親方様
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「質問に答えろ。“親方様”とは何だ?」
俺の質問にベネガは血まみれの顔でニヤリと嗤う――いや。嗤おうと努力した。そして唾をペッと吐いた。
「誰が話すかよ……テメェなんかの為に」
俺は拳銃をベネガの頭につきつけた。
「ならば、ここで一回死んでみるか?」
「テメェは俺を……殺す気はねぇ」口の中が切れていて喋り辛そうだ「……いつでも殺せた」
確かにベネガを殺す気なら、最初から25ミリ機関砲でベネガを殺っていただろう。
俺は拳銃を下ろした。
「まだ頭は働くようだな」
「……テメェの頭より、切れるぜ。学が無いからって俺様のことを甘く見ねぇことだな」
「別に甘く見ているつもりは無い。甘く見たせいで俺は失敗しかけたからな。恐らくあんたの悪名はセレニーティスの歴史に残る」
「テメェに褒められると気分が悪いぜ。今にも吐きそうだ」
厳しい目でベネガを睨むエルフィラに、俺は声をかける。
「エルフィラ、知っているか? こいつは拉致した王国民のほとんど全てを殺害している。奴隷として売り飛ばしたり、身代金を取って家に戻すのも少数はあるが、誤魔化すためのフェイクだ」
「……どういうこと? 何でそんなことを知っているの?」
「どこで得た情報か……それは言えない。だが確かな筋だ」俺は別班の木村班長の顔を思い出しながら心の中でつぶやく。感謝しろよ、俺はあんたのことを今、褒めたぜ。
「さっき少年が言っていた散らばっていた骨――あれは拉致された人間の骨だろう。最近、王国内の各所で変死体が急増している。脳や内蔵が無かったり――まともな殺し方じゃない。こいつらの仲間の仕業と思ってまず間違い無い」
エルフィラが目を細めた。冷たい声で言う。
「……ベネガ。キリシマの言うことは本当かしら?」
「知らねぇな」
「知らぬ存ぜぬで押し通す気か……いずれにしろ、自分がしでかした事を思えば、どういう罰を受けるかくらい想像がつくだろう。拷問された後で処刑されるのは間違いない」
「死ぬ覚悟……出来てねぇと思うのか?」
「それは良かった。だが普通に死ねるとは思うな……王国の極刑はただの死刑では無い」
ベネガは面白そうに笑みを浮かべた。
「……脅したって無駄だ。俺は野盗の親玉に過ぎない。王国がそんな手間かけるかよ。アレはもの凄く高価で貴重な触媒を……」
「謙遜しなくていい。言っただろう。あんたは大物だよ。人類の敵ホドスと手を組んだ史上初の裏切り者。第九王女に対して淫らな振る舞いをした冒涜者。無辜の王国民を多量に殺害した殺戮者。女王陛下の裁定が楽しみだ」
「……俺はそんなものじゃねぇ」
「死ぬまでの主観時間を何十万倍にも引き延ばされ、狂気に逃げることも失神することも許されない。与えられる苦痛のパターンは、ほぼ無限。あんたにとってそれが永遠に続くのさ」
「違う……違うぞ」
ベネガは憎しみがこもった目で俺を睨み付けた。いい傾向だ。効いている。
「一つだけ希望をやろう。俺の国は貴様達から直接の被害を受けたわけではない。あんたを廃人にしない方が日本の国益になるのなら……我が政府が影響力を行使する可能性はある」
「どういう……意味だ。俺を助けると言うのか」
俺は嗤った。
「助けるわけが無いだろう。使えそうなら、廃人にするのは止めてくれと圧力をかけるだけだ。まあ運が良ければ、多少の待遇の改善はあるかもしれない。なんせ俺の国は、悪人にも人権があると言うおとぎ話を信じている、救いようが無いお人好しだ……いいか、あんたにとってこれが最後のチャンスだ。俺は国の上層部にコネがある。使える人間だと俺に示してみるか?」
ベネガの顔が歪んだ。必死に何かを考えている。
俺はゆっくりと再度質問した。
「“親方様”とは何だ?」
沈黙。そして奴は俺を睨み付ける。「……苦痛の無い死を約束してくれ。死ぬことも許されず、永劫の苦しみを与えられる。そんな罰を俺は受けたくねぇ」
「答えが先だ。あんたは、俺に何かを要求できる立場に無い」
◆
王立軍の兵士達が、王女を守る為にこちらにやって来るのが見えた。
「エルフィラ。すまないが君の部下達をこちらに近づけ無いで欲しい。しばらくの間、二人だけでこの男の話を聞いておいた方がいいと思う」
俺は9ミリ拳銃を抜くと、ベネガがこれ以上動けないよう脚を打ち抜いた。
奴は痛みの余りうめく。
「…………こう言うのは拷問とは言わねぇのか?」
「言わないな。これは王女を守る為の予防処置だ。あんたの体力は化け物クラスだからな。これで安心して話を聞ける」
「もう逆らわねぇよ。テメェみたいな不良軍人、自分の国より女の方が大事そうだ」
「口が回るようになって、何より。さあ、話して貰おうか」
ベネガは、つぶやくように言う。
「どうせ、テメェにはいずれ分る話だったんだ……親方様も許してくれるだろう。そもそもテメェ達は根本的な勘違いをしている……誤りは正さねぇとな」
そう言って、ベネガは咳き込んだ。
「勘違いだと?」
「……そうだ。テメェらがホドスと呼ぶ存在――は人間と長い間、意思の疎通を試みていた。人間はそのことに気がつかない。それは、まあしょうがないことなのかも知れねぇ。人間とホドスはお互いにとって、あまりに異質な存在だ。両者にとって“意思”の意味するとこさえ違う。例えるならアリと人間が話をするようなもんだ。アリは人間に話しかけられても、理解できない。だいたい“話しかける”という概念事態がアリには存在しない」
「話が見えんな。ホドスとの意思疎通の試みは、我々もさんざん試している」
「だから、テメェ達は愚かだってんだ。ホドスの竜や人型はホドスにとって指やら爪やら髪の毛のようなものだ。あんたらは、爪や髪の毛に話しかけてたんだ。ホドスは全体で一つの生き物なんだ。話をしたいのなら“頭脳”と話せ」
俺は呻いた。ベネガの言うことは一部の学者が指摘していたことと同じだ。だが同じ事を野盗の親玉から聞くことに成るとは。
「ベネガ。貴様は“親方”がホドスの頭脳だと言いたいらしい……だが、その説明はおかしい。だったら始めから人類の前に“親方”が出てくればいい話だろう」
「……ようやく少し分かってきたようだな。しかし、まだ勘違いをしている。ホドスは人間とあまりに異質だと言ったはずだ。“頭脳”なんて、もともとホドスには無かったんだ。ホドスは人間と“意思疎通”をしようと“頭脳”を造りだした。その“頭脳”が“親方様”ってわけだ。“親方様”を造る為にホドスは人体構造を理解する必要があって……その為に俺達は人をさらった……」
俺はベネガの身体から黒い霧のようなものが湧き出ていることに気がついた。
「キリシマ!! 離れてっ!」 エルフィラは叫び、同時に無詠唱で銀色の結界を即時展開。俺とエルフィラを光が覆った。
ベネガ虚空を見つめぽかんと驚きの表情を浮かべている。
「……親方様!! これは違う。違うんだ。俺は裏切っていない……俺は……」
ベネガの身体は黒い霧に覆われどんどん崩壊していく。
「……違う。誤解だ。親方様!! 俺の言う事を聞いてくれっ!」
俺とエルフィラは為す術も無く、それを見ていた。湧き出る霧の中、顔だけが生首のように浮き出て最後まで残る。その首はエルフィラを見つめて力なく笑った。不安を感じたのか王女は俺の身体に身を寄せる。
「俺様もここまでか……第九王女、俺はあんたの柔肌に一度触れてみたかった」
生首は黒い霧に飲み込まれていく。まるでホドスの人型が消える時のように。
「大好きだったんだぜ……本当だ……ガキの頃から」
エルフィラが身震いしたのを俺は感じ、俺は王女を抱きしめた。
少しの間だけ黒い霧がその場に留まり、そして完全に消え失せた。
◆
俺たちは村に戻り部隊と合流した。村人はまだ少し騒然としていたが、俺たちが竜を倒したことが伝わっているらしく落ち着きを徐々に取り戻しつつある。王立軍の兵士達に促され自分の家に戻って行く。
部下と話していたエルフィラがこちらを振り向いた。
「逃げた野盗も霧に成って消えたそうよ」
「そうか……どう解釈すべきか。理解に苦しむな」
「……ホドスはあなたに会いたがってるってことよね」
王女はさっきから少し元気が無い。
「ベネガの言うことを信じれば、の話だがな」
服部二尉が、慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「中隊長! ヘリがこちらに飛んできます」
「どういうことだ? 応援ならもう遅いぞ」
「応援じゃ無さそうです。ほらあそこに」
地平線そばに浮かび上がるのは、大型の輸送ヘリCH-47JAが4機。こちらに向かって飛んでくる。
◆
ヘリは村そばの空き地に着陸した。
隊員達がキビキビした様子でヘリから降りている。その中に指揮官らしき男と、王族らしいセレニーティス人の女性が見えた。
その男にも女にも見覚えがあった。男は陸上自衛隊 特殊作戦群所属 北村陸二佐だ。特殊作戦群は一言で言えば陸上自衛隊のエリート部隊だ。自慢じゃ無いが、俺も特殊作戦群(以下、特戦群と呼称)の隊員候補として推薦を受け、訓練を受けたことがある。もっとも上官とそりが合わずすぐに追い返されたから、本当に全く自慢にならない。この北村と言う男は、俺と同じ時期に特戦群に入隊した。その後、エリート街道を爆走して特戦群で二佐までいっている。本来なら同期の再会を喜びたいところだが、向こうは俺の事を嫌っている。当然ながら俺もこの男が苦手だった。
しかし何故、このタイミングで? あまりいい予感はしない。
女性の方は、セレニーティスの第三王女だ。確かエウラリアという名前だったと思う。エルフィラほどでは無いにしろ、美形揃いの王室の中でその美しさは目立つ方だ。だが清楚なお嬢様と言う感じのエルフィラと比べ、冷たい美人と言う感じの印象を受けた。エルフィラと同じく彼女も王立軍部隊を預かる身だが、部下に対する扱いが厳しいという噂も聞く。
エルフィラがわずかに緊張するのを俺は感じた。王位継承権上位の第三王女は、第九王女のエルフィラより遙かに格上だから無理も無い。
北村二佐と第三王女は俺達の姿を認めると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。




