不意打ち
◆
野盗がホドスと手を組むとは想定外だ。人類とホドスとの意思疎通の試みは今まで全て失敗してきた。話が通じない化け物どもを、あいつらどうやって手なずけた? いや。野盗の方がホドスに操られているのかもしれない。辺境伯のように心を支配されているのだ。
その辺境伯は言う。
「野盗たちはホドスによる干渉を受けているのかもしれません。だだキリシマ。あなたは少し勘違いしていると思います。野盗はあくまで自らの意思で我々を攻撃してきていると私は思います」
「なぜ、そう思う?」
「ホドスは心を支配しません。その人間が元から持っている欲望や感情を増幅するだけです」
ホドスは辺境伯のエルフィラに対する恋愛感情を利用した。この男は俺に嫉妬していて、ホドスはそれにつけ込んだ。
「それが支配とどう違う? うまく利用すれば結果はそう変わらんだろう」
「違いますよ。相手が望まないことは基本強制できません。元から無い想いは増幅出来ませんから」
「それが正しいとすれば……あんたは元から俺を殺したかったってことになるが」
「誠に遺憾ながらそうなりますね。意識しませんでしたが、そういう思いは私の中にあったのでしょう。もっとも正常な人間ならそれだけで殺人は犯しません。せいぜい心の中で空想するだけです。しかしホドスはその仕切りを跳び越えさせる」
なるほど。恋愛感情ってのは怖い。俺としてはもう十分だ。
「今はそんなこと言ってる場合じゃ無いでしょう。二人とも現状に集中して」 とエルフィラ。自分が騒動の原因だって知らない人間は幸せだ。
「君は敵の目的をどう考える?」
「分らない。いくらなんでもこんな直接的で露骨な攻撃は想定外よ。だいたい野盗がホドスと組んでるなんて思ってなかった」
まあそれは俺も同じだ。ならばこの攻撃の目的は何だ?
通信機が鳴った。服部二尉からの連絡だ。俺はスピーカーモードにして通信を皆に聞かせる。
“撮影した敵の画像を送りました。ご確認ください”
通信機に送られて来た画像は三枚。偵察警戒車のメインカメラが捉えた画像だ。
統一感の無いバラバラの鎧を身につけた野盗の群れ。中級竜が二体。それに……見たことの無い大型竜。
「この竜は……珍しい型だけど飛行タイプだと思う」 エルフィラが通信機をのぞき込んで大型竜を指さした。彼女がそばに寄ったせいで、甘い香りがする。そんなことを感じる程度には、俺はまだ余裕があるらしい。
「こんな大型竜が飛ぶのか? それにこいつは翼を持ってない」
「知ってると思うけど、竜の翼はもともと飾りよ。ここを見てみて。胴体の中央部分にモヤモヤしたマナの気配が見える。これがあいつらにとって本当の“翼”なの」
彼女の指した箇所を拡大してみると、確かにモヤのようなぼやけたものが、胴体を覆っている。こいつがマナの翼か。ホドスは物理法則で空を飛んでる訳では無い。浮力は魔法で発生している。
「中級竜の二体はアルデバラン種で間違いない。地竜タイプだから機動戦闘車でいける……しかし、こっちのでかい奴が飛ぶなら面倒だな。我々の対空能力は限定的だ……服部二尉。そちらの位置は敵にバレていると思うか?」
“気づかれてないと思います。ただ遮蔽が限定的なので射撃位置につけば、発見される可能性が高いです。近くに使えそうな地形がありません”
大型竜に偵察警戒車の25ミリ機関砲が通じればいいんだが、大きさから言ってまず無理だろう。ホドスの物理防御力はだいたい大きさに比例する。しかし戦闘車の主砲ならいけるはずだ。いくらなんでも105ミリライフル砲からのAPFSDS弾の直撃をはじけるとは思えない……だが俺はその考えをすぐに諦めた。相手の飛行性能は不明で、大型だからといって機動性が低いと仮定するのは危険過ぎる。多少の動きなら主砲の照準システムは追随するが限界はある。そして高度を高くとられれば最大仰角を超えてしまう。
「無線でヘリ部隊に応援要請をしてくれ」
“了解”
セレニーティスに飛行場は存在せず、戦闘機も攻撃機も実戦配備はされていない。頼みの綱は攻撃ヘリ部隊だ。ヘリに装備されているロングボウ・ヘルファイア・ミサイルは基本的に対地攻撃用だが、最終誘導の範囲はかなり広い。高速で飛び回る戦闘機を落とすのは無理でも竜ならいける。少なくとも戦闘車の主砲より大きなチャンスがある。戦車の装甲さえ貫くミサイルのHEAT弾頭は、例え大型竜でも当たれば一発で無力化できるだろう。
だたし現在稼働中のヘリ部隊は一個小隊だけだ(AH-64Dアパッチ・ロングボウ 4機編成 他予備機1)。その貴重な航空戦力は戦闘区同士で奪い合いになっている。俺の担当区はずっとヘリ防衛圏の対象外だった。最近ようやくその“地上部隊の守護天使”を呼ぶ権利を獲得したのだった。
「竜だけで無く野盗の対処も忘れないで。私の部隊が対応するにしても援護が欲しい」とエルフィラ。
「警戒車の機関砲で援護させる。あんたの隊は村に入ってくる奴に集中してくれ。こっちとしては戦闘車への魔法防御を頼みたい。対竜となると部隊の支援魔術師だけでは荷が重い」
「分ってるわよ。自分達の仕事は理解してる。自衛隊は矛。我々は盾。共同作戦の常識だわ」
「私も手伝いますよ。応戦体制を整えましょう」と辺境伯。
「村を守るように布陣してくれ。応援が到着次第、こちらは竜を無力化させる」
「了解よ」
◆
じりじりと服部二尉からの連絡を待つ。予想より応援要請に時間がかかっている。基地との通信は高出力の車載無線機を使う必要があり、こちらからは出来ない。呼び出し音が鳴った。
“中隊長。残念ながらヘリは来れません。他の戦闘区へ出撃中です。しかしテスト…………どうしたっ? 何が起こった?”
ガシャンと音がして突然通信が途切れる。胸騒ぎがした。
ヴァレリオに魔術を使って状況を探ってもらおう。そう思ったとたん再び通信機から声が流れた。だがそれは服部二尉では無く男の声だった。服部二尉の部下、太田陸曹長の声だ。
“中隊長。敵の奇襲攻撃です。服部二尉負傷しましたっ! くそっ! あいつら一体どこから沸いてきたんだっ! 全周警戒してたんだぞっ!!”
続いて通信機から断続的な小銃の発砲音。
……野盗どもを甘く見ていた。あいつら別動隊で戦闘車を潰しに来ていたのだ。発砲音と叫び声が漏れ聞こえる。
「ヴァレリオ、マリサ。魔術で連絡がつくか?」
「駄目だ。向こうは乱戦状態だ。そんな余裕は無い」
「あたいも駄目だ。戦っていることしか分らない」
「服部二尉がそこまで油断していたとは思えん。敵は俺たちの知らない魔法を使ったのか?」
「新種の隠蔽魔法かも知れない」
「まずいですよ、キリシマ。だとすれば敵の別働隊がここまで迫ってるかも知れない」
「私の部隊を緊急展開する。でも敵竜が手つかずなのよっ!! 戦闘車の援護が無いと長くは持たない」
「慌てるな。敵の思うつぼだぞ。積極的に倒しにいく必要は無い。時間を稼いでくれ」
「慌てるも何もヘリ部隊は来ないのでしょう? 戦闘車も援護は出来ない。状況は最悪だわ」
「君が悲観主義なだけだ。本部は俺たちを見捨ててない。応援は来る。それに服部の部隊は、まだ負けたわけじゃ無い」
その時、俺の頭の中で声がした。魔術による呼びかけだ。
“王女にキリシマ。俺様の声が聞こえるか?”
俺の視線にエルフィラがうなずく。みんなにも聞こえているようだ。
俺は口に出して声に答えた。
「誰だ?」
“そう言うお前はキリシマか? すぐに村の入り口まで出てこい。王女を連れてすぐに出て来い”
「お前は誰だと聞いている」
“……口の利き方に気をつけるんだな。俺はてめーをすぐに八つ裂きにしたいが、親方様がお前を探している。光栄に思え。親方様はお前に会いたがっている。だから今は殺しはしない。しかしその後の、てめーの命は俺次第だ”
「俺を呼びつけてどうする気だ? 交渉でも始める気か?」
“そんなの俺が知ってる訳がねぇ。言っただろう、てめぇに興味があるのは親方様で俺じゃ無い。後は直接、親方様に聞いてくれ。そして、てめぇはもう黙れ。俺は王女の方に用がある……さて第九王女。聞いているな?”
「あなたは野盗のリーダーなのね?」
“そのとおり。麗しきエルフィラ・ブランケ・ダ・セレニーティス王女殿下。俺のような下賤な者にお声がけいただき光栄至極。お察しの通り、俺は野盗の頭で名をベネガと言う”
「あなた達の目的は何?」
「……俺の目的はあんただ。あんたを自分のものにするためにここへ来た。親方様はキリシマを連れてくれば、あんたを俺にくれると言ったんだ。嬉しいじゃねぇか。俺はずーーっとあんたに憧れてたんだぜ。セレニーティス全ての男のあこがれ、美姫の誉れ高い、そのあんたが手に入るんだ。たまんねぇぜ。昨日は興奮して眠れなかったくらいだ……柔らかいだろうなぁ、いい匂いだろうなあ、具合はどんな感じだろう、とか想像してたら、他の女なんて抱く気にもならなかった。安心しろ。俺様は紳士だ。悪いようにはしねぇ。愉しませてくれればな”
「……汚らわしい。勝ったつもりはまだ早いわ」
“俺に刃向かうのか? じゃあ、何かお仕置きをしねぇとな。これでどうだ?”
一瞬の沈黙。そして轟音が轟く。俺達の居る部屋がゆさゆさと揺れた。
慌てて外を見たマリサが叫ぶ。
「村長の家がやられたっ! 村長の本宅が跡形も無く消し飛んでる!」
「大型竜のしわざだな。ブレス攻撃だ」ヴァレリオが呟くように言う。
“第九王女。あんたらはもう負けてんだよ。刃向かえば、村の人間がさらに命を失うことになる……あんたは高貴な生まれだし、俺は優しい男だ。とりあえず最初は熱いキスで許してやろう。極上品はゆっくり愉しむのが俺様の主義だ。だたし濃厚なやつを頼む。手を抜けば承知しねぇ”
「……そんなこと」エルフィラは絶句する。
“これは警告だ。俺の部下どもは、あんたを想ってよだれを垂らさんばかりでいる。あいつら俺様から、あんたをかすめ取ろうと馬鹿なりに知恵を絞ってる。なにせ無駄に大きい奴らばかりだ。相手をすれば大事なとこが壊れちまうぜ。だが俺なら守ってやれる。覚悟を決めるんだな。あんたは俺のものになるしかない”
ゴミが。
ホドスが増幅してるのは、あいつらの本能的欲求ってわけだ。食欲、性欲、睡眠欲。チンピラを操るには確かに性欲を刺激してやるのが一番効き目がありそうだ。しかもぶらさがっている餌は、エルフィラだ。全力で叶えようとするだろう。
あいつらは“親方”に利用されている。“親方”の目的は俺を拉致して連れ帰ることのようだ。しかし、そこまでして俺にこだわる理由は見当もつかない。
俺は腕時計を見た。さっきから10分もたってない。どうやって時間を稼ぐ? 俺は唇を噛んだ。
◆
俺はベネガの言うとおり奴らの元へ出向くことにした。マリサとヴァレリオは一緒に来たがったが俺は認めなかった。ベネガの言う“親方”は俺だけに用事がある。俺が殺されることは無さそうだが、他の人間はそうではない。俺以外、全てを人質にとられているのと同じ状況だ。わざわざ真正面に他の人間を立てる必要は全く無い。
「……私もやっぱり行くわ」エルフィラが言う。
「分ってるのか? 野犬の群れに肉を投げ込むのと同じだぞ。ホドスはあいつらの本能を刺激していて関心を君に集中させている。まともな状況じゃ無い。君はここに残るべきだ」
「……でも私が行かないと、あいつら他の人間を殺しだす。それに、あなたが助けてくれるわ」
「恋人も救えなかった男に何も期待するな。それにあのゲスが君を手に入れた後、村人の命が救われる保証はどこにも無い。行くのは俺だけで十分だ」
「いいえ。やっぱり私も行く。止めても無駄よ。それに今度も大丈夫。あなたは必ず私を守ってくれる。私が保証する。楽観主義者に鞍替えしたの」
「駄目だ」
「行くわ」
「頑固な女だ」
「あなたほどじゃない」
勝手な奴だ。俺はためいきをついた。
「ならばこれだけは約束してくれ。時間を稼ぐことだけに集中するんだ。勝機は必ずやってくる。それは俺が保証する。そして自分を守ることに集中しろ。使える魔術は自分の為だけに使え」
「時間稼ぎね……分ったわ。ならやっぱり私が一緒に行くのが正解よ。あなた口下手だから、一人じゃ時間なんて稼げないわ。でもあなたも約束して……万が一よ……もし万が一、私に何が起こっても、あなたが罪悪感を覚える必要は無い。私は決してあなたを恨んだりはしない。あなたの恋人だった人と同じように」
そう言ってエルフィラは俺の腕に触れた。彼女の手はやはり細かく震えている。
王女をハグしようとして俺は思いとどまる。俺にそんな資格は無いのだ。
「キリシマ!!」 振り向くと辺境伯が俺を真剣な顔で俺を見つめていた。「あなたに対して色々と思うところはある。だが今はお願いだっ! エルフィラを守って欲しい。必ずだ」
俺は何も言わなかったが、エルフィラは「大丈夫よ。心配しないで」と言って辺境伯に微笑みかける。
俺とエルフィラは村の入り口に向かって歩き出す。
気が変わった俺は振り向き、辺境伯に声をかけた。
「心配するな。願いは必ず聞いてやる。あんたにまた一つ貸しだな」
「もちろん借りで結構です」
「俺の貸しは大きいぜ。そしてかなりたまっている」
「領地を全て売り払ってでも返しますよ」
俺は笑って首を横に振った。そんなものはさすがに求めていない。
俺たちが野盗どもを甘く見ていたのは確かだ。しかしあいつらはそれ以上に自衛隊を甘く見すぎている。心配そうに俺を見ているマリサにうなずくと俺は再び前を向く。
もう少しだけ時間を稼ぐ必要があった。




