日本=セレニーティス同盟軍反撃す
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俺と大河原は竜を倒し日本から敵を退けたが、混乱はそれで収まらなかった。当然だろう。敵の正体も分からず、どこから現われたのかも分からなかったのだ。いつ再び襲って来るかも分からない。
だがやって来たのは敵だけでは無い。味方もあらわれた。セレニーティス人達だ。
ホドスが出現したのと同じ千葉県九十九里浜に、その女性は従者と共に現れた。彼女は自分を“セレニーティス”王国の女王だと名乗る。信じられないことにその王国は異世界にあるとも言った。
彼女の王国は日本を襲った敵“ホドス”とすでに長い間戦っていた。だが敵は余りにも強く国は疲弊していた。戦う為の同士を求めていた。痛切に。そして彼女は、俺達が竜を倒すのを、あの日目撃したのだった。
女王は日本のリーダーへの面会を求める。
「共に戦いましょう。貴国と我が王国が力を合わせれば必ずや勝利は我らのもの。我が民は魔術の技に優れております。必ずやお役に立てることでしょう」
彼女らが魔法の技に通じているのは明らかだった。なにせ、彼女たちの話す耳慣れない言葉の意味が、そのまま日本人に分かるのだ。
女王の協力により次のことが分かった。敵“ホドス”も異世界から日本へ侵入して来る。だが奴らは直接自分の世界から日本にやって来ることは出来ない。必ず“セレニーティス世界”に転移してから日本にやってくる。
“セレニーティス世界”は、ホドスの世界と我々の世界を結ぶ橋のようなもので、そこを経由しなければホドスは日本に現れることは出来ない。
つまりセレニーティス内のホドス出現ポイント“転移門”さえ破壊すれば、日本も王国も安全になる。そこに我々は利害の一致を見た。
令和4年8月4日、日本は“セレニーティス王国”と軍事同盟を結ぶ。政府は自衛隊を彼の地に派遣することを決定し地上戦を覚悟した。そして同盟国であるアメリカに対して、安全保障条約の発動を要請し共に戦うことを求める。だがアメリカは参戦を拒否した。その代わり、彼らは在日米軍を強化し、弱体化した日本を狙う中露に対抗する。ホドスとの戦闘で予想される死者は極めて多く、アメリカ議会は異世界への自軍の派遣を禁じる法律を制定してしまっていた。彼らの参戦は望み薄だった。
追い詰められた日本はセレニーティス魔術師の協力の下に自衛官と各種兵器を異世界に転移させる。そして必死の思いで反撃を開始した。幸運なことに今回は魔術師の結界が自衛官を守った。敵の魔法の脅威は大きく減っていた。
“我らセレスティーニ、汝ら自衛官の盾と成る。
我ら自衛官、セレスティーニの矛と成る。死さえも盟約を引き裂くこと能わず共に敵を撃ち滅ぼさん”
誰が広めたのか、セレスティーニの魔術師と自衛官が共に戦場で歌った“同盟の誓い”だ。
対魔術防御を施された10式戦車、16式機動戦闘車、対戦車ヘリコプター AH-1Sコブラが敵に襲いかかる。逃げ惑う人型を99式自走155mmりゅう弾砲が迫撃する。
竜タイプ、特に上位竜と戦った時は自衛官やセレニーティスの兵士に少なからぬ損害が出た。だが兵器がもたらす圧倒的な火力は、損害を遙かに上回る痛撃を敵に与える。10式戦車の放つ主砲弾は上位クラスの竜が持つ分厚い皮膚さえ、容易に貫通した。
日本=セレニーティス同盟軍は多大な損害を出しつつも戦いを優勢に進め、戦場を支配していく。
残る目標は敵の転移門だけとなった。それさえ破壊すればホドスは転移手段を失い、再びセレニーティスに出現出来なくなる。王国は敵の脅威から解放され、日本においても千葉のような惨劇が再び起らなくなることを意味した。
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満を持して、日本=セレニーティス同盟軍は最終作戦を決行する。
陸上自衛隊第1師団第31戦車大隊 並びに第41普通科連隊を核として構成された決戦用戦闘団と、セレニティース王立軍の“エルディーンの翼”騎兵団及び“ナルディアの慈悲”魔術連隊がホドスの転移門に迫る。
我々は勝利を確信していた。
だが、戦いに参加した俺たちは真実を知る。
ホドスの侵入はもはや防ぐことは出来ない。俺たちはここに来るのが遅すぎたのだ。転移門はすでにセレニーティス世界と融合し、破壊も除去も不可能と成っていた。そしてまずいことに俺たちは敵の反撃を甘く見ていた。
“転移門”を攻撃したことで吹き出るホドスの群れ。それまで見たことも無かった希少竜達の攻撃を抑えきれず同盟軍は敗走した。戦場は味方の亡骸で溢れ、俺の周囲で生き残っていたのはマリサ・トスティだけだった。その時の彼女はまだ自衛隊に所属しておらず、王立軍の傭兵として我々の援護に就いていたのだった。俺は重傷のマリサを連れ一緒に逃げ延びた。
ホドスの大軍は、同盟軍を蹴散らしそのまま王都に迫る。反撃の規模は想定を遙かに超え、予備戦力だけで守り切ることは不可能だった。司令部は生き残った自衛官を日本まで戻し、千葉に最終防衛ラインを敷く案を検討した。しかし王都が滅亡の危機にあるこの状況で、自衛隊だけが逃げ出すプランに王国側の協力を得られるはずも無い。そして、セレニーティスがホドスの手に落ちれば、いくら本国の戦力を投入したところで日本を守り切れるかどうかは怪しかった。
政府は現状が最悪の状況であると認め、秘密裏に進めていた非常時対応計画に全てを賭けた。王国を説得し女王もそれに同意する。選りすぐりの導師たちが最後の力を振り絞って、3機のCV-22オスプレイを日本から王都へと転移させる。
群がるホドスの上空を、オスプレイは飛ぶ。1号機にはセレニーティス最強の魔術師、シャルロッテ第1王女と彼女を補佐する魔術師達が乗っていた。彼女たちを乗せた1号機の役目は2号機と3号機を守り抜くこと。そして2号機と3号機が運んでいたのは試作戦術核とオペレーターの自衛官達だった。そう。日本はその歴史上初めて核爆弾の使用を決断した……たった三体の竜が来ただけで千葉はあの惨状だ。大軍が送り込まれれば日本は国家として終わる。どんな手段を使おうが防がねばならなかった。
しかし、たった3ヶ月で作成したその不格好な二個の試作戦術核――残留放射能を極力少なくするよう設計された中性子爆弾――は爆発するかどうかも不確かな代物だった。
核を搭載したオスプレイ2機のうち、2号機は敵に撃墜された。だが3号機が爆弾の投下&起爆に成功する。シャルロッテ第1王女は1号機からその光景を目撃し、あまりの威力にしばし茫然としたと言う。敵の上位竜34体と地上部隊が一瞬で消失したのだ。そんな兵器は彼女たちの常識を越えていた。それにより王都は守られたが、第一王女は戦果を女王に報告することは出来なかった。地上に降りた彼女は崩れるように倒れ、その日の内に亡くなった。王女は3号機を守り切ったが無理をしすぎた。魔術行使が精神の限界を超えたのだ。我々は戦いには勝利したが、代わりにセレニーティス最強の魔術師を失った。
だがそれ以降、敵の攻撃は目立って減っていった。核の一撃で希少竜達が全滅したのは、さすがのホドスといえこたえたらしい。だが日本もそれ以上の核攻撃はためらった。
日本の近隣諸国の動きが慌ただしくなっていたのだ。どこから漏れたのか、核開発を強行した日本に対しロシア、中国、韓国による経済制裁案が国連に提起された。それは石油輸出の全面禁止を含む極めて厳しい制裁案だった。アメリカの拒否権発動により案自体は否決されたが、ヨーロッパ諸国の反応も思わしくなく、これ以上の核使用は世界を敵に回す可能性が大きかった。
セレニーティスにおける戦況は膠着しホドスとのにらみ合いが延々と続く。
俺が、あの生意気な第九王女と出会ったのは、そんな時だ。
そうだ。一つ追加することがある。
俺は、核攻撃の時に戦死したセレニーティス最強の魔術師――シャルロッテ第一王女――と一度だけ話した事がある。俺にホドスの魔法が効きにくい原因を調べてもらう為だった。頭の中で泣いていた女の子のことを、俺は彼女に打ち明けた。
「私にもその子の正体は分からない。そんな存在は我らの神の中にはいないから」
そう言って第一王女は悲しげに微笑んだ。今でも彼女の儚げで美しい横顔を良く覚えている。俺が今まで見た女性の中で彼女は一番美しかった。そして王女はこう言ったのだ。
「でも一つだけ確実に言えることがある。それは祝福なんかじゃ無い。呪いよ」
参考資料
陸上自衛隊第1師団隷下 第2特別偵察隊(主人公部隊)の編成
指揮官:霧島和也 二等陸佐
(以下、人名は各隊の小隊長を表す)
┣ 斥候小隊 マリサ・トスティ一(特)陸曹長
┣ 第1偵察小隊 服部寿々音 二等陸尉
┣ 第2偵察小隊 セスト・クレメンティ(特)三等陸尉
┣ 第1魔術支援小隊 ヴァレリオ・スカッビア (特)二等陸尉
┗ 第2魔術支援小隊 イルダ・クラーラ・ジョルジーナ・ダ・グラナティス(特)二等陸尉
*主要装備(セレニーティス仕様に改修済み)
87式偵察警戒車
16式機動戦闘車
96式装輪装甲車
高機動車
偵察用オートバイ他