりこの男の顔を見ると昔の失敗を嫌でも思い出す。

俺の数少ない友人、空自パイロットの大河原おおがわらも木村の存在は無視している。だがこの男の場合、嫌いと言うより単に興味が無いからだろう。


摩耶まや副官が小太りの中年男性を俺に紹介した。


「この方は、私がいつもお世話になっている東都大の二上直也教授です。教授は我が国における生物学の権威で政府専門者会議のメンバーでもあります。二上教授、彼が霧島二等陸佐です」


「二上だ。ホドスの生態を研究している。と言っても最近は研究が滞りがちでね。こういう機会は歓迎だ」


そう言いながら教授は俺に手を差し出した。

教授の属する東都大はいわゆる“政府の御用大学”として悪名が高い。防衛装備庁との共同研究も盛んだ。親愛なるマスコミ諸氏が描くところの東都大のイメージは、補助金目当てに魂を売った守銭奴もしくは戦争したくてたまらない右寄り学者集団と言ったところだ。もっとも自衛官である俺がそんな評判を気にかける必要は無さそうだ。注意すべき点があるとすれば、東都の学者はアクが強く変人が多い点だ。


摩耶まや副官が言う。

「教授は乙種の機密閲覧権限をお持ちです。当件に関して、貴官は情報提供を躊躇する必要はありません」


俺はうなずいた。民間人としては最高の機密保持クラスの持ち主という事だ。二上教授が言う。

「さて、時間も無いので私からと言う事でよろしいか? 霧島さんの報告書は拝見した。摩耶さんから専門家としての意見を求められている。一言で言えばベネガが言ったことに矛盾点は見つからない。それどころか、私の仮説とかなりの部分が重複している」


「失礼ながら仮説と言うと?」


「ホドス群体仮説とでも言っておこう。竜や人型は個別の意識は持たず、全体を統一する一つの意識に操られていると言うのが私の仮説だ。ベネガと違う点は“親方様”の部分だな。ベネガはそれを“ホドスの脳”だと言ったらしいが、私は“脳”では無く、ホドスの思考を通訳する通訳者の役割に過ぎないと思うが」


「それでホドスが私を探していると言う点について、どう思いますか?」


「君は結論を急ぐタイプだな。君が学者だったら成功しないことは私が保証しよう……まあいい。質問に対する答えはこうだ。確かなことはまだ分らない。情報が少な過ぎる」


「そうですか」俺はがっかりしたことを悟られないよう注意しながら言った。ハズレだ。期待した俺が甘かった。教授は俺の落胆に気づいたがようにこちらを睨む。


「がっかりするのはまだ早いよ、霧島君。私はホドスが何を考えているか、推定できると思う。そしてかなりの確率でそれが正しいと言う自信がある……実を言えばそれを君たちに伝えるためにここへ来たんだよ」


「興味深い。承りましょう」


「我々は極めて危険な状況に置かれている。対応を間違えれば最悪の事態が起こりかねない。霧島君、君の行動のせいだ。少なくとも私はそう考える」



俺は顔をしかめた。非難されているのだろうか?

「どう言う意味でしょうか。私の行動に何か問題でも?」


「君は聞いたことがあるかね? 異文明との接触で最も危険なのはお互いの誤解だよ。今までホドスと人類の間には会話自体成立しなかった。だから誤解の生じる余地も少なかった。しかし今は違う。ホドスは人類とのコミュニケーションが成立したと考えているフシがある。奴らが生み出した“親方様”のおかげだ」


「俺の行動がホドスを誤解させた、とでも?」


「そう言うことだ。もし私が君だったら、ベネガの招きに応じて“親方様”とコミュニケーションをとろうとしただろう。君が反撃したのは結果的にはまずかった」


ちょっと待ってくれ。この男一体何を言ってるんだ。


「教授。あなたは私の報告書をちゃんと読んだのか? いいですか。野党どもはセレニーティスの村を襲い村人を殺している。そして俺と第九王女は拉致されようとしていた。むざむざ王女を野盗の毒牙にかけ、笑いながら“親方様”と話し合えと?」


「君の報告書か。もちろん何度も読ませてもらったよ。君の言うそれはベネガの暴走でありホドスの意思ではない。だいたい君はそれなりの階級の軍人だろう。自国の命運より大切なセレニーティスのお姫様など、君にとって存在しないはずだがね。物事のプライオリティの判断もつけられない――いや。失礼、ちょっと言い過ぎた。私は非難したい訳では無いのだ。君は尋ねたな。ホドスは、どうして君と会おうとしたのか――確かにより重要人物と会おうとするのが自然だろう。私の考えはこうだ。理由は分らないが、ホドスは君しか見ていない。君を――セレニーティス人を含めた人類を代表する“意思”そのものだと誤解している可能性がある。そう仮定すれば全て説明がつくんだよ。だからホドスは君と話そうとした。そしてその君はどうしたか? 招待を拒絶し反撃した。ホドスは、それをどう考えるか? 誤解の生じる可能性は極めて高い」


「……つまり、俺という個人では無く人類そのものが話し合いを拒絶し反撃した。奴らはそう解釈すると言いたいのか」


「その通り。意外にも君は馬鹿では無いらしい。いいかね? ホドスは全体で1つの意識を持つ存在だ。人間における個人の意味を正しく理解していない可能性は高い。君だって親指の細胞に話しかけようとは思わないだろう? ただしホドスにとって君は単なる細胞とは違う。意思持つ者と認識されている。ホドスから見れば君が人類そのものなんだよ」


いや待ってくれ。俺はため息をついた。


荒唐無稽こうとうむけい過ぎる、教授。科学者ってのはもう少し持論を組み立てる上で慎重だと思ってたんだが。だいたい俺は、大勢いる自衛官の一人に過ぎない。いくらなんでもそこまで特別扱いされる理由はない」


「君は自分が数多あまた居る戦闘要員の一人に過ぎず、凡庸ぼんような人間だと主張する訳だ。なるほど。確かにそんな人間をホドスが特別視するのはおかしい……しかしそれは真実だろうか。特別視される理由に心当たりは無いかね?」


「何が言いたい」


「君は本当にただの“人間”か? 違うだろう。魔法に対し高い抵抗を示し、ホドスの攻撃で傷ついた肉体を瞬時に再生することが出来る。君はある意味ベネガの同類だよ。他の自衛官から何と呼ばれているか……知らないわけではあるまい」


“化け物”


教授は俺にそう言わせたいらしい。

黙って聞いていた副官が立ち上がった。


「教授。そこまでにしておきましょう。霧島二佐は人間です。医療検査データが保管されておりますので、気が済むまでご覧になるといい。魔法的体質をもって化け物と言うなら、セレニーティス人は全て化け物と言うことになりますが」


摩耶まや君、落ち着きたまえ。わたしはただ霧島君の能力がホドスの注意を惹いたのでは、と指摘しただけだ。大事な点は霧島君の能力はホドスに対して特に効果を発揮すると言う点だよ。まるでホドスに対抗する為に彼が生み出されたみたいじゃないか。不思議だとは思わんかね?」


通信機の呼び出し音が鳴った。副官は「失礼」と言うと受話部分を耳に当てる。一瞬険しい目つきになったがその表情はすぐに消える。何か良くないことが起こったらしい。通信を終えた副官は教授に向き直った。


「二上教授。セレニーティス滞在中の全民間人に帰国命令が発出されました。今すぐ本国へお戻りください」副官が言う。


「帰国命令? 私に出て行けと? 一体何が起こったのかね」


「私が申し上げられることは、ここに居られるのは自衛官だけと言う事です。すぐに迎えの係官が来ます。同行してください」


「…………そう言うことか…………だから私は言ったのだ……部屋に調査資料を残してある。取りに戻りたいのだが」


「残念ながら許可できません。こちらで責任を持って保管致します」


呼び出し音が鳴った。

“隊長!! 聞こえるかい?”耳にあてた通信機からマリサ曹長の声。


“どうした?”


“隊に待機命令が出た。すぐ戻って来て。そして気になることがあるんだ」


“何だ?”


“本隊の動きが変なんだよ”


脳内に別の声が割り込む。


“霧島さんっ! 聞こえますか? 聞こえてるわよね?”


“……エルフィラか。悪いが今忙しい。だいたい本部の魔術結界をどうやって破った?”


“細かいこと気にしないで。答えなさい。あなた方、一体何を考えてるの?”


“意味が分らない。分るように話してくれ”


第九王女――エルフィラは押し黙る。たっぷり三秒は経っただろうか。


“いいわ”彼女は言った。“とぼけてる訳じゃなさそうね……聞きたいことを簡単に言うわ。あなた方、セレニーティスを見捨てる気なの?”

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