さすがにそれは無い
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辺境伯はいったん話を中断すると、片手をあげ空のカップを指さした。先ほどから控えていたエルフィラの女従者――レジェンドラと言ったか――が、すかさずポットから紅茶を注ぐ。
「結局あの剣も野盗がらみか」 俺はうめいた。
「どうですキリシマ? 私の話は役に立つでしょう?」
「それを聞くために、俺はあんたに殺されかけたがな」
「貴重な情報には、それなりにコストがかかるものです」
辺境伯はすました顔で言う。ホドスに心を乗っ取られていた奴が偉そうに。しかしさっき一応謝った分、セレニーティス貴族としてはマシな部類だ。
辺境伯の話では一ヶ月ほど前、従者と共にエステ村を訪ねたのだそうだ。そこで村の少年からあの剣を買いとった。初めて見たときは汚らしい剣だったそうだが何故か心惹かれたらしい。おそらくすでにホドスに魅入られていたのだろう。エステ村は野盗の被害が最も大きく、俺達が目星をつけている野盗の隠れ家にも近い。少年は村近くの森でその剣を見つけたらしいが、野盗が奪った盗品の一つだったのかも知れない。
それにしてもこの辺境伯、エルフィラが野盗の跋扈に悩んでいるのを知って内緒で動いていたらしい。結局たいしたことは分らなかったようだが、そこまでして王女の気を惹きたかったのか……
エルフィラの美しさに目がくらんでいるのか、それとも逆玉で成り上がりたいのか。多分その両方だろう。
しかし彼女に群がる男どもを見ていると、第二、第三王女みたいな上位継承権持ちよりエルフィラの方がモテてる気がする。それだけ美しさが際立っているってことだろうか? もしかすると王位継承権が下位のエルフィラの方が、男としては近づきやすいのかも知れない。それともかなりガードが甘いとか? いやいや、あの性格でそれは無い。偉ぶったり気取ったりはしないタイプだが、男に対するあたりはかなりきつい方だ。
……ふとエルフィラと視線が合った。訝しげな目でこちらを見ている。
何気なく笑みを返しつつ、俺は内心少し焦る。だが魔力無効持ちの俺は、ヤバい思考を垂れ流したりはしない……はずだ。多分。まあ余計なこと考える暇があったら仕事しろってことだな。
「辺境伯」俺は言った「無茶してくれたな。エステ村はアジトから近い。変な動きをすれば野盗どもにこちらの動きを感づかれる可能性もあった」
「私はそれほど馬鹿ではありません。旅の貴族を装っていたから問題は無かったと思います。私は辺境に本拠地を置く領主なんですよ。立場上、旅慣れていますからそれらしい振る舞いは慣れたものです。さてこれからどうします? 当初の計画通り野盗のアジトを見つけて襲いますか?」
「いや、それは無理だろう。当初の作戦に固執しない方がいい」
「残念だけど私もそう思うわ。賊のアジトはホドスの領域内にあるのよ。今回のことでホドスがどう反応するか読み切れないわ」エルフィラが口をはさむ。
「そのとおり。俺たちは、ホドスに精神を乗っ取られた人間と一緒にいたんだ。他のホドスに情報が漏れてることは十分有り得る。侵入計画はバレてると思っておいた方がいい」
「それもそうですね」辺境伯に罪の意識は無いようだ 「ではエルフィラ、村に行って私に剣を売った少年に詳しく話を聞いてみませんか。他の村人にも聞いてみれば何か分るかも知れない。村周辺の調査もあらためてやり直しましょう。キリシマはいったん自分の基地に戻っていいですよ。後で何か分ったら教えます」
「調査に行くなら、俺も同行する」
辺境伯は顔をしかめた。
「あなたが来る必要は無いのです。相手は普通の王国民なんですから、我々がやるのが筋です」
「ここまできて手ぶらで帰りたくない。エルフィラ、調査をするなら俺の隊も同行させてくれないか? 手伝えることはあるだろう」
ホドスが剣のような無機物に宿って人を操る――極めて重要な情報であり王立軍だけに調査を任せるのは、日本にとっても自衛隊にとってもマズい。ここは多少強引でも割り込むべきだろう。後でエルフィラが、調査結果を全て教えてくれるとは限らないのだ。
「私は村近くのホドスの動きが心配なの。キリシマ隊が見張ってくれるならありがたい。もしホドスが攻めてきたら共同で撃退すると言う条件を呑むなら、同行を認めるわ。その時、エステ村を見捨てて逃げる選択は無しよ」
「分った。それでいい。しかるべき調査期間中、現有戦力で撃退可能なら必ず協力する。住人も守ろう――ちなみに俺は今回、偵察警戒車の他に16式機動戦闘車を2両連れてきている」
16式機動戦闘車は俺の隊で最大火力を誇る車両になる。
「16式――“竜殺し”ね。いいわ、上出来よ。それは心強い。部隊指揮官としてキリシマ隊の同行を許可します」
「感謝する。第九王女」
「いや。ちょっと待って、エルフィラ! 私はキリシマの同行には反対です……失礼しますよ」
そう言って伯爵はエルフィラの耳元に口を寄せると、何事か囁き始めた。
伯爵はとぼけた男だが、俺の思惑は読んでる気がする。王立軍だけで情報を独占をすべきとか、進言してるのだろう。その方が日本に対する王国の立場が強くなる。
王女は辺境伯の囁きをじっと聞いていた。だが最後にこう言う。
「いいの、もう決めた。あなたの心配は分るけど私はキリシマの同行を認める。エステ村はホドスの領域近くにあって、今の状況では何が起こっても不思議じゃ無いわ。自衛隊の火力は最悪の場合に我々の保険になる」
どうやら、エルフィラはホドスが活性化するのを強く警戒しているらしい。確かに俺たちはホドスの秘密を知ったから、それに対してホドスが何らかの行動を起こす可能性はある。もし活性化すれば彼女の隊だけで村は守れない。俺としてはそこまで急にあいつらが動き出すとは思わないが、同行が許可されるなら反対する理由は無い。
「……まあ、しょうがないですね。君がそう言うなら」辺境伯は割とあっけなく意見を取り下げ残念そうに肩をすくめた。いい気味だ。
すぐにエステ村に出発することが決まった。エルフィラは準備のために部屋を出て行く。俺も最低限の情報を本部に流しておく必要があった。独断で当初の作戦を変更した訳で、何かアリバイを造っておかないと俺は自衛隊から追い出されてしまう。八木原陸将の怒った顔が目に見えるようだ。隊に連絡する為に王女の後を追う。
「キリシマ、待ってください。まだ話がある」辺境伯が俺を呼び止めた。
「後にしてくれ。こっちのクビがかかってる」
「待てないです。重要な話ですから」
俺は歩みを止めた。
「何か文句でも言いたいのか?」振り返るとそこにはいままで見なかった真剣な顔の辺境伯が、俺を射貫くように見つめていた。
「あなたはエルフィラと抱き合っていたそうですね。どういう事か詳しく聞かせて欲しい」
俺はげんなりした。今それを聞くのか? いい加減にしろ。
「つまらん事を聞かないでくれ。あんた、まだホドスの影響下にあるのか? 我々が現在どういう状況にあるのか分っているのか?」
「分ってますよ。分っていないのはあなたの方です。あなたはエルフィラをホドスから守れるかも知れない。だが貴族社会からの悪意に満ちた攻撃からは彼女を守れない。あの侯爵だけが王女を追い落とそうとしていた、と思うのはあまりにも楽観的すぎますよ。スキャンダルを利用して王女に対する攻撃がこれから強化されるかもしれない。私はそれを防ぐ義務がある。だから事実を知っておきたい」
ふと思う。案外この男は、純粋に王女を愛しているのかも知れない。
「あんたが言いたいことは……了解した。俺は確かに王女と抱き合っていたが、心配するようなことは何も起こっていない。あれは状況に不安を感じた王女の一時的な気の迷いだ。俺たちにやましいことは何も無い」
「――王女とあなたの間には何も無かった。本当ですね?」
「ああ。俺の名誉と誇りに駆けて誓おう。もっとも、あんたはそんなもの認めないだろうがな。しかし王女を救えるというなら……それが本当なら助けてやって欲しい。俺に出来ることは協力する」
「いいでしょう。あなたの言葉を信じましょう……ではここから個人的な話です」
「まだあるのか」
「そう言わないでください――私は間に合ったようですから」
「どういう意味だ?」
「私にもチャンスが残ってるってことですよ。私はあなたに宣戦布告したいんです」
「あんた何言ってんだ……俺に宣戦布告? やっぱり、まだホドスに操られてるようだな」
「違いますよ。全然違う。ホドスはもとから持ってる私の感情を操っただけだ……あなた分かっているのでしょう? いや、あなたは絶対に分っている。王女はあなたのことが好きだ――恋愛感情と言っていい。そして、あなたもそれを受け入れつつある」
俺は絶句した。一体こいつは何を言い出すんだ?
「……勘弁してくれ。あんた、一体俺の言葉の何を聞いてた? 何も無かったとさんざん言ってるだろう」
辺境伯はかすかに笑った。
「キリシマ二佐。現在まで肉体関係が無いことは愛情が無いことを証明しません。特にそれぞれ立場のある場合はね。私は騙されませんよ。王女に自分が愛されているってことは、あなたもう分ってる。それなのに知らないふりですか? 私はあなたのそう言うところが嫌いなんですよ」
「いや、ちょっと待て」
「エルフィラを傷つける前に退いてもらえませんか」
身を退くも何もそれ以前の問題だ。もし俺がこう言ったとしよう“君は俺のことを好きらしいが、その想いは……”その時点で、俺は間違いなく張り倒される。もしかすると、俺の知らない超攻撃的な王族魔法が飛んでくるかも知れない。だいたいあの王女の態度のどこに、俺を好きだって要素があるんだ。抱き合ったのだってちょっとした事故に過ぎない。
「どこをどう突っついたらそう言う妄想が出てくるんだ? あんたにいい医者を紹介してやる。日本には優秀な医者が揃ってる」
「間に合ってますよ……退く気は無いようですね。まあいいです。確かに王女への愛を公言してしまえば、あいつらの攻撃のいい的だ。ですが私はあなたに王女を渡しません。正々堂々とあなたを負かしてみせます。安心してください。私は卑怯な真似は絶対にしませんから――これが私のあなたに対する宣戦布告です」
辺境伯は俺の抗議を無視して部屋の出口に向かった。だが振り返って笑みを浮かべる。
「セレニーティス貴族の名誉に賭けて、最後に勝つのは私ですよ、異世界人。せいぜい頑張ってください」 そして部屋を出て行った。
◆
俺の部隊は準備をすませ、エステ村を目指して出発した。もともと王立軍の野盗退治を援護する予定だったから、出発までそれほど時間はかからない。
半日ほど移動すると村が見えてきた。先行するエルフィラと辺境伯はもう村に入っているはずだ。そろそろ村長と話がついた頃合いだ。
村長はいきなり王女と兵士達がやってきて面会を求められた訳で、さぞかし生きた心地がしなかっただろう。
俺は部隊に待機命令を出す。戦闘車両でゾロゾロ乗り付けてこれ以上村人を怯えさせたくない。特に今回、服部 寿々音二尉の指揮する第一偵察小隊の16式機動戦闘車を連れてきていた。
16式は、戦車のように履帯を装備せずタイヤで移動するので装輪戦車とも呼ばれる。105ミリライフル砲から放たれる新型のAPFSDS弾は、ほとんどのホドス竜に対して効果があり、主力戦車の主砲より威力は劣るものの扱いやすく頼りになる兵器だ。もっとも俺は16式の車長上がりだから、思い入れもあってそう感じるのかも知れん。
住人の間でも“竜殺し”として有名な16式だがこれが結構目立つ。村にやってきたのを見れば、どれだけ危険な状況なんだと村人は不安になるだろう。それは出来るだけ避けたかった。
「ヴァレリオ・スカッビア二尉、マリサ・トスティ陸曹長の二名は俺と一緒に村まで来てくれ。服部 寿々音二尉は別命あるまでここで待機。部隊を頼む」
「了解したぜ」
「了解だよ」
「了解致しました」
車両を離れた場所に待機させ、俺はマリサとヴァレリオをお供に一緒に村まで歩く。丸太を組み合わせた村門に到着すると、エルフィラの指揮する王立軍部隊“イフエールの剣”の兵士達が村人を広場に集めていた。聞き取り調査を一気に行うつもりなのだろう。
門をくぐると、集まっていた子供達が叫んだ。
「ジエイタイだっ!!」
「ニホンジンが居る!!」
「僕、あの人見たことがある!! キリシマ隊長だっ!!」
「嘘言うなよ。英雄キリシマがこんなとこ居るわけないだろ」
「僕、嘘なんていわないぞっ。あの人キリシマだ。間違い無いよ」
「そんなことあるかよ~。嘘つき」
一人の王立軍兵士が子供達を追い払い、こちらに向かってセレニーティス式の敬礼をする。
「キリシマ隊長殿。第九王女殿下がお待ちです。私がご案内致します」
兵士に先導されて村長宅へ進もうとした俺は、ふと視線を感じて後ろを振り返った。
さっき他の子を嘘つき呼ばわりしていた少年が、驚いた顔で俺を見つめていた。兵士の言葉で俺が本物だと分ったらしい。
俺はその子に敬礼を返してやった。




