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村の少年


王立軍兵士に先導されながら、俺は二人の部下を引き連れ村長の家へと向かう。

今回のお供は、第1魔術支援小隊を率いるヴァレリオ・スカッビア二尉と、斥候せっこう小隊を率いるマリサ・トスティ一曹長そうちょうだ。


すでに王立軍が展開している村で何か事が起こるとは思えないが、この二人がいれば大抵の事態には対処できる。服部はっとり 寿々音すずね二尉には連れてきた全ての小隊を預け、偵察警戒車、機動戦闘車と共に近くの森で待機してもらっている。彼女は俺を除けば唯一の日本人士官で、かつ最古参の先任士官だ。俺に何かあったら彼女が指揮を引き継ぐ。将来は俺の後任として中隊長に収まるかも知れない。彼女は優秀な士官だし俺も安心してけるってもんだ。うまく特別偵察隊を盛立ててくれるだろう。


村長宅に行く道すがら、隣を歩いていたマリサが剣に手をかけ突然後ろを振り向く。何か異変を感じたらしい。同時に若い女の声が聞こえてきた。


「お待ちください! キリシマ様!! どうぞお待ちを!!」


俺も振り向くと、若い女がこちらに向かって駆けてくる。慌てた周辺の兵士達がわらわらと彼女を取り囲み、押さえつけようとしていた。


「キリシマ様!! どうか、私の息子を助けてくださいっ!! 七日前に野盗にさらわれました。キリシマ様! どうぞ息子をお助けください!!!」


必死な形相に取り乱した髪。可愛そうにずっと寝ていないのだろう。王立軍は野盗の跋扈ばっこをまだ抑え切れていないのだ。女は兵士達に押さえつけられながらも黙らない。必死に俺に訴える。


だが俺はその女に一礼すると、マリサの肩を叩いた。


「何を見ている。いくぞ」


「でも隊長。話ぐらい聞いてやっても……」


「聞いてどうする。俺たちには何も出来ん」


「本当にいいのか? 隊長。あんたらしくもない」とヴァレリオ。


「いいんだ。いくぞ」


俺は先導している兵士に先に進むよううながした。そして村長の家に向かって再び歩き出す。あの女の信じている英雄キリシマなら違う行動をとっただろう。だが残念ながらそんな英雄は実在しない。あの男は民衆の願望がもたらした幻に過ぎない。


「お待ちくださいっ キリシマ様!! ご慈悲を!! 私の息子にどうぞご慈悲を!!!!」 


女の叫び声が耳に残る。口の中が苦くなる。

当初の作戦が実行出来ていれば、俺でもあの女の助けになれたかも知れない。だが、今となってはそれはもう無理なのだ。



俺たちは村長宅に到着した。開拓村に毛が生えた程度の村の割には、しっかりとした造りだ。

使用人らしい女に離れに案内される。その離れは集会用に造られているらしい。

中に入るとジロリと見知らぬ中年の男ににらまれた。そこそこの身なりの貴族だ。土地の領主だろうか。横には同じくらいの歳の優しそうな村人がいる。服装から判断するにこいつが領主の元で村を管理する村長だろう。他にも子供と数名の村人が集められている。既に聴取は始まっているようだった。俺は奥に座っているエルフィラに一礼する。


「遅かったわね、キリシマ」 


「もっと遅れても良かったのですよ」これは隣の辺境伯。


王女はあらためて俺たちを見回すと言った。

「自衛隊のキリシマ隊が到着しました。今回の件は、彼らと情報を共有します」

そして見知らぬ男達を俺に紹介した。やはり俺の見立てはあっていて、予想通り貴族の男は領主――爵位は男爵――で隣の男は村長だった。


エルフィラにうながされその男爵は嫌々ながら、自分の名を名乗る。明らかに面白くなさそうだ。ここら辺は微妙なところだが、俺より先に貴族の名を名乗らせたエルフィラは、この貴族が俺に比べて格下だと言うことを宣言したことになる。自衛隊の士官をどの程度の“偉さ”を持つ者として扱うか確固とした規範があるわけではなく、上下関係に五月蠅うるさいセレニーティス貴族の間でいろいろ問題を起こしがちだ。平民の軍だからと言う理由で、自衛官の全てを格下に見たがる貴族は多い。この男爵は、その種の人間だろう。


案の定、貴族は俺を馬鹿にしたように一瞥し、こう言った。

「ユニオ・ルドヴィコ・ダ・ピロスだ」

次に隣の男。

「この村の村長でヘルム・イキオと申します。お名前はかねがねお聞きしております。何卒よろしくお願い致します」


村長の丁寧な挨拶を受け、あらためて自分を陸上自衛隊中隊長の霧島と名乗る、続いてマリサ、最後にヴァレリオを、わざと家名のアルギュロス付きで紹介した。ヴァレリオの家名を聞いた男爵は、目を細め彼に対してだけやたら丁寧な物腰で再度挨拶をやり直した。

アルギュロス家は名家だから、見下すような真似をしてしまった下級貴族の反応としては当然そうなる。狙ってやってる俺も我ながら意地が悪い。


エルフィラが口を開いた。


「キリシマ二佐、以後の会話に参加する事を許可します」


「エルフィラ・ブランケ・ダ・セレニーティス 第九王女殿下。ご配慮、感謝致します」


そう言って俺はセレニーティス流のおじぎをした。

俺のへりくだった態度に王女はくすぐったそうにしたが、こちらの意図には当然気がついている。軍人同士としては、同規模の隊を預かる身として俺とエルフィラは同格だ。だが中佐待遇の軍人と王族である第九王女の身分は天と地ほどの差があり、いつもの調子で俺がエルフィラに話しかければ彼女の権威を傷つけてしまう。今の彼女は恐らく軍人としてと言うより、王女としてそこに居る。少なくとも村の住人達は、そう言う目で彼女を見ているだろう。


「ではアーネルド。お話を続けましょう」 エルフィラはそう言ってニッコリと少年に微笑んだ。ちょこんと席に座っているこの子供が辺境伯に剣を売った例の少年だろう。地球人の尺度で見れば7,8歳程度だ。後ろに控える男女は両親だと思う。


「うん……はい。おーじょ様」少年は緊張した面持ちでうなずく。


「あの剣は北にあるアルテの森の北端――北の端のほうで手に入れたのよね」


「……はい」


領主がイライラした様子で言った。

「何故森の北端に入った? お前達の立ち入りは許しておらぬ」


「……も、申し訳ありません。私たちも日頃言ってきかせているのですが、何分、子供のすることで」

両親が慌てて言い訳をする。


「ルドヴィコ男爵。今、質問しているのは私です」


「これは失礼致しました、王女殿下。ではアーネルド、話を続けなさい」


領主はそう言ったが、少年はうなだれてしまった。それはそうだ。何か領主が気に入らない事を言えば、後で叱責される。


「さあ、お話の続きをしましょうか」エルフィラはそう言って優しく微笑む。


「……うん」 だが言葉とは裏腹に泣きそうな顔でうつむく。


「何故、黙っている? 王女殿下がお待ちだぞ」

男爵の言葉に、少年は両親に助けを求めるように顔を向けた。だが両親は何もすることが出来ない。


俺は違和感を覚えた。いつものエルフィラなら、こんな大人数で集まって子供を萎縮いしゅくさせるような真似はしないはずだ。領主を呼びつければ、こうなるのは当たり前で――そこまで考えて俺は気がついた。

もしかしたら領主が、勝手におしかけて来て同席を強要してるんじゃないだろうか。王女は立場上、自領に責任を持つ領主を追い返せない。恐らくそんな感じだろう。俺はさっき直訴してきた女のことを思い出す。領主は、ああいうような直訴じきそを恐れているのかもしれない。


とうとう少年は泣き出してしまった……これはまずいな。

「手間をかけさせるな。泣き止めさせろ」 両親が慌てて少年に駆け寄る。


エルフィラが立ち上がった。我慢の限度を超えたらしい。厳しい顔で男爵をにらみ付ける。

「ルドヴィコ男爵。お黙りなさい。相手は子供です。命令すれば済むという話ではありません」


「やり過ぎとおっしゃるか殿下。ですが我が領地は女王陛下より直接賜ったもの。女王陛下に対し領民を適切に管理する義務を負っている。やり方は私に任せてもらおう――殿下。失礼ながら私にその権利を与えたのは陛下だ。あなたでは無い」


ほう。俺は思った。思ってたよりこの男は難物のようだ


辺境伯が声を荒げる。

「無礼ですよ。分をわきまえてください」


「辺境伯殿。私の爵位はこの際、関係無いと思うが。領地を治めるのを私に命じたのは女王陛下だ。あなたは私に陛下の命令を無視しろとおっしゃるのか?」


俺は内心、苦笑した。よっぽど村人に勝手に喋られたくないのだろう。かなりの圧政を敷いているのだろうか? それとも第九王女を舐めているのか?

エルフィラがつかつかと男爵の元へ歩み寄る。これはさすがにマズい。顔でも引っぱたけば色々面倒なことになる。


「お待ちください……王女殿下」俺はエルフィラを呼び止めた。


俺は個人用通信機を取り出しわざとらしく液晶画面を見る。セレニーティスではスマホの電波なんて届かないから、自衛官は連絡用にこれを持たされている。おかげで24時間好き放題に基地から呼び出されるというありがたい代物だ。俺は言った。


「お取り込み中、誠に申し訳ありません。我が本部より緊急の連絡がありました。ホドスに動きがあったようです」


もちろん、とっさのでまかせだ。


「ホドスに動き??」 エルフィラは不思議そうな顔をする。


「ええ。ついては殿下と至急対応をご相談いたしたく」


「……軍議を開くと言うのですか?」


「その通りです。当件は火急の事態であり至急の対応を要します……と言う訳ですので、ルドヴィコ男爵殿。部屋から退出願いたい。民間人は邪魔ですので」



怒りの表情で男爵は俺を睨んだ。

「自衛官風情ふぜいが私に出て行けと言うのか?」


「失礼ながらその通りです。我々には貴国の防衛義務があり、防衛行動を阻害された場合には、対象を排除することが王室からも認められています――例えば今のあなたのような。根拠となる同盟規約第3条は、女王陛下の承認を受け両国で発令ずみです。出て行かないのなら実力行使させていただく」


マリサ曹長そうちょうが席から静かに立ち上がり、俺を守るように前に進み出た。抜刀ばっとうはしないもの腰の剣に手を触れる。楽しそうだな、マリサ。彼女はもともと貴族が嫌いだ。

「退出しろ男爵。あんたの負けだ。早く出た方が傷が浅くて済むぞ」ヴァレリオが言う。


男爵の顔が怒りのあまり赤くなった。

「王女!! あなたも同じ意見なのか? こんな横暴を許すのかっ!」


「やむを得ません……自衛隊と一緒に行動する以上、彼らの規則を尊重する必要があります。自衛隊は軍事機密を民間人と共有しません。言われたとおりに退出をお勧めします」


「くっ!!」


席を立った男爵は、それでも悔しいのか周りに怒鳴り散らした。「村長、お前も来い。アーネルド、お前もだ。こんなとこに居られるか。出るぞ」と言って少年の手を掴もうとする。


俺は言った。

「お待ちください。アーネルド少年は、ここを出る必要はありません。彼の情報は軍議に必要です……ご両親はご心配なきよう。この霧島が責任を持って、お子様をお預かり致します」


男爵は忌々しげに少年から手を離し、怒りを隠そうともせず部屋の扉を荒々しく開き出て行った。村長と両親はこちらに一礼し、領主の後を追う。

彼らの物音が聞こえなくなった頃。俺はエルフィラに向かって肩をすくめた。


「余計なことをしたのなら、許して欲しい」


「……いえ、助かったわ。憎まれ役を押しつけてごめんなさい。本当は私がやらなきゃいけなかったんだけど」少し元気が無い。


「気にしないでくれ。うらまれたところで今更いまさらだ」


「ところで私は居てもいいんですよね?」と辺境伯


「好きにしてくれ。だいたい、あんたは出てけって言っても聞かないだろうが」


マリサがきょとんとしている少年の側に寄り、頭をなでた。

「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。このおじさん、ちょっと顔は怖いだけど本当は優しいから」


「顔が怖いは余計だ。それに、おじさんじゃ無い。おにーさんだ」


王女も心外そうに言う。

「そうね。顔が怖いおじさんは、ちょっとひどすぎるわ……確かに目つきは鋭いけど」


「おーお。自分だけよい子ぶって!! あたい、まだ覚えてるよ。隊長に初めて会ったときあんたが言った言葉」


「確かに言われたな。“もっと二枚目だと思ってた。がっかりした”とか何とか」


「キリシマも結構根に持つタイプね。あれは……初対面のお約束と言うか、何と言うか」


少年を見ると、雰囲気が変わったのが分ったのだろう。泣きながら笑っている。とりあえずほっとする。



「それで剣はそこに落ちてたのね。森の中のゴミ溜めみたいなところで」エルフィラは少年に目線を合わすためにしゃがんで話しかける。


「うん」


「剣を拾ったあなたは、それを拾ってきて、あそこのおじさんに売った」


“あそこの”と言って指さす先は俺では無く辺境伯だ。


「エルフィラ、出来れば私もお兄さん希望です。ちなみに少年が売ったと言うより、私が銀貨一枚を勝手において取り上げました」と辺境伯。


「ひどい男だね」とマリサ。「何も払わないよりマシでしょう」と辺境伯


「他にはどんなものが落ちてたの」エルフィラが優しく言う。俺にそんな感じで話しかけることは絶対に無い。


「食器みたいのとか、やりみたいのとか。ボロボロだったけど剣のつかみたいのもあった。汚くて捨てたけど。あと骨みたいのもあった。沢山散らばってた」


「骨? 動物の?」


「僕には分らないや。粉々になって散らばっていた。洞窟の中に穴があって沢山捨てられてた」


俺はエルフィラと顔を見合わせた。

その時、通信機が鳴った。最優先を示す非常呼び出し音だ。


「あなたが鳴らしたの?」とエルフィラが言った。


「いや。今度は本物の通信だ」


通信機を耳に当てた俺に服部二尉の緊張した声が響く。

「隊長。お忙しいところ申し訳ありません。中隊規模の武装兵が、ホドスの竜と共にそちらに向かっています」


俺はうめいた。何てことだ。うそから出たまことと言う奴か。それにしても……


「竜と武装兵だと? 随伴ずいはんしているのはホドスの人型じゃ無いのか? 人間が竜と一緒に行動してるなんて聞いたことが無いぞ」


「明らかに人間です。人間の兵がホドスの竜と共に行動しています。身なりから推測するに野盗の集団と思われます。申し訳ありません。近づくまで気がつけませんでした。まるで突然、沸いたみたいです」


「分った。敵位置と戦力を報告してくれ」


「位置は北の森、そちらの村から見て2500メートルほど離れたところです。戦力は、中級竜が二体、こいつらはアルデバランの亜種と思われます。それに識別不能の新種大型竜が一体。随伴する武装兵が中隊規模で300人程度。うち30以上が魔術師と思われます」


「どういうこと? 説明して」 顔色を変えてエルフィラが俺に詰め寄る。


「ああ。君の心配が当たったな、ホドスが動き出した。そしてもっと悪い話がある」


息をのむエルフィラに俺は言った。「野盗どもはホドスと手を組んでいる」

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