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第三王女


“エルフィラが殿方とのかたにとって魅力的なのは分ります。しかし、私と親交を深めた方があなたにとっては得です。第三王女の地位は飾りではないのです。それに……”


第三王女の声が脳内に響く。だが次の言葉は声として発せられた。まるでエルフィラに挑むように。


「……私の美しさも捨てたものではないでしょう?」 


隣のエルフィラが固まったのが分った。マズいな、と俺は思った。

いつも強気のエルフィラがなぜか黙りこんでいる。それだけ第三王女の権力が強いのか、それともそれだけ関係が険悪なのか。もしそうならエルフィラから見れば俺と北村の間の確執などじゃれ合いにしか見えないだろう。


「殿下が美しいのは言うまでも無いことです」 俺はそう言って、第三王女が重ねてきた掌から自分の手を引き離す。残念ながら魔法遺物アーティファクト製の指輪を突き返すことには失敗したようだ。


「キリシマ様にそう言っていただけると嬉しいわ」


「セレニーティスの誇る王女の皆々様の美しさは、我が国にも知れ渡っております。その美しさは花にも例えられるでしょう。ガーベラ、カーネーション、ユリにブルースター。華やかさに目がくらむようです。しかし……」


「しかし?」


俺は静かに言った。

「やはり薔薇ばらが一番美しい。その美しさは他の花たちを圧倒しております」


今度は第三王女が固まった。

薔薇ばらが誰を差すかは俺にとって明らかだ。そしてそれは第三王女にとっても同じだったらしい。薔薇はエルフィラだ。それ以外にはいない。認めてしまうと負けた気がするので普通なら言わないが。エルフィラと美を競えるのは第一王女くらいだ。だが彼女はこの世にもういない。ホドスとの戦いで戦死している。


第三王女は不機嫌そうに目を細めた。


「それは私に対する皮肉かしら?」


「あいにく私はただの軍人です。気の利いた例えが出来ないのは、お許しいただきたく」


「私のやり方が気に食わないと」


「何を仰っているのかよく分りません。いずれにしろ恐縮です」


北村二佐が責めるような目で俺を睨んだ。そして小さくため息をつくと口を開く。

「第三王女殿下。我々はそろそろ仕事に取りかかりましょう。野盗にあまり時間を与えない方がよろしいかと」


「……分りました。貴殿に迷惑はかけられません」


第三王女は冷たい目でこちらを一瞥いちべつすると憤然とした様子で村へと歩き出す。

脳内に王女の声が囁いた。


“無駄な抵抗よ。あなたは結局、私の下にひざまずく”


俺は肩をすくめた。高圧的な美人は好みじゃ無い。もっともエルフィラも最初の頃はそうだったか。

北村二佐が言う。


「霧島。貴様が基地に戻る前に少し時間をもらいたい」



王女やセレニーティス人達から十分距離をとった村はずれ。そこまで歩いて北村はようやく口を開いた。


「霧島。持っている情報をすべて俺に引き継げ。最後の戦闘で貴様は何を掴んだ?」


俺は尋ねる。

「その前に確認させてくれ。あんたの抗魔法のレベルは?」


抗魔法レベルは、魔法に対する抵抗力を示す。例えば魔法で心を読もうとしている相手に対し、どれくらい抵抗出来るかなど。


「セレニーティス赴任にあたってクラスSの魔法防御処置を受けている」


「処置をほどこしたのは、王立魔術院の導師か?」


「そうだ」


俺はため息をついた。

「残念ながらそれじゃ駄目だ。魔術院は王室の管理下にある。その気になれば第三王女は、あんたの心を丸裸にしてかなりの部分を読み取るだろう。今回はもう間に合わないが、信頼出来る魔術師を紹介してやる。もう少しマシな防護処置を施してくれるだろう」


「俺の受けた処置を疑うのか? 防衛省が定めた正規手順だぞ」


「普通なら十分な強度を持つのは確かだ。しかし、あんたの隣に居るのは王室の人間で、しかも第三王女だ。王国指折りの魔術の使い手のな。向こうがその気になれば、あんたの性的嗜好まで丸わかりだ」


北村は少し考え込む、だがすぐに状況を受け入れた。

「……セレニーティスのことは貴様の方がよく知っている。言うとおりにしよう。だが、だからと言って俺に何も伝えられない訳ではあるまい?」


「ああ。言っておくが、俺はあんたの任務の邪魔をするつもりはない」


俺は知っている情報を北村に伝えた。

辺境伯がホドス製の剣に操られていたことは本部へ報告しておいたし、901部隊のF-35B戦闘機は地上戦闘を観測し、得た情報を基地に送っているはずだ。北村もおおよそのことはすでに把握している。だが、ベネガが死ぬときまるでホドスの人型のように黒霧に包まれたことや、“親方様”のことは今のところ俺とエルフィラしか知らない。


ベネガの話は、ほとんどそのまま北村に話した。だが、“親方様”が俺に会いたがっていることだけは伏せた。現場の指揮官が知っていてもしょうがない情報だし、俺の伝えたことは第三王女も知ることになる。あの王女はいまいち信用出来ない。下手をすれば彼女が俺の合法的な“拉致”を試みることさえ想像できた。


「……こちらが掴んだ情報はそれくらいだ。あんたはこれから野盗のアジトを襲うつもりだろう? もしそこで“親方様”を見つけたら生け捕りにして欲しい。そいつはホドスの“頭脳”だ。すでに逃げている可能性の方が高いとは思うが」


「口出しは無用だ。後のことは任せてもらおう……だが、ひとつ聞かせて欲しいことがある」


「何だ? 答えるとは限らないが」


「何故貴様は、第三王女を敵に回してまでエルフィラ殿下をまもろうとした?」


俺は肩をすくめた。

「何を言い出すかと思えばそれか……答えは簡単だ。俺が王立軍の中で信用している人間は彼女しかいないからだ。エルフィラはある意味分りやすい性格をしている。正義感が強く権謀術策けんぼうじゅつさくろうさない。使いやすい人間を近場に置きたいのは当然だろう」


「なるほど。しかし俺には、エルフィラ殿下を馬鹿にされて貴様がカッとなったように見えたがな」


「それは……あんたの気のせいだ」


「仲間に対する思い入れが強すぎるのは貴様の欠点だ。第三王女を敵に回す必要はどこにも無い。もう少し利口な立ち回りを覚えろ。王室の人間とトラブルを起こせば、自衛隊の正規部隊には戻れなくなるぞ。いつまで使い捨て部隊で腐っているつもりだ」


「余計なお世話だ。身の振り方は自分で決める。だが俺のことを心配するなんて、一体どういう風の吹き回しだ? あんたの正気を疑うぜ」


「借りを返しているだけだ。貴様は昔は優秀だったからな。そのどうしようもない性格のせいで勝手に脱落してくれて感謝している。そのまま特殊作戦群に残ったら、今の俺の地位には貴様が収まっていたかもしれん……だがいい加減、そろそろ自衛隊に戻ってもいい頃だ」


「余計なお世話と言ったはずだぜ。俺の部隊はすでに立派な自衛隊の一員だ……ところで俺からも一つ聞きたいことがある」


「何だ?」


「第三王女のことだ。北村。あんたは一体どういう経緯で、第三王女と行動を共にすることになった?」


「簡単に言えば、押しつけられた」


「やはりそうか」


「知っての通り自衛隊には魔術師が不足している。王立軍に支援を求めたら、さんざん目的を探られたあげく、第三王女と行動しろと条件をつけられた。どうやら女王陛下が直接動いたらしい」


「わざわざ高位の第三王女をおまえにつけた……どうにも臭いな。そう思わんか?」


「それはどうかな。王国側が、ホドスの動きに神経をとがらせるのは当然だろう。何と言っても、最初に被害を受けるのは王国なんだ。それだけ重要視してるってことさ……俺は貴様と違って、むやみに敵を増やしたりはしない。第三王女を怪しむのは現状では早すぎる。中立を保つさ」


「あんたらしいな。まさにエリートの振る舞いだ」


「皮肉を言う暇があるなら、もっと大人になるよう努力しろ。忠告はしたぞ、落ちこぼれ。では俺はこれで失礼する。第三王女殿下も待ちくたびれて、しびれを切らしている頃だ」


「まあ、せいぜいうまくやってくれ」


北村は敬礼し俺も礼を返した。お互い逆方向にその場を立ち去ろうとする。

だが再び背後から声がかかった。


「……死ぬなよ。貴様が死に場所を求めて動いているのは分っている」


振り返るとそこには遠ざかっていく北村の後ろ姿があった。



そろそろ俺の部隊は基地に戻らなければならない。幸い動けなくなった機動戦闘車も自走が可能な程度には復旧していた。部下達は準備を整えて待っており、俺が戻り次第出発する予定だ。


皆と合流する為に村を出ると、そこには待ち構えていたようにエルフィラが居た。

いつも王女に付き従っている辺境伯の姿は見えない。一人だけだ。

俺は彼女に向かって片手を上げた。


「さっきは災難だったな。俺は基地に戻る。これ以上は上がうるさい。あんたはどうする?」


「私もいったん戻るわ……その……さっきはありがとう」


「あれはこっちの都合だ。気にするな」


エルフィラは、じと目でこちらを睨んだ。

「“単純な性格で、正義感が強過ぎて、権謀術策けんぼうじゅつさくも使えない世間知らずのお嬢様”としては大感謝よ」


「さっきの見てたのか? あれは……その……何だ」

北村と話した時、十分に王女達と距離をとったつもりだったのだが。さすがはエルフィラ。予想以上の魔術の腕だ。


第三王女おねえさまが術でのぞき見しようとしてたから、妨害する為に少しだけね。不可抗力を主張するわ」


「何と言うか。そこまで言ってなかったと思うが」


エルフィラは吹き出した。

「まあ実際、あなたの言う通りだし、殿とのかた方の見栄みえは分っているから気にしなくて大丈夫よ。あの方、あなたのライバルだったのよね」


「……ああ。向こうはそう思ってたらしい。真面目な話、こっちはそれほど意識したことはないんだが」


「私の事を王立軍で一番信用してるって、あなた言ってたわね。私もあなたのことは信用してる。自衛隊のどんな人よりも」


「そいつはいいことを聞いた。信用されれば利用しやすい」


露悪的ろあくてきな態度に隠された優しい心って、そこまで隠す必要は無いと思うんですけど」


「そいつはさすがに男に夢を見すぎだと思うね、お姫様」


エルフィラはふふん、と笑うと遠くを見つめた。そして言う。


「言いたかったことはそれだけ。私もそろそろ行くわ」


「第三王女の思惑がわからん。彼女は君にとって脅威に見える。大丈夫か?」


「大丈夫よ。第三王女おねえさまは私の事を少し甘く見過ぎている。対抗手段は持ってるわ」


「そうか……また連絡する。それと“親方様”が俺を探している件は、しばらく君の胸の中にとどめておいて欲しい。広まると動きにくくなる」


「分ったわ。だけど何か事実が判明したらすぐに教えて。それが条件」


「いいだろう。了解だ」


エルフィラは微笑むとこちらに礼をした。そして村へ戻っていく。

俺の部隊は基地へと帰還した。

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